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第1部 家出して異世界へ
3-7放任主義と管理主義の親ってどっちがいいんだろう?
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まだ、暑さが少し残る夕方。私は〈ホワイト・ウイング〉の敷地内の掃除をやったあと、事務所の整理整頓や備品の補充なども、全て終わらせた。
指をさしながら、周りを一通り見回しチェックするが、全て問題なし。窓も綺麗、机の上も綺麗、床にチリ一つ落ちていない。ゴミ箱の中も空っぽ。
よし、完璧だね! いやー、今日もいい仕事ができたー。
私は元々、物凄く大雑把な性格で、実家にいた時は、掃除も整理整頓も全くやっていなかった。そのせいで、毎日のように、親に怒られてたんだけど……。
でも〈ホワイト・ウイング〉で働き始めてから、すっかり掃除好きになった。リリーシャさんが、物凄く几帳面で気が利く人だから、その影響だと思う。
それに、全てにおいて素早く動かないと、先にリリーシャさんがやってしまう。だから、何でも先回りして、細かいことまでやるようになった。
先輩で社長で、私の命の恩人に、雑用なんか、やらせられないからね。なので、常に周囲に気を配り、リリーシャさんよりも、早く動くようにしている。
でも、リリーシャさんが仕事に出ている昼間のうちに、ほぼ全て終わらせてしまうので、夕方は大してやることがないんだよね。
あと、変に居残っていると、リリーシャさんも帰らないので、定時に帰れるように、完璧に仕事を終わらせていた。リリーシャさん、私より先には、絶対に帰らないので。
「リリーシャさん、何かお手伝いすることはありますか?」
ちょうど十七時になったので、声を掛ける。
「いいえ、特にないわ。今日も、お仕事お疲れさまでした」
「こちらこそ、お疲れさまでした!」
私は深々と頭を下げた。
ちなみに、事務所の隣には、ロッカールームがあり、そこで着替えることが出来る。リリーシャさんは、私服で来て会社で着替えているけど、私は面倒なので、いつも制服で行き来していた。
一応、予備の制服が一着入っているけど、基本、手ぶらで来ているので、特にロッカーは使わない。そもそも、私物なんて何も持ってないし。
「では、お先に失礼します」
私が入口に向かおうとすると、
「風歌ちゃん、ちょっと待って」
リリーシャさんに、呼び止められた。
「何か、お仕事ですか?」
「いえ、そうじゃなくて、だいぶ髪が伸びてきたわね」
「あぁー、そういえば……最近、切ってなかった気が。アハハッ」
最近どころか、こっちに来てから、一度も髪を切りに行っていない。まぁ、お金なかったし――。仕事中は、髪を束ねているから気にならないけど、ショートヘアが、セミロングになり掛けていた。
髪の手入れも全然してないし『そろそろ美容院に行かなきゃなー』って思ってたんだよね。髪が長いと、洗うのも大変なので。
「よければ、私が切ってあげるわよ」
「えっ?! リリーシャさんがですか?」
意外な提案にびっくりする。いくら器用でも、いきなり髪を切るのは無理だよね……?
「私髪を切るのが、結構、得意なのよ。以前は、よくツバサちゃんにも、やってあげてたし」
「へえぇー、そうだったんですか。でも、お仕事でお疲れなのに、悪いですよ」
「大丈夫。私、体力には物凄く自信があるのよ。まだ、物足りないぐらいだから」
そういえば、どんなに忙しい日でも、リリーシャさんが疲れた姿って、一度も見たことがない。ほっそりしてるのに、本当に体力あるんだよねぇ。
リリーシャさんは、棚の引き出しを開け、布と黒い箱を持ってくる。黒い箱を開けると、そこには三本のハサミと、くし、スプレーボトルが入っていた。
「こんな物まで、会社に用意してあったんですか?」
「元々母の私物なの。ずっと置きっぱなしで、最近は使っていなかったけれど」
キッチンでボトルに水を入れてくると、リリーシャさんは道具一式を持ち、外に向かった。私もそのあとに続く。彼女は、テラスのテーブルに、そっと道具を置くと、白い木の椅子を一つ持ってきた。
「どうぞ、お客様」
満面の笑みを浮かべるリリーシャさんに、
「あ、はい……よろしくお願いします」
私は少し緊張しながら答える。
リリーシャさんの腕を疑っている訳ではなく、大先輩にこんな雑用をやらせるのが、物凄く申し訳なく思ったからだ。
リリーシャさんは、布をサッと広げて私に掛けると、スプレーで髪を濡らし、くしで髪をすいていった。すぐに、一定のリズムでテンポよく、ハサミで髪を切る音が聞こえてきた。
物凄く手際がよくて、まるでプロみたい。流石にここまで上手いとは、思っていなかった。本当に器用で、何でも出来ちゃうんだね。
「リリーシャさんって、もしかして、美容師を目指したりしてたんですか?」
「いいえ、そんなこと無いわよ。ただ、昔はここでこうやって、母に髪を切ってもらっていたの。それで、何となくやり方を覚えたのね」
「へぇー、とても優しいお母様ですね」
リリーシャさんに似て、きっと凄く優しい人だったに違いない。
「優しくはあったけど、とても忙しい人だったから。毎日、お客様の対応に追われていたし、たまの休みの日も、協会の手伝いや、講演会、講師の仕事などで、ほとんど家にいなかったの……」
パチパチと、髪を切る音だけが響く。心地よい静寂だ。
「だから、ここで、髪を切ってもらうの時間が、私達の大事なコミュニケーションの時間だったの。今でも、よく覚えているわ」
二人の姿が、一瞬、脳裏に浮かぶ。とても暖かい光景だ。
「大人気シルフィードのうえに、グランド・エンプレス。しかも、会社の経営までやっていたんですから、相当な忙しさですよね? 私には、想像もできないです……」
人気が出て階級が上がるほど忙しくなる。もちろん憧れるけど、全てがいいとも限らない。特に、家族がいる人にとっては。
「でも、そんなに忙しい中でも、髪を切ってくれるなんて、本当に優しいお母様ですね。凄くうらやましいです」
うちでは、そんなのして貰ったことないからなぁ。そもそも、まともに会話もしていなかった。
「風歌ちゃんのお母様も、優しいのでしょ?」
「いやー、うちの母親は、いっつも怒ってばかりで、優しさの欠片もありませんよ。顔を合わせる度に、うるさく小言をいうし。私の話も全然、聴いてくれないので。それで、家を飛び出して来ちゃったんですけど……」
うちの母親の場合は、怒ってる顔しか思い浮かばないんだよね。毎日、怒られてばっかりだったから。まぁ、自分にも、否がなかった訳じゃないんだけど。部屋を散らかしたり、勉強しなかったり、居間のソファーで居眠りしたり――。
いや、待てよ……。もしかして、ほとんど私に問題があったのでは?
「でも、大事に想うから、色々言うんじゃないかしら。それに、シルフィードになるのを反対したのも、風歌ちゃんを、心配したからでしょ?」
「そうですかねぇ……? シルフィードって、別に危険な仕事でもないし。人の役に立つ立派な仕事だし、人気職じゃないですか。特に、反対する理由は、ないと思うんですけど」
うちの母親は、何事にも必ず反対する。『出来るはずながない』『現実を見なさい』というのが、口癖だった。
そもそも、親のために仕事をするんじゃないし、夢がなければ、本当にやりたい仕事なんて出来ないじゃん。夢を持つって、そんなに悪いことなの?
「もし、私が風歌ちゃんの母親だったら、やっぱり反対すると思うわ」
「えぇー?! それって、私に才能がないってことですか?」
「そうじゃなくて、大事にな娘を、見知らぬ異世界に行かせるなんて、心配で気が気じゃないもの。それにね、離れ離れになるのは、寂しいでしょ?」
髪を切る規則的な音に交じり、静かで優しい声が、スーッと心に入り込んでくる。特に強要するのでもなく、強く言う訳でもないけど、不思議な説得力があった。
「でも、うちの母親は、心配はまだしも、寂しいなんて、絶対に思わないですよ。たぶん……」
寂しいどころか、せいせいしてるんじゃないかなぁ?
「きっと、寂しがっていると思うわ。娘を大事に思わない母親なんて、いないもの」
「うーん、どうなんですかねぇ……。リリーシャさんのお母様は、うるさく言ったりは、しなかったんですか?」
「うちの母は、放任主義だったの。だから、うるさく言われたことは無かったわ」
「いいですねぇ、そういう理解のある親は」
心が広くて優しい親だと、理解があっていいよねぇ。うちの親は、心が狭すぎるのよ。
「でも、私がシルフィードになったあと『仕事は見て覚えなさい』『言われてやっても意味がない』って言われて、仕事はほとんど教えてくれなかったの。普段は、とても優しいけど、仕事に関しては、昔気質で厳しかったわね」
「私、そういうの好きです。なんか、体育会系のノリって、燃えるんですよ」
「風歌ちゃんらしいわね」
リリーシャさんは、クスクスと笑う。
でも、何かすごく意外。リリーシャさんって、何でも優しく丁寧に教えてくれるから、アリーシャさんも、そんな感じなんだと思ってた。
「そういえば、リリーシャさんと、こうしてゆっくりお話するのも、久しぶりですね。いつもは、仕事の話ばかりですし」
「こちらから仕事に誘っておきながら、いつも放っておいて、ごめんなさいね」
「いえ、全然、そんなことないですよ。リリーシャさんは、凄く忙しいですし。私はちゃんと、自主練やってますから。そもそも、自主練で覚えるのって、シルフィード業界の、伝統なんですよね?」
「そうね、昔は凄く厳しかったみたいよ。シルフィードはこの町の象徴だし、技術・知識・人格の、全て高い水準が要求されていて。でも、学校もなかったし誰も教えてくれなかったから、何事も自分で学び、鍛え上げるのが基本だったの」
シルフィードは、世界大戦後の『平和の象徴』でもあり、できた当初は、選びぬかれたエリートだけで編成されていた。
また、戦闘訓練も受け、軍隊並みの規律で統制されていたらしい。そもそも、出来た当初は『観光案内』じゃなくて『治安維持』が目的だったみたいだし。
「いいですね、そういうの。厳しく自己鍛錬してこそ、一流になれますもんね」
「でも、今は、そんなに厳しくないわよ。シルフィードの学校もあるし、先輩が後輩の面倒を、しっかり見てあげてるし。平和な時代だから、どこの会社も、のんびり和やかにやっているわ」
「うーむ、これが、ゆとり世代ってやつですね……」
こちらの世界も、段々ゆとり化が進んでるみたいね。気楽にシルフィードになる子も、多いみたいだし。ナギサちゃんみたいに、高い理想を持っている人は、一握りだ。
「そうかも知れないわね。でも、私は今のやり方のほうが好きだけど。風歌ちゃんは、嫌なの?」
「嫌ではないんですけど、自分に気合を入れるために、もっと厳しくして貰ってもいいかなぁー、って思うんです」
「風歌ちゃんの、お母様みたいに?」
「えっ?! あれは、厳しさの方向性が違うんです! 無駄に細かすぎるんですよ」
リリーシャさんは、私の答に笑い出した。
もしかして、ツボった? こんなに笑うリリーシャさんは、初めてみた。
でも、何か嬉しいな。いつもは、ちょっと距離を置いて話してた感じだから。私は、大先輩のリリーシャさんに、失礼のないように気をつけて話してたし。逆に、リリーシャさんも、私に色々と気を使ってくれていたのだと思う。
私は、まだまだ、リリーシャさんの知らないことが一杯ある。逆に、私のことも、リリーシャさんが知らない部分が、色々あると思う。
これからも、こうやって時間を作って、お互いのことを、もっと深く知っていけたらいいなぁ……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『もうすぐ魔法祭なのでグリュンノアを1周してみた』
エアドルフィンで行くぶらり途中下車の旅
指をさしながら、周りを一通り見回しチェックするが、全て問題なし。窓も綺麗、机の上も綺麗、床にチリ一つ落ちていない。ゴミ箱の中も空っぽ。
よし、完璧だね! いやー、今日もいい仕事ができたー。
私は元々、物凄く大雑把な性格で、実家にいた時は、掃除も整理整頓も全くやっていなかった。そのせいで、毎日のように、親に怒られてたんだけど……。
でも〈ホワイト・ウイング〉で働き始めてから、すっかり掃除好きになった。リリーシャさんが、物凄く几帳面で気が利く人だから、その影響だと思う。
それに、全てにおいて素早く動かないと、先にリリーシャさんがやってしまう。だから、何でも先回りして、細かいことまでやるようになった。
先輩で社長で、私の命の恩人に、雑用なんか、やらせられないからね。なので、常に周囲に気を配り、リリーシャさんよりも、早く動くようにしている。
でも、リリーシャさんが仕事に出ている昼間のうちに、ほぼ全て終わらせてしまうので、夕方は大してやることがないんだよね。
あと、変に居残っていると、リリーシャさんも帰らないので、定時に帰れるように、完璧に仕事を終わらせていた。リリーシャさん、私より先には、絶対に帰らないので。
「リリーシャさん、何かお手伝いすることはありますか?」
ちょうど十七時になったので、声を掛ける。
「いいえ、特にないわ。今日も、お仕事お疲れさまでした」
「こちらこそ、お疲れさまでした!」
私は深々と頭を下げた。
ちなみに、事務所の隣には、ロッカールームがあり、そこで着替えることが出来る。リリーシャさんは、私服で来て会社で着替えているけど、私は面倒なので、いつも制服で行き来していた。
一応、予備の制服が一着入っているけど、基本、手ぶらで来ているので、特にロッカーは使わない。そもそも、私物なんて何も持ってないし。
「では、お先に失礼します」
私が入口に向かおうとすると、
「風歌ちゃん、ちょっと待って」
リリーシャさんに、呼び止められた。
「何か、お仕事ですか?」
「いえ、そうじゃなくて、だいぶ髪が伸びてきたわね」
「あぁー、そういえば……最近、切ってなかった気が。アハハッ」
最近どころか、こっちに来てから、一度も髪を切りに行っていない。まぁ、お金なかったし――。仕事中は、髪を束ねているから気にならないけど、ショートヘアが、セミロングになり掛けていた。
髪の手入れも全然してないし『そろそろ美容院に行かなきゃなー』って思ってたんだよね。髪が長いと、洗うのも大変なので。
「よければ、私が切ってあげるわよ」
「えっ?! リリーシャさんがですか?」
意外な提案にびっくりする。いくら器用でも、いきなり髪を切るのは無理だよね……?
「私髪を切るのが、結構、得意なのよ。以前は、よくツバサちゃんにも、やってあげてたし」
「へえぇー、そうだったんですか。でも、お仕事でお疲れなのに、悪いですよ」
「大丈夫。私、体力には物凄く自信があるのよ。まだ、物足りないぐらいだから」
そういえば、どんなに忙しい日でも、リリーシャさんが疲れた姿って、一度も見たことがない。ほっそりしてるのに、本当に体力あるんだよねぇ。
リリーシャさんは、棚の引き出しを開け、布と黒い箱を持ってくる。黒い箱を開けると、そこには三本のハサミと、くし、スプレーボトルが入っていた。
「こんな物まで、会社に用意してあったんですか?」
「元々母の私物なの。ずっと置きっぱなしで、最近は使っていなかったけれど」
キッチンでボトルに水を入れてくると、リリーシャさんは道具一式を持ち、外に向かった。私もそのあとに続く。彼女は、テラスのテーブルに、そっと道具を置くと、白い木の椅子を一つ持ってきた。
「どうぞ、お客様」
満面の笑みを浮かべるリリーシャさんに、
「あ、はい……よろしくお願いします」
私は少し緊張しながら答える。
リリーシャさんの腕を疑っている訳ではなく、大先輩にこんな雑用をやらせるのが、物凄く申し訳なく思ったからだ。
リリーシャさんは、布をサッと広げて私に掛けると、スプレーで髪を濡らし、くしで髪をすいていった。すぐに、一定のリズムでテンポよく、ハサミで髪を切る音が聞こえてきた。
物凄く手際がよくて、まるでプロみたい。流石にここまで上手いとは、思っていなかった。本当に器用で、何でも出来ちゃうんだね。
「リリーシャさんって、もしかして、美容師を目指したりしてたんですか?」
「いいえ、そんなこと無いわよ。ただ、昔はここでこうやって、母に髪を切ってもらっていたの。それで、何となくやり方を覚えたのね」
「へぇー、とても優しいお母様ですね」
リリーシャさんに似て、きっと凄く優しい人だったに違いない。
「優しくはあったけど、とても忙しい人だったから。毎日、お客様の対応に追われていたし、たまの休みの日も、協会の手伝いや、講演会、講師の仕事などで、ほとんど家にいなかったの……」
パチパチと、髪を切る音だけが響く。心地よい静寂だ。
「だから、ここで、髪を切ってもらうの時間が、私達の大事なコミュニケーションの時間だったの。今でも、よく覚えているわ」
二人の姿が、一瞬、脳裏に浮かぶ。とても暖かい光景だ。
「大人気シルフィードのうえに、グランド・エンプレス。しかも、会社の経営までやっていたんですから、相当な忙しさですよね? 私には、想像もできないです……」
人気が出て階級が上がるほど忙しくなる。もちろん憧れるけど、全てがいいとも限らない。特に、家族がいる人にとっては。
「でも、そんなに忙しい中でも、髪を切ってくれるなんて、本当に優しいお母様ですね。凄くうらやましいです」
うちでは、そんなのして貰ったことないからなぁ。そもそも、まともに会話もしていなかった。
「風歌ちゃんのお母様も、優しいのでしょ?」
「いやー、うちの母親は、いっつも怒ってばかりで、優しさの欠片もありませんよ。顔を合わせる度に、うるさく小言をいうし。私の話も全然、聴いてくれないので。それで、家を飛び出して来ちゃったんですけど……」
うちの母親の場合は、怒ってる顔しか思い浮かばないんだよね。毎日、怒られてばっかりだったから。まぁ、自分にも、否がなかった訳じゃないんだけど。部屋を散らかしたり、勉強しなかったり、居間のソファーで居眠りしたり――。
いや、待てよ……。もしかして、ほとんど私に問題があったのでは?
「でも、大事に想うから、色々言うんじゃないかしら。それに、シルフィードになるのを反対したのも、風歌ちゃんを、心配したからでしょ?」
「そうですかねぇ……? シルフィードって、別に危険な仕事でもないし。人の役に立つ立派な仕事だし、人気職じゃないですか。特に、反対する理由は、ないと思うんですけど」
うちの母親は、何事にも必ず反対する。『出来るはずながない』『現実を見なさい』というのが、口癖だった。
そもそも、親のために仕事をするんじゃないし、夢がなければ、本当にやりたい仕事なんて出来ないじゃん。夢を持つって、そんなに悪いことなの?
「もし、私が風歌ちゃんの母親だったら、やっぱり反対すると思うわ」
「えぇー?! それって、私に才能がないってことですか?」
「そうじゃなくて、大事にな娘を、見知らぬ異世界に行かせるなんて、心配で気が気じゃないもの。それにね、離れ離れになるのは、寂しいでしょ?」
髪を切る規則的な音に交じり、静かで優しい声が、スーッと心に入り込んでくる。特に強要するのでもなく、強く言う訳でもないけど、不思議な説得力があった。
「でも、うちの母親は、心配はまだしも、寂しいなんて、絶対に思わないですよ。たぶん……」
寂しいどころか、せいせいしてるんじゃないかなぁ?
「きっと、寂しがっていると思うわ。娘を大事に思わない母親なんて、いないもの」
「うーん、どうなんですかねぇ……。リリーシャさんのお母様は、うるさく言ったりは、しなかったんですか?」
「うちの母は、放任主義だったの。だから、うるさく言われたことは無かったわ」
「いいですねぇ、そういう理解のある親は」
心が広くて優しい親だと、理解があっていいよねぇ。うちの親は、心が狭すぎるのよ。
「でも、私がシルフィードになったあと『仕事は見て覚えなさい』『言われてやっても意味がない』って言われて、仕事はほとんど教えてくれなかったの。普段は、とても優しいけど、仕事に関しては、昔気質で厳しかったわね」
「私、そういうの好きです。なんか、体育会系のノリって、燃えるんですよ」
「風歌ちゃんらしいわね」
リリーシャさんは、クスクスと笑う。
でも、何かすごく意外。リリーシャさんって、何でも優しく丁寧に教えてくれるから、アリーシャさんも、そんな感じなんだと思ってた。
「そういえば、リリーシャさんと、こうしてゆっくりお話するのも、久しぶりですね。いつもは、仕事の話ばかりですし」
「こちらから仕事に誘っておきながら、いつも放っておいて、ごめんなさいね」
「いえ、全然、そんなことないですよ。リリーシャさんは、凄く忙しいですし。私はちゃんと、自主練やってますから。そもそも、自主練で覚えるのって、シルフィード業界の、伝統なんですよね?」
「そうね、昔は凄く厳しかったみたいよ。シルフィードはこの町の象徴だし、技術・知識・人格の、全て高い水準が要求されていて。でも、学校もなかったし誰も教えてくれなかったから、何事も自分で学び、鍛え上げるのが基本だったの」
シルフィードは、世界大戦後の『平和の象徴』でもあり、できた当初は、選びぬかれたエリートだけで編成されていた。
また、戦闘訓練も受け、軍隊並みの規律で統制されていたらしい。そもそも、出来た当初は『観光案内』じゃなくて『治安維持』が目的だったみたいだし。
「いいですね、そういうの。厳しく自己鍛錬してこそ、一流になれますもんね」
「でも、今は、そんなに厳しくないわよ。シルフィードの学校もあるし、先輩が後輩の面倒を、しっかり見てあげてるし。平和な時代だから、どこの会社も、のんびり和やかにやっているわ」
「うーむ、これが、ゆとり世代ってやつですね……」
こちらの世界も、段々ゆとり化が進んでるみたいね。気楽にシルフィードになる子も、多いみたいだし。ナギサちゃんみたいに、高い理想を持っている人は、一握りだ。
「そうかも知れないわね。でも、私は今のやり方のほうが好きだけど。風歌ちゃんは、嫌なの?」
「嫌ではないんですけど、自分に気合を入れるために、もっと厳しくして貰ってもいいかなぁー、って思うんです」
「風歌ちゃんの、お母様みたいに?」
「えっ?! あれは、厳しさの方向性が違うんです! 無駄に細かすぎるんですよ」
リリーシャさんは、私の答に笑い出した。
もしかして、ツボった? こんなに笑うリリーシャさんは、初めてみた。
でも、何か嬉しいな。いつもは、ちょっと距離を置いて話してた感じだから。私は、大先輩のリリーシャさんに、失礼のないように気をつけて話してたし。逆に、リリーシャさんも、私に色々と気を使ってくれていたのだと思う。
私は、まだまだ、リリーシャさんの知らないことが一杯ある。逆に、私のことも、リリーシャさんが知らない部分が、色々あると思う。
これからも、こうやって時間を作って、お互いのことを、もっと深く知っていけたらいいなぁ……。
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