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第2部 母と娘の関係

5-3日の出を見るとグワーッて気持ちが上がるよね

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 私は〈東地区〉にある〈エメラルド・ビーチ〉に来ていた。時間は、朝の五時。『蒼海祭』初日のイベントがあるため、早起きして浜辺にやって来た。

 日の出を見て、海に祈りをささげる行事。向こうの世界で言えば『初日の出』みたいな感じだ。まだ、暗いうちから沢山の人たちが集まり、今か今かと、日の出を待ちわびていた。

 大切な神事のためか、思った以上に本格的だ。砂浜の一角には舞台があり、その前には『アルテナ教会』から来た、司祭とシスターたちが待機していた。また、舞台の上には、大きな水瓶と、お供え物が置かれている。

 お供え物は、野菜と果物で、海の幸を分けてもらう代わりに、大地でとれた物をお返しするのが習わしだ。

 日が昇ると共に、司祭たちが舞台に上がり、祈りの儀式が始まった。その祈りの言葉を聴きながら、参加者たちも一緒にお祈りし、水の精霊と水の女神に、感謝をするのが目的だ。

 ただ、最近では『健康祈願』が目的で、訪れる人も多い。『水の女神アルテナ』は、生命をつかさどっているので、長寿や健康にご利益があるからだ。

 周囲は、荘厳な雰囲気と静けさに加え、緊張感に包まれていた。でも、そんな重い空気の中、隣にいたフィニーちゃんは、立ったまま寝ていた。

 相変わらず、周りを気にせず、マイペースだよねぇ。てか、立ったまま寝るとか、器用過ぎでしょ?

 普段なら、間違いなく、ナギサちゃんが激怒しているところだ。でも、流石に、この静寂の中で声を出す訳にもいかず、にらみつけるだけに留まっていた。

 しばらくすると、水平線が明るんで来る。今日の日の出の時刻は、五時十分なので、もう間もなくだ。

 実は私、海で日の出を見るのって、生まれて初めてなんだよね。まだ、小さかったころ、家族で山に『初日の出』を見にいった記憶がある。でも、それ以降、日の出って見たことが無かった。だから、結構ドキドキしている。

 太陽の頭がゆっくりと現れると、水平線の辺りが赤く染まっていった。それと同時に、待機していたシスターたちが舞台に上がって行き、祈りの儀式の準備を始める。周りにいた人たちは、胸の前で手を組んだ。

 何だろう、この気持ち。日の出を見ていたら、グワーッて、気分が上がって来た。

 私は慌てて、隣のフィニーちゃんの体を揺らす。すると、
「んー……もう朝ご飯?」
 何とも、ボケボケな答えが返ってきた。

「違う違う、祈りの儀式が始まったから」

 私が小声で伝えると、ようやく状況を理解したのか、辺りをキョロキョロと見回す。彼女はゆっくり手を組み目を閉じるが、起きてるんだか寝てるんだか、よく分からない。まぁ、形だけでもやってれば、大丈夫だよね。って、私もやらないと。

 私も手を組み、目を閉じた。ほどなくして、祈りの言葉が聞こえて来る。

「慈悲深き水の女神アルテナと、偉大なる深海の女帝ウィンダリア。また、日々の糧を与えて下さる母なる海と、命を与えてくれた海の生き物全てに、我らグリュンノアの子ら一同、深く感謝の意を申し上げます」

 ちなみに、深海の女帝『ウィンダリア』は、蒼空の女王『シルフィード』と並ぶ、四大精霊の一人だ。他にも、炎界の王女『イーフリータ』と、大地の聖母『メイスノーム』がおり、国や地域によって、信奉される精霊が違っていた。

『空の町』と言われる〈グリュンノア〉では、やはり風の大精霊『シルフィード』が、最も人気が高い。私たちの職業名も、彼女の名から付けられたものだ。

 とはいえ、海に囲まれ、豊富な海洋資源がとれるのは、水の大精霊『ウィンダリア』のお蔭。なので、この町の人たちは、ちゃんと感謝の気持ちを忘れない。

「我ら水の都の民は、これからも海と水に心より感謝し、共に生きていくことを誓います。また、今年一年、壮健で豊かな生活を与えてくださったことに、大地の実りと感謝の祈りを、捧げさせていただきます」

 司祭が祈りの言葉を終えた直後、周りにいた人たちは、一斉に地面に片膝をついた。私も慌てて、それにならう。ほどなくして、町の時計塔の鐘が、一斉に鳴り響いた。それと同時に、皆目をつぶって感謝の祈りを始める。

 私も目を閉じると、

『いつも美味しいお魚を、ありがとうございます。いつも美味しいお水を、ありがとうございます。あとは――毎日、健康に過ごさせてもらって、ありがとうございます』

 心の中で、次々と感謝の言葉を述べて行った。

 鐘が鳴り続ける五分間は、祈りの時間だ。〈エメラルド・ビーチ〉だけでなく、他の地区の海岸や、中には自宅でお祈りをする人もいる。

 五分って、短いようで意外と長い。途中で、感謝の言葉のネタが尽きてしまった。でも、海や水に関係なくても、感謝なら何でもOKって、ナギサちゃんが言ってたよね。

『グリュンノアに来れて、ありがとうございます。リリーシャさんに会えて、ありがとうございます。シルフィードになれて、ありがとうございます。〈ホワイト・ウイング〉で働けて、ありがとうございます』

 この町に来れたことや、シルフィードになれた幸運には、本当に心から感謝している。特に、リリーシャさんに会えたのは、私の人生で、最大級に幸せな出来事だった。

 その他にも、色々な感謝をお祈りするが、私の場合、食べ物のことが多い気がする……。でも、こっちで一人暮らしを始めてからは、食事の幸せや、食べ物への感謝の気持ちが、大きく膨らんだのは事実だ。

 昔は、一日三度の食事が、当たり前だと思ってて、特に感謝の気持ちはなかったからね。

 一通り、思いつく限りの感謝を終えると、今度はお願いのお祈りを始める。感謝の祈りが終わったら、お願い事をしてもよい決まりになっていた。というか、これが目当てで、参加する人も多いらしい。

『一日も早く、一人前になれますように。頭がよくなって、勉強ができるようになりますように。もっと沢山、リリーシャさんのお役に立てますように』

 やはり、仕事のことが、最も切実だ。でも、本音を言ってしまえば、

『もっと、お腹一杯、ご飯が食べられますように。もっと広い部屋に住めますように。人気のシルフィードになって、お給料が一杯貰えますように。レースで優勝できますように』

 物凄く私的なお願いが多い。

 うーん、でも、なんか違う気がする。ちょっと、欲深すぎる気が――。そうだ、もっと大事なことが有るじゃない。

『これからも、ナギサちゃんやフィニーちゃんと、仲良くできますように。これからも、ずっとリリーシャさんと、一緒にいられますように。できれば、両親と仲直り出来ますように……』

 あとは、私と関わりのある人の名前を、片っ端から挙げて、お礼をしていった。

 本当に、人間関係って大事だよね。私はこの世界で、沢山の人たちに支えられたお蔭で、ここまでやって来れた。何でも一人で出来ると思っていた学生時代が、はるか遠い過去のように思える。あのころは、本当に青かったなぁ――。 

『最後に、グリュンノアの全ての人たちが、平和で健康的な生活が送れますように……』

 ちょうど、このお祈りをしたところで、鐘が鳴りやんだ。

 物凄く集中していたせいか、思ったよりも、あっという間だった。目を開けて周囲を見ると、皆ぞろぞろと舞台に向かっていく。

「ほら、私たちも移動するわよ」
 ナギサちゃんは、半分寝てたっぽいフィニーちゃんの腕を引き、舞台に向かう。

 先ほどのシスターたちは、全員、舞台から降りた。代わりに、真っ白でヒラヒラの付いた衣装を着た女性が、ゆっくりと舞台に上がって行った。と同時に、周囲から感嘆の声がもれる。

「あれって、マリアさんじゃない?!」
「元シルフィード・クイーンとしても、シスターとしても、物凄く人気があるから。こういう式典などには、よく参加するのよ」

「ほへぇー……やっぱ凄い人なんだね」
「当たり前でしょ。いまさら、何を言ってるのよ」

 あまりにも、普通に接してくれてたし。現役時代の姿を、見たことが無かったから、今一つ実感が湧かなかったのだ。

 ノーラさんみたいに、強烈な存在感がある訳ではなく、普通の一般人のように見えていた。けど、舞台の上の彼女を見ると、ただ者ではない雰囲気が、ひしひしと伝わって来る。

 純白のその姿は、ただただ美しく清らかで、まるで天使のようだった。後ろから朝日を浴びているせいか、後光を発しているかのように見える。この世の物とは思えない神聖な姿に、私の目は釘付けになり、息をするのも忘れていた。

 彼女は、音もなくゆっくり動き出し『奉納の舞』を始める。舞台の周囲にいたシスターたちが、舞いに合わせて、手に持っていた鈴を、シャンシャンと鳴らし始めた。

 マリアさんは、クルクルと回転しながら、舞台の上を移動して舞い続ける。しなやかな軽い動きで、重力から切り離され、重さが無くなったかのようだ。

 腕に着いた長いヒラヒラが、回転するたびに空中で舞い踊る。舞台上で、風が渦巻いているようにも見えた。

 やがて、舞台中央に戻りかがみ込むと、空に向け両手をあげた。しばしの静寂のあと、周囲から一斉に、歓声と拍手が巻き起こった。私もマリアさんの名を叫びながら、精一杯の拍手を送る。

「きゃー、何これ?! 凄い凄い、凄すぎるよ!! めっちゃ凄くて、超驚いた!」
 興奮しながら感想をもらすが、

「私は、風歌のボキャブラリの少なさに、驚いたわよ」
 ナギサちゃんからは、とても冷静な突っ込みが返ってきた。

「んがっ――。い、いいでしょ! とにかく、凄かったんだから。ねぇ、フィニーちゃん、凄かったよね?」

 フィニーちゃんに視線を向けると、先ほどは眠そうな表情をしていたのに、今は大きく目を見開いている。しかも、感動したのか、言葉にならない声をあげていた。

「お、おぉー……おおぉ」
「ちゃんと、言葉で表現しなさいよ。まったく、あなたたち二人の、表現力のなさと言ったら。それよりも、少し後ろに下がったほうがいいわよ」 

 奉納の舞が終わったあと、待機していたシスターたちが、ゾロゾロと舞台に上がる。すると、大きな水瓶を、舞台の前のほうに移動させていた。 

「何が始まるの?」
「水瓶に入った神水を撒く『水撒きの儀式』よ。神水を浴びると、水の加護を受け、一年間、健康に過ごせると言われているわ」

「なら、いっぱい浴びなきゃ。よし、できるだけ前に行こう」
 私は強引に二人の手を引っ張り、前のほうに進む。
  
 しばらくすると、ひしゃくを手に持ったシスターたちが、水をまき始めた。

「きゃー、つべたいっ! 早朝だと、水も冷たいね」
「だから言ったじゃないの、下がったほうがいいって。ちょっと、フィニーツァ、私の後ろに隠れるのは止めなさいよ!」

「ぬれたら、死ぬ」
「そんな訳ないでしょ!!」

 周囲からは、キャーキャーと黄色い声が上がった。みんな『冷たい!』と言いながらも、凄く嬉しそうだ。叫び声と水しぶきで、何が何だか分からなくなってきた。

 最初は逃げ回ってたけど、私は両手を広げ、全身に水を浴びる。子供のころの水遊びを思い出し、だんだん楽しくなって来たからだ。

 やがて水瓶が空になると、舞台に上がっていたシスターたちが、
「皆に水の祝福があらんことを」
 一斉に祈りをささげる。

 参加者たちから、拍手と喝采が巻き起こり、儀式は終了した。

「なんか、楽しかったねぇ。って、ナギサちゃん、びしょびしょ。アハハハッ」 
「ナギサ、ぬれたネコみたい。プッ……」

 私はびしょ濡れのナギサちゃんを見て、思わず笑ってしまった。フィニーちゃんは、両手で口をおさえ、必死に笑いをこらえていた。

「って、あなたたちだって、物凄く濡れてるじゃない!」
「いやー、そうだけど。ナギサちゃんのそんな崩れた姿、初めてみたから。アハハッ」

 いつも完璧に、ビシッとしているナギサちゃんが、よれよれになってる姿なんて、初めて見たからつい――。

「くっ……もう、さっさと帰るわよ」
 不機嫌そうに踵を返した彼女の手を、私はガシッとつかんだ。

「ねー、あっちで、無料の海鮮汁を配ってるって。食べて行こうよ!」
「おぉっ、海鮮汁!」

 フィニーちゃんも、ナギサちゃんの手をつかむ。

「ちょっ、私は帰ってシャワーを浴びて、髪をセットし直すんだから。放しなさいって」

 嫌がるナギサちゃんを、私たちは無理矢理、引っ張って行った。

 もっと退屈な行事かと思ってけど、超楽しかった。『蒼海祭』サイコー!!


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次回――
『商店街と言えば揚げたてのコロッケが真っ先に思い浮かぶ』

 買わずに悔やむより買って兜の緒を締めよ!
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