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第2部 母と娘の関係
1-5いつかは親と向き合わなきゃって思ってるんだけど
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私は〈東地区〉にある〈リトル・マーメイド〉に来ていた。砂浜のすぐそばにあるカフェで〈エメラルド・ビーチ〉を眺めながら食事ができる。私のお気に入りの場所の一つだ。
ここは、よくランチを食べに来るお店で、今日はナギサちゃんと待ち合わせしている。フィニーちゃんは、今日はメイリオさんとの先約があるらしい。
今は正直、ご飯を食べる気分ではなかった。ここ数日、全く食欲がわいてこないからだ。しかし、珍しくナギサちゃんのほうからお誘いがあったので、受けることにした。
いつも、私から誘うので、ナギサちゃんからって、かなりレアなんだよね。それに、美味しい物でも食べながら、友達と楽しい会話をすれば『元気が出るかなぁー』なんて思ったので。
母親からのメールがあってから、相変わらず悶々とした日々を過ごしていた。あれ以来、何の連絡もなく、いつ来るのか全く分からない状態だ。
一応、来た際に、どう受け答えするのか、あらゆるパターンでシミュレーションしてみた。しかし、よい結果が、全くイメージできなかった。極めて高確率で、というか、ほぼ100%揉めると思う……。
今、会っても、冷静に話しあえる自信がなかった。また、お互いの主張が盛大にぶつかり合って、怒鳴りあいになる可能性が高い。
家を飛び出した時の大喧嘩が、再び勃発するかと思うと、本当に気分が重かった。何とか仕事はこなしているけど、胃がキリキリ痛み食欲もないし、ここ数日は、まともに眠れていない。
早く来て、さっさと終らせて欲しいと思う反面、できれば、来ないで欲しいという気持ちもある。二つの考えがぶつかり合い、頭の中はゴチャゴチャになっていた。
私が店に着くと、いつも通りナギサちゃんが先に来ていた。几帳面な性格なので、待ち合わせの時は、一番に来ていることが多い。
彼女は、海の見えるテラス席で、優雅にお茶を飲んでいた。上品な姿が、とても絵になっている。
私は少し離れたところで、両手で顔を挟んで、頬をマッサージした。そのあと、口元を引き上げ、笑顔を浮かべると、務めて明るく振る舞って彼女に声を掛ける。
「ナギサちゃん、お待たせー!」
「ちょっと、風歌――」
「えっ、今日は待ち合わせの時間、間に合ったよね?」
怪訝な表情のナギサちゃんに、少し焦りながら返す。
「そうじゃなくて、顔色が悪いんじゃない?」
「え……そうかな?」
「ずいぶんと、疲れた顔をしているわよ」
かなり気を付けていたはずなんだけど、相変わらず鋭い――。
「何ていうか、ちょっと疲れが溜まってるのかな? 魔法祭とかもあったし」
「で、今度は何があったの?」
ナギサちゃんは、私の目をジーッと見つめながら問い詰めてきた。
そんなにマジマジ見られると、やり辛い。私、ウソは超下手だし……。
「やだなぁ……何でもないよ、本当に。アハハッ」
「何もないはずないでしょ? そもそも、体力馬鹿の風歌が、お祭りぐらいで疲れるはずないし。目の下に、大きなクマができているわよ」
「えっ、嘘?!」
ナギサちゃんは、ポケットから手鏡を取り出し、私の顔の前に突き出した。
鏡を見ると、目の下にくっきりとクマが出ている。しかも、指摘通り、かなり疲れた酷い顔をしていた。私は鏡ってあまり見ないから、気付かなかったのだ。
いや、それにしても酷い。妙にやつれた顔をしている。
「それで、何があったのよ? 何もなく、そんなになる訳ないのだから」
ナギサちゃんは、正面から見据えて来た。こういう時の彼女は、物凄く眼力が強いんだよね。
「いや、本当に大丈夫だから。ナギサちゃんには、関係ないというか……迷惑かけたくないというか――」
「今さら何を言ってるのよ。風歌が私に迷惑を掛けなかったことなんて、あったかしら? 分からないから教えて、出来ないから手伝って、非常識な部分を正して。どれだけ、手を煩わされてると思っているの?」
「うがっ……」
全くもってその通りなので、何も反論できなかった。
「で、何?」
鋭い視線と、その一言は、確実に答を催促していた。
ナギサちゃんに、真剣な表情で見つめられると、中々隠しきれない。迫力もさることながら、本気で心配しているのが、伝わって来るからだ。
「実は――近々こちらに、母親が来ることになりまして……」
「あら、よかったじゃないの」
「いや、全然よくないって!」
いいどころか、最悪の事態だよ。下手をすれば、シルフィードを、辞めなきゃならないかもしれないんだから――。
「でも、仲直りをする、いいチャンスじゃないの?」
「無理無理、絶対に無理! いずれはしたいけど……とにかく、今はまだ無理なの!」
どうあがいても、認めて貰ったり、仲直りするビジョンが全く見えて来ない。私と母親は、火と水のような関係だ。全てにおいて、考え方が違いすぎる。
そもそも、仲直りとは、どちらかが折れることが必要だ。しかし、母親は絶対に折れることはない。私も死んでも折れるつもりはなかった。
折れる気のない者同士が、顔を突き合わせれば、不毛な争いが起こるのは確実だ。いかに相手を折れさせるかしか、考えていないのだから……。
「なら、いつなら大丈夫なのよ? 永遠に先送りにするつもり?」
「もちろん、ちゃんと解決するつもりだけど。せめて一人前になってからじゃないと。今のままじゃ、絶対に話を聴いてくれないもん」
聴く耳を持たない人と話すのが、いかに大変なのかは、経験したことのある人間にしか分からない。
「聴いてもらう努力を、していないだけではないの? 誠意をもって話さなければ、誰も聴いてはくれないわよ」
「私はいつだって、真剣に誠意をもって話してるよ。でも、厳し過ぎて聴いてくれないだけだから。ナギサちゃんは、親と仲がいいから、分からないんだよ――」
うちの親は、単に厳しいだけでなく、全くウマが合わない。どう努力しても、仲良く話せる気がしない。そもそも、前段階で言い争いになるから、話し合いにすら、たどり着けないのだ。
「私は、母と仲良くはないわよ」
「えっ、仲悪いの?」
これは意外な答だった。ナギサちゃんって、何でもできる優等生だから、親とは仲がいいんだと思ってた。
「悪くはないけれど、特別に良くもないわ。昔から仕事が忙しくて、ほとんど顔を合わせないし。物凄く厳格な人だから、近寄りがたいし。おそらく、風歌のお母様以上に厳しいと思うわよ」
ティーカップを置くと、表情を変えず静かに語った。
まぁ、ナギサちゃん自身、物凄く厳格な性格だし、親子で似たような感じなのかな? あまり、和気あいあいと話す感じでも無さそうだし、凄く淡泊な会話をしていそう……。
「ナギサちゃんのお母さんって、何をやってる人?」
「シルフィード協会の理事」
ナギサちゃんは、サラッと言い放つ。
「って、超偉い人じゃん!」
「別に、偉くはないわよ。元シルフィードは、協会の仕事や役職に就く人が多いだけ」
いやいや、滅茶苦茶、偉いよ。理事って、協会のトップだし、シルフィード業界や関連企業に、大きな影響力や発言力のある人だ。
「なら、ナギサちゃんがシルフィードになる時も、すぐに賛成してくれたんでしょ?」
いくら厳しくても、親が業界関係者なら、理解があるはずだ。
「それは逆よ。『憧れや甘い気持ちでやるなら、やめておきなさい』って、最初に釘を刺されたわ」
「もちろん、私はそんな甘い気持ちでなろうと思ったわけではないし、母の顔に泥を塗るつもりはないから。強い信念と覚悟を持って、この業界に入ったのよ」
静かに語っているが、とても強い意思が伝わって来た。親がトップにいるとなると、しっかりせざるを得ないのかもしれない。
「何か、凄いね――。憧れで入る人も多いのに」
実際、今の平和な時代では、単に人気のある職業だから、憧れだけで入る人も多い。
「何も凄くなんかないわよ。むしろ、チャラチャラした気持ちで入る人のほうが、おかしいのよ。風歌だって、覚悟を決めて来たんじゃないの?」
「もちろんだよ。覚悟がなかったら、家出してまでやろうとは、しないもん。私には、シルフィードが天職だと思ってるから、人生を懸けてるんだよ」
私には本当に、これしかないと思ってる。『もし、シルフィードがダメだったら』なんて、第二の人生は、全く考えたことがない。
「だったら、胸を張りなさい。本気でやっているなら、正々堂々できるでしょ?」
「うん……そうだね」
やっぱ、ナギサちゃんは凄いと思う。少々、性格がきついところもあるけど、何があっても絶対にブレない芯の強さは、見習うべきだ。
話が一段落したところで、ちょうど料理が運ばれて来た。いつも通り、Bランチのシーフードピラフのセット。ナギサちゃんも、いつものミックスサンドのセットだ。
私はスプーンを手にし、一口たべると、
「うーん、美味しい! なんか久しぶりに、まともな食事をした気分だよ」
あまりの美味しさに感動した。
「ちゃんと、食事してるの?」
「ここのところ、ずっとモヤモヤして食欲がなくて。何食べても味がしないし、夜も眠れなかったりで……」
話してスッキリしたせいか、食事がどんどん進む。ここ数日、味を感じなかったし、ほとんど喉を通らなかったからね。
「まずは、その顔をどうにかしなさいよ。そんな疲れ切った顔と、覇気のない状態では、どう話したって、お母様が納得してくれるとは思えないわ」
「しっかり、食べて寝て、いつもの状態に戻しなさい。悩むのは、実際に会って話したあとでも十分よ」
確かに、ナギサちゃんの言う通りだ。こんな、よれよれの姿で話しても、説得力のかけらもない。
「うん。まずは、体調を万全に戻さないとだね。元気と体力が、私の売りだから」
私は物凄い勢いで完食すると、アイスティーに手を伸ばした。気付かなかっただけで、かなりお腹が空いてたみたい。まだ、ちょっと食べたりないぐらいだ。
「ほら、これも食べなさいよ」
私の様子に気付いたのか、ナギサちゃんは、そっと皿を差し出してきた。まだ、手を付けていない、付け合わせのサラダと、サンドイッチが半分残っていた。
「えっ、こんなにいいの?」
「私は、毎食ちゃんと健康を考えて食べているから大丈夫よ。それより、私の面倒事が増えるから、しっかりしなさいよね」
ナギサちゃんは、そっけなく言うと、サッと横を向き海を眺めた。
言い方は厳しいけど、一切のお世辞抜きに、何でもハッキリ言ってくれるから、いつも自分の間違いや大事なことに気付かされる。普通は、オブラートに包んで言うから、ここまでストレートに言う人って、まずいないんだよね。
あと、ナギサちゃんが言うと説得力があり、本当に大丈夫な気がして、不思議な安心感があった。なぐさめやお世辞では、解決しないことも色々あるから、厳しい優しさも大事だなって、つくづく思う。
母親には、実際に会ってみないと、どうなるかは全く分からない。でも、とにかく、今の自分の本気を、全力で伝えてみよう。ダメなら、その時考える方向で。
いつも、私の背中を押してくれて、本当にありがとね、ナギサちゃん……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『娘の部屋を見た瞬間どっと心配が込みあげてきた』
娘をもつ以上、遅かれ早かれこういう日は来るんですから……
ここは、よくランチを食べに来るお店で、今日はナギサちゃんと待ち合わせしている。フィニーちゃんは、今日はメイリオさんとの先約があるらしい。
今は正直、ご飯を食べる気分ではなかった。ここ数日、全く食欲がわいてこないからだ。しかし、珍しくナギサちゃんのほうからお誘いがあったので、受けることにした。
いつも、私から誘うので、ナギサちゃんからって、かなりレアなんだよね。それに、美味しい物でも食べながら、友達と楽しい会話をすれば『元気が出るかなぁー』なんて思ったので。
母親からのメールがあってから、相変わらず悶々とした日々を過ごしていた。あれ以来、何の連絡もなく、いつ来るのか全く分からない状態だ。
一応、来た際に、どう受け答えするのか、あらゆるパターンでシミュレーションしてみた。しかし、よい結果が、全くイメージできなかった。極めて高確率で、というか、ほぼ100%揉めると思う……。
今、会っても、冷静に話しあえる自信がなかった。また、お互いの主張が盛大にぶつかり合って、怒鳴りあいになる可能性が高い。
家を飛び出した時の大喧嘩が、再び勃発するかと思うと、本当に気分が重かった。何とか仕事はこなしているけど、胃がキリキリ痛み食欲もないし、ここ数日は、まともに眠れていない。
早く来て、さっさと終らせて欲しいと思う反面、できれば、来ないで欲しいという気持ちもある。二つの考えがぶつかり合い、頭の中はゴチャゴチャになっていた。
私が店に着くと、いつも通りナギサちゃんが先に来ていた。几帳面な性格なので、待ち合わせの時は、一番に来ていることが多い。
彼女は、海の見えるテラス席で、優雅にお茶を飲んでいた。上品な姿が、とても絵になっている。
私は少し離れたところで、両手で顔を挟んで、頬をマッサージした。そのあと、口元を引き上げ、笑顔を浮かべると、務めて明るく振る舞って彼女に声を掛ける。
「ナギサちゃん、お待たせー!」
「ちょっと、風歌――」
「えっ、今日は待ち合わせの時間、間に合ったよね?」
怪訝な表情のナギサちゃんに、少し焦りながら返す。
「そうじゃなくて、顔色が悪いんじゃない?」
「え……そうかな?」
「ずいぶんと、疲れた顔をしているわよ」
かなり気を付けていたはずなんだけど、相変わらず鋭い――。
「何ていうか、ちょっと疲れが溜まってるのかな? 魔法祭とかもあったし」
「で、今度は何があったの?」
ナギサちゃんは、私の目をジーッと見つめながら問い詰めてきた。
そんなにマジマジ見られると、やり辛い。私、ウソは超下手だし……。
「やだなぁ……何でもないよ、本当に。アハハッ」
「何もないはずないでしょ? そもそも、体力馬鹿の風歌が、お祭りぐらいで疲れるはずないし。目の下に、大きなクマができているわよ」
「えっ、嘘?!」
ナギサちゃんは、ポケットから手鏡を取り出し、私の顔の前に突き出した。
鏡を見ると、目の下にくっきりとクマが出ている。しかも、指摘通り、かなり疲れた酷い顔をしていた。私は鏡ってあまり見ないから、気付かなかったのだ。
いや、それにしても酷い。妙にやつれた顔をしている。
「それで、何があったのよ? 何もなく、そんなになる訳ないのだから」
ナギサちゃんは、正面から見据えて来た。こういう時の彼女は、物凄く眼力が強いんだよね。
「いや、本当に大丈夫だから。ナギサちゃんには、関係ないというか……迷惑かけたくないというか――」
「今さら何を言ってるのよ。風歌が私に迷惑を掛けなかったことなんて、あったかしら? 分からないから教えて、出来ないから手伝って、非常識な部分を正して。どれだけ、手を煩わされてると思っているの?」
「うがっ……」
全くもってその通りなので、何も反論できなかった。
「で、何?」
鋭い視線と、その一言は、確実に答を催促していた。
ナギサちゃんに、真剣な表情で見つめられると、中々隠しきれない。迫力もさることながら、本気で心配しているのが、伝わって来るからだ。
「実は――近々こちらに、母親が来ることになりまして……」
「あら、よかったじゃないの」
「いや、全然よくないって!」
いいどころか、最悪の事態だよ。下手をすれば、シルフィードを、辞めなきゃならないかもしれないんだから――。
「でも、仲直りをする、いいチャンスじゃないの?」
「無理無理、絶対に無理! いずれはしたいけど……とにかく、今はまだ無理なの!」
どうあがいても、認めて貰ったり、仲直りするビジョンが全く見えて来ない。私と母親は、火と水のような関係だ。全てにおいて、考え方が違いすぎる。
そもそも、仲直りとは、どちらかが折れることが必要だ。しかし、母親は絶対に折れることはない。私も死んでも折れるつもりはなかった。
折れる気のない者同士が、顔を突き合わせれば、不毛な争いが起こるのは確実だ。いかに相手を折れさせるかしか、考えていないのだから……。
「なら、いつなら大丈夫なのよ? 永遠に先送りにするつもり?」
「もちろん、ちゃんと解決するつもりだけど。せめて一人前になってからじゃないと。今のままじゃ、絶対に話を聴いてくれないもん」
聴く耳を持たない人と話すのが、いかに大変なのかは、経験したことのある人間にしか分からない。
「聴いてもらう努力を、していないだけではないの? 誠意をもって話さなければ、誰も聴いてはくれないわよ」
「私はいつだって、真剣に誠意をもって話してるよ。でも、厳し過ぎて聴いてくれないだけだから。ナギサちゃんは、親と仲がいいから、分からないんだよ――」
うちの親は、単に厳しいだけでなく、全くウマが合わない。どう努力しても、仲良く話せる気がしない。そもそも、前段階で言い争いになるから、話し合いにすら、たどり着けないのだ。
「私は、母と仲良くはないわよ」
「えっ、仲悪いの?」
これは意外な答だった。ナギサちゃんって、何でもできる優等生だから、親とは仲がいいんだと思ってた。
「悪くはないけれど、特別に良くもないわ。昔から仕事が忙しくて、ほとんど顔を合わせないし。物凄く厳格な人だから、近寄りがたいし。おそらく、風歌のお母様以上に厳しいと思うわよ」
ティーカップを置くと、表情を変えず静かに語った。
まぁ、ナギサちゃん自身、物凄く厳格な性格だし、親子で似たような感じなのかな? あまり、和気あいあいと話す感じでも無さそうだし、凄く淡泊な会話をしていそう……。
「ナギサちゃんのお母さんって、何をやってる人?」
「シルフィード協会の理事」
ナギサちゃんは、サラッと言い放つ。
「って、超偉い人じゃん!」
「別に、偉くはないわよ。元シルフィードは、協会の仕事や役職に就く人が多いだけ」
いやいや、滅茶苦茶、偉いよ。理事って、協会のトップだし、シルフィード業界や関連企業に、大きな影響力や発言力のある人だ。
「なら、ナギサちゃんがシルフィードになる時も、すぐに賛成してくれたんでしょ?」
いくら厳しくても、親が業界関係者なら、理解があるはずだ。
「それは逆よ。『憧れや甘い気持ちでやるなら、やめておきなさい』って、最初に釘を刺されたわ」
「もちろん、私はそんな甘い気持ちでなろうと思ったわけではないし、母の顔に泥を塗るつもりはないから。強い信念と覚悟を持って、この業界に入ったのよ」
静かに語っているが、とても強い意思が伝わって来た。親がトップにいるとなると、しっかりせざるを得ないのかもしれない。
「何か、凄いね――。憧れで入る人も多いのに」
実際、今の平和な時代では、単に人気のある職業だから、憧れだけで入る人も多い。
「何も凄くなんかないわよ。むしろ、チャラチャラした気持ちで入る人のほうが、おかしいのよ。風歌だって、覚悟を決めて来たんじゃないの?」
「もちろんだよ。覚悟がなかったら、家出してまでやろうとは、しないもん。私には、シルフィードが天職だと思ってるから、人生を懸けてるんだよ」
私には本当に、これしかないと思ってる。『もし、シルフィードがダメだったら』なんて、第二の人生は、全く考えたことがない。
「だったら、胸を張りなさい。本気でやっているなら、正々堂々できるでしょ?」
「うん……そうだね」
やっぱ、ナギサちゃんは凄いと思う。少々、性格がきついところもあるけど、何があっても絶対にブレない芯の強さは、見習うべきだ。
話が一段落したところで、ちょうど料理が運ばれて来た。いつも通り、Bランチのシーフードピラフのセット。ナギサちゃんも、いつものミックスサンドのセットだ。
私はスプーンを手にし、一口たべると、
「うーん、美味しい! なんか久しぶりに、まともな食事をした気分だよ」
あまりの美味しさに感動した。
「ちゃんと、食事してるの?」
「ここのところ、ずっとモヤモヤして食欲がなくて。何食べても味がしないし、夜も眠れなかったりで……」
話してスッキリしたせいか、食事がどんどん進む。ここ数日、味を感じなかったし、ほとんど喉を通らなかったからね。
「まずは、その顔をどうにかしなさいよ。そんな疲れ切った顔と、覇気のない状態では、どう話したって、お母様が納得してくれるとは思えないわ」
「しっかり、食べて寝て、いつもの状態に戻しなさい。悩むのは、実際に会って話したあとでも十分よ」
確かに、ナギサちゃんの言う通りだ。こんな、よれよれの姿で話しても、説得力のかけらもない。
「うん。まずは、体調を万全に戻さないとだね。元気と体力が、私の売りだから」
私は物凄い勢いで完食すると、アイスティーに手を伸ばした。気付かなかっただけで、かなりお腹が空いてたみたい。まだ、ちょっと食べたりないぐらいだ。
「ほら、これも食べなさいよ」
私の様子に気付いたのか、ナギサちゃんは、そっと皿を差し出してきた。まだ、手を付けていない、付け合わせのサラダと、サンドイッチが半分残っていた。
「えっ、こんなにいいの?」
「私は、毎食ちゃんと健康を考えて食べているから大丈夫よ。それより、私の面倒事が増えるから、しっかりしなさいよね」
ナギサちゃんは、そっけなく言うと、サッと横を向き海を眺めた。
言い方は厳しいけど、一切のお世辞抜きに、何でもハッキリ言ってくれるから、いつも自分の間違いや大事なことに気付かされる。普通は、オブラートに包んで言うから、ここまでストレートに言う人って、まずいないんだよね。
あと、ナギサちゃんが言うと説得力があり、本当に大丈夫な気がして、不思議な安心感があった。なぐさめやお世辞では、解決しないことも色々あるから、厳しい優しさも大事だなって、つくづく思う。
母親には、実際に会ってみないと、どうなるかは全く分からない。でも、とにかく、今の自分の本気を、全力で伝えてみよう。ダメなら、その時考える方向で。
いつも、私の背中を押してくれて、本当にありがとね、ナギサちゃん……。
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次回――
『娘の部屋を見た瞬間どっと心配が込みあげてきた』
娘をもつ以上、遅かれ早かれこういう日は来るんですから……
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