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第1部 家出して異世界へ

3-6なぜか火花が散る初めての女子会

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 日が傾いてきた夕方。私は〈東地区〉にある、レストラン〈アクアマリン〉に来ていた。いつも夕飯は、パンを二、三個買って、手軽に済ませているので、外食なんて久しぶりだった。

 かなり切り詰めた生活をしているので、滅多に外食はしないけど、今日は新人シルフィード三人が集まる、ちょっとした『女子会』だ。親交を深めるのは大切だし、自分へのご褒美で、たまには贅沢もいいよね。

 ただ〈アクアマリン〉は、庶民的なレストランで、値段がすごく安い。〈東地区〉は、地元の人が集まる店が多いので、他の地区に比べると、全体的に安い店が多かった。やっぱり、観光客価格と地元価格って、だいぶ違うんだよね。

 今日は、仕事が終わってからの集まりなので、来る時間は全員バラバラだ。私は会社が店に近いので、一番、最初に到着した。エア・ドルフィンなら、五分もあれば着くので。

 私の次に来たのが、ナギサちゃんだった。フィニーちゃんは、まだなので、二人でテラス席に座り、お茶を飲みながら世間話をしていた。

 ちなみに、ナギサちゃんとフィニーちゃんは、顔を合わせるのは今日が初めて。ナギサちゃんには『最近知り合った面白い子を紹介する』としか、言っていない。

 ちょっと、変わった感性の持ち主だけど、とてもいい子だし、すぐに仲良くなれると思う。新人同士の情報交換も大事だし、友達は多いほうがいいもんね。

「ところで、今日来るのはどんな子なの?」 
 ナギサちゃんは、ティーカップを置くと静かに質問してきた。

「んー、のんびりした感じの子だけど、魔力制御能力は凄いよ。上昇や下降も、飛ぶのもすっごく速いの」
「へぇー、それは楽しみね」

 ナギサちゃんの目つきが、急に鋭くななった。会うのが楽しみっていうより、思いっ切りライバル心を燃やしている感じだ。

 ナギサちゃんは、相変わらず負けず嫌いだからなぁ。まぁ、フィニーちゃんが、のんびりした性格だから、揉めたりはしないと思うけど――。

「見た目や雰囲気は、どんな感じなのよ?」 
「どんなって、えーと……あんな感じ」

 私は音もなく、スーッと下降してきた、フィニーちゃんを指差した。彼女は、エア・ドルフィンからゆっくり降りると、いつもどおりの眠そうな表情で、ボーっとしている。

「いつの間に?!」
 ナギサちゃんは振り向くと驚きの声を上げた。それほど、静かな着陸だったのだ。

「フィニーちゃん、仕事、忙しかったの?」 
「帰り際に捕まって……雑用やらされてた」

「そっか、おつかれー。こちらが、こないだ話したナギサちゃんだよ。そして、こちらがフィニーちゃん」
 私は笑顔で二人を紹介する。

「私は〈ファースト・クラス〉所属の、ナギサ・ムーンライト。よろしく」
 ナギサちゃんは、少しピリッとした態度で自己紹介をする。私と初めて会った時も、こんな感じだったんで、いつも通りかな。

「フィニーツァ・カリバーン。よろしく」
 フィニーちゃんは、小さな声で答える。

「んっ――カリバーン? って、あのカリバーン?!」
 ナギサちゃんが声を上げる。

「知り合いなの?」
「違うわよ。カリバーン家は、御三家の一つでしょ」
「えーっと……御三家ってなんだっけ?」

 そんなのあったっけ? 少なからず、私が勉強した範囲には、そんなの出てなかったはずだけど……。 

「この町を作った、魔女たちの話を知らないの? その中心人物の三人のことを『魔法御三家』と言うの。こんなの常識でしょ。歴史の勉強してないの?」
「あー、そういえば、歴史のファイルに、載ってたような気が――」

 私は元々勉強が得意ではないけど、中でも特に苦手なのが歴史だ。中学時代も、歴史が一番の苦手で、テストで毎回、赤点だった記憶がある……。

 だって、歴史って勉強する意味が分からないんだよね。昔のことをほじくり返すより、これからを見て生きるべきじゃない? そう、私は未来に生きる人間だから、前しか見ないの。

「もしかして、フィニーちゃんの家って、物凄い名家なの?」
 私が視線を向けると、フィニーちゃんは首を傾げた。

「そういえば……おばあちゃんが、うちのご先祖様がこの町を作った――って言ってた気がする。凄いかどうかは知らない……」
 しばし、考え込んだあと、フィニーちゃんは、相変わらず眠そうな表情で答える。

「凄いに決まってるでしょ! 歴史に名の残る偉大な魔女なのよ。というか、なぜ、自分の家のことを知らないのよ? ちゃんと勉強しなしなさいよね」
「まぁまぁ、ナギサちゃん。今日は勉強会じゃなくて、親睦会だから……」

 私は、お説教モードのナギサちゃんをなだめると、お店の人を呼んで、ディナーコースを注文した。ナギサちゃんのお説教、放っておくと本当に長いからね……。

 なお、ディナーコースは、前菜・メインディッシュ・デザートのコース料理だ。普通の店なら、三千ベルぐらいはするが、ここは千二百ベルと物凄く安い。

 ただ、安いと言っても、一食を三百ベル以内で済ませている私には、そんなに安くないんだけどね。なので、明日からは、さらに切り詰めないとヤバイ……。

 ちなみに、ベルとは『ベルフィニカ通貨』のこと。『独立行政都市同盟』(IAM)に参加している都市で使われている、共通の通貨だ。参加している国は、全て小さな都市国家だが、世界経済にも大きな影響力を持ち、基軸通貨になっている。

 昔は『ノア通貨』という独自通貨を使っていたが、百年ほど前に同盟に参加してから、この通貨に変わったらしい。なお『一ベル』が、私のいた世界の『一円』ぐらいだ。物価も近いので、計算がしやすいんだよね。

「その腕章……あなた、もしかして〈ウィンドミル〉の社員なの?」
 ナギサちゃんは、険しい表情を浮かべた。

 フィニーちゃんは、表情を変えずにコクリと頷く。それを見たナギサちゃんは、鋭い目で睨みつけた。

 んー、なんだろう? この微妙に重い空気は。ナギサちゃん、今日は妙に突っ掛かる気がするんだけど……。 

「そういえば、こないだ〈ウィンドミル〉のそばを通ったんだけど、凄く大きいよねぇ。敷地内に大きな風車まであるし、結構な大企業だよね」
 私は空気を軽くするために、サッと話題を変える。

「風車は、うちの会社のシンボル。創業時に作ったらしい。会社の大きさは……普通だと思う」
「普通なわけ無いでしょ! 三大企業の一つなのに」

「へぇー、凄いねぇ。でも、ナギサちゃんの会社も、すっごく大きいよね?」
「ぐっ……業界最大手は〈ウィンドミル〉よ。〈ファースト・クラス〉は第二位。つまり、うちの一番の商売敵なのよ」

 ナギサちゃんは、何だか悔しそうな表情で答える。

 あー、そういうことね……。名家の血筋&業界トップ企業の社員。ナギサちゃんが、ライバル心を燃やすのも無理はない。最初は、私にだって、突っ掛かってきたもんね。

 でも、フィニーちゃんは、全く気にした様子もなく、のんびりお茶を飲んでいた。どこまでも勝気なナギサちゃんと、常にマイペースなフィニーちゃん。

 何となく、予想はしてたけど、この二人は正反対というか、温度差が激しすぎる。

「でも、ほら、それは会社の問題で、私達には関係ないし。そもそも、何でナギサちゃんは〈ファースト・クラス〉に入ったの? 〈ウィンドミル〉にだって、入れたんじゃない?」

「私は社風が気に入って、選んだのよ。〈ファースト・クラス〉は、伝統と格式を重んじる会社なの。だから、歴代の人気シルフィードも、気品に溢れた人格者が多いのよ。私も、そんなシルフィードになりたかったから」

 なるほど、確かにナギサちゃんには、気品があるよね。ただ、気品よりも、気の強さのほうが、明らかに目立ってるけど――。

「へぇー、会社によって、シルフィードも違うんだね。フィニーちゃんは、なんで〈ウィンドミル〉に入ったの?」

「……風車が好きだから。あと、風の気持ちいい場所にあるから」
「そんな選び方もあるんだねぇ」
 いかにも、フィニーちゃんらしい選び方だ。風へのこだわりが伝わってくる。

「何よ、そのいい加減な選び方は? 何でこんな子が、トップ企業に入ってるのよ……」
 ナギサちゃんはため息をついたあと、額に手を当てた。

 まぁ、フィニーちゃんの独特な感性は、分かり辛いよね。特に、真面目で理論的なナギサちゃんには、理解できないかも。うーむ、相性悪いのかなぁ――二人ともいい子なのに。

「ところで、二人とも、魔法祭の衣装はどうするの? 私は今回が初めてだから、よく分からなくて」

 場を和ませようと、すぐに話題を変える。頑張れ私。何とかして、二人を仲良くさせるのよ!

「当然、毎年、作っているわよ。私は行事とかは、全てきっちり参加するから」
「私は……面倒だから一度も作ったことない。おばあちゃんから貰ったの着てる」

 水と油のような対極的な反応……誰か助けてー!

「なぜ、そんなにいい加減なのよ? 魔法祭は、とても大事な行事なのよ。特に、私達シルフィードにとってはね。ちゃんと、感謝の気持と願いを込めて、自分で作りなさいよ」

 ナギサちゃんの言葉に、今まで無表情だったフィニーちゃんが、心底、嫌そうな表情を浮かべる。

 マズイ――マズイよこれ。ますます険悪な雰囲気になってるじゃん……。

 一瞬、逃げ出したい気持ちになったが、二人を引き合わせたのは私だし。何とかして、上手くまとめなければ――。

「まぁ、たしかに重要だよね。この町を作った魔女たちって、私達シルフィードのご先祖様だし。そうだ、今年は、私達三人で一緒に作ろうよ。私は作り方わからないし、ナギサちゃん教えて。裁縫とか凄く得意そうだし」

 私は胸の前で両手を組んで、ジーッとナギサちゃんの目を見つめた。

「ま……まぁ、得意は得意だけど」
 ナギサちゃんは、視線をそらしながら答える。

「フィニーちゃんもね、一緒にやろ!」

 フィニーちゃんは、少し考えたあと、
「うん……やる」
 小さく頷いた。

「まったく、しょうがないわね……。でも、やるからには、手抜きは許さないわよ」
 ナギサちゃんは、渋々ながらも了解してくれた。

 何だかんだ言っても、絶対に断らないんだよねぇ。頼めば、いつでも付き合ってくれるし。根は優しいんだよね、ちょっとトゲトゲしてるだけで。

 その後、運ばれてきた料理を食べながら、世間話を続ける。最初は、かなりぎこちなかったけど、だんだん話が自然になってきた。

 まだ、和やかってほどではないけど、だいぶ二人も打ち解けて来た感じがする。ナギサちゃんも、フィニーちゃんの独特のテンポを理解してきたのだと思う。
 
 フィニーちゃんって、口数が少ないし、のんびりしているから、せっかちなナギサちゃんとは、色々な意味でスピードが違うんだよね。まるで、スロー再生と二倍速みたいな感じ。

 でも、何となくだけど、この二人って、物凄く仲良くなれそうな気がする。だって、友達同士って、案外、正反対の性格のほうが、上手く行ったりするから。

 できれば、これからも、三人で一緒に成長して行けたらいいなぁ……。


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次回――
『放任主義と管理主義の親ってどっちがいいんだろう?』

 本当の自由とは自分のルールで生きるってことなんだよ
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