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第2部 母と娘の関係
5-3日の出を見るとグワーッて気持ちが上がるよね
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私は〈東地区〉にある〈エメラルド・ビーチ〉に来ていた。時間は、朝の五時。『蒼海祭』初日のイベントがあるため、早起きして浜辺にやって来た。
日の出を見て、海に祈りをささげる行事。向こうの世界で言えば『初日の出』みたいな感じだ。まだ、暗いうちから沢山の人たちが集まり、今か今かと、日の出を待ちわびていた。
大切な神事のためか、思った以上に本格的だ。砂浜の一角には舞台があり、その前には『アルテナ教会』から来た、司祭とシスターたちが待機していた。また、舞台の上には、大きな水瓶と、お供え物が置かれている。
お供え物は、野菜と果物で、海の幸を分けてもらう代わりに、大地でとれた物をお返しするのが習わしだ。
日が昇ると共に、司祭たちが舞台に上がり、祈りの儀式が始まった。その祈りの言葉を聴きながら、参加者たちも一緒にお祈りし、水の精霊と水の女神に、感謝をするのが目的だ。
ただ、最近では『健康祈願』が目的で、訪れる人も多い。『水の女神アルテナ』は、生命をつかさどっているので、長寿や健康にご利益があるからだ。
周囲は、荘厳な雰囲気と静けさに加え、緊張感に包まれていた。でも、そんな重い空気の中、隣にいたフィニーちゃんは、立ったまま寝ていた。
相変わらず、周りを気にせず、マイペースだよねぇ。てか、立ったまま寝るとか、器用過ぎでしょ?
普段なら、間違いなく、ナギサちゃんが激怒しているところだ。でも、流石に、この静寂の中で声を出す訳にもいかず、にらみつけるだけに留まっていた。
しばらくすると、水平線が明るんで来る。今日の日の出の時刻は、五時十分なので、もう間もなくだ。
実は私、海で日の出を見るのって、生まれて初めてなんだよね。まだ、小さかったころ、家族で山に『初日の出』を見にいった記憶がある。でも、それ以降、日の出って見たことが無かった。だから、結構ドキドキしている。
太陽の頭がゆっくりと現れると、水平線の辺りが赤く染まっていった。それと同時に、待機していたシスターたちが舞台に上がって行き、祈りの儀式の準備を始める。周りにいた人たちは、胸の前で手を組んだ。
何だろう、この気持ち。日の出を見ていたら、グワーッて、気分が上がって来た。
私は慌てて、隣のフィニーちゃんの体を揺らす。すると、
「んー……もう朝ご飯?」
何とも、ボケボケな答えが返ってきた。
「違う違う、祈りの儀式が始まったから」
私が小声で伝えると、ようやく状況を理解したのか、辺りをキョロキョロと見回す。彼女はゆっくり手を組み目を閉じるが、起きてるんだか寝てるんだか、よく分からない。まぁ、形だけでもやってれば、大丈夫だよね。って、私もやらないと。
私も手を組み、目を閉じた。ほどなくして、祈りの言葉が聞こえて来る。
「慈悲深き水の女神アルテナと、偉大なる深海の女帝ウィンダリア。また、日々の糧を与えて下さる母なる海と、命を与えてくれた海の生き物全てに、我らグリュンノアの子ら一同、深く感謝の意を申し上げます」
ちなみに、深海の女帝『ウィンダリア』は、蒼空の女王『シルフィード』と並ぶ、四大精霊の一人だ。他にも、炎界の王女『イーフリータ』と、大地の聖母『メイスノーム』がおり、国や地域によって、信奉される精霊が違っていた。
『空の町』と言われる〈グリュンノア〉では、やはり風の大精霊『シルフィード』が、最も人気が高い。私たちの職業名も、彼女の名から付けられたものだ。
とはいえ、海に囲まれ、豊富な海洋資源がとれるのは、水の大精霊『ウィンダリア』のお蔭。なので、この町の人たちは、ちゃんと感謝の気持ちを忘れない。
「我ら水の都の民は、これからも海と水に心より感謝し、共に生きていくことを誓います。また、今年一年、壮健で豊かな生活を与えてくださったことに、大地の実りと感謝の祈りを、捧げさせていただきます」
司祭が祈りの言葉を終えた直後、周りにいた人たちは、一斉に地面に片膝をついた。私も慌てて、それにならう。ほどなくして、町の時計塔の鐘が、一斉に鳴り響いた。それと同時に、皆目をつぶって感謝の祈りを始める。
私も目を閉じると、
『いつも美味しいお魚を、ありがとうございます。いつも美味しいお水を、ありがとうございます。あとは――毎日、健康に過ごさせてもらって、ありがとうございます』
心の中で、次々と感謝の言葉を述べて行った。
鐘が鳴り続ける五分間は、祈りの時間だ。〈エメラルド・ビーチ〉だけでなく、他の地区の海岸や、中には自宅でお祈りをする人もいる。
五分って、短いようで意外と長い。途中で、感謝の言葉のネタが尽きてしまった。でも、海や水に関係なくても、感謝なら何でもOKって、ナギサちゃんが言ってたよね。
『グリュンノアに来れて、ありがとうございます。リリーシャさんに会えて、ありがとうございます。シルフィードになれて、ありがとうございます。〈ホワイト・ウイング〉で働けて、ありがとうございます』
この町に来れたことや、シルフィードになれた幸運には、本当に心から感謝している。特に、リリーシャさんに会えたのは、私の人生で、最大級に幸せな出来事だった。
その他にも、色々な感謝をお祈りするが、私の場合、食べ物のことが多い気がする……。でも、こっちで一人暮らしを始めてからは、食事の幸せや、食べ物への感謝の気持ちが、大きく膨らんだのは事実だ。
昔は、一日三度の食事が、当たり前だと思ってて、特に感謝の気持ちはなかったからね。
一通り、思いつく限りの感謝を終えると、今度はお願いのお祈りを始める。感謝の祈りが終わったら、お願い事をしてもよい決まりになっていた。というか、これが目当てで、参加する人も多いらしい。
『一日も早く、一人前になれますように。頭がよくなって、勉強ができるようになりますように。もっと沢山、リリーシャさんのお役に立てますように』
やはり、仕事のことが、最も切実だ。でも、本音を言ってしまえば、
『もっと、お腹一杯、ご飯が食べられますように。もっと広い部屋に住めますように。人気のシルフィードになって、お給料が一杯貰えますように。レースで優勝できますように』
物凄く私的なお願いが多い。
うーん、でも、なんか違う気がする。ちょっと、欲深すぎる気が――。そうだ、もっと大事なことが有るじゃない。
『これからも、ナギサちゃんやフィニーちゃんと、仲良くできますように。これからも、ずっとリリーシャさんと、一緒にいられますように。できれば、両親と仲直り出来ますように……』
あとは、私と関わりのある人の名前を、片っ端から挙げて、お礼をしていった。
本当に、人間関係って大事だよね。私はこの世界で、沢山の人たちに支えられたお蔭で、ここまでやって来れた。何でも一人で出来ると思っていた学生時代が、はるか遠い過去のように思える。あのころは、本当に青かったなぁ――。
『最後に、グリュンノアの全ての人たちが、平和で健康的な生活が送れますように……』
ちょうど、このお祈りをしたところで、鐘が鳴りやんだ。
物凄く集中していたせいか、思ったよりも、あっという間だった。目を開けて周囲を見ると、皆ぞろぞろと舞台に向かっていく。
「ほら、私たちも移動するわよ」
ナギサちゃんは、半分寝てたっぽいフィニーちゃんの腕を引き、舞台に向かう。
先ほどのシスターたちは、全員、舞台から降りた。代わりに、真っ白でヒラヒラの付いた衣装を着た女性が、ゆっくりと舞台に上がって行った。と同時に、周囲から感嘆の声がもれる。
「あれって、マリアさんじゃない?!」
「元シルフィード・クイーンとしても、シスターとしても、物凄く人気があるから。こういう式典などには、よく参加するのよ」
「ほへぇー……やっぱ凄い人なんだね」
「当たり前でしょ。いまさら、何を言ってるのよ」
あまりにも、普通に接してくれてたし。現役時代の姿を、見たことが無かったから、今一つ実感が湧かなかったのだ。
ノーラさんみたいに、強烈な存在感がある訳ではなく、普通の一般人のように見えていた。けど、舞台の上の彼女を見ると、ただ者ではない雰囲気が、ひしひしと伝わって来る。
純白のその姿は、ただただ美しく清らかで、まるで天使のようだった。後ろから朝日を浴びているせいか、後光を発しているかのように見える。この世の物とは思えない神聖な姿に、私の目は釘付けになり、息をするのも忘れていた。
彼女は、音もなくゆっくり動き出し『奉納の舞』を始める。舞台の周囲にいたシスターたちが、舞いに合わせて、手に持っていた鈴を、シャンシャンと鳴らし始めた。
マリアさんは、クルクルと回転しながら、舞台の上を移動して舞い続ける。しなやかな軽い動きで、重力から切り離され、重さが無くなったかのようだ。
腕に着いた長いヒラヒラが、回転するたびに空中で舞い踊る。舞台上で、風が渦巻いているようにも見えた。
やがて、舞台中央に戻りかがみ込むと、空に向け両手をあげた。しばしの静寂のあと、周囲から一斉に、歓声と拍手が巻き起こった。私もマリアさんの名を叫びながら、精一杯の拍手を送る。
「きゃー、何これ?! 凄い凄い、凄すぎるよ!! めっちゃ凄くて、超驚いた!」
興奮しながら感想をもらすが、
「私は、風歌のボキャブラリの少なさに、驚いたわよ」
ナギサちゃんからは、とても冷静な突っ込みが返ってきた。
「んがっ――。い、いいでしょ! とにかく、凄かったんだから。ねぇ、フィニーちゃん、凄かったよね?」
フィニーちゃんに視線を向けると、先ほどは眠そうな表情をしていたのに、今は大きく目を見開いている。しかも、感動したのか、言葉にならない声をあげていた。
「お、おぉー……おおぉ」
「ちゃんと、言葉で表現しなさいよ。まったく、あなたたち二人の、表現力のなさと言ったら。それよりも、少し後ろに下がったほうがいいわよ」
奉納の舞が終わったあと、待機していたシスターたちが、ゾロゾロと舞台に上がる。すると、大きな水瓶を、舞台の前のほうに移動させていた。
「何が始まるの?」
「水瓶に入った神水を撒く『水撒きの儀式』よ。神水を浴びると、水の加護を受け、一年間、健康に過ごせると言われているわ」
「なら、いっぱい浴びなきゃ。よし、できるだけ前に行こう」
私は強引に二人の手を引っ張り、前のほうに進む。
しばらくすると、ひしゃくを手に持ったシスターたちが、水をまき始めた。
「きゃー、つべたいっ! 早朝だと、水も冷たいね」
「だから言ったじゃないの、下がったほうがいいって。ちょっと、フィニーツァ、私の後ろに隠れるのは止めなさいよ!」
「ぬれたら、死ぬ」
「そんな訳ないでしょ!!」
周囲からは、キャーキャーと黄色い声が上がった。みんな『冷たい!』と言いながらも、凄く嬉しそうだ。叫び声と水しぶきで、何が何だか分からなくなってきた。
最初は逃げ回ってたけど、私は両手を広げ、全身に水を浴びる。子供のころの水遊びを思い出し、だんだん楽しくなって来たからだ。
やがて水瓶が空になると、舞台に上がっていたシスターたちが、
「皆に水の祝福があらんことを」
一斉に祈りをささげる。
参加者たちから、拍手と喝采が巻き起こり、儀式は終了した。
「なんか、楽しかったねぇ。って、ナギサちゃん、びしょびしょ。アハハハッ」
「ナギサ、ぬれたネコみたい。プッ……」
私はびしょ濡れのナギサちゃんを見て、思わず笑ってしまった。フィニーちゃんは、両手で口をおさえ、必死に笑いをこらえていた。
「って、あなたたちだって、物凄く濡れてるじゃない!」
「いやー、そうだけど。ナギサちゃんのそんな崩れた姿、初めてみたから。アハハッ」
いつも完璧に、ビシッとしているナギサちゃんが、よれよれになってる姿なんて、初めて見たからつい――。
「くっ……もう、さっさと帰るわよ」
不機嫌そうに踵を返した彼女の手を、私はガシッとつかんだ。
「ねー、あっちで、無料の海鮮汁を配ってるって。食べて行こうよ!」
「おぉっ、海鮮汁!」
フィニーちゃんも、ナギサちゃんの手をつかむ。
「ちょっ、私は帰ってシャワーを浴びて、髪をセットし直すんだから。放しなさいって」
嫌がるナギサちゃんを、私たちは無理矢理、引っ張って行った。
もっと退屈な行事かと思ってけど、超楽しかった。『蒼海祭』サイコー!!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『商店街と言えば揚げたてのコロッケが真っ先に思い浮かぶ』
買わずに悔やむより買って兜の緒を締めよ!
日の出を見て、海に祈りをささげる行事。向こうの世界で言えば『初日の出』みたいな感じだ。まだ、暗いうちから沢山の人たちが集まり、今か今かと、日の出を待ちわびていた。
大切な神事のためか、思った以上に本格的だ。砂浜の一角には舞台があり、その前には『アルテナ教会』から来た、司祭とシスターたちが待機していた。また、舞台の上には、大きな水瓶と、お供え物が置かれている。
お供え物は、野菜と果物で、海の幸を分けてもらう代わりに、大地でとれた物をお返しするのが習わしだ。
日が昇ると共に、司祭たちが舞台に上がり、祈りの儀式が始まった。その祈りの言葉を聴きながら、参加者たちも一緒にお祈りし、水の精霊と水の女神に、感謝をするのが目的だ。
ただ、最近では『健康祈願』が目的で、訪れる人も多い。『水の女神アルテナ』は、生命をつかさどっているので、長寿や健康にご利益があるからだ。
周囲は、荘厳な雰囲気と静けさに加え、緊張感に包まれていた。でも、そんな重い空気の中、隣にいたフィニーちゃんは、立ったまま寝ていた。
相変わらず、周りを気にせず、マイペースだよねぇ。てか、立ったまま寝るとか、器用過ぎでしょ?
普段なら、間違いなく、ナギサちゃんが激怒しているところだ。でも、流石に、この静寂の中で声を出す訳にもいかず、にらみつけるだけに留まっていた。
しばらくすると、水平線が明るんで来る。今日の日の出の時刻は、五時十分なので、もう間もなくだ。
実は私、海で日の出を見るのって、生まれて初めてなんだよね。まだ、小さかったころ、家族で山に『初日の出』を見にいった記憶がある。でも、それ以降、日の出って見たことが無かった。だから、結構ドキドキしている。
太陽の頭がゆっくりと現れると、水平線の辺りが赤く染まっていった。それと同時に、待機していたシスターたちが舞台に上がって行き、祈りの儀式の準備を始める。周りにいた人たちは、胸の前で手を組んだ。
何だろう、この気持ち。日の出を見ていたら、グワーッて、気分が上がって来た。
私は慌てて、隣のフィニーちゃんの体を揺らす。すると、
「んー……もう朝ご飯?」
何とも、ボケボケな答えが返ってきた。
「違う違う、祈りの儀式が始まったから」
私が小声で伝えると、ようやく状況を理解したのか、辺りをキョロキョロと見回す。彼女はゆっくり手を組み目を閉じるが、起きてるんだか寝てるんだか、よく分からない。まぁ、形だけでもやってれば、大丈夫だよね。って、私もやらないと。
私も手を組み、目を閉じた。ほどなくして、祈りの言葉が聞こえて来る。
「慈悲深き水の女神アルテナと、偉大なる深海の女帝ウィンダリア。また、日々の糧を与えて下さる母なる海と、命を与えてくれた海の生き物全てに、我らグリュンノアの子ら一同、深く感謝の意を申し上げます」
ちなみに、深海の女帝『ウィンダリア』は、蒼空の女王『シルフィード』と並ぶ、四大精霊の一人だ。他にも、炎界の王女『イーフリータ』と、大地の聖母『メイスノーム』がおり、国や地域によって、信奉される精霊が違っていた。
『空の町』と言われる〈グリュンノア〉では、やはり風の大精霊『シルフィード』が、最も人気が高い。私たちの職業名も、彼女の名から付けられたものだ。
とはいえ、海に囲まれ、豊富な海洋資源がとれるのは、水の大精霊『ウィンダリア』のお蔭。なので、この町の人たちは、ちゃんと感謝の気持ちを忘れない。
「我ら水の都の民は、これからも海と水に心より感謝し、共に生きていくことを誓います。また、今年一年、壮健で豊かな生活を与えてくださったことに、大地の実りと感謝の祈りを、捧げさせていただきます」
司祭が祈りの言葉を終えた直後、周りにいた人たちは、一斉に地面に片膝をついた。私も慌てて、それにならう。ほどなくして、町の時計塔の鐘が、一斉に鳴り響いた。それと同時に、皆目をつぶって感謝の祈りを始める。
私も目を閉じると、
『いつも美味しいお魚を、ありがとうございます。いつも美味しいお水を、ありがとうございます。あとは――毎日、健康に過ごさせてもらって、ありがとうございます』
心の中で、次々と感謝の言葉を述べて行った。
鐘が鳴り続ける五分間は、祈りの時間だ。〈エメラルド・ビーチ〉だけでなく、他の地区の海岸や、中には自宅でお祈りをする人もいる。
五分って、短いようで意外と長い。途中で、感謝の言葉のネタが尽きてしまった。でも、海や水に関係なくても、感謝なら何でもOKって、ナギサちゃんが言ってたよね。
『グリュンノアに来れて、ありがとうございます。リリーシャさんに会えて、ありがとうございます。シルフィードになれて、ありがとうございます。〈ホワイト・ウイング〉で働けて、ありがとうございます』
この町に来れたことや、シルフィードになれた幸運には、本当に心から感謝している。特に、リリーシャさんに会えたのは、私の人生で、最大級に幸せな出来事だった。
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昔は、一日三度の食事が、当たり前だと思ってて、特に感謝の気持ちはなかったからね。
一通り、思いつく限りの感謝を終えると、今度はお願いのお祈りを始める。感謝の祈りが終わったら、お願い事をしてもよい決まりになっていた。というか、これが目当てで、参加する人も多いらしい。
『一日も早く、一人前になれますように。頭がよくなって、勉強ができるようになりますように。もっと沢山、リリーシャさんのお役に立てますように』
やはり、仕事のことが、最も切実だ。でも、本音を言ってしまえば、
『もっと、お腹一杯、ご飯が食べられますように。もっと広い部屋に住めますように。人気のシルフィードになって、お給料が一杯貰えますように。レースで優勝できますように』
物凄く私的なお願いが多い。
うーん、でも、なんか違う気がする。ちょっと、欲深すぎる気が――。そうだ、もっと大事なことが有るじゃない。
『これからも、ナギサちゃんやフィニーちゃんと、仲良くできますように。これからも、ずっとリリーシャさんと、一緒にいられますように。できれば、両親と仲直り出来ますように……』
あとは、私と関わりのある人の名前を、片っ端から挙げて、お礼をしていった。
本当に、人間関係って大事だよね。私はこの世界で、沢山の人たちに支えられたお蔭で、ここまでやって来れた。何でも一人で出来ると思っていた学生時代が、はるか遠い過去のように思える。あのころは、本当に青かったなぁ――。
『最後に、グリュンノアの全ての人たちが、平和で健康的な生活が送れますように……』
ちょうど、このお祈りをしたところで、鐘が鳴りやんだ。
物凄く集中していたせいか、思ったよりも、あっという間だった。目を開けて周囲を見ると、皆ぞろぞろと舞台に向かっていく。
「ほら、私たちも移動するわよ」
ナギサちゃんは、半分寝てたっぽいフィニーちゃんの腕を引き、舞台に向かう。
先ほどのシスターたちは、全員、舞台から降りた。代わりに、真っ白でヒラヒラの付いた衣装を着た女性が、ゆっくりと舞台に上がって行った。と同時に、周囲から感嘆の声がもれる。
「あれって、マリアさんじゃない?!」
「元シルフィード・クイーンとしても、シスターとしても、物凄く人気があるから。こういう式典などには、よく参加するのよ」
「ほへぇー……やっぱ凄い人なんだね」
「当たり前でしょ。いまさら、何を言ってるのよ」
あまりにも、普通に接してくれてたし。現役時代の姿を、見たことが無かったから、今一つ実感が湧かなかったのだ。
ノーラさんみたいに、強烈な存在感がある訳ではなく、普通の一般人のように見えていた。けど、舞台の上の彼女を見ると、ただ者ではない雰囲気が、ひしひしと伝わって来る。
純白のその姿は、ただただ美しく清らかで、まるで天使のようだった。後ろから朝日を浴びているせいか、後光を発しているかのように見える。この世の物とは思えない神聖な姿に、私の目は釘付けになり、息をするのも忘れていた。
彼女は、音もなくゆっくり動き出し『奉納の舞』を始める。舞台の周囲にいたシスターたちが、舞いに合わせて、手に持っていた鈴を、シャンシャンと鳴らし始めた。
マリアさんは、クルクルと回転しながら、舞台の上を移動して舞い続ける。しなやかな軽い動きで、重力から切り離され、重さが無くなったかのようだ。
腕に着いた長いヒラヒラが、回転するたびに空中で舞い踊る。舞台上で、風が渦巻いているようにも見えた。
やがて、舞台中央に戻りかがみ込むと、空に向け両手をあげた。しばしの静寂のあと、周囲から一斉に、歓声と拍手が巻き起こった。私もマリアさんの名を叫びながら、精一杯の拍手を送る。
「きゃー、何これ?! 凄い凄い、凄すぎるよ!! めっちゃ凄くて、超驚いた!」
興奮しながら感想をもらすが、
「私は、風歌のボキャブラリの少なさに、驚いたわよ」
ナギサちゃんからは、とても冷静な突っ込みが返ってきた。
「んがっ――。い、いいでしょ! とにかく、凄かったんだから。ねぇ、フィニーちゃん、凄かったよね?」
フィニーちゃんに視線を向けると、先ほどは眠そうな表情をしていたのに、今は大きく目を見開いている。しかも、感動したのか、言葉にならない声をあげていた。
「お、おぉー……おおぉ」
「ちゃんと、言葉で表現しなさいよ。まったく、あなたたち二人の、表現力のなさと言ったら。それよりも、少し後ろに下がったほうがいいわよ」
奉納の舞が終わったあと、待機していたシスターたちが、ゾロゾロと舞台に上がる。すると、大きな水瓶を、舞台の前のほうに移動させていた。
「何が始まるの?」
「水瓶に入った神水を撒く『水撒きの儀式』よ。神水を浴びると、水の加護を受け、一年間、健康に過ごせると言われているわ」
「なら、いっぱい浴びなきゃ。よし、できるだけ前に行こう」
私は強引に二人の手を引っ張り、前のほうに進む。
しばらくすると、ひしゃくを手に持ったシスターたちが、水をまき始めた。
「きゃー、つべたいっ! 早朝だと、水も冷たいね」
「だから言ったじゃないの、下がったほうがいいって。ちょっと、フィニーツァ、私の後ろに隠れるのは止めなさいよ!」
「ぬれたら、死ぬ」
「そんな訳ないでしょ!!」
周囲からは、キャーキャーと黄色い声が上がった。みんな『冷たい!』と言いながらも、凄く嬉しそうだ。叫び声と水しぶきで、何が何だか分からなくなってきた。
最初は逃げ回ってたけど、私は両手を広げ、全身に水を浴びる。子供のころの水遊びを思い出し、だんだん楽しくなって来たからだ。
やがて水瓶が空になると、舞台に上がっていたシスターたちが、
「皆に水の祝福があらんことを」
一斉に祈りをささげる。
参加者たちから、拍手と喝采が巻き起こり、儀式は終了した。
「なんか、楽しかったねぇ。って、ナギサちゃん、びしょびしょ。アハハハッ」
「ナギサ、ぬれたネコみたい。プッ……」
私はびしょ濡れのナギサちゃんを見て、思わず笑ってしまった。フィニーちゃんは、両手で口をおさえ、必死に笑いをこらえていた。
「って、あなたたちだって、物凄く濡れてるじゃない!」
「いやー、そうだけど。ナギサちゃんのそんな崩れた姿、初めてみたから。アハハッ」
いつも完璧に、ビシッとしているナギサちゃんが、よれよれになってる姿なんて、初めて見たからつい――。
「くっ……もう、さっさと帰るわよ」
不機嫌そうに踵を返した彼女の手を、私はガシッとつかんだ。
「ねー、あっちで、無料の海鮮汁を配ってるって。食べて行こうよ!」
「おぉっ、海鮮汁!」
フィニーちゃんも、ナギサちゃんの手をつかむ。
「ちょっ、私は帰ってシャワーを浴びて、髪をセットし直すんだから。放しなさいって」
嫌がるナギサちゃんを、私たちは無理矢理、引っ張って行った。
もっと退屈な行事かと思ってけど、超楽しかった。『蒼海祭』サイコー!!
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『商店街と言えば揚げたてのコロッケが真っ先に思い浮かぶ』
買わずに悔やむより買って兜の緒を締めよ!
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小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
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尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。
だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。
全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。
勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。
そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。
エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。
これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。
…その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。
妹とは血の繋がりであろうか?
妹とは魂の繋がりである。
兄とは何か?
妹を護る存在である。
かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!
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