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第2部 母と娘の関係

4-7何も言われないほうがやる気が出るタイプもいるよね

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 私は〈東地区〉の上空を飛んでいた。今日はお使いで、予約していたケーキを取りに行くところだ。午後に来られるお客様は、今日が誕生日。なので、そのお客様の名前が入ったケーキを、あらかじめ洋菓子店に予約しておいたのだ。

 バースデーケーキのことは、お客様には知らせていない。いわゆる、サプライズ・プレゼントだ。お客様、きっと驚くだろうなぁー。それに、誕生日のいい思い出になると思う。

 今回のケーキの準備は、リリーシャさんのアイディアだった。リリーシャさんは、全てのお客様の好みを把握し、さらには、誕生日まで覚えている。物凄い記憶力なんだよね。数年前に来たお客様のことも、全て覚えているぐらいだから。

 こういう細やかな気遣いが、リリーシャさんの人気の理由であり、私が物凄く尊敬しているところだ。

 ちなみに、スピでは『気遣いの達人』『慈愛の天使』『神対応』など、接客が物凄く高い評価をされている。以前、読んだ女性誌にも『気遣いのプロが教える接客術』というタイトルで、リリーシャさんのインタビューが載っていた。

 私もしっかり見習って、細やかな気配りが出来るようにならないと。ガサツや大雑把なままじゃ、お客様に愛される人気シルフィードには、なれないからね。

 とか何とか考えていると、金色の鐘がついている青い屋根が見えてきた。いつもお使いで来ている、洋菓子店〈ウインド・ベル〉だ。私は甘いものが大好きなので、このお店に来ると、いつもワクワクする。

 もっとも、余分なお金はないので、お使い以外のお菓子は、買えないんだけどね……。でも、見るだけでも幸せな気分になれるのが、スイーツの魔力。だから、洋菓子店にお使いに来るのが、一番好きだ。

 私は店の前に静かに着陸する。ピッタリ店に寄せて停めるのも、マナーであり、シルフィードの大事な飛行技術だ。きれいに停められると、自分でもとても気分がいいからね。

 エア・ドルフィンから降りると、まずはガラス窓から店内を確認する。いつも通り、店内のウインドウ・ケースには、色とりどりのケーキが並べられていた。相変わらず、すっごく美味しそう。

 少しばかり目で楽しんだあと、入口に向かった。扉を開けた瞬間、
「いらっしゃいませ!」 
 いつもとは違う、とても元気な声が聞こえてきた。

 声のほうに視線を向けると、こないだ水路脇でお話をした、ロゼちゃんだった。

「あ、ロゼちゃん、こんにちは」
「こんにちは、風歌さん。先日は、ありがとうございました」

 彼女は、爽やかな笑顔で声を掛けてくる。何だか、以前の陰のある雰囲気とは別人のようで、明るく活き活きとしていた。手にはトレーを持ち、パンを陳列している最中だった。

「あら、風歌ちゃん、いらっしゃい」 
「こんにちは、ロナさん。予約のケーキを、受け取りに来ました」

 ロナさんも、いつも通り優しい笑顔で迎えてくれた。

 ここに来ると、物凄くホッとする。顔なじみの店なのもあるけど、ロナさんと世間話をするのが、楽しみだからだ。とても明るいし、凄く面白い人なんだよね。

 あと、ロナさんって、物凄く顔が広くて、ここら辺の情報は何でも知っていた。この地域で一番の『情報通』として、ご近所では、ちょっとした有名人だったりもする。

 新しく出来たお店、美味しい料理屋、今流行している物とか。結構、色んな情報を教えてもらっていた。シルフィードのことはリリーシャさんで、この町のことはロナさんが先生だ。

「準備できてるわよ。いつも、お使い偉いわね」
「いえ、この程度、誰でも出来ることですし。今はこれぐらいしか、会社に貢献できませんから」

 実際、見習いの私では、お客様の観光案内はできないので、会社の収入につながる仕事は全くできていない。だからこそ、雑用ぐらいは、しっかりやらないとね。

「その、誰でも出来ることを真面目にやるのが、意外と難しいのよ」

 そういえば、私も昔はよく言われてたっけ。『特別なことをやれと言っているのではなく、誰もが出来ることを、普通にやりなさいと言ってるの』これが、母親の口癖だった。今なら、言わんとしていることが、何となく分かる。

 ロナさんが、保存庫から出したケーキの箱を、袋に詰めている間、私はロゼちゃんの様子を見守っていた。

 陳列を終えたあとは、他のパンを一つ一つチェックし、綺麗に見えるように、微調整している。動きがテキパキしていて、無駄がない。以前は、もっさりした感じだったので、本当に別人のようだ。

 それに、嫌々手伝ってる感じではなかった。表情も真剣だし、物凄くやる気に満ちあふれた感じがする。おそらく、自主的にやっているんだと思う。嫌々なら、あんなに一生懸命、動かないからね。

「ねぇ、風歌ちゃん、ちょっと、ちょっと」
 ロナさんが小声で手招きしてきたので、私は顔を近づける。

「あの子に、どんな魔法をかけたの? 今までは、いくら煩く言っても、何もやらなかったのに。何か急に仕事を、手伝い始めたのよ」
「あー、いや、別に特別なことは。ちょっと、私の昔話をしただけで……」

 まさか、私の黒歴史を話しただけで、ここまでやる気が出るとは思わなかった。だとしたら、あの家出の話も、無駄ではなかったってことだよね。

「やっぱり、しっかりした子の話を聴くと、やる気が出るのかしらね」
「いえ、逆です。私、昔は毎日、母親に怒られてばかりでしたから。毎日、ゴロゴロ、ダラダラやっていて。お使いだって、一度もしたこと有りませんでしたから」

 ロゼちゃんには話しちゃったし、隠してもしょうがないよね。それに、昔は昔、今は今。人は変わるんだから、今しっかりできていれば、問題ないと思う。

「あら、それは意外ね。物凄く、しっかりしてそうなのに」

 ロナさんは、驚いた表情を浮かべる。まぁ、シルフィードとしての顔しか、ロナさんは知らないもんね。でも、学生時代って、よほど真面目な子じゃない限り、ダラーッとやってるもんなんじゃないのかな?

「しっかりしたのは、こっちに来てからです。社会人になれば、色々と責任がありますし。必死に働かないと、生きていけませんから」 

「確かに、社会人になれば、しっかりするとは言うけれど。でも、そんなにすぐに、変わるものかしら? 風歌ちゃんは、元がしっかりしてたからじゃないの?」

 高く評価してくれるのは、ありがたいけど、本当に私って、そんな優れた人間じゃないんだよね。リリーシャさんやナギサちゃんみたいに、根っから真面目な人間じゃないから。

 もし、実家に戻ったりしたら、完全に気が抜けて、また毎日ダラダラすると思う……。

「それは、全く関係ないです。その気になれば、人は数日で変わると思いますよ。私もそうでしたし。ロゼちゃんも、ああやって、別人みたいに変わってますし」
「それは、そうかもしれないけど。何を考えているのやら――」

 ロナさんは、真面目に働いているロゼちゃんに、不安そうな視線を向ける。

「私と違って真面目だから、今から将来のために、頑張っているんだと思いますよ。社会人になる前から、頑張るほうがいいですし」

『学生時代にもっと頑張っておけば』なんて、たまに思うことがある。あの時は、勉強の大切さも、将来に向け頑張ることも、まるで興味がなかった。

 学生時代はとても楽しかったけど、それだけが、唯一の心残りだ。その点、今から頑張っているロゼちゃんは、物凄く偉いと思う。

「将来……? あの子って、将来どうするつもりなのかしら? 進学か就職かも、なにも聴いてないけど」

「それはいずれ、ロゼちゃん自身から話があると思うので。それまで、温かく見守ってあげてください。自分の考えをまとめるのも、それを人に伝えるのも、結構、時間が掛かるものですから」

 これは、私が話すべきことではない。それに、偉そうなこと言っても、私自身、親に伝えられなかったから。だから、せめてロゼちゃんには、自分の口から、ちゃんと伝えてほしいと思う。

「やる気を出すのは、いいことだし。しばらく、見守っておこうかしらね……」
「それが、いいと思います。何も言われないほうが、やる気を出すタイプだと思うので」

 人によって、言われてやる気を出すタイプと、言われないほうが、やる気が出るタイプがいるんだよね。私は後者のほうだ。

 何でも自発的にやりたいから、うるさく言われると、逆にやる気がそがれちゃうんだよね。母親と馬が合わなかったのも、それが原因だ。

「はい、お待たせしました。これ、予約のバースデーケーキね。ロウソクも中に入ってるから。あと、こっちは、あの子の面倒を見てくれたお礼。あとで、リリーちゃんと食べてね」

 予約のケーキとは別に、プリンが二つ入った袋を渡してくれた。

「お礼って……。私、本当に大したこと、してないんですけど」
 自分の、痛々しい失敗を話しただけで――。

「何かするとかじゃなくて、一緒にいてくれたことが大切なのよ。風歌ちゃんには、いないかしら? 一緒にいるだけで、やる気が出たり、目標にしたい人って?」

「あぁ、いますいます。私、リリーシャさんみたいな、素敵なシルフィードになりたいんです。出会ってから、ずっと私の目標なんです」

 リリーシャさんは、シルフィードとしても、人としても、大きな目標だ。出会ってからずっと、彼女の背中を、追い続けている。

「どうやら、あの子にとっては、その目標が風歌ちゃんみたいね」
「えぇっ?! 私がですか?」

 私はまだ見習いだし、この世界の知識も知らないことだらけで、誰かに目標にされるような、立派な人間ではない。嬉しさもあるけど、ちょっと気恥ずかしかった。相変わらず、ナギサちゃんには、しょっちゅう怒られてばかりだし……。

「これからも、あの子の話し相手になってあげてね」
「私でよければ喜んで」

 目標になれるかは、まだ自信がない。でも、大きな夢を追い掛ける者どうし、友達としてなら大歓迎だ。

 その後、いつも通り、ロナさんと少し世間話をする。しばらく話したあと、ロナさんに挨拶して、出口に向かった。

「ありがとうございました」
 ロゼちゃんから、大きな声が飛んでくる。

「お互いに頑張ろうね」
 私が元気に声を掛けると、

「はい、頑張ります!」
 最高に爽やかな笑顔で返してくれた。

 私は外に出て、ケーキをエア・ドルフィンに積むと、大きく伸びをする。

 人って、変わる時は、一瞬で変わるものだよね。私もそうだったけど、心の底から決意すると、考え方も行動も見える世界も、全てが一変する。

 ロゼちゃんは、私よりも早く一歩目を踏み出したので、大丈夫だと思う。きっと、ロナさんも理解してくれるんじゃないかな。

 私も、胸を張って誰かの目標になれるように、頑張らないとね……。


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次回――
『レース直前なのにいまだに仕上がっていない件』

 このレースに失敗なんか存在しないッ! 存在するのは冒険者だけだッ!
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