上 下
72 / 363
第2部 母と娘の関係

4-6私が言うのも何だけど凄く変なシルフィードを見つけた

しおりを挟む
 私は今〈新南区しんなんく〉に来ていた。実はこの地区って、ほとんど来たことないんだよね。上空を飛ぶ機会は、たまにあるんだけど、直接、降りるのは初めてだった。

〈南地区〉のさらに南に位置し、とても長い橋でつながっていた。この橋は〈ドリーム・ブリッジ〉と呼ばれ、全長一キロもある。夜になるとライトアップされ、物凄く綺麗で、夜景の名所としても人気があった。

〈新南区〉は、最も新しくできた地区で、あらゆるリゾート施設が揃っている。遊園地・プール・カジノ・グルメタウン・飲み屋街・リゾートホテルなど。地元の人はもちろん、世界中から観光客が集まる、巨大な歓楽街だ。

 とても楽しそうではあるんだけど、お金のかかる施設ばかりだし、この地区は、かなり物価が高い。いわゆる『観光地価格』だ。お茶だって、普段よく行く安いカフェの、倍以上のお値段はする。なので、私には全く無縁の場所だった。

 それに、カジノや飲み屋街があるから、未成年の私には、来づらい場所なんだよね。シルフィードが案内するような場所じゃないと思っていたので、今までは、完全にスルーしていた。

 でも、全く行ったことがないと、もし、お客様から要望があった場合はマズイよね。そんなわけで、今日はナギサちゃんが、案内してくれることになった。フィニーちゃんも、美味しいものを食べる目的で、一緒に来ている。

 私たちは、町の中央にある、最も大きな通りの〈アクア・ストリート〉を歩いていた。通りは、ざわざわと賑やかで、物凄く混雑している。

〈南地区〉も賑わっているけど、それよりも、さらに人通りが多かった。気を抜くと、人の流れに飲み込まれてしまいそうだ。

 私はこういう賑やかな場所は好きだけど、ナギサちゃんたちは、あまり好きではないようだった。ナギサちゃんは、やや不機嫌な顔をし、フィニーちゃんは、すでに疲れた表情を浮かべている。

 まぁ〈グリュンノア〉って、静かでのんびりした場所が多いからね。たまに、こういうところに来ると、疲れちゃうのかも。

 しかし、私の場合は、賑やかな所に来るとテンションが上がるので、意気揚々と進んで行った。人が一杯いて活気があるだけで、何か体の奥から、エネルギーが湧きだして来るんだよね。

 あちこちの、お店や建物を眺めながら、ゆっくり進んで行くと、ふと不審な人物が目に入った。

 何やら、周囲をキョロキョロ見回し、唐突に四つん這いになり、地面をジーッと見つめていた。制服を着ているので、シルフィードのようだ。でも、見たことのない腕章だった。

 シルフィードなんだから、不審者……ってことはないよね? となると、何か探し物かな?

 私は近付いて行き、
「大丈夫ですか?」 
 四つん這いになっている女の子に、そっと声を掛けた。

 彼女は、私に気付くと立ち上がり、制服の乱れをサッと整えると、左手を顔に当てた。その指の隙間から、こちらを覗きこむと、

「クフフフッ、どうやら見つかってしまったようだな」
 口元に薄っすらと笑みを浮かべて答える。

「いや、見つかるも何も、超目立ってますけど――」 
 先ほどから、通り掛かる人が皆、チラチラと怪訝な視線を向けていた。

「何だと?! 姿隠しの結界が、効いていなかったというのか? いや、そんなはずはない。我の結界術式は完璧だ! さては貴様、魔眼の持ち主だな?」
「えっ?! えーと……?」

 何言ってるんだか、さっぱり分からない。でも、この世界って、魔法を使える人がいるんだよね? 魔法技術があるんだから、いても、おかしくはないけど。でも、実際に、魔法を使っている人なんて、今まで見たことがない。

「何をやってるのよ、風歌。行くわよ」
 私が困惑していると、ナギサちゃんがやって来た。

「でも、この人が――結界やら魔眼やら、何かよく分からないことを……」
「頭のおかしなのは放っておいて、さっさと目的地に行くわよ」

 言いながら、ナギサちゃんは私の腕を引っ張る。だが、

「だれが、頭のおかしなのだ! 我は高貴なる闇の支配者の血族、キラリス・ローランド。さらに〈アクア・リゾート〉所属の、超天才シルフィードだぞ!」

 言い終えたあと、フッと口元をつり上げ、ドヤ顔をした。

「もしかして、有名な人なの?」
 また、私が知らないだけかと思い、二人に尋ねるが、

「聞いたことないわよ。こんな馬鹿がシルフィードをやってるなんて、世も末ね」 
「キラリン――聞いたことない」

 二人ともあっさり答える。

「って、誰が馬鹿だ! ていうか、キラリンじゃなくて、キ・ラ・リ・ス!」 
 彼女は顔を真っ赤にして、甲高い声で反論した。 

 普通に話すと、とてもカワイイ女の子だ。

「キラリン……」 
「キラリンのほうが呼びやすいわ」
「キラリンのほうが可愛いよね」

 私たちは、完全に同調した。でも、三人の意見が合うなんて珍しい。

「むきーっ! そんなチョロイ名前で呼ぶんじゃない! 我は高貴な闇の血を引く者なんだぞ! 暗黒騎士キラリス、もしくは、キラリス様と呼んでよね」

 まともに受け止めちゃいけない気がするので、聞かなかったことにする。

「ところで、何をしていたの? 探し物をしていたみたいだけど」
「フッ。まぁ、どうしても聴きたいというなら、特別に話さないでもないがな」

 キラリスは両腕を組んで、偉そうに答えた。

「さっ、行きましょ」
「お腹すいた、なんか食べる」

 ナギサちゃんとフィニーちゃんは、気にせず、さっさと歩いて行く。置いていかれては困るので、私もそのあとに続いた。

「って、待った待ったー!! まだ、話の途中でしょ? お願いだから、私の話を聴いてー!」

 キラリスは、私たちの前に回り込むと、ウルウルした目で見つめて来る。

「何があったの? 助けが必要なら、分かるように普通に話して」 

 私が尋ねると、ナギサちゃんたちは、あからさまに嫌そうな表情を浮かべた。でも、このまま放っておくのも、かわいそうじゃない。同じシルフィードだし、ちょっと変だけど、悪い子ではなさそうだし。

「実は、とても大事な指輪を、落としてしまって――」
 しゅんとした表情で彼女は答えた。

「どんな指輪?」 
「青い石。ブルーナイトが付いている指輪」

「よし、じゃあ一緒に探してあげるよ」
「本当かっ! ありがとう、前世よりの我が魂の盟友よ!」

 キラリスは、私の手をヒシっと握ってくる。

 隣をチラリと見ると、二人は『何で受けたのよ』『メンドクサー』と言いたげな表情で、私を見てきた。その刺さるような視線、心が痛いからやめて……。

「四人で探せばすぐだから、ササッと見つけちゃおう」
 言いながら、私は指輪を探し始めた。ナギサちゃんたちも、渋々動き始める。

 しかし、人通りが多いうえに、道も広いので、一筋縄ではいかなかった。沢山の人の足が次々と行きかい、地面が思うように見えない。人の流れを避けるだけでも、一杯一杯だ。

 キラリスは、そうとう必至なのか、四つん這いになって探しており、相変わらず周囲の視線を集めていた。私はあまり人目を気にしないほうだけど、さすがに、制服姿であれは無理――。

 でも、あれだけ必死に探しているってことは、きっと物凄く大事な物なんだろうね。何とかして、見付けてあげないと。

 黙々と探している内に、すでに、ニ十分以上が経過していた。この混雑状態の中で見つけるのは、かなり厳しいと思う。念のため、見つかったかを確認するため、私はキラリスの所に向かった。

 私が声を掛けようとすると、
「ふぎゃっ!」
 と悲鳴を上げ、キラリスは頭を抱えてしゃがみこんだ。

「って、何するんだ!! この馬鹿もの……が――」
 彼女は振り向くと、青ざめた顔でゆっくり立ち上がった。

 そこには、キラリスを険しい表情で睨みつける、仁王立ちの女性がいた。

「何やっているんだ、キラリス! 待ち合わせの時間に、三十分以上も遅刻して」

「げっ、ミラ先輩?! い、いや……これには、深いわけがありまして。その、大事な指輪を無くしてしまって。今みんなで、捜索中みたいな――」

 キラリスは、しどろもどろに説明する。

「みんな?」
「あ、ほら、そこにいる人たちが、手伝ってくれて」
 何事かと、ナギサちゃんたちも集まってきていた。

 先輩と呼ばれた女性は、キラリスをキッと睨みつけると、容赦なく脳天に拳を叩きこんだ。

 ゴスッという鈍い音と同時に、
「ぎゃーっ!!」
 キラリスは悲鳴を上げ、頭を抱えて再びしゃがみこんだ。

「いったぁー……暴力反対っ! 馬鹿になったら、どうするんですか?」
「安心しろ。お前は元々馬鹿だから、それ以上は馬鹿にならん」

「超天才の私に向かって、なんてことを!」
「もう一発、いっとくか?」
 涙目で反論するキラリスに、その女性は容赦なく言い放つ。

「いえ――結構です」
 キラリスは目じりの涙をぬぐいながら、ゆっくり立ち上がった。

 同じ腕章をつけているから、おそらく会社の先輩なんだと思う。それにしても、ただならぬ威圧感だ。これって、ノーラさんに匹敵するかも。

「うちの馬鹿が、ご迷惑をおかけして、大変申しわけなかった。あとで締めておくから、ご容赦願いたい」
「ええっ、しめるって……?!」 

 キラリスの顔が、思いっ切り青ざめる。

「あの、私たち別に、大したことしてませんし、好きで手伝っただけですから。彼女のことは、許してあげてください」

 私は何とかフォローするが、

「いや、筋を通すのは大事だし、手間を取らせたのは事実なので。この件のお詫びは、いずれまた改めて」

 左手でガシッとキラリスの頭を掴むと、強引に頭を下げさせた。

「す……すびばせんでした」
「では、我々は急ぎの用があるので、失礼する」

 会釈をすると、彼女は踵を返し、颯爽と立ち去って行く。キラリスも、慌ててそのあとについて行った。

 ひゃー、すっごく厳しい先輩だなぁ。でも、私はこういう体育会系のノリの人は、大好きだ。

 私たち三人は、二人の姿が見えなくなるまで、呆然としながら見送った。突然の出来事で、何が何だか、状況よく呑み込めていない。

「疲れた――おなかもすいた」
「私も同感ね、どっと疲れたわ。どこかでお茶にしましょうか?」
「うん、そだね」

 それにしても、本当に変わった子だったなぁ。今まで、色んな人を見てきたけど、ああいうタイプは、初めてだ。

 私たちと同じ新人みたいだけど、ちゃんとシルフィードとして、やっていけるのかなぁ……?


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回――
『何も言われないほうがやる気が出るタイプもいるよね』

 夢。それはやる気の源。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

忘却の思い込み追放勇者 ずっと放置され続けたので追放されたと思ったのだけど違うんですか!?

カズサノスケ
ファンタジー
「俺は追放されたのだ……」 その者はそう思い込んでしまった。魔王復活に備えて時の止まる異空間へ修行に出されたまま1000年間も放置されてしまったのだから……。 魔王が勇者に討たれた時、必ず復活して復讐を果たすと言い残した。後に王となった元勇者は自身の息子を復活した魔王との戦いの切り札として育成するべく時の止まった異空間へ修行に向かわせる。その者、初代バルディア国王の第1王子にして次期勇者候補クミン・バルディア16歳。 魔王戦に備えて鍛え続けるクミンだが、復活の兆しがなく100年後も200年後も呼び戻される事はなかった。平和過ぎる悠久の時が流れて500年……、世の人々はもちろんの事、王家の者まで先の時代に起きた魔王との戦いを忘れてしまっていた。それはクミンの存在も忘却の彼方へと追いやられ放置状態となった事を意味する。父親との確執があったクミンは思い込む、「実は俺に王位を継承させない為の追放だったのではないか?」 1000年経った頃。偶然にも発見され呼び戻される事となった。1000年も鍛え続けたお陰で破格の強さを身に着けたのだが、肝心の魔王が復活していないのでそれをぶつける相手もいない。追放されたと思い込んだ卑屈な勇者候補の捻じれた冒険が幕を開ける!

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...