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第2部 母と娘の関係

2-1朝の行動は規則正しく分刻みが基本でしょ?

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 今回から『ファースト・クラス編』がスタート。
 数話の間『ナギサ視点』で物語が進みます。

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 朝、目が覚めると、真っ先に時計を確認する。時間は五時五十分。ほぼいつも通りだった。アラーム音は嫌いなので、目覚ましが鳴る前に目が覚めると、非常に気分がよい。

 私は静かにベッドから出るが、右足を先についてしまったので、いったん中に戻ってやり直す。朝は、左足から着地するのが、私の長年のルールだ。朝のスタートが乱れると、全てが乱れるので、これだけは譲れない。

 ベッドから出ると、すぐに時計のアラームをオフにした。いつも朝六時にセットしてあるが、だいたい目覚ましが鳴る、少し前には目が覚める。

 次に、カーテンと窓を開けると、天気を確認。さらに『天気予報』と『風予報』も、細かくチェックする。今日は天気はいいが、風が強いようなので、練習飛行は控えたほうがよさそうだ。

 風が強くても、気にせず練習飛行をする者もいる。だが、私の場合は、見習い用のマニュアル規定を、しっかりと順守していた。例えどんな事情があろうと、規則は必ず守る。それが、社会人の責務であり、私の誇りだった。

 私はキッチンに移動し『クッキング・プレート』に、水を入れたポットを置いた。お湯を沸かしている間、洗面所で洗顔とスキンケアを済ませる。

 戻ってくると、ティーバッグで紅茶を入れ、昨夜、作り置きしておいた、サンドイッチとサラダを、保存庫から取り出した。料理は好きだが、朝はゆっくり過ごしたいので、なるべく簡単に済ませる。

 朝食をテーブルに並べると、椅子に座りホッと一息ついた。何者にも邪魔されない、朝の静かな時間が大好きだ。一人部屋ならではの、特権と言える。

〈ファースト・クラス〉の社員寮は『相部屋』と『一人部屋』の、二種類が用意されていた。入社時に希望を出し、どちらかを選ぶことができる。

 個室は寮費が高いため、相部屋を選ぶ人が多い。あと『ルームメイトがいたほうが楽しいから』という理由で、選ぶ者もいる。

 しかし、私の場合は、自分の時間を大切にしたいので、個室を選んだ。他人に時間を合わせたり、気を遣うのは、好きではない。決まったルールを守るには、一人で生活するのが一番だ。

 ちなみに、実家は会社と同じ〈南地区〉にあり、歩いても通える距離だった。だが、会社の方針で、新人は一年間、寮暮らしが義務になっている。たとえ実家が近所でも、申請を出さなければ帰れない『全寮制』だった。

 ただ、私は特別に『実家から通ってもよい』と言われた。なぜなら、母が元々この会社の社員だったことに加え、今現在、シルフィード協会の理事をやっているからだ。

 でも、私はその話を丁重に断った。特別扱いされるのは嫌だし、自分の力だけで、一人前になりたかったからだ。それに『親の権力のお蔭』などとは、絶対に思われたくはない。

 個室と言っても、見習い用の部屋なので、こじんまりしていた。ただ、バス・トイレ・キッチンは一通りついているので、特に不便はなかった。むしろ、これぐらいの広さのほうが落ち着くし、掃除も楽にできる。

 なお、階級が上がるほど、よい部屋が提供され『スカイ・プリンセス』以上になると、かなり豪華な部屋が用意されるらしい。〈ファースト・クラス〉では、徹底した『階級制度』が、伝統的に行われているからだ。

 部屋だけではなく、階級によって、使える施設も決まっている。一定以上の階級の者しか使えない、サロンや休憩室、レストランなども用意されていた。

 私は静かに食事を済ませると、食器を洗ってかたずけ、ベッドに向かった。布団とシーツを、しわ一つなく綺麗に整える。それが終わると、制服に着替え、パジャマを綺麗にたたんで、ベッドの上に置いた。

 再び洗面所に行くと、ドライヤーとブラシを使い、髪を整えていく。今日は風が強いようなので、ハードスプレーで、しっかりと髪をまとめる。

 髪のセットが終わると、様々な角度から、制服のしわや汚れがないかチェックし、美しく見えるよう念入りに整えた。

 仕上げに、乾燥防止のリップを唇に塗る。最後に、置いてあった『研修生 ナギサ・ムーンライト』と書かれたネームプレートを、胸につけた。見習いは、社内にいる間は、必ずこのプレートを付けるのがルールだ。

 ちなみに、見習い階級のうちは、社則で『化粧は禁止』されている。この規則について、文句を言っている者も多いようだ。

 しかし、私は元々スキンケア用品しか使わないので、特に気にならなかった。髪と服装さえしっかりしていれば、問題はないからだ。そもそも、美しさとは、清潔さや気品、知性から生まれるものだと思う。

 私は玄関に行くと、スリッパから靴に履き替え、静かに扉を開ける。時間は六時半。業務開始は九時からなので、まだ寝ている人もいる時間だ。なので、なるべく音を立てないよう、静かに歩いて行った。

 寮を出ると、入り口には『スカーレッタ館』と、大きな表札が付いていた。ここから、もう少し離れたところには『アイリーン館』という、別の社員寮がある。そちらのほうは、一人前のシルフィード専用の寮だ。

 なお、敷地内の建物にはすべて、バラの名前が付けられている。創始者がバラ好きだったのも有るが『気品』や『誇り』の象徴だからだ。
 
 バラの花は、社章のデザインにも使われており〈ファースト・クラス〉と聞くと、バラをイメージする人が多い。上位階級にも、バラを冠した『二つ名』の人たちが多かった。

 私は各建物を眺めながら、敷地の中をぐるっと一周する。この早朝の散歩は、日課になっていた。健康のためもあるが、仕事に向かう前に、気持ちを引き締めるためだ。一日のスケジュールを確認しながら、少しずつ気持ちを高めていった。

 この時間だと誰もいないので、とても静かだ。ただ、私と同様に、早朝の散歩をしている人と、時折すれ違う。軽く朝の挨拶をし、再び歩き始めた。

 ぐるりと敷地を一周し、体も気持ちも温まったところで、部屋に戻る。時間は七時少し前。まだ、出勤までは、たっぷりと時間がある。

 私は机の前に座りマギコンを開くと、学習用のファイルを開いた。毎朝、出勤前に、必ず学習をしている。

 私が開いたのは『基礎知識』の中の『接客マナー』だ。シルフィードにとっては、常識的な内容だが、当たり前のことを普通にこなしてこそ、一流と言える。すでに、何十回も目を通しているが、気を抜かずに真剣に読み進めていった。

 切りのいいところまで読み終えると、時間は七時四十分。学習用ファイルを閉じると、次はニュースを開いた。まずは、シルフィード関連のニュースに目を通し、あとは、政治や経済、気になる話題を順に読んで行く。

 最後に、もう一度、天気予報と風予報を確認してから、マギコンを閉じた。時間は八時十分。

 洗面所に向かい、髪と服装をチェックし、一ミリのズレもないように、しっかり整える。

「よし、完璧ね」

 身だしなみが完璧になると、再び部屋に戻って、マギコンを胸ポケットに入れた。あとは、小さなポーチを手にすると、玄関で靴に履き替え、部屋を出る。

 私は寮を出ると、徒歩で三分ほどの場所にある『ノヴァーリス館』に向かった。敷地の中央にあり、最も大きな建物なので『本館』と呼ばれることが多い。

 この時間は、用務員や清掃員の人だけで、シルフィードの姿はまばらだった。私はフローターを使い三階に上がると『第三ミーティング・ルーム』に向かう。

 部屋に到着して扉を開けると、まだ照明も灯いておらず、誰も来ていなかった。この部屋は、百名以上が入れる大きさで、講習会などでよく使われていた。

 ここでは毎朝、見習い階級の、朝のミーティングが行われる。学校のホームルームのようなものだ。

 私は壁のパネルに触れ照明を灯けると、その下の机に置いてある装置に、マギコンで軽く触れた。これは、出退勤を記録するレコーダーだ。

 一人前になると、本館入口のレコーダーを使えるが、見習いのうちはここでしか記録ができないため、一日に、最低二回は足を運ぶことになる。

 私は最前列の左奥にある、窓際の席に着いた。ここが私の定位置である。壁についている時計を見ると、時間は八時二十分。出勤も待ち合わせも『三十分前到着』が私のルールなので、特に早過ぎることはない。

 じっと窓の外を眺め、一人で静寂の時間を過ごした。私はこの静かな時間が大好きだ。時間はたっぷりあるが、マギコンは使わない。

 外や他人のいる所でマギコンを使うのは、マナーが悪く感じるので、あまり好きではなかった。なので、時間が来るまでは、外を眺めたり、今日の予定を考えたりして、静かに過ごす。

 八時四十分になると、少しずつ人が来始めた。これでも早いほうで、ほとんどが五十分を回ってから、急いでやってくる。

 声を掛けられると、さらっと挨拶を返し、あとはただ寡黙に過ごす。朝は静かに時間を過ごしたいし、群れるのも騒ぐのも嫌いだ。 

 五十分を過ぎると、一気に人が増え始め、部屋の中がガヤガヤと煩くなった。私はこの時間が一番嫌いだ。耳栓でもしたいが、見た目がエレガントではないので、気持ちを静め、精神力で雑音をカットする。

 残り五分を切ったところで、バタバタと駆け込んでくる者たちがいた。ギリギリに来るのは、いつも同じメンバーだ。

 残り三分で全員そろい、残り一分になると、急に教室が静まり返った。間もなく、見習い担当マネージャーの『ミス・ハーネス』が来るからだ。

 彼女はとても厳しく、ほんの些細な私語も許さない。気の緩んでいる者は、直ちに部屋から叩き出される。過去には、彼女によって退職させられた者も、何人もいるらしい。

 彼女を『鬼教官』や『鋼鉄の女』などと言う人もいるが、私は特に厳しいとは思わなかった。言っているのは、全て正論で当たり前のことだからだ。それに、厳しさで言えば、私の母のほうが、はるかに上だった。

 八時五十九分、五十秒。扉が開き、ミス・ハーネスが入って来た。毎日、一秒たりとも狂わず、この時間にやって来る。彼女が講壇の前に立つのが、ジャスト九時。おそろしく、時間に正確だ。

 座っていた見習いたちが一斉に立ち上がり、緩んだ表情をしていた者も、真剣な表情に変わる。

「みなさん、おはようございます」
「おはようございます、ミス・ハーネス」
 全員、大きな声で、ピタリと揃って挨拶した。

 最初のころ、何十回もやり直しをさせられた、その賜物である。

「今日も〈ファースト・クラス〉の一員として恥じぬよう、誇りと責任をもって、業務に当たってください」
「はい、今日も一日、よろしくお願いいたします」

 再び、全員そろって大きな声で答える。

 ミス・ハーネスは、鋭い眼光で、部屋の中をじっくりと見回した。皆の間に緊張が走った。もし、ここで服装の乱れなどが有れば、名指しで厳しく注意される。しばらくして、彼女が静かに頷くと、皆ホッとした表情で一斉に着席した。

「それでは、本日の業務の割り振りと、伝達事項をお話しします」
 彼女は、淡々と話を進めていく。

 こうして、身の引き締まる空気の中、今日も私のシルフィードとしての一日が始まるのだった。


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次回――
『近くて遠く感じる実家で久しぶりに母との会話』
 
 実家楽すぎて最高だしな。限界まで働かない、それが俺のジャスティス
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