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第2部 母と娘の関係

5-7熱く燃え上がるサファイアカップついに開戦

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『蒼海祭』の五日目。今日は、お祭りの最終日で、メインイベントとも言える『サファイア・カップ』が行われる。

 そのため〈西地区〉にある〈サファイア・ビーチ〉には、物凄い数の見物客が集まっていた。ビーチは人で埋め尽くされて、超満員だった。

『サファイア・カップ』は、WDRの公式戦ではない、ただのローカル・レースだ。しかし『これを見ないと、祭りが終わらない』と、地元の人たちには、超大人気のレースなんだよね。

 ただ、最近では、観光客の間でも人気があり、TV局の取材なんかも、かなり来ていて、注目度が高い。〈サファイア・ビーチ〉には、ずらりと出店が並び、沢山の人でごった返していた。

 全ての人が、レース目当てじゃないかもしれないけど、人気の高さがうかがえる。いつもは、もっと静かなのに、まるで、真夏の人気海水浴場に来た感じだ。

 私は、かなり早い時間に来ていた。予約は事前にしていたけど、当日、受付で参加の確認が必要になる。あと、一番の目的は『試運転』の時間だった。

 通常のレースは、自分の機体を持ち込んで参加するため、どれだけ部品やチューンナップに、お金を掛けたかが重要になる。しかし『サファイア・カップ』の場合は、公正を期すため、運営が用意した機体を使う。

 これだと、性能は全員おなじなので、完全に操縦技術だけの勝負になる。これも『サファイア・カップ』の、人気の一因だ。

 ただ、乗ってみないと、どんな性能かわからない。それに、今まで練習で使ってたものとは、全く違う機体だ。エンジンが違うだけでも、かなり乗り心地が変わってくる。

 私は、手続きを済ませると、さっそく機体を借りて、試運転を開始した。一人、十分までなので、あくまで、感覚を掴むぐらいしかできない。

 機体の形がそもそも違うし、エンジン音も、ノーラさんの機体とは、だいぶ違っていた。コースを一周してみたけど、完全に別物で、何とも言えない違和感がある。

 ただ、練習で使っていた機体よりも、操縦はしやすかった。加速が遅い代わりに、旋回の挙動は安定している。

 そういえば『物凄くピーキーな機体だから、レースで使う機体とは、かなり操作性が違う』って、ノーラさんが言ってたよね。つまり、今乗ってる機体のほうが、標準仕様なのかもしれない。

 何周かしたところで、空中の大型モニターに『練習終了』の文字が表示される。私は速度を落とし、軽く流しながら、スタート地点に戻った。

 機体を返し、係の人にお礼を言うと、私は砂浜を歩きながら、イメージ・トレーニングをする。手をクイクイと動かして、操作の感覚を詳細に思い出した。特に、コーナーでのアクセルワークは、入念にチェックする。

「加速が違うから、アクセルを抜くタイミングと、進入角度を変えないとダメだよね。旋回性能が高いから、もう少し、深く突っ込んだ方がいいのかな……?」 

 色々と考えながら歩いていると、ふいに声を掛けられる。

「何をぶつぶつ言ってるのよ、風歌」  
 観客エリアの柵の前に、ナギサちゃんが立っていた。

 ビーチは、参加者だけが入れる『選手エリア』と、一般客用の『観客エリア』に、柵で分けられている。

「ナギサちゃん、来てくれてたんだ!」

 本当に見に来てくれるとは、思っていなかったので、すっごく嬉しい。なんか、レースには、興味ないみたいだったし。

「さっきから、ずっと見てたわよ」 
「ごめん、レースのことで頭が一杯で、気付かなくて。フィニーちゃんは、来てないの?」

 周囲を見回すが、フィニーちゃんの姿が見えなかった。

「フィニーツァなら、屋台に買い出しに行ってるわ。まったく、食べることしか頭にないんだから。それより、レースのほうは、大丈夫そうなの?」

「うん、何とかなりそうだよ。ただ、練習で使った機体とかなり違うから、どこまで走れるか分からないけど。でも、必ず何とかするよ。私、本番に強いタイプだから」

 何事もぶっつけ本番が、私、本来のやり方だ。単に無計画なだけなんだけど、アドリブには、かなりの自信がある。それに今回は、短時間とはいえ、練習もして来たからね。

「事故だけは、気を付けなさいよ。怪我をしたら、元も子もないのだから」
「分かってる。ちゃんと、安全は考えて走るよ」

 相変わらず、ナギサちゃんは、お母さんみたいなことを言う。一応、安心させるために、無難な回答をした。でも、勝つ気満々だから、結構、無茶をやらかすと思うんだよね……。 

『間もなく、レースが始まります。サファイア・カップに参加の選手は、選手エリアに集合し、待機して下さい』

 ナギサちゃんと軽く話していると、運営からのアナウンスが入った。

「じゃ、そろそろ行くね」

 私は、ナギサちゃんに手を振ると、スッと踵を返す。こぶしを握り締め、気合を入れながら、スタート地点へと向かって行った……。


 ******


 待つこと、約十分ほど。定刻になり、いよいよ『予選レース』が始まった。スタートと共に、観客エリアからは、盛大な歓声が上がる。

 ちなみに、観客の人たちは、誰が一位になるかを予想し、事前に投票していた。マギコンのアプリで、簡単に投票できるようになっている。的中すると、ポイントがもらえる仕組みだ。

 最終的に、的中ポイントの順位が付けられ、上位の人は賞品がもらえる。賞品と言っても、地元でとれた海産物とか、地元のお店からの提供品だ。

 あと、それとは別に、予想がたくさん的中すると、その年の『勝負運が上がる』とも言われていた。それもあってか、レースの応援は、物凄く熱が入っている。

 私は、そんな大歓声とは裏腹に、至って冷静にレースを見ていた。どのタイミングで仕掛けるか、どのコース取りをするかなど、じっくり観察していたのだ。

 普段なら、そんなことは気にせずに、本番でガーッと行くんだけど、今回は物凄く真剣だった。それだけ、ガチで勝ちに行くつもりなのだ。

 やがて、私が出場する、予選第五レースの準備が始まる。仮設で作られた桟橋には、六台のウォーター・ドルフィンが停まっていた。私が乗るのは、六番の黄色い機体だ。

 係員に渡された『ライフ・ジャケット』を身につけると、自分の機体にゆっくりと搭乗する。係員の合図で、それぞれの機体は『スターティング・ゲート』に向かった。

 ゲートは二本のポールで出来ており、その間には赤い光の壁が出来ていた。スタートの合図とともに『マナ・フィールド』が解除され、一斉に発進する仕組みだ。

 なお、全機、発進の位置が違う。内枠は後ろよりで、一番、外枠の私は、前の方からスタートだ。陸上のトラック競技のスタートと、同じ感じだね。

 外枠は、かなり切り込まないとならないので、コーナーが難しい。一歩間違えれば、転倒や外側に大きく流されてしまう。代わりに、他の機体より先にコーナーに入るので、上手く曲がれれば、先手を取ることも可能だ。

 全機、所定の位置に着くと、目の前の空中モニターのカウントが動き始める。私の心臓は、バクバクと高鳴っていた。

 緊張とワクワクが半分ずつ。こんな気持ちは、中学時代の、陸上の大会以来だ。私は、はやる気持ちを抑えながら、アクセルに集中する――。

『GO!』のサインと同時に、目の前の壁が消え、私はアクセルを思いっ切り回した。スーッと滑るように前進し、非常に好スタートだった。大きな波も見当たらず、そのまま、どんどん加速を続ける。

 やがて、コーナーのブイが見えて来るが、私はアクセルを緩めず、そのまま突っ込んで行く。

 練習の時より、さらに踏み込んだ位置でアクセルを抜き、機体を斜めに傾けた。体重を右側に掛け、腕の力で強引にねじ伏せる。

 激しい水しぶきを上げながら、水面をすべり、機体の方向転換が終わった瞬間に、再びアクセルを全開にした。機体は安定したまま、滑らかに前に進んで行った。

 よし、一つ目のターンは大成功! 思った通り、物凄く素直な操作性の機体だ。多少の無茶をしても、挙動がおかしくなったりしない。ノーラさんに借りた、暴れ馬みたいな機体とは、多違いだ。

 私は先頭のまま、次のコーナーに向かう。インコースを取れたので、あとは無難に走ればOKだけど、私は手を緩めなかった。再び、コーナーのブイが見えて来ると、ギリギリまで、アクセル全開で突っ走った。

 よし、ここだっ!! 

 限界まで突っ込んでから、一気にアクセルを抜き、全体重を右に乗せて、機体を傾けた。ザーッと物凄い勢いで横滑りしながら、腕の力で機体を安定させる。方向転換が終わった瞬間、アクセル全開。

 だが、ちょっと進んだところで波に乗り上げ、機体が軽くジャンプする。私はとっさに腰を浮かせ、前に重心を掛けた。機体は持ち直し、着水後、再び加速を始める。

 ふぅーっ、危ない危ない。ぎりぎりセーフ……。 

 ウォーター・ドルフィンは、水中のスクリューで推進するので、空中にいる間は加速が出来ない。

 なので、極力、跳ねないように、気を付けなければならなかった。とはいえ、全ての波は避けられないし、特にターンの直後は、乗り上げやすいんだよね。 

 私は、すぐに気を取り直し、次のコーナーに向かう。ちらりを後ろを見ると、二番手以降には、かなり差がついているようだ。

 どうしよう? これだけ差がついていれば、あとはミスさえしなければ、勝ちは確定だ。無理せずに、慎重に行くべきかな? でも――。

 再び、次のコーナーが迫ってくる。安全に行くなら、早めにアクセルを抜くべきだ。だが、私はアクセル全開のまま、深く突っ込んで行った。

 慎重な思考とは裏腹に、私の体は、手を抜くことを拒絶したのだ。どんな時でも全力で。これが、私のポリシーだからね。

 こうなったら、最後まで全力全開で行くよー!

 ギリギリのラインまで突っ込んで、アクセルを抜くと、全体重を乗せ、思いっ切り機体を傾ける。だがその時、グラリと揺れて、体が海面にぶつかりそうになった。

 しまった、傾け過ぎた?!

 私は反射的に体を逆向き動かし、荷重を移動する。しばし、機体が斜めのまま水面を滑るが、辛うじて体勢を持ち直した。代わりに、外に大きく流されてしまった。私は腕の力を使って、機体を強引に安定させた。

 大丈夫……まだ、リードした分の余力がある。よし、次のコーナーは絶対に決める!

 私は、最後のコーナーブイに向け、全力で突っ込んで行った。呼吸を落ち着け、水面の状態を見極める。全開で飛ばしているのに、不思議と動きがスローに感じた。一瞬、音が消え、周囲がモノクロになった。

 何だろう、この感じ――? 

 おかしな状態だけど、物凄く落ち着いて、感覚が鋭く研ぎ澄まされていた。 

 私は、ギリギリまで粘って直進すると、アクセルを抜きゆっくりと機体を傾ける。本来、こんなにゆっくりやっていたら、曲がり切れずに、コースアウトしてしまうはずだ。

 しかし、機体は水面を静かに滑りながら、方向を変えた。私はアクセルを全開にすると、何事もなかったかのように、スムーズにコーナーを脱出する。

 コーナーを抜け、直線を加速し始めると、再び甲高いエンジン音が鳴り響き、視界の色が元に戻った。私は姿勢を低くし最大まで加速しながら、ゴールラインを突き抜けた。

 次の瞬間、観客たちから、盛大な歓声が沸き上がる。後ろを振り返ると、ようやく二番手以降の機体が、コーナーに入ったところだった。圧倒的な大差で、一着だ。

「ふぅー、何とかなったー」
 私はアクセルを抜くと、大きく息を吐きだす。

 たったの二周だけなのに、物凄く集中したせいか、かなり消耗していた。やはり、レース本番ともなると、練習のようには行かない。途中、かなりきわどい場面もあったし、今思い返すと、冷や汗ものだ。

 でも、思いっ切り突っ込んだお蔭で、この機体の性能と限界点は、しっかり把握できた。これなら、次のレースからは、もっと上手く乗れそうだ。

 よし、決勝戦を目指して、頑張りまっしょい! 


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次回――
『試合前の舌戦はスポ根漫画のお約束だよね』

 試合は時計が止まるまで 何が起こるかわかりませんよ
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