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第1部 家出して異世界へ
5-6疾風怒涛のウイングマドレーヌ争奪戦
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十時まで、あと三分。パレードが行われる沿道は、人で埋め尽くされていた。早朝は閑散としていた郊外ですら、今は見物客であふれ返っている。
私達三人は、沿道の最前列に並び、開始されるのを、今か今かと待ち続けていた。私は身を乗り出して、道の先のほうを、ジーッと見つめる。
やがて、町中の時計塔の鐘の音が、一斉に鳴り響いた。本来は、三時間おきに鳴るんだけど、パレードの日だけは特別に、十時ちょうどに鐘が鳴るのだった。
鐘の音とほぼ同時に、上空には『エア・ボード』に乗ったシルフィードの編隊が、カラースモークを撒きながら、スーッと飛んでいく。パレード前の『セレモニー・フライト』だ。
七機編隊で、七色のスモークが広がっていく。東から西への編隊と、南から北への編隊が、町の中央でクロスする。
ここからだと遠すぎて、交差する部分はよく見えないんだけど、編隊飛行は、非常に高い技術が必要だ。『セレモニー・フライト』をするのは『エア・マスター』の中から選ばれた精鋭の十四名で、一糸乱れぬ完璧な飛行技術だった。
綺麗なフォーメーションで飛んでいくシルフィードの姿を見て、観客たちから、大きな歓声と拍手が湧き上がる。パレード開始前から、物凄い熱気だ。私も今のフライトを見て、すっかり興奮してしまった。握っていた手に力がこもる。
セレモニー後は、いよいよパレードの開始だ。『シルフィード・クイーン』と『スカイ・プリンセス』が、全員参加している、滅茶苦茶、レアなイベントだった。
普段でも、中々予約が取れず、目にする機会もほとんどない人たちだ。私だって、全ての人を見たことはない。そんな凄い人達が、一堂に会してパレードするなんて、何という贅沢だろうか。
そもそも私は『シルフィード・クイーン』を、生で見たことがないんだよね。雑誌では、何度も見たことあるけど、やっぱ実物って凄いんだろうなぁ。何か、今から物凄く緊張してきたよ。今の私にとっては、雲の上の人なので……。
「そんなに、身を乗り出さなくても大丈夫よ。どうせ、ここまで来るのに、一時間以上は掛かるから」
「えぇっ?! そんなに掛かるの?」
私は乗り出していた上半身を引っ込める。
「ゴンドラはとてもゆっくり動くし、途中で配布用のマドレーヌの補充や休憩もするから。そもそも〈南地区〉の端からここまで、どれだけ距離があると思っているの?」
「あぁー、そういえば、そうだね……」
〈南地区〉から〈中央区〉に入り、さらにそこから〈北地区〉に入って、今いる郊外に向かわなければならない。〈グリュンノア〉は、物凄く大きいのだ。もっと中心部に近い場所で見れば早く来るが、いかんせん、とんでもなく混んでいる。
今日も、かなり暑くなるようで、どんどん気温が上がってきた。日陰のない強い日差しの中で、あと一時間も待つのは、結構しんどい。
しかも、さっきまでと違って、立ちっぱなしだ。体力には自身があるけど、動かずにじっと立ってるだけなのは、かなり辛かった。
「フィニーちゃん大丈夫?」
彼女は、すでに苦しそうな表情を浮かべていた。
「暑い……空気悪い――風が来ない……。もう、帰りたい――」
「なに馬鹿なことを言ってるの? まだ、始まったばかりじゃない。それに、パレードが終わったら、七日参りの続きもあるのよ」
無情にも、ナギサちゃんは現実を突きつける。
「死ぬ……絶対に死ぬ」
「これぐらいで死ぬなら、シルフィードになれないわよ」
いつも通りのやり取りを見ていると、少しホッとする。それにしてもナギサちゃんは、いつも元気だよね。体はほっそりして、鍛えているようには見えないので、体力というより、精神力が強い感じかな。
ただ、ナギサちゃんの言う通り、このあとも『七日参り』で町を一周するので、相当ハードなイベントだ。
シルフィードって、一見、優雅そうに見えるけど、物凄い体力が必要なんだよね。リリーシャさんも、あれだけ忙しくても、疲れた顔を見たことがないし。やはり、新人時代に、こうやって鍛えられて行ったんだろうなぁ。
炎天下の中で待つこと、約一時間――。遠くのほうから、パレードの音楽と歓声が響いてくる。目を凝らすと、道の先からゆっくりと、ゴンドラが進んできていた。
派手に装飾された巨大なゴンドラには、数名のシルフィードが乗っている。一人は先頭に立って操縦し、あとの数名は、観客たちに『ウイング・マドレーヌ』を投げて渡す。
なお、操縦手は最も階級の高い人がやるのが通例なので『シルフィード・クイーン』が担当している。ゴンドラの先頭に立ち、静かに手をふっており、観客たちから熱い視線と声援が送られていた。
後ろでマドレーヌを配っている『スカイ・プリンセス』はもちろん『エア・マスター』にも声援は送られる。上位階級ではない『エア・マスター』でも、人気の高い人たちはいるからだ。
しかし『シルフィード・クイーン』への声援の多さは、段違いだった。シルフィードの階級差による、知名度や人気の高さは、それ程までに違うものなのだ。
この通りには、二台のゴンドラが通過する。見えてきたのは一つ目のゴンドラで、先頭にいるのは『銀色の妖精』のカタリーナ・ライラックさんだ。
銀色の髪に、透き通るような白い肌。まるで、精工に作られた人形のような美しさがあった。写真で見た時よりも、はるかに美しく見える。
その神秘的で美しい容姿から、シルフィード関係の雑誌はもちろん、ファッション誌などでも、表紙や巻頭カラーの特集で、しばしば見かける超有名人だ。〈グリュンノア〉の、ファッション・リーダーとしても、絶大な人気がある。
私もすっかり見とれてしまったが、ふと目的を思い出した。いかんいかん――マドレーヌをゲットするのが目的だった。
私は身を乗り出し、ゴンドラに乗っている人たちを確認した。すると、知っている姿が一つあった。先日〈ウィンドミル〉本社で会った、メイリオさんだ。
「フィニーちゃん、メイリオさんがいるよ! 一生懸命、応援しないと」
「疲れたから……もういい」
「えぇー、せっかく目の前にいるのに?」
でも、フィニーちゃんは、すでに満身創痍になっていた。実際、暑さと周りの熱気、物凄い歓声で、あまりいい状態とは言えない。静かな場所が好きな彼女にとっては、かなり厳しい環境だ。
「メイリオさーん!!」
代わりに私が、大きな声を張り上げ応援した。でも、あまりにも周りが煩いので、聞こえているかどうかは微妙だった。
ゴンドラが近づいてくると、みんな一斉に両手をあげ、必死になってマドレーヌを受け取ろうとする。
私もピョンピョン飛び跳ねながら、必死に食らいつこうとするが、自分のそばには飛んでこなかった。配られる量と観客の数が、あまりにも違いすぎる。これは、思ってた以上に難易度が高い……。
一回だけ指先をかすめたものの、どこかに飛んでいってしまった。ジタバタしているうちに、ゴンドラは過ぎ去っていく。悲しいことに、戦果はゼロだった。
んがぁー、超悔しいー!! 一杯とれると思ったのにー!
それにしても、隣りにいた二人は、妙におとなしかった。ナギサちゃんは、手をちょこっと動かした程度で、フィニーちゃんに至っては、ボーッと眺めているだけで、手すら動かしていない。
「ちょっとちょっと、二人ともー、やる気あるの? 声も出てないし、全然とろうとしてないじゃん!」
「や、やる気はあるわよ。捕ろうとはしていたもの。でも、大きな声を出すのは、恥ずかしいし……」
「私には――無理。暑さとうるささで、気分悪い……」
二人からは、今一つやる気の感じられない答えが返って来る。いつもと比べて、元気もないし。
「あーもー、気合が足りないよ、気合が! せっかく来たんだから、ちゃんと戦利品を持って帰らなきゃ。先輩たちが出てるんだから、ちゃんと声を出していこー!」
二人とも体育会系って感じじゃないから、激しく動かないのはしょうがない。にしても、先輩の晴れ舞台なんだから、精一杯、応援してあげたいじゃん。
特に、リリーシャさんには『シルフィード・クイーン』に負けて欲しくない。私の中では、文句なしに一番のシルフィードだから。
「でも、大きな声を出すなんて、はしたないじゃない……」
「って、ナギサちゃんは、どっかの国のお姫様ですか?」
「ち、違うわよ。けど……」
もう、ナギサちゃんは、変なところで気兼ねするよね。
「いいから、ごちゃごちゃ言わないで、応援すればいいの! ツバサさんも、出てるんでしょ? 自分の会社の先輩に、恥をかかせたいの?」
「それは、そうだけど――。分かったわよ、やるわよ。やればいいんでしょ」
ナギサちゃんは、少し投げやり気味に答えた。
先の方から、二台目のゴンドラが見えてくる。先頭にいるのは『蒼空の女神』のミルティア・フォードさんだ。澄んだ青い瞳に青い髪。『銀色の妖精』とは対照的で、威厳と力強さを感じる。
彼女は『MSR』(マッハ・スピード・レース)のプロレーサーでもあった。Sランクのレーサーで、数々のレースで優勝している、超実力派だ。全シルフィードの中で『最も操縦技術に優れている』と言われていた。
レース雑誌はもちろん、その抜群のプロポーションから、ファッション誌にもよく載っている。レザー系のファッションが多いが、凄くカッコよくて、男女問わず大人気のシルフィードだ。
やはり、雑誌と違い実物は、よりカッコよくて美しい。私もあんな風に、カッコ美しくなりたいものだ。ゴンドラが近づくにつれ、割れんばかりの声援が送られる。私は目を凝らし、ゴンドラの上を確認した。
いた! リリーシャさんとツバサさんだ。運のいいことに、二人ともこちら側のほうに配っている。気づいてもらえれば、こっちに投げてくれるかも……。
ゴンドラが五メートルほどまで近づいたところで、私は大きく息を吸い込み、
「リリーシャさーーん!!」
周りの歓声に負けじと、全力で叫び声を上げた。
大声で叫んだ直後、リリーシャさんと、パッと目が合った。リリーシャさんは、笑みを浮かべ軽く頷いたあと、私の目の前にマドレーヌを投げてくれた。
かなり前方だったので、私は柵から身を乗り出し何とかキャッチする。たぶん、他の人にとられないよう、わざと前目に投げてくれたのだと思う。
「よしっ、ゲットーー!!」
隣では、ナギサちゃんが頑張って声を上げていたが、周囲の声に完全にかき消されていた。フィニーちゃんは、両掌をただ前に出しているだけで、自発的に取りに行こうとはしていない。
あーもう、二人共しょうがないなぁー。私は再び息を吸うと、大声で叫んだ。
「ツバサさーーん!! こっちもお願いしまーす!!」
ツバサさんは私の声に反応して、すぐにこちらに視線を向ける。
私は隣りにいたナギサちゃんを、ひょいひょいと指差した。意図を察してくれたらしく、フッと自信ありげな笑みを浮かべると、物凄い速さでマドレーヌを投げつける。
バシッと、直接ナギサちゃんの体に当たり、彼女は慌ててマドレーヌを掴んだ。かなり強引な渡し方だけど、結果オーライ。
ツバサさんは、今度は下からゆっくりと投げた。山なりに飛んできたマドレーヌは、フィニーちゃんの両手に、ドンピシャで収まった。流石はツバサさん、ナイス・コントール!
「ツバサさん、ありがとうございまーす!!」
私が声をかけると、ツバサさんは親指をぐっと立てた。
嵐のような大歓声の中、ゴンドラは通り過ぎていく。ゴンドラに合わせ、歓声もどんどん遠のいて行った。
改めて落ち着いて周囲を見ると、いかに凄い有様かよく分かる。まるで、投げ入れられた餌に群がる鯉のように、一斉に一つのマドレーヌに、皆が飛びついていた。
「いやー、全員とれてよかったねー」
私はリリーシャさんに投げて貰ったマドレーヌを、大事に掌にのせながら、二人に声を掛ける。
「捕れたというより、捕らせて貰っただけでしょ。これって、自力で捕ることに意味があるはずだけど……」
「マドレーヌ、初めてとれた」
ナギサちゃんは、少し複雑な表情を、フィニーちゃんは、いつも通り眠そうな表情をしていた。でも、二人とも嬉しそうだ。最近は、表情の裏に潜む感情が、何となく分かるようになって来たんだよね。
「まぁ、風歌の行動力の高さには、少し感心したわ。お陰で捕れたわけだし……」
「風歌の声、超すごかった」
「いやー、声の大きさには自信あるんだよね、アハハッ」
昔はうるさいって、よく親や学校の先生に注意されたけど。こういう人の多い場所では、凄く役に立つよね。
何にしても、メインイベントは無事にクリア。おっと……まだこのあとも、七日参りの続きがあるんだった。
おーし、引き続き、イベント頑張りまっしょい!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『女子力ゼロでも出来る初めてのお菓子作り』
文明の利器があれば女子力は関係ありません
私達三人は、沿道の最前列に並び、開始されるのを、今か今かと待ち続けていた。私は身を乗り出して、道の先のほうを、ジーッと見つめる。
やがて、町中の時計塔の鐘の音が、一斉に鳴り響いた。本来は、三時間おきに鳴るんだけど、パレードの日だけは特別に、十時ちょうどに鐘が鳴るのだった。
鐘の音とほぼ同時に、上空には『エア・ボード』に乗ったシルフィードの編隊が、カラースモークを撒きながら、スーッと飛んでいく。パレード前の『セレモニー・フライト』だ。
七機編隊で、七色のスモークが広がっていく。東から西への編隊と、南から北への編隊が、町の中央でクロスする。
ここからだと遠すぎて、交差する部分はよく見えないんだけど、編隊飛行は、非常に高い技術が必要だ。『セレモニー・フライト』をするのは『エア・マスター』の中から選ばれた精鋭の十四名で、一糸乱れぬ完璧な飛行技術だった。
綺麗なフォーメーションで飛んでいくシルフィードの姿を見て、観客たちから、大きな歓声と拍手が湧き上がる。パレード開始前から、物凄い熱気だ。私も今のフライトを見て、すっかり興奮してしまった。握っていた手に力がこもる。
セレモニー後は、いよいよパレードの開始だ。『シルフィード・クイーン』と『スカイ・プリンセス』が、全員参加している、滅茶苦茶、レアなイベントだった。
普段でも、中々予約が取れず、目にする機会もほとんどない人たちだ。私だって、全ての人を見たことはない。そんな凄い人達が、一堂に会してパレードするなんて、何という贅沢だろうか。
そもそも私は『シルフィード・クイーン』を、生で見たことがないんだよね。雑誌では、何度も見たことあるけど、やっぱ実物って凄いんだろうなぁ。何か、今から物凄く緊張してきたよ。今の私にとっては、雲の上の人なので……。
「そんなに、身を乗り出さなくても大丈夫よ。どうせ、ここまで来るのに、一時間以上は掛かるから」
「えぇっ?! そんなに掛かるの?」
私は乗り出していた上半身を引っ込める。
「ゴンドラはとてもゆっくり動くし、途中で配布用のマドレーヌの補充や休憩もするから。そもそも〈南地区〉の端からここまで、どれだけ距離があると思っているの?」
「あぁー、そういえば、そうだね……」
〈南地区〉から〈中央区〉に入り、さらにそこから〈北地区〉に入って、今いる郊外に向かわなければならない。〈グリュンノア〉は、物凄く大きいのだ。もっと中心部に近い場所で見れば早く来るが、いかんせん、とんでもなく混んでいる。
今日も、かなり暑くなるようで、どんどん気温が上がってきた。日陰のない強い日差しの中で、あと一時間も待つのは、結構しんどい。
しかも、さっきまでと違って、立ちっぱなしだ。体力には自身があるけど、動かずにじっと立ってるだけなのは、かなり辛かった。
「フィニーちゃん大丈夫?」
彼女は、すでに苦しそうな表情を浮かべていた。
「暑い……空気悪い――風が来ない……。もう、帰りたい――」
「なに馬鹿なことを言ってるの? まだ、始まったばかりじゃない。それに、パレードが終わったら、七日参りの続きもあるのよ」
無情にも、ナギサちゃんは現実を突きつける。
「死ぬ……絶対に死ぬ」
「これぐらいで死ぬなら、シルフィードになれないわよ」
いつも通りのやり取りを見ていると、少しホッとする。それにしてもナギサちゃんは、いつも元気だよね。体はほっそりして、鍛えているようには見えないので、体力というより、精神力が強い感じかな。
ただ、ナギサちゃんの言う通り、このあとも『七日参り』で町を一周するので、相当ハードなイベントだ。
シルフィードって、一見、優雅そうに見えるけど、物凄い体力が必要なんだよね。リリーシャさんも、あれだけ忙しくても、疲れた顔を見たことがないし。やはり、新人時代に、こうやって鍛えられて行ったんだろうなぁ。
炎天下の中で待つこと、約一時間――。遠くのほうから、パレードの音楽と歓声が響いてくる。目を凝らすと、道の先からゆっくりと、ゴンドラが進んできていた。
派手に装飾された巨大なゴンドラには、数名のシルフィードが乗っている。一人は先頭に立って操縦し、あとの数名は、観客たちに『ウイング・マドレーヌ』を投げて渡す。
なお、操縦手は最も階級の高い人がやるのが通例なので『シルフィード・クイーン』が担当している。ゴンドラの先頭に立ち、静かに手をふっており、観客たちから熱い視線と声援が送られていた。
後ろでマドレーヌを配っている『スカイ・プリンセス』はもちろん『エア・マスター』にも声援は送られる。上位階級ではない『エア・マスター』でも、人気の高い人たちはいるからだ。
しかし『シルフィード・クイーン』への声援の多さは、段違いだった。シルフィードの階級差による、知名度や人気の高さは、それ程までに違うものなのだ。
この通りには、二台のゴンドラが通過する。見えてきたのは一つ目のゴンドラで、先頭にいるのは『銀色の妖精』のカタリーナ・ライラックさんだ。
銀色の髪に、透き通るような白い肌。まるで、精工に作られた人形のような美しさがあった。写真で見た時よりも、はるかに美しく見える。
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私もすっかり見とれてしまったが、ふと目的を思い出した。いかんいかん――マドレーヌをゲットするのが目的だった。
私は身を乗り出し、ゴンドラに乗っている人たちを確認した。すると、知っている姿が一つあった。先日〈ウィンドミル〉本社で会った、メイリオさんだ。
「フィニーちゃん、メイリオさんがいるよ! 一生懸命、応援しないと」
「疲れたから……もういい」
「えぇー、せっかく目の前にいるのに?」
でも、フィニーちゃんは、すでに満身創痍になっていた。実際、暑さと周りの熱気、物凄い歓声で、あまりいい状態とは言えない。静かな場所が好きな彼女にとっては、かなり厳しい環境だ。
「メイリオさーん!!」
代わりに私が、大きな声を張り上げ応援した。でも、あまりにも周りが煩いので、聞こえているかどうかは微妙だった。
ゴンドラが近づいてくると、みんな一斉に両手をあげ、必死になってマドレーヌを受け取ろうとする。
私もピョンピョン飛び跳ねながら、必死に食らいつこうとするが、自分のそばには飛んでこなかった。配られる量と観客の数が、あまりにも違いすぎる。これは、思ってた以上に難易度が高い……。
一回だけ指先をかすめたものの、どこかに飛んでいってしまった。ジタバタしているうちに、ゴンドラは過ぎ去っていく。悲しいことに、戦果はゼロだった。
んがぁー、超悔しいー!! 一杯とれると思ったのにー!
それにしても、隣りにいた二人は、妙におとなしかった。ナギサちゃんは、手をちょこっと動かした程度で、フィニーちゃんに至っては、ボーッと眺めているだけで、手すら動かしていない。
「ちょっとちょっと、二人ともー、やる気あるの? 声も出てないし、全然とろうとしてないじゃん!」
「や、やる気はあるわよ。捕ろうとはしていたもの。でも、大きな声を出すのは、恥ずかしいし……」
「私には――無理。暑さとうるささで、気分悪い……」
二人からは、今一つやる気の感じられない答えが返って来る。いつもと比べて、元気もないし。
「あーもー、気合が足りないよ、気合が! せっかく来たんだから、ちゃんと戦利品を持って帰らなきゃ。先輩たちが出てるんだから、ちゃんと声を出していこー!」
二人とも体育会系って感じじゃないから、激しく動かないのはしょうがない。にしても、先輩の晴れ舞台なんだから、精一杯、応援してあげたいじゃん。
特に、リリーシャさんには『シルフィード・クイーン』に負けて欲しくない。私の中では、文句なしに一番のシルフィードだから。
「でも、大きな声を出すなんて、はしたないじゃない……」
「って、ナギサちゃんは、どっかの国のお姫様ですか?」
「ち、違うわよ。けど……」
もう、ナギサちゃんは、変なところで気兼ねするよね。
「いいから、ごちゃごちゃ言わないで、応援すればいいの! ツバサさんも、出てるんでしょ? 自分の会社の先輩に、恥をかかせたいの?」
「それは、そうだけど――。分かったわよ、やるわよ。やればいいんでしょ」
ナギサちゃんは、少し投げやり気味に答えた。
先の方から、二台目のゴンドラが見えてくる。先頭にいるのは『蒼空の女神』のミルティア・フォードさんだ。澄んだ青い瞳に青い髪。『銀色の妖精』とは対照的で、威厳と力強さを感じる。
彼女は『MSR』(マッハ・スピード・レース)のプロレーサーでもあった。Sランクのレーサーで、数々のレースで優勝している、超実力派だ。全シルフィードの中で『最も操縦技術に優れている』と言われていた。
レース雑誌はもちろん、その抜群のプロポーションから、ファッション誌にもよく載っている。レザー系のファッションが多いが、凄くカッコよくて、男女問わず大人気のシルフィードだ。
やはり、雑誌と違い実物は、よりカッコよくて美しい。私もあんな風に、カッコ美しくなりたいものだ。ゴンドラが近づくにつれ、割れんばかりの声援が送られる。私は目を凝らし、ゴンドラの上を確認した。
いた! リリーシャさんとツバサさんだ。運のいいことに、二人ともこちら側のほうに配っている。気づいてもらえれば、こっちに投げてくれるかも……。
ゴンドラが五メートルほどまで近づいたところで、私は大きく息を吸い込み、
「リリーシャさーーん!!」
周りの歓声に負けじと、全力で叫び声を上げた。
大声で叫んだ直後、リリーシャさんと、パッと目が合った。リリーシャさんは、笑みを浮かべ軽く頷いたあと、私の目の前にマドレーヌを投げてくれた。
かなり前方だったので、私は柵から身を乗り出し何とかキャッチする。たぶん、他の人にとられないよう、わざと前目に投げてくれたのだと思う。
「よしっ、ゲットーー!!」
隣では、ナギサちゃんが頑張って声を上げていたが、周囲の声に完全にかき消されていた。フィニーちゃんは、両掌をただ前に出しているだけで、自発的に取りに行こうとはしていない。
あーもう、二人共しょうがないなぁー。私は再び息を吸うと、大声で叫んだ。
「ツバサさーーん!! こっちもお願いしまーす!!」
ツバサさんは私の声に反応して、すぐにこちらに視線を向ける。
私は隣りにいたナギサちゃんを、ひょいひょいと指差した。意図を察してくれたらしく、フッと自信ありげな笑みを浮かべると、物凄い速さでマドレーヌを投げつける。
バシッと、直接ナギサちゃんの体に当たり、彼女は慌ててマドレーヌを掴んだ。かなり強引な渡し方だけど、結果オーライ。
ツバサさんは、今度は下からゆっくりと投げた。山なりに飛んできたマドレーヌは、フィニーちゃんの両手に、ドンピシャで収まった。流石はツバサさん、ナイス・コントール!
「ツバサさん、ありがとうございまーす!!」
私が声をかけると、ツバサさんは親指をぐっと立てた。
嵐のような大歓声の中、ゴンドラは通り過ぎていく。ゴンドラに合わせ、歓声もどんどん遠のいて行った。
改めて落ち着いて周囲を見ると、いかに凄い有様かよく分かる。まるで、投げ入れられた餌に群がる鯉のように、一斉に一つのマドレーヌに、皆が飛びついていた。
「いやー、全員とれてよかったねー」
私はリリーシャさんに投げて貰ったマドレーヌを、大事に掌にのせながら、二人に声を掛ける。
「捕れたというより、捕らせて貰っただけでしょ。これって、自力で捕ることに意味があるはずだけど……」
「マドレーヌ、初めてとれた」
ナギサちゃんは、少し複雑な表情を、フィニーちゃんは、いつも通り眠そうな表情をしていた。でも、二人とも嬉しそうだ。最近は、表情の裏に潜む感情が、何となく分かるようになって来たんだよね。
「まぁ、風歌の行動力の高さには、少し感心したわ。お陰で捕れたわけだし……」
「風歌の声、超すごかった」
「いやー、声の大きさには自信あるんだよね、アハハッ」
昔はうるさいって、よく親や学校の先生に注意されたけど。こういう人の多い場所では、凄く役に立つよね。
何にしても、メインイベントは無事にクリア。おっと……まだこのあとも、七日参りの続きがあるんだった。
おーし、引き続き、イベント頑張りまっしょい!
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『女子力ゼロでも出来る初めてのお菓子作り』
文明の利器があれば女子力は関係ありません
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優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
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おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
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ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
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平凡冒険者のスローライフ
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26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
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果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
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