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第1部 家出して異世界へ
2-2友達と一緒に食べるウイング焼きは最高に美味しかった
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雲一つなく、晴れ渡る青空の日。私は、透き通った風を浴びながら〈西地区〉の上空を飛んでいた。午前中の仕事を全て終え、今は訓練飛行中だ。
でも、今日はいつもと違って、ナギサちゃんが一緒だった。普段は、一人で訓練しているけど、こうして一緒に行動することもある。先日、知り合ってからは、連絡をとったり、一緒に食事をしたりと、だいぶ仲良くなった。
ちょっと、性格がキツかったり、プライドの高いところもあるけど。何だかんだで、優しい子なんだよね。
シルフィードの各種知識や、地元の地理などを、かなり詳しく教えてくれる。言い方は厳しいけど、凄く分かりやすい。専門学校にも行っておらず、まだこの世界を、よく知らない私にとっては、物凄くありがたかった。
先行していたナギサちゃんが、手信号のあと、ゆっくりと駐車場に降りて行く。私も続いて、彼女のエア・ドルフィンのすぐ隣に、ピタリと着地した。
よしよし、駐車技術も、かなり上手くなって来たよねぇ。凄くいい感じで、成長してるんじゃないかな? これなら、勉強さえどうにかすれば、昇級できるかも。
私は、綺麗に並んだ、エア・ドルフィンを見て、笑顔で頷いた。
「まったく、何ヘラヘラしてるのよ?」
ナギサちゃんは、両手を腰に当て、私を睨みつけてくる。
いや、睨んでるんじゃなくて、単に目つきが、鋭いだけなんだよね。最初は『妙に不機嫌そうだなぁ』って思ってたけど、彼女は普段から、こんな感じだ。
「別に、ヘラヘラなんて、してないもん。でも、こうして一緒に、ショピングに来るのは、初めてだし。何か、楽しみだよねぇ」
こちらの世界に来てから、友達とのショッピングは、初めてなので、私はうっきうきだった。あれ、もしかして、顔に出てた?
「遊びに来てるんじゃないのよ。あなたが、あまりにも無知だから、見聞を広めるために、勉強に来てるのでしょうが」
「はいはい、分かってるってー」
本当にナギサちゃんは、真面目な性格だ。いくら、訓練の一環と言っても、友達同士で来てるんだら、もっと楽しくやればいいのに。それに、たった数ヶ月の差なのに、相変わらず先輩面するし。
「はい、は一回。それに、襟が曲がってるじゃないの。シルフィードは、身だしなみが大事なのよ。しっかりしなさい」
ナギサちゃんは言いながら、私の襟を直してくれた。
このやり取り、物凄い既視感がある。何ていうか……うちの口うるさい、母親にそっくりなのだ。
「それよりも、早く行こうよ、ナギサちゃん。こんな所で、のんびりしてたら、全部回れないよー」
私は〈ウインド・ストリート〉に向かい、先に歩き始める。
「気安く呼ばないで、って言ってるでしょ。それに、順路はこっちよ」
だが、すぐにナギサちゃんから、ツッコミが入った。
彼女がマギコンで、空中モニターを開くと、地図と店のリストが、ズラリと並んでいた。どうやら、回る店と順路が、全て決まっているらしい。
って、どんだけ真面目なのよっ!
基本、何でもアドリブの私には、まったく理解できない。とはいえ、地元の詳しさでは、ナギサちゃんのほうが、数段上なので、渋々あとをついて行く。
もっと自由に、色々見て回りたかったんだけどなぁー。学校が終わったあとの、寄り道みたく、気楽な感じで……。
しかし、商店街を歩きを始めると、そんな不満は、すぐに忘れてしまった。色んなお店や、素敵なアイテムを見ているうちに、凄く楽しくなってきた。
「ところで〈グリュンノア〉の名物は、ちゃんと、理解しているの?」
「この町の名物と言ったら、やっぱパンだよね! どのお店も美味しくて、いつも食事の度に、迷っちゃうんだー」
今のところ、ハズレのお店は、一軒もなかった。この町のパン屋さんは、物凄くレベル高いんだよね。しかも、安いし。
「確かに、パン屋は多いけど、お土産などの名物の話よ。そもそも今日は、観光客に人気があるお店を、回るのが趣旨でしょ。お客様に、お勧めのお土産を訊かれたら、なんて答えるのよ?」
「パンじゃダメなの? 絶対におすすめなのに」
「遠方から、来られているお客様も、多いのよ。パンは、日持ちしないでしょ。それに、どこの観光地にも、人気のお土産があるじゃない」
「んー、人気のお土産かー。私、観光で来た訳じゃないから、お土産屋さんとか、行ったことないんだよね……」
パン屋なら、たくさん行ってるけど、それ以外のお店は、ほとんど行ったことがなかった。生活が一杯一杯だから、色々見て回る余裕が、ないんだよね。見てると、つい欲しくなっちゃうし。
「あなたね、私達の仕事が『観光案内』だってこと、理解しているの? ただ、空を飛ぶだけが、仕事じゃないのよ」
「あー、そうだよね。アハハッ」
「まったく、本当に、何も知らないのね……」
大きなため息をつきながら、ナギサちゃんは、先に歩いていく。
ナギサちゃんの後についていくと、やがて大きな土産物屋に到着した。観光客っぽい人で、ごった返している。お店の中は所狭しと、お土産が置いてあるが、どれも見たことの無いものばかりだ。
「へぇー、こんなに色んな種類の、お土産があるんだね」
「これが、一番人気のお土産よ」
私がキョロキョロ見回していると、ナギサちゃんは、山積みの箱を指差した。
箱には、白い翼を生やした、美しい天使の絵と『白き翼』の文字が描かれている。積んである箱の前には、見本のお菓子が置いてあり、翼の形をしたクッキーの上に、ホワイト・チョコが、コーティングされていた。普通に美味しそう。
「絵もとても綺麗だし、商品名も凝ってていいね。っていうか、お土産の名前、素敵なのが多いよね?」
周りを見回すと『白き翼』『黄金の風』『白金の薔薇』『疾風の剣』『天空の舞姫』など。ちょっと詩的というか、素敵なのが多い。こういうネーミングは、結構、好きかも。
「この商品名は全て、歴代の人気シルフィードの、二つ名が付いているのよ。例えば、この『白き翼』は、グランド・エンプレスの、アリーシャ・シーリングの二つ名でしょ」
「アリーシャって……もしかして、リリーシャさんのお母さん?」
「他に誰がいるのよ? 前にも、説明したじゃない」
初めて、ナギサちゃんに会った時に、そんな話があった気がする――。
「じゃあ、もしかして、うちの会社の〈ホワイト・ウイング〉って名前?」
「もちろん、アリーシャさんの、二つ名から付けたものよ。というか、なんで働いている、あなたが知らないのよ? 自分の会社のことぐらい、ちゃんと勉強しなさいよね!」
「いやー、リリーシャさんから、そんな話、全然なかったし。覚えることが、あまりに多すぎて」
リリーシャさんからは、会社の昔のことや、お母さんの話は、全く聴いたことがなかった。もっとも、私も自分の家族や過去について、全然、話してないからね。仕事で忙しいのもあるし、変に詮索するのも、どうかなぁー、って思うので。
「はぁー……何であなたみたいな、無知な人間が〈ホワイト・ウイング〉にいるのよ? 未だに信じられないわ」
ナギサちゃんは額に手を当て、大きく息を吐いた。
いや、そこまで言わなくても、いいじゃん。私だって、超頑張ってるんだからね。でも、会社のこととかは、もうちょっと、知っといた方がいいかも。
私達は、ナギサちゃんの作った、マップのコース通りに、次々と店を回って行った。見ているだけでも、とても楽しく、勉強だけじゃなく、しっかり観光気分も味わえた。
観光客で賑わっている、大きな通りを歩いていると、何やら、ふんわりとした、甘い香りが漂ってくる。
「この甘い香りは、何かな? すっごく、お美味しそうな匂いだね」
「これは、あの屋台でしょ。町のあちこちにある、伝統的な食べ物よ」
ナギサちゃんが、指差した場所に視線を向けると『ウイング焼き』と書かれた、旗が立っている。そこには、小さな屋台があった。
「へぇー、美味しそう! せっかくだから、食べていこうよ」
「ちょっと、待ちなさい。今日は、勉強に来たんでしょ」
ナギサちゃんは静止するが、私は気にせず、ササッと店の前に移動する。
すると、翼の形をした型に、生地を流し込んで焼いていた。なるほど、これって翼の形をした『たい焼き』だ。生地の中に、色んな具を入れているが、甘いものだけじゃなく、チーズや肉などもある。
形は違うけど、何か懐かしいなぁー。昔、学校帰りに、よく食べたからね。
「二つ下さい!」
私は、条件反射で、頼んでしまっていた。
「はいよっ、中身は何にするかな?」
「私はクリームで。ナギサちゃんは?」
私が声を掛けると、ナギサちゃんは、複雑な顔をする。だが、
「じゃあ……ストロベリーで」
小さな声で答える。
「もう一つは、ストロベリーでお願いします」
「はいよっ。今焼きたてを、作ってあげるから、ちょっと待っててね」
店のおじさんは、手際よく生地を、型に流し込んだ。作り置きもあるようだが、一から作ってくれる。焼き上がると紙に包んで、渡してくれた。
「これ、ナギサちゃんの分ね」
「今お金を出すから、ちょっと待って」
私が差し出すと、ナギサちゃんは、ポケットから財布を取り出す。
「いいって、いいって。今日、案内してくれた、お礼だから、ね」
私は強引に、ナギサちゃんの前に突き出した。
「……そういうことなら、貰っておくわ」
彼女は、微妙な表情をしたあと、少しためらいながら受け取る。本当に、真面目だよね。いや、照れ屋さんなのかな?
「何かこの町って、翼の形をした商品やマークが、至るところにあるよね? これも、翼の形をしているし」
「翼は、幸せを運んで来る、と言われているから、昔から『幸運の象徴』になっているのよ。それに〈グリュンノア〉は、シルフィード発祥の地だから、特に多く使われているわね。協会のシンボルにも、翼が使われているでしょ」
「なるほど、そんな意味があったんだねぇ」
どうりで、あっちこっちに、翼のマークがあるわけだ。
ちょっと待って……ということは〈ホワイト・ウイング〉って、物凄く縁起がいいんじゃないの? 実際、私に沢山の幸運を、与えてくれたし。
「なぜ、そんな基本的な知識を、知らないのよ? 自分の会社にも、しっかり翼が付いているでしょ?」
ナギサちゃんは、呆れた表情を浮かべる。
「あははっ、ただのオシャレなマークだと、思ってた。あっ、あの屋台も美味しそう。ナギサちゃん、行ってみよー」
「だから、遊びに来てるんじゃないって、言ってるでしょ!」
結局、このあとも、ナギサちゃんに小言を言われながら、色んな店を回っていった。何だかんだ言いながらも、しっかり解説してくれる。
やっぱり〈グリュンノア〉って、人気の観光都市だけあって、奥が深いねぇ。まだまだ、知らないことが一杯あるし。
これから、もっともっと、この町の素敵なところを、知っていけるといいなぁ。もちろん、ナギサちゃんのこともね……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『どこの世界も若者はSNSが大好きだよね』
コーラとポテチとSNSがあれば生きていける……
でも、今日はいつもと違って、ナギサちゃんが一緒だった。普段は、一人で訓練しているけど、こうして一緒に行動することもある。先日、知り合ってからは、連絡をとったり、一緒に食事をしたりと、だいぶ仲良くなった。
ちょっと、性格がキツかったり、プライドの高いところもあるけど。何だかんだで、優しい子なんだよね。
シルフィードの各種知識や、地元の地理などを、かなり詳しく教えてくれる。言い方は厳しいけど、凄く分かりやすい。専門学校にも行っておらず、まだこの世界を、よく知らない私にとっては、物凄くありがたかった。
先行していたナギサちゃんが、手信号のあと、ゆっくりと駐車場に降りて行く。私も続いて、彼女のエア・ドルフィンのすぐ隣に、ピタリと着地した。
よしよし、駐車技術も、かなり上手くなって来たよねぇ。凄くいい感じで、成長してるんじゃないかな? これなら、勉強さえどうにかすれば、昇級できるかも。
私は、綺麗に並んだ、エア・ドルフィンを見て、笑顔で頷いた。
「まったく、何ヘラヘラしてるのよ?」
ナギサちゃんは、両手を腰に当て、私を睨みつけてくる。
いや、睨んでるんじゃなくて、単に目つきが、鋭いだけなんだよね。最初は『妙に不機嫌そうだなぁ』って思ってたけど、彼女は普段から、こんな感じだ。
「別に、ヘラヘラなんて、してないもん。でも、こうして一緒に、ショピングに来るのは、初めてだし。何か、楽しみだよねぇ」
こちらの世界に来てから、友達とのショッピングは、初めてなので、私はうっきうきだった。あれ、もしかして、顔に出てた?
「遊びに来てるんじゃないのよ。あなたが、あまりにも無知だから、見聞を広めるために、勉強に来てるのでしょうが」
「はいはい、分かってるってー」
本当にナギサちゃんは、真面目な性格だ。いくら、訓練の一環と言っても、友達同士で来てるんだら、もっと楽しくやればいいのに。それに、たった数ヶ月の差なのに、相変わらず先輩面するし。
「はい、は一回。それに、襟が曲がってるじゃないの。シルフィードは、身だしなみが大事なのよ。しっかりしなさい」
ナギサちゃんは言いながら、私の襟を直してくれた。
このやり取り、物凄い既視感がある。何ていうか……うちの口うるさい、母親にそっくりなのだ。
「それよりも、早く行こうよ、ナギサちゃん。こんな所で、のんびりしてたら、全部回れないよー」
私は〈ウインド・ストリート〉に向かい、先に歩き始める。
「気安く呼ばないで、って言ってるでしょ。それに、順路はこっちよ」
だが、すぐにナギサちゃんから、ツッコミが入った。
彼女がマギコンで、空中モニターを開くと、地図と店のリストが、ズラリと並んでいた。どうやら、回る店と順路が、全て決まっているらしい。
って、どんだけ真面目なのよっ!
基本、何でもアドリブの私には、まったく理解できない。とはいえ、地元の詳しさでは、ナギサちゃんのほうが、数段上なので、渋々あとをついて行く。
もっと自由に、色々見て回りたかったんだけどなぁー。学校が終わったあとの、寄り道みたく、気楽な感じで……。
しかし、商店街を歩きを始めると、そんな不満は、すぐに忘れてしまった。色んなお店や、素敵なアイテムを見ているうちに、凄く楽しくなってきた。
「ところで〈グリュンノア〉の名物は、ちゃんと、理解しているの?」
「この町の名物と言ったら、やっぱパンだよね! どのお店も美味しくて、いつも食事の度に、迷っちゃうんだー」
今のところ、ハズレのお店は、一軒もなかった。この町のパン屋さんは、物凄くレベル高いんだよね。しかも、安いし。
「確かに、パン屋は多いけど、お土産などの名物の話よ。そもそも今日は、観光客に人気があるお店を、回るのが趣旨でしょ。お客様に、お勧めのお土産を訊かれたら、なんて答えるのよ?」
「パンじゃダメなの? 絶対におすすめなのに」
「遠方から、来られているお客様も、多いのよ。パンは、日持ちしないでしょ。それに、どこの観光地にも、人気のお土産があるじゃない」
「んー、人気のお土産かー。私、観光で来た訳じゃないから、お土産屋さんとか、行ったことないんだよね……」
パン屋なら、たくさん行ってるけど、それ以外のお店は、ほとんど行ったことがなかった。生活が一杯一杯だから、色々見て回る余裕が、ないんだよね。見てると、つい欲しくなっちゃうし。
「あなたね、私達の仕事が『観光案内』だってこと、理解しているの? ただ、空を飛ぶだけが、仕事じゃないのよ」
「あー、そうだよね。アハハッ」
「まったく、本当に、何も知らないのね……」
大きなため息をつきながら、ナギサちゃんは、先に歩いていく。
ナギサちゃんの後についていくと、やがて大きな土産物屋に到着した。観光客っぽい人で、ごった返している。お店の中は所狭しと、お土産が置いてあるが、どれも見たことの無いものばかりだ。
「へぇー、こんなに色んな種類の、お土産があるんだね」
「これが、一番人気のお土産よ」
私がキョロキョロ見回していると、ナギサちゃんは、山積みの箱を指差した。
箱には、白い翼を生やした、美しい天使の絵と『白き翼』の文字が描かれている。積んである箱の前には、見本のお菓子が置いてあり、翼の形をしたクッキーの上に、ホワイト・チョコが、コーティングされていた。普通に美味しそう。
「絵もとても綺麗だし、商品名も凝ってていいね。っていうか、お土産の名前、素敵なのが多いよね?」
周りを見回すと『白き翼』『黄金の風』『白金の薔薇』『疾風の剣』『天空の舞姫』など。ちょっと詩的というか、素敵なのが多い。こういうネーミングは、結構、好きかも。
「この商品名は全て、歴代の人気シルフィードの、二つ名が付いているのよ。例えば、この『白き翼』は、グランド・エンプレスの、アリーシャ・シーリングの二つ名でしょ」
「アリーシャって……もしかして、リリーシャさんのお母さん?」
「他に誰がいるのよ? 前にも、説明したじゃない」
初めて、ナギサちゃんに会った時に、そんな話があった気がする――。
「じゃあ、もしかして、うちの会社の〈ホワイト・ウイング〉って名前?」
「もちろん、アリーシャさんの、二つ名から付けたものよ。というか、なんで働いている、あなたが知らないのよ? 自分の会社のことぐらい、ちゃんと勉強しなさいよね!」
「いやー、リリーシャさんから、そんな話、全然なかったし。覚えることが、あまりに多すぎて」
リリーシャさんからは、会社の昔のことや、お母さんの話は、全く聴いたことがなかった。もっとも、私も自分の家族や過去について、全然、話してないからね。仕事で忙しいのもあるし、変に詮索するのも、どうかなぁー、って思うので。
「はぁー……何であなたみたいな、無知な人間が〈ホワイト・ウイング〉にいるのよ? 未だに信じられないわ」
ナギサちゃんは額に手を当て、大きく息を吐いた。
いや、そこまで言わなくても、いいじゃん。私だって、超頑張ってるんだからね。でも、会社のこととかは、もうちょっと、知っといた方がいいかも。
私達は、ナギサちゃんの作った、マップのコース通りに、次々と店を回って行った。見ているだけでも、とても楽しく、勉強だけじゃなく、しっかり観光気分も味わえた。
観光客で賑わっている、大きな通りを歩いていると、何やら、ふんわりとした、甘い香りが漂ってくる。
「この甘い香りは、何かな? すっごく、お美味しそうな匂いだね」
「これは、あの屋台でしょ。町のあちこちにある、伝統的な食べ物よ」
ナギサちゃんが、指差した場所に視線を向けると『ウイング焼き』と書かれた、旗が立っている。そこには、小さな屋台があった。
「へぇー、美味しそう! せっかくだから、食べていこうよ」
「ちょっと、待ちなさい。今日は、勉強に来たんでしょ」
ナギサちゃんは静止するが、私は気にせず、ササッと店の前に移動する。
すると、翼の形をした型に、生地を流し込んで焼いていた。なるほど、これって翼の形をした『たい焼き』だ。生地の中に、色んな具を入れているが、甘いものだけじゃなく、チーズや肉などもある。
形は違うけど、何か懐かしいなぁー。昔、学校帰りに、よく食べたからね。
「二つ下さい!」
私は、条件反射で、頼んでしまっていた。
「はいよっ、中身は何にするかな?」
「私はクリームで。ナギサちゃんは?」
私が声を掛けると、ナギサちゃんは、複雑な顔をする。だが、
「じゃあ……ストロベリーで」
小さな声で答える。
「もう一つは、ストロベリーでお願いします」
「はいよっ。今焼きたてを、作ってあげるから、ちょっと待っててね」
店のおじさんは、手際よく生地を、型に流し込んだ。作り置きもあるようだが、一から作ってくれる。焼き上がると紙に包んで、渡してくれた。
「これ、ナギサちゃんの分ね」
「今お金を出すから、ちょっと待って」
私が差し出すと、ナギサちゃんは、ポケットから財布を取り出す。
「いいって、いいって。今日、案内してくれた、お礼だから、ね」
私は強引に、ナギサちゃんの前に突き出した。
「……そういうことなら、貰っておくわ」
彼女は、微妙な表情をしたあと、少しためらいながら受け取る。本当に、真面目だよね。いや、照れ屋さんなのかな?
「何かこの町って、翼の形をした商品やマークが、至るところにあるよね? これも、翼の形をしているし」
「翼は、幸せを運んで来る、と言われているから、昔から『幸運の象徴』になっているのよ。それに〈グリュンノア〉は、シルフィード発祥の地だから、特に多く使われているわね。協会のシンボルにも、翼が使われているでしょ」
「なるほど、そんな意味があったんだねぇ」
どうりで、あっちこっちに、翼のマークがあるわけだ。
ちょっと待って……ということは〈ホワイト・ウイング〉って、物凄く縁起がいいんじゃないの? 実際、私に沢山の幸運を、与えてくれたし。
「なぜ、そんな基本的な知識を、知らないのよ? 自分の会社にも、しっかり翼が付いているでしょ?」
ナギサちゃんは、呆れた表情を浮かべる。
「あははっ、ただのオシャレなマークだと、思ってた。あっ、あの屋台も美味しそう。ナギサちゃん、行ってみよー」
「だから、遊びに来てるんじゃないって、言ってるでしょ!」
結局、このあとも、ナギサちゃんに小言を言われながら、色んな店を回っていった。何だかんだ言いながらも、しっかり解説してくれる。
やっぱり〈グリュンノア〉って、人気の観光都市だけあって、奥が深いねぇ。まだまだ、知らないことが一杯あるし。
これから、もっともっと、この町の素敵なところを、知っていけるといいなぁ。もちろん、ナギサちゃんのこともね……。
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次回――
『どこの世界も若者はSNSが大好きだよね』
コーラとポテチとSNSがあれば生きていける……
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