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第2部 母と娘の関係

3-8本気は言葉じゃなくて態度で示すべきだと最近は思う

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 私は水路の脇に、ゆっくりと降下して行った。音を立てないよう静かに着地すると、エア・ドルフィンから降り、少し離れたところで様子を見守る。

 彼女は、こちらに気付いた様子はなく、じっと水面を眺めていた。何か落ち込んでいるようにも見える。

 そもそも、何もなくて、こんな所で一人でボーッとしている訳ないよね。普通、中学生だったら、遊び盛りで楽しい時期のはずだ。

 ただ、こういう時って、声を掛けていいものか、難しいんだよね。一人でいるほうがいい場合もあるし。でも、何か放っておいてはダメな気がした。

 おそらく、私がこの町に来たばかりの状況と、被ったからかもしれない。面接に落ちまくって、行く当てもなく、河原で落ち込んでいた時のことを思い出す。

 あの時、リリーシャさんに声を掛けてもらって、どんなに救われたことか……。余計なお節介かもしれないけど、今度は、私が誰かの力になりたい。

 意を決して、静かに近付いて行くと、そっと声を掛けた。

「こんにちは」
 彼女はこちらに顔を向けると、一瞬、驚いた表情を浮かべる。

「ここ、座ってもいい?」 
 私は笑顔で話し掛けた。

「別に――」
 すぐに無表情に戻ると、彼女は小さな声で、そっけなく答える。

 ゆっくり階段に腰掛けると、

「私は〈ホワイト・ウイング〉所属の如月 風歌。まだ、見習いだけど、シルフィードをやってるの。お使いで〈ウインド・ベル〉には、よく来てるんだ」

 軽く自己紹介をした。

「……知ってる。何度か、見たことある」
 彼女はボソッと呟く。

「そうなんだ。お名前、教えてもらってもいい?」
「……ロゼ」
「よろしくね、ロゼちゃん」

 私は今日、初めて見たのに、知っててくれたんだね。私もロナさんも声が大きいから、家にいれば、会話が筒抜けなのかも。

 私は水路の流れを眺め、少し間をおいてから、
「ロゼちゃんは、お母さんと仲悪いの?」
 慎重に尋ねてみる。

「悪いっていうか――私は大嫌い。顔を合わせる度に、文句言ってくるし」
「じゃあ、うちの母親と同じだね」

「そうなの?」
 ロゼちゃんは、ようやく私のほうを見てくれた。

「うちの母親も、顔を合わせる度に小言をいうんだ。勉強しろ、部屋をかたずけろ、身だしなみをちゃんとしろ。もう、煩いのなんの。だから、私ずっと避けてたんだよね。『文句を言うためだけにいる存在なのか』って思ってたもん」

 実家にいたころは、文句を言われなかった日は、一日たりともなかった。だから、私は母親が、物凄く苦手だ。

「それ、分かる」
「しかも、一方的に自分の意見ばかり言ってきて。私の話は、全然きいてくれないんだよね」

「そう、うちも全く同じだよ」
 ロゼちゃんの無表情だった顔に、感情が表れた。

「それに、私がやること全てに反対して来るから、凄いやる気削がれるんだよね」
「うん、それ!」
 彼女は、力強く同意する。

「だから、私は母親のことが大嫌いだった。正面からまともに話し合えば、必ず喧嘩になるし。絶対に認めてもらえないことも、分かってたから。話すだけ時間の無駄だし」 

「本当に時間の無駄だよね。話を聴かない人と話すと」
 ロゼちゃんは、いつの間にか、大きな声で話すようになっていた。

「私たち、結構にてるのかもね」
 私が笑顔を向けると、彼女は少し微笑んだ。

「かもね……。でも、シルフィードになる時、反対されなかったの?」
「された、された。超反対されたよ。『絶対にダメだ!』って」

「じゃあ、どうやってシルフィードになったの?」
 彼女は興味津々な目で、私を見つめてきた。

「いやー、それがねぇ――」

 うーん、本当のことを話していいものかどうか、ちょっと迷うなぁ。別に、恥ずかしいとか、そういうんじゃなくて。『中学生には、刺激が強いかなぁー』って思うんだよね。家出なんて、いいもんじゃないし。

 でも、彼女は、ジーッと私のことを見て、明らかに次の言葉を期待している様子だった。まぁ、別にいっか。私みたいに、無謀なことをするような子じゃなさそうだし。

「実は、親と喧嘩して。そのまま、家を飛び出しちゃって……」
「えっ、嘘?! 家出したの?」

 さすがに、驚いた表情を浮かべている。そりゃ、驚くよね――。もしかして、引いちゃったかな?

「うん、どうしても諦められなくてね」
「そのあと、家には帰ってないの?」

「一度も帰ってないよ。『二度と帰って来るな!』って言われて、勘当中だし。それに、実家は凄く遠くて、気楽に帰れるような距離じゃないんだよね」

 時空航行船に乗れば、三時間ぐらいで着くんだけど、料金がかなり高かった。ちなみに、私が乗って来た夜行便だと、安い代わりに、八時間ぐらい掛かる。

「もしかして、大陸から来たの?」
「ううん、向こうの世界から来たんだよ」
「それって、凄いじゃん! よく家出してまで、異世界に来ようと思ったね」

 普通は思うだけで、実行まではしないよね。まして、見知らぬ世界に行くだなんて。

「行けば何とかなるかなぁー、なんて思って、勢いだけで飛び出してきちゃった。やっぱり、呆れるよね?」
「そんなことない。凄く尊敬するよ!」

 先ほどまでとは違い、何だかキラキラした目で見つめられていた。

 えぇー?! そんな反応するの? ナギサちゃんに話した時は、思いっ切り怒られ、呆れられたのに。予想外の反応に、私は困惑する。

「いや、全然、凄くないよ。何も考えずに、飛び出して来ちゃったし。今だって、辛うじて生活できてる感じだから」

 最近は『流石に勢いでやりすぎたかな』って、考えることもある。もうちょっと、真剣に話し合う方法もあったはずだ。もちろん、間違っていたとは思わない。そこだけは、譲れない部分だからね。

「見習いって、お給料安いんでしょ? 仕送りは貰ってないの?」
「大喧嘩して飛び出したうえに、勘当中だから、仕送りなんて頼めないよ。食べるだけなら何とかなるんで、一人前になるまでの辛抱だね」

 買いたい物も買えないし、まだ育ちざかりなので、ご飯が物足りないことも多い。でも、家出したのは、自分の責任だし。遊びに来たわけじゃないから、大変なのは納得してる。

「やっぱ凄い。私も家を出ようかな」
「えっ、何で?」
 もしかして、余計なこと言っちゃったかな……?

「私は大陸に行きたいんだ。でも、絶対にお母さん反対するし」
「何かやりたいことがあるの?」
「私、将来はファッション・デザイナーになりたいんだ」

 夢を語る彼女の目は、とても真剣だった。

「とても素敵な夢だね。でも、この町じゃできないの?」
「ファッションの中心地は、大陸だから。一流のデザイナーたちは、みんな大陸で活動しているし。本気でデザイナーを目指す人たちも、みんな大陸に行くんだ」

 なるほど、そういう事情だったんだね。単に、憧れで大陸に行きたい訳ではないようだ。彼女の真剣な表情を見れば分かる。私も同じ想いで、この世界にやって来たんだから。

 ちなみに、シルフィードは地元の人が多いけど、大陸から渡ってくる人たちもいる。大陸にも、似たような観光案内業はあるけど、やはり、本気でやりたい人は、本場で活動したいからだ。これは、どんな職種でも同じだと思う。

「大陸に行くにしても、家出する必要はないんじゃない?」
「でも、絶対に認めてくれないもん――」
「ご両親には、将来やりたいことを、もう話したの?」

「まだ……。でも、結果は分かってるから。どうせ、パン屋を継がせようと考えてるんだろうし。私はこんな田舎で、一生パンを焼いて暮らすのは、絶対に嫌!」

 親としては、やはり家を継いでくれるのが一番、嬉しいんだろうねぇ。うちは、サラリーマン家庭だったから、特にそういうのは無かったけど。

 それに、娘を遠くに行かせるのは、やっぱり心配なのかも。って、家出してまで異世界に来た私が、言える立場じゃないんだけど――。

「やっぱり、ちゃんと話して、認めてもらったほうがいいよ。確かに、認めてもらうのが大変なのは、よく分かる。私もそうだったから」
「なら、家を出るしかないでしょ? あなただって、そうしたじゃない」

 ロゼちゃんは、少し興奮気味に話す。以前、家出した時の、私自身を見ているような感じがする。

「んー、私はね、他にいい方法が思い浮かばなかったんだ。こっちに来て、シルフィードになったのは、全く後悔してないよ。でも、認めてもらう努力はするべきだったなって、今になって後悔してるんだ」

 この町に来たことは、全く後悔していない。でも、努力をしなかったことは、少し後悔している。あの頃の私って、夢を持つだけで、何も頑張っていなかったから……。

「それって、話し合って説得するってこと?」
「そうじゃなくって、態度で示すってこと」 
 ロゼちゃんは首を傾げ、難しい表情をする。

 急に言われても、分からないよね。私も以前は分からなかったから、家を飛び出したわけだし。

「私が実家にいたころは、毎日ゴロゴロして、ロクに勉強もしなかったんだ。かといって家事の手伝いも、全くしたこと無かったし」

「自分の部屋も散らかってて、それはもう、やりたい放題で、酷い有様だったのよ。もっとも、以前は、それが酷いとも思わなかったんだけどね」

 私は苦笑いしながら、黒歴史を語った。

「へぇー、意外。凄くしっかりしてそうなのに」

 今の姿だけ見ていれば、そこそこ、しっかりしてるように見えるかもしれない。もっとも、ナギサちゃんなんかに比べれば、全然だし。できないことも、まだまだ多いんだけど。

「それは、つい最近のことなんだよね。一人暮らしだと、家事は全て自分でやらなきゃだし。シルフィードは特別な存在だから、常にビシッとする必要があるから」

「そもそも、掃除もお使いも、こっち来て初めてやったからね。最初は全然できなくて、本当に大変だったよ」

 リリーシャさんが、一から丁寧に教えてくれなければ、何も出来ないままだったと思う。今考えると『リリーシャさんって凄いなぁ』って、つくづく思う。だって、何もできない私に、根気よく教えてくれたんだから。

 最初は、びちゃびちゃに濡れた雑巾で、机を拭いたり。埃を立てながら、粗っぽくほうきで掃いてたりしてたもんね。それでも、笑顔を崩すことなく、付きっきりで教えてくれた。うちの母親だったら、超怒鳴ってたと思う……。

「そうだったんだ」
 ロゼちゃんは、物凄く意外そうな表情を浮かべている。

「そんな、だらしない姿を見ていれば、いくら将来の夢を語っても、親が認めてくれるわけないよね」

「でも、こんな当然のことにも、以前の私は気付けなかったんだ。ただ、言葉だけで説得しようとするだけで。ちゃんと、態度で本気を示していれば、喧嘩も家出も、せずに済んだかもね」 

「確かに……」

 彼女は小さくつぶやいたあと、両膝を抱え、無言のまま水面を眺めていた。でも、最初の時とは違い、色々と考えている様子だ。

 しばし、静寂のまま時が過ぎる。私はそっと横目で彼女を見守っていたが、たぶん、もう大丈夫だと思う。落ち込んでる様子もないし、目に力があった。

 私は静かに立ち上がると、そっと彼女に声をかけた。

「私お使いの途中だから、そろそろ会社に戻るね」
「うん――」

「また、時間がある時にお話しよ」
 私は軽く手を振ると、背を向けエア・ドルフィンに向かう。

 数歩進んだところで、後ろから声が聞こえてきた。
「風歌さん、今日はありがとう。私、認めて貰えるように頑張ってみるよ!」

 振り返ると、ロゼちゃんは何か吹っ切れたような、スッキリとした表情をしている。

「うん、頑張れ!」
 私は応援の気持ちを込め、元気一杯に答えた。

 夢は誰もが持っている。でも、その実現には努力が必要で、様々な障害を、乗り越えなければならない。その障害の一つが、親に認めてもらうことだ。

 私は、その努力を放棄しちゃったけど、彼女には、絶対に乗り越えて欲しい。頑張れば、必ず伝わるはずだから。

 彼女が大きな壁を乗り越えられることを、私は心の底から願うのだった……。


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次回――
『この奇妙な関係が友人と言えるのだろうか?』

 奇妙な友人と過ごすアフタヌーンティー
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