上 下
34 / 363
第1部 家出して異世界へ

5-1喧嘩中の親にメールを誤送信しちゃって発狂した件

しおりを挟む
 仕事を終え、外で夕飯も済ませて帰宅した夜。私は静まり返った屋根裏部屋で、机の前に座布団を置いて、正座しながら黙々と勉強していた。

 別に、勉強に目覚めたわけではない。相変わらず、勉強は大の苦手だ。でも、お祭りの前だからこそ、気を引き締めなければならない。ここのところ、ずっと浮かれっぱなしだったし。

 会社の名に傷を付けないため、シルフィードとしての誇りを守るため……。と言うのは、建前で、あることから目を背けるために、勉強に取り組んでいただけだ。

 ほら、何か不安だったり、やりたくないことがある時って、別の何かに集中していれば、気がまぎれるじゃない。だからと言って、物凄く苦手な勉強で気を紛らわせるのは、それだけ事が重大だからだ。

 本日分の勉強を全て終えると、ファイル閉じ、軽く息を吐きだした。時計を見ると、十時を少し回ったところ。まだ、時間は十分にある。

「どうしよ……。せっかくだから、もう少し勉強しておこうかな? いやいや、逃げちゃだめだ、私――」

 どうにも、これからやる事に、気が進まなかった。普段なら、何でも勢いでやっちゃうのに、どうしてもこればかりは、踏ん切りがつかない。

 私は立ち上がって、何度か大きく深呼吸したあと、再び正座して背筋をピンと伸ばす。だが、それからしばらくの間、マギコンを開いたまま、ずっと固まっていた。

 マギコンの前で腕を組んだり、首を傾げたり、唸り声をあげたり、瞑想してみたり、色々やってみたけど、どれもダメだった。いざ、文章を書こうとすると、完全に固まってしまう。

 たった一通のメールを書くだけなのに、どうしても指が動かなかった。普段、ユメちゃんやナギサちゃんと『ELエル』をやっている時は、何も考えなくても、スラスラ文章が出てくるのに。

 今は、なぜか一文字すら出てこない。最初の一言を考えるだけで、どんどん時が過ぎて行った――。

 そもそも、昔からメールって、ほとんど書いたことないんだよね。向こうの世界にいた時は、ずっと『LINE』だったし。こっちに来てからは『EL』しか使っていない。

 リリーシャさんと、仕事のやり取りをする時も『EL』を使ってるし。『EL』と『魔力通信』があれば、コミュニケーションには困らない。

 どちらの世界も、若い子たちは、みんな『チャットアプリ』を使ってるからね。メールは仕事で使うイメージがあって、何か堅苦しい感じがする。

 それはさておき、今回は『送り先』が問題だった。メールの送信先は、私の母親なのだ。書き慣れてないとかの問題じゃない。送るのが、死ぬほど気まずいんですけど……。

 大喧嘩して飛び出してきた上に、あれ以来、全く連絡をとっていなかった。『いつか連絡しなければ』とは思っていたけど、日が経つにつれ、どんどん連絡し辛くなっていた。

 あぁ、毎日、先送りにしていたツケが、今になってやって来たんだ。いずれ、こうなるとは、分かってたのに――。

 しかし、これだけ間が空いちゃって、なんて書けばいいんだろう? やっぱり、怒ってるよね? いや、確実に超怒ってると思う。となると、近況報告の前に、まずは謝らないと……。 

 でも、私は今も、何一つ後悔していない。こっちの世界に来て正解だったと、自信をもって言える。

 つまり、間違ったことをしたとは、全く思ってないんだよね。間違ったことしてないのに、謝るって、おかしくない?

 形だけでも、謝って和解するのが、賢い方法なのは分かってる。でも、私はそこまで大人になれないよ。『悪くない』と思ってるのに、謝るなんて出来ないもん。それに、心に引っかかってることが、まだ沢山あるから。

 だって、親に『シルフィードになりたい』って言った時。『お前には絶対に無理』『一人で生活できる訳がない』『軽い気持ちでものを言うな』とかさ、頭ごなしに否定してきたんだよ。酷いと思わない?  
      
 こっちは、物凄く真剣に考えて話したのに。自分の将来を話すのだって、物凄く勇気いるんだからね。

 なのに、まるで冗談でも聴いているかのような態度で、全く取り合ってくれなかった。だから、頭に来て家を飛び出したわけで……。

 向こうも怒ってるだろうけど、私だって、超怒ってるんだからね。そもそも、親は好きなだけ怒っていいのに、子供は怒っちゃいけないって、おかしいでしょ? 親が全て正しいって訳じゃ、ないんだしさ。

 あの時の話し合いを思い出したら、急にムカムカしてきた。こんな気持じゃ、とてもじゃないけど、気持ちよくメールを書けないよ――。

「うきゃーー!! どうすればいいのよー!」

 私は立ち上がると、ベッドに勢いよくダイブした。枕に顔を埋めると、ゆっくりと気持ちを落ち着ける。

 思えば、今までも、何度か連絡しようと思ったことはあった。でも、考えただけで、メールを書いたことは一度もない。

 でも、今回、無理にでも書こうとしているのは、昼間、会社でリリーシャさんに『魔法祭にご家族もお呼びしたら』言われたからだ。

 無論、勘当されている今の状態では、呼べるわけがない。そのことを話すと『せめて、近況報告のメールを送ってみたら』と言われた。

『魔法祭』は、この町ではとても特別な行事だった。なぜなら『魔法祭』が終わると、新年度が始まるからだ。

 ちなみに〈グリュンノア〉では『世界歴』と『ノア歴』の二つが使われている。現在は『世界歴』2060年。『ノア歴』は121年。世界歴は1月1日に変わるが、ノア歴は、建国された『9月』が新年度になる。

 8月の『魔法祭』は、年度終わりの節目なので『家族に連絡をしたほうがいいのでは』というのが、リリーシャさんの提案だ。でも、リリーシャさんは、決して私に押し付けたり、強要したりはしない。

 だから、本当に私のためを想って、言ってくれてるのがよく分かる。だからこそ、今回は、チャレンジしてみようと思ったのだ。

 でも、実際、何を書いていいんだか、サッパリ分からないんだよね。物凄く色々な経験や勉強をしたし、自分も結構、成長したとは思う。

 ただ、認めてもらうに足る実績は、何一つなかった。本当は、昇級して一人前になってから、連絡とろうと思っていた。それなら、認めてもらえる確率も上がるからだ。

 いくら頑張ってるとはいえ『見習いやってます』なんて書いたら、絶対に認めてくれるわけないよね……。

 見習い期間は、社員と言っても『契約社員』なので、仮採用の状態だ。これでは『就職が決まった』とは、自信を持って言えない。

 かといって、嘘をつくのは絶対に無理だ。嘘をつくのは大嫌いだし、そもそも、嘘が超下手なので、すぐにバレるに決まっている。

「もー、どうしよ、どうしよー!」
 私は枕を抱えたまま、ベッドの上を左右にゴロゴロと転がった。ただ無心になって、ひたすら転がり続ける。何やってんだろ、私――。

 しばらく転がって疲れると、私は大の字になって、天井をボーッと眺めた。

「んー、とりあえず、書くだけ書いてみようか……」
 そう、何事もやってみるべきよ。私の取り柄って、行動力だし。やれば、たいてい何とかなる!

 私はコンソールを出すと、開きっぱなしのメールに、文字を打ち込んでいった。

『元気にやっています。
         如月 風歌』

 散々迷った挙げ句に書いたのが、この一行だ――。

 あれっ、私ってば、こんなに文才なかったっけ? いや『EL』やってる時は、もっと色々書いてるじゃん。普段は言いたいことも言ってるのに、家族が相手になると、とたんに書けなくなる。

 やっぱり、家を出る時の喧嘩が、トラウマになってるのかな……。

 言いたいことを言えば、また喧嘩になるのは、目に見えている。だから、なかなか素直な気持ちが書けなかった。かと言って、嘘を書く気にもなれない。

「はぁー、やっぱ、こんなんじゃダメだよね」
 私は削除ボタンを押して、メールを削除した。はずだった……。

 だが『メールの送信を完了しました。時空間送信は、到着に数時間かかります』とメッセージが表示される。

「って――あれ? もしかして、やっちゃった?!」
 そう……『削除』と『送信』のボタンを、間違えて押してしまったのだ。

「いやぁぁぁぁーー!!」
 私は再び、ベッドの上で激しく転がり回った。

 あぁー、どうしよう? ただでさえ険悪な仲なのに、今のしょうもないメールのせいで、間違いなく火に油を注いでしまった。これじゃあ、もう、二度と家に帰れないよぉ……。

「終わった――全て終わった……」
 私は、天井を眺めながら、完全に呆けていた。  

 でも、しばらくして、頭が冷えてくると、

「退路は完全になくなった。こうなったら、もう、やるしかないよ。どんどん昇級して、嫌でも認めさせてやる!」

 もう、楽しければいいとか、甘いことは言わない。行けるところまで、行ってやる。そう、狙うはグランド・エンプレス! これなら、親も認めざるを得ないだろう。

 結局、誤送信でメールを送っただけで、ちゃんとしたメールは書けなかった。でも、予期せぬ形で、再び私のやる気に火がついた。

「うおぉぉー! 明日から、死ぬ気で頑張るぞぉぉーー!!」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回――
『前夜祭という名の乙女の秘密作戦会議』

 お祭りです。最後は派手に行きましょう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

異世界でのんびり暮らしてみることにしました

松石 愛弓
ファンタジー
アラサーの社畜OL 湊 瑠香(みなと るか)は、過労で倒れている時に、露店で買った怪しげな花に導かれ異世界に。忙しく辛かった過去を忘れ、異世界でのんびり楽しく暮らしてみることに。優しい人々や可愛い生物との出会い、不思議な植物、コメディ風に突っ込んだり突っ込まれたり。徐々にコメディ路線になっていく予定です。お話の展開など納得のいかないところがあるかもしれませんが、書くことが未熟者の作者ゆえ見逃していただけると助かります。他サイトにも投稿しています。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。  帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。  しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。  自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。   ※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。 ※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。 〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜 ・クリス(男・エルフ・570歳)   チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが…… ・アキラ(男・人間・29歳)  杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が…… ・ジャック(男・人間・34歳)  怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが…… ・ランラン(女・人間・25歳)  優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は…… ・シエナ(女・人間・28歳)  絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...