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第2部 母と娘の関係

2-4母と私の幸せの場所はデパートの屋上だった

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 会社の午前中の仕事を終えあと、私は練習機に乗り、自主練に向かった。今日の飛行地域は〈南地区〉だ。何度も回っているが『千飛知深』の言葉に習い、同じ場所を、何十回も何百回も飛ぶのは、見習いの基本だった。

 ただ、どのシルフィードにも『ホームエリア』がある。自分の会社もしくは、自宅がある地域のことだ。特に念入りに回り、詳しく覚えていく。私の場合、会社も自宅も同じ地区にあるので、必然的に〈南地区〉がホームエリアになる。

〈南地区〉は、空港が近いこともあり、最も栄えている地域だった。空港周辺は綺麗に区画整理され、新しい建物が立ち並び、高層建築物も多い。そのため、この町の『玄関口』や『都心』と言われている。

〈中央区〉も栄えているが、あちらは行政の中心地。〈南地区〉は、商業の中心地になっていた。ただ〈中央区〉に比べ、建物が密集しており、全てを把握するには時間が掛かる。

 特に、ビルの場合は、複数の店舗が入っているので、フロアごとに覚えなければならない。地下の店舗や、地下街もあるので、地上に降りて、直接、確認する必要もあった。

〈南地区〉は、人口密度が高く、商業施設も多いため、全エリアの中で最も覚えることが多い。幸い、子供のころからこの地区に住んでいるので、裏道まで細かく把握していた。

 私は上空から、下に見える建物を細かくチェックしていく。この地区は新築が多いので、刻々と状況が変わるからだ。出来たばかりの新店や建物も、いくつか見受けられる。

 一つずつ確認していると、ある建物が目に入った。周りは新しい近代建築に対し、年季の入った古い建物だ。〈グッドライフ〉という老舗のデパートで、屋上には小さな遊園地がある。

 私は速度を落とし、しばし考えると、
「久しぶりに、行ってみようかしら……」
 地上の駐車場に、ゆっくり降下していった。

 通常、スーパーやデパートは、屋上にスカイ・ブルームの駐車場がある。屋上に停めて、上から下のフロアに向かうほうが、効率がいいからだ。特に、レストラン街は通常、最上階にあるので、食事に行く場合は便利だった。

 しかし、ここは屋上が遊園地なので、いったん、地上に降りなければならない。私はデパートに入ると、一階からフローターに乗り、屋上に向かった。

 フローターも旧式で、外が見えないタイプで、数人しか乗れない小さなサイズだ。最近のフローターは、全面ガラス張りで周囲が見渡せ、十人以上が楽々乗れる、大きなタイプが多かった。

 屋上に着き外に出ると、なんとも懐かしい香りがした。何もかもが昔のまま。まるで、十年ぐらい前に、タイムスリップしたみたいな感覚だ。ただ、昔に比べ、閑散とした感じがする。平日なのもあるが、根本的に利用者が少ないのだろう。

 昔と比べ、新しい娯楽施設やデパートがかなり増えた。それに、最近の子供は、スピばかりやっていて、あまり外で遊ばないらしい。スピは、便利な代わりに弊害もあり、社会問題にもなっていた。

 私が子供のころもスピはあったが、今より外で遊ぶ元気な子供が多かった。あの当時は、よほど大人しい子以外は、外で遊ぶのが当たり前だったのだ。

 新しい施設も、ここ数年の間に急速に増えたもので、今ほど娯楽があふれていた訳ではない。なので、デパートの屋上の、ちょっとした娯楽施設も、最高の遊び場だったのだ。

 私はゆっくりと歩きながら、古びた遊具を眺めて回った。ピンボールやメダルゲーム。モグラ叩きやクレーンゲーム。中央には、小さなメリーゴーランドがあり、その奥には移動式遊具が置いてある。

 移動式遊具は、小型のエア・ドルフィンだ。もちろん空を飛ぶことはなく、地面から数センチほど浮き上がり、非常にゆっくりと動く。

 私は子供のころ、これが大好きで、ここに来ると必ず乗っていた。大はしゃぎで乗る私を、笑顔で見つめていた母を思い出す。

 昔の母は、現役の大人気シルフィードで、今と同様に忙しかった。休みの日も、協会の仕事や講師などで、いないことが殆どだ。でも、たまに休みがとれると、どこかに連れて行ってくれた。それが子供のころの私の、一番の楽しみだった。

 ある時『どこに行きたい?』と尋ねられ、私は『デパートの屋上に行きたい』と答えた。『遊園地でもいいのよ』と言われたが、私は『デパートの屋上がいい』と言い張った。

 なぜなら、ごく普通の親子のようなことが、したかったから。ただ、母と一緒にいられるだけで、凄く幸せだったからだ。

 それ以来、時間があると、一緒にデパートの屋上に行くのが、私たち親子の習慣になった。ここは、二人の時間を過ごす、とても大事な場所だったのだ。この場所で、母と色んな話をした記憶が、今でも鮮明に残っている。

 しかし、私が成長し、母も協会の理事になり、ますます仕事が忙しくなった。お互いのコミュニケーションは、どんどん減っていく一方。やがて、一緒に出掛けることも、全くなくなってしまった。

「それにしても、こんなに小さかったかしら……?」
 私は園内を見回すと、そっと呟いた。

 昔は、物凄く大きく感じたのに、今はとても小さく見える。自分が大きくなったのもあるが、昔のように、特別な場所に、感じられないからかもしれない。

 一通り見回すと、入口の横の飲食コーナーが目に入った。飲み物や軽食が売られている。子供のころは良く利用して、ここに来る楽しみの一つだった。

 時間を見ると、十一時五十七分。ちょうど、お昼時だった。

「たまには、気分転換にいいかもしれないわね」
 今日は、ここでランチをすることにした。

 私はカウンターに行き、ホットサンドとポテトサラダ、アイスティーを頼んだ。メニューも、昔とほとんど変わっていない。

 注文の品が来ると、私はパラソルが付いた席に座った。誰もいないので、完全に貸し切り状態だ。でも、静かなのは好きなので丁度いい。園内を眺めながら、ゆっくりと食事をする。

 味は――まぁ普通だ。昔、母と一緒に食べた時は、もっと美味しかった気がする。でも、単に思い出が、美化されているだけかもしれない。

 食事を終え、アイスティーを飲んでいると、
「スカイパークへようこそ」
 白髪の年配の男性が声を掛けてきた。

 ワイシャツに蝶ネクタイ。ここのスタッフの人だろうか? 何となく、見覚えがあるような気もする。

「どうも……」
 会ったことが有ったかしら? と記憶を探っていると、

「以前、お母様とご一緒に、ご来園してくださったことは、ございませんか?」
 彼は柔らかな表情で尋ねて来た。

「かなり前、まだ私が小さかったころ、母と何度か来たことは有りますが――」
「やはり、そうでしたか。私はこのスカイパークの、管理人をやっておりまして。以前、お見かけした気がしたので、声を掛けさせていただきました」

 彼は笑顔を浮かべながら答える。

「でも、よく覚えていらっしゃいましたね? 私がここに来ていたのは、かなり前のことですのに」
 最後に来たのは、今から五、六年前だった気がする……。 

「私は、一度ご来園してくださったお客様のことは、全て覚えております。四十年以上、この仕事をしておりますので、職業柄でしょうか。ただ、中でも、あなた方はとても目立っておりましので、よく覚えているのです」

「そんなに、目立っていましたか?」

 確かに、はしゃいでいた気はするが、そこまで目立つほどでは無かったはずだけど……。周りからは、そんなに目立って見えていたのだろうか?

「はい、とても。お二人とも美しい金髪で、他の人たちにはない上品さ。あと、お二人の笑顔が、とても印象的でしたので」
「そうですか――」

 私はともかく、母は目立っていたかもしれない。現役時代は、歴代の中で『最も高潔なシルフィード』と言われていたからだ。『上品さ』や『優雅さ』では、今のシルフィード・クイーンにも、並ぶ者はいないと思う。

 それに、あの頃は、私も母もよく笑っていた気がする。いつからだろうか、お互いに笑わなくなったのは……?

「もしかして、閉園の話をお聞きになって、来てくださったのですか?」
「いえ――。ここは無くなってしまうのですか?」

 そんな話は、初耳だった。そもそも、ここの存在すら、すっかり忘れていた。

「もう間もなく、閉園することになっています。年々来客数が減り、老朽化のせいで、施設の維持も大変な状態ですので。残念ですが、今の時代には、合わないのかもしれませんね」

 彼は、少し寂しげな表情で語る。

「やはり、子供たちが来ないのですか?」
「そうですね。今は様々な娯楽がありますし。マギコンやスピが便利なのは、事実ですので」

 私も最近は、スピを使う機会が多くなった。『ELエル』は最近始めたが、暇つぶしとしては、悪くないと思う。人によっては、一日中やっているようだ。

「古くからある物が消えていくのは、とても寂しですね。長いこと足を運んでいなかった私が言うのも、とても勝手ですが……」

「いえ、何事も、そういうものだと思います。当たり前にある時は気にならなくて、いざ無くなるとなれば、寂しく感じる。それは、私も同じですので」

 確かに、そうかもしれない。普段、必要性はなくても、想い出が消えるとなると、急に大切に思えてくる。人の感情とは、実に身勝手だ。

「そういえば、その制服は、お母様も着ていらっしゃいましたね?」
「えぇ、私も母と同じ〈ファースト・クラス〉に入社しましたので」

 私は少し驚きながら答える。いくら仕事柄とはいえ、素晴らしい記憶力だ。本当に、この仕事が大好きなのだろう。

「それは、お母様も、さぞお喜びでしょう」
「どうでしょうか? 特に喜んだ感じは、ありませんでしたが」

「自分と同じ道を歩む子供を見て、喜ばない親など、いないと思います。まして、シルフィードの一流企業ともなれば。内心では、とても喜ばれているのではないでしょうか?」

 彼は、とても嬉しそうな笑顔で語る。

 実際のところ、母はどう思っているのだろうか? 私の入社が決まった時も『責任を持って頑張りなさい』と、無表情で言われただけだ。

 最近は、お互いに感情を出さなくなったので、何を考えているか、よく分からなかった。いや、分かる努力を、放棄しているだけなのかもしれない――。

「閉園は、いつですか?」 
 私は席を立ちながら、静かに尋ねた。

「十一月末で閉園になります。十二月中に撤去と改装を行い、来年の一月からは、駐車場になる予定です」
「そうですか……。閉園前に、また伺わせていただきます」

「はい、いつでもお待ちしております」
 彼は満面の笑みを浮かべた。

 母にも一応、声を掛けてみようかしら? 昔のこと、覚えてくれているのだろうか? でも、私だって、ここに来るまで思い出さなかったのだから、とっくに忘れているのかもしれない。

 それでも、このことは、伝えなければならない気がした。ここは、母と私の幸せの場所だったのだから……。

 私は会釈すると、屋上遊園地を静かに立ち去った。


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次回――
『そんなつぶらな瞳で見つめられても私にも都合が……』

 キュートな瞳。分かったよ、君の星座はインフルエン座
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