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第2部 母と娘の関係

3-1もうすぐ蒼海祭がはじまるのでウキウキが止まらない

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 今回は風歌の勉強回(説明回)なので
 心の声がメインです。

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 夜、二十二時過ぎ。自室の屋根裏部屋にて。小さな古びた机の前に、百均で買ってきた小さな座布団をしき、私はその上に正座していた。マギコンで空中に表示されたモニターを凝視しながら、時折、頭をかいたり唸り声を上げる。

 そう、毎晩恒例の、私の最も苦手な『お勉強タイム』だ。しかし、苦手とはいえ、やらない訳には行かないんだよね。

 学生時代は、赤点を取っても、ちょっと怒られたり、補習を受ければ済む話だった。しかし、シルフィードの場合『昇級試験』に受からないと、いつまで経っても一人前にはなれない。

 階級によって、全然お給料が違うので、物凄く死活問題だ。いつまでも、このギリギリの生活が続けられるとは限らない。せめて、普通の部屋を借りて、お腹いっぱいご飯が食べられぐらいは、お金が必要だ。

 それに、ナギサちゃんとは、学力で大きく差がついていた。普段は、ボーっとしているフィニーちゃんも、成績は結構いいらしい。つまり、勉強ができないのは、三人の中では、私だけなんだよね……。

 そんなわけで、多少の焦りもあった。もし、私一人だけ取り残されたら、悲し過ぎるからね。だから、一緒に昇級するために、どんなに疲れていても、毎晩、地道に勉強しているのだった。

 今、勉強しているのは『蒼海祭』の歴史について。『蒼海祭』は、毎年九月に行われる、年間イベントの一つだ。『ブルー・フェスティバル』とも呼ばれ、若者たちは略して『ブルフェス』と言っている。

 これは、海産物や海のレースなどの、海をテーマにしたお祭りで〈グリュンノア〉創成期から行われていた、最も歴史の古い、伝統的な行事だ。

 この町は、最初は何もない無人島だった。土地は痩せ、特に資源もなく、常に物資不足の状態。

 ただ、海に囲まれていたため、海産物だけは豊富にあり、魚介類を主食にしていた。そのため『蒼海祭』は元々、海の恵みに感謝する『神聖な儀式』だった。

 でも、今は海産物などの屋台がたくさん出たり、海上レースを行ったりと、ごく普通のイベントになっていた。『魔法祭』ほどではないが、結構な観光客が集まり、かなり盛り上がるらしい。

 実は私も、この『蒼海祭』は物凄く楽しみ。今年の夏は、新生活や仕事を覚えるのに精一杯で、海に遊びに行けなかったからだ。

 まぁ、食べるのが一杯一杯で、遊んでるどころじゃなかったからね。なので、このお祭りで、海を思いっ切り満喫するつもりだ。

『蒼海祭』の期間は、海水浴場が再び解禁される。あと何といっても、一番の楽しみは『出店』だった。私、魚介類が超大好きなので。

 肉も好きだけど、私は魚派。実家にいた時は、毎食、魚が出てたし、肉と魚どちらかを選べと言われると、私は魚を選ぶかな。まぁ、基本的には、好き嫌いがないので、何でも好きなんだけどね。

〈グリュンノア〉は、海に囲まれているため、魚料理の種類がとても豊富だった。〈北地区〉の漁港で水揚げされた新鮮な魚が、町中のお店に供給されている。

 私がこの町にすぐに馴染めたのも、食文化が結構、似ているのが大きかった。主食はパンだけど、その他の料理は私の住んでいた世界に近く、みんな魚をよく食べる。それに、どちらも同じ島国だから、色々似てるのかもね。

 パンにも魚介類を使ったものが多い。魚のフライを挟んだバーガーや、マリネやカルパッチョの入ったサンド。貝や魚卵をのせたカナッペ。他にも、魚貝類をたっぷり使った、タルトやピザなど。

 加熱調理したものはもちろん、生魚の料理も沢山ある。スーパーや魚屋に行けば、普通にお刺身も売ってるんだよね。

 元々ご飯派だった私は『魚にパンとかあり得ないでしょ』と思っていたけど、食べてみたら凄く美味しくて、すっかりハマってしまった。特に、タルタルソースがたっぷり掛かった、フィッシュ・バーガーは、大好物だ。

 食べ物はこれぐらいにして……。『蒼海祭』には、もう一つ目玉イベントがある。それは『サファイア・カップ』という、海上のコースを走るレースだった。

 これは、普段、乗っている『エア・ドルフィン』と違い、水上を走る『ウォーター・ドルフィン』で競われる。元いた世界の『ジェット・スキー』と、ほぼ同じものだ。

 私は『ウォーター・ドルフィン』は、まだ一度も乗ったことがない。でも、レースには参加する予定だ。なぜなら、優勝すれば、シルフィードの実績にもなるからだ。

 各種試合やコンテストでの優勝は、昇級の際の選考ポイントにもなる。実際に『スカイ・プリンセス』以上の人たちは、何らかの賞を持っていたり、一芸に秀でた人が多かった。

 私の場合、学力で勝負はできないし、リリーシャさんや、ツバサさんのように、容姿端麗という訳でもない。だからこそ、何らかの実績を作っておきたかった。

 実は、もう一つ大事な理由があって、レースには『優勝賞品』があるんだよね。優勝すれば『十万ベル』の商品券がもらえる。私のお給料は、月に四万ベルだから、二ヵ月分以上だ。

 これは、何がなんでもゲットしたい! そして、おなか一杯、美味しいご飯が食べたい!! なんて、ささやかな野望も秘めた、とっても楽しみなイベントだ。

「おっと――いけない、いけない」
 私は頭を振って、余計な妄想を振り払った。

 どうにも、お祭りが近づいてくると、ソワソワしてしまう。でも、今は勉強に集中集中……。

〈グリュンノア〉と言えば『空の町』のイメージが強い。なぜなら、シルフィードが、この町の一番の象徴だからだ。

 ただ、シルフィード以外の、沢山のスカイ・ランナーたちも、町の上空を飛び回っていた。今は、交通や輸送手段の多くが、空を使っている。そのため『空の町』のイメージが強かった。

 しかし『空の町』のイメージが定着したのは『第四次水晶戦争』が終わって、かなりあとの話だ。それまでは、移動も物流も、水路と海路を使っていたため『水の町』と言われていた。

 今は水路はだいぶ減り、ほとんど普通の道になっている。ただ、元々水路だった上に道を作ったので、町の地下には、水路が張り巡らされていた。

 この、地下水路にちなんだ、怪談や伝説なども、結構あったりする。何でも、戦時中の隠し財産が、地下水路に眠ってるとか、戦死者の霊がさまよっているとかなんとか――。

 それはさておき、まだ『マナフローター・エンジン』が開発されていなかったころは、水路を使った移動や輸送が当り前だった。特に、町中に物資を供給するために、とても重要な役割を果たしていた。

 この水路は『水竜の魔女』アルティナの考案で作られ、町中に張り巡らせたお蔭で、食料などの供給が安定したと言われている。

 中でも、魚介類の輸送には、とても重要だった。なぜなら、迅速に運ばないと、鮮度が落ちたり傷んでしまうからだ。ただ、今は『保存庫』があり、空輸でより迅速に運べるようになっている。

 ちなみに、保存庫は〈グリュンノア〉で作られた、偉大な発明品の一つだ。この保存庫も『水竜の魔女』の考案によるものらしい。保存庫は『冷却の魔法』が使われているけど、これって元々『水魔法』なんだよね。

 なお、水揚げされた魚は全て〈セベリン市場〉に集まって来る。〈北地区〉の〈セベリン出島〉にある、巨大な魚市場で、一日に『二千トン』を超える魚介類が取引されていた。

〈グリュンノア〉近海だけでなく、大陸や遠洋でとれた魚も、ここに運ばれてくる。世界最大級の魚市場で『世界の台所』とも言われていた。

 向こうの世界だと『豊洲市場』みたいな感じだね。ちなみに、この市場を作ったのも『水竜の魔女』アルティナだ。彼女は、この町の食文化や商業に、多大な影響を与えており、今なおそのシステムが運用されていた。

 こうして歴史を学んでみると『水竜の魔女』アルティナが、いかに偉大だったかよく分かる。この町では『商売の女神』として信仰されており、経済学では『近代流通システムの祖』とも言われていた。

 ちなみに〈セベリン市場〉は、普段は市場関係者しか立ち入りができない。しかし『蒼海祭』の時だけは、一般人も自由に出入り可能だ。さらに、敷地内には、新鮮な魚介類を使った出店や『蒼海祭』限定の、激安販売もやるらしい。

 いやー、色んな意味で超楽しみー。レースで商品券がもらえるし、美味しいお魚が一杯食べられるし。ナギサちゃんたちを誘って、思いっ切り楽しもう。でも、その前に、勉強を頑張らないとね――。

 時間は、二十三時三十分。眠くなってきたけど、もう少しだけやっておこう。
「よーし、頑張りまっしょい!」

 頬を叩いて気合を入れると、静まり返る屋根裏部屋で、深夜の勉強を続けるのだった……。


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次回――
『昔の人の名前を覚えられないから歴史は苦手なんだよね』
 
 毎日の小さな努力のつみ重ねが、歴史を作っていくんだよ
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