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第1部 家出して異世界へ

1-2早くも大ピンチの私の前に天使が現れた

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 今から四ヶ月前。私は、時空航行船から、異世界のこの地に降り立った。海上都市〈グリュンノア〉は、四方を海に囲まれていた。観光名所が多く、自然も豊かで、一年中、風が止まないことから『風の町』とも言われている。

 昔は、移動や輸送は、町に張り巡らされた、水路を使っていた。だが『マナフロ―ター・エンジン』の登場で、交通革命が起こった。魔力を、浮力と推力に変換する装置で、これが搭載された、空飛ぶ乗り物の全般を『スカイ・ブルーム』という。

 だが、誰にでも使えるものではなく、一定量の魔力と、魔力制御能力が必要な、かなり癖のある乗り物だ。

 なぜか、上手く扱えるのが女性ばかりで、スカイ・ブルームに乗って、空を飛び回る女性たちを、皆『ウイッチ』と呼ぶようになった。ウイッチたちは、手紙や荷物を空輸するようになり、やがては、人も運び始める。

 ただ、現在では『マナフロ―ター・エンジン』も、改良が重ねられ、男性を始め、多くの人たちが扱えるようになった。また、スカイ・ブルームの普及に伴い、様々な業種も生まれ、空で働く人たちは『スカイ・ランナー』と言われている。

 あと、観光案内専門の人は『シルフィード』と呼ばれていた。伝統的に、シルフィードは、女性だけが就ける職業だ。

 元々〈グリュンノア〉は、マイナーな都市だったが、シルフィードの登場により、一躍、有名に。空を舞う美しい姿は、多くの人を魅了し、沢山の観光客が、訪れるようになった。私もまた、シルフィードに魅せられた中の一人だ。

 私は、シルフィードになるべく、大きな夢と希望を抱え、この町にやって来た。しかし、現実は、そんなに甘くはなかった……。

 受けた面接は、三十社以上。でも、結果は全て不採用。私が想像していた以上に、シルフィードは人気職で、大変な競争倍率だったのだ。

 しかも、シルフィード希望者は、専門学校に通ってから、会社に入るのが、最近の主流らしい。『魔力』の概念がない、私の生まれ育った世界では、そんな学校があるはずもなかった。

 専門学校には、行っていない。スカイ・ブルームの、搭乗経験もなし。単身、異世界からやって来た、身元不明の十五歳の少女。そんな夢と希望だけの人間を、採用してくれるほど、懐の広い会社は、どこにもなかった。

 こちらの世界にやって来て、たった数日で、私は崖っぷちの窮地に、立たされてしまったのだ――。

 どの会社も、まるで相手にしてくれないし、手持ちの資金も、残りあと僅か。加えて『絶対に立派なシルフィードに、なってみせるから!』と、大口を叩いて、家出してきた手前、実家にも帰れない……。

 途方に暮れ、太陽が沈み掛けた、夕暮れ時。私は河原で一人、佇んでいた。いくら前向きな私だって、こんなにも上手く行かないと、流石にへこんでしまう。
 
 悲しさと悔しさで一杯で『私の人生は終わった……』なんて、死にたい気分になっていた。

 だが、そこに偶然、一人の女性が、通り掛かった。私の身の上話を聴くと、家に招いて、夕飯をごちそうしてくれた。彼女はまるで、天使のように優しい人だった。しかも、一晩、泊めてくれた上に、翌朝、私にある提案をしてきたのだ。

『よかったら、うちの会社で働いてみない?』

 もちろん、私は一発返事でOKし、彼女の会社について行った。シルフィードになりたいのは、山々だけど、当座の生活資金を確保しないと、干上がってしまう。

 まずは、こつこつ働きながら、少しずつ勉強をして『いつか必ず、シルフィードになって見せる!』と、心機一転、新たな決意をした。だが、運命の歯車は、すでに回り始めていた……。

 私が連れていかれたのは、何と『シルフィード会社』だったのだ!

『何この偶然?!』
『ちょっと、でき過ぎてない?!』
『私、一生分の運を、使い切っちゃったんじゃないの?!』

 あまりのミラクルな出来事に、心臓が口から飛び出しそうになるぐらい驚いた。文句なしに、私の人生の中で、最上級の幸運だった。奇跡って、本当にあるんだね……。

〈東地区〉にある〈ホワイト・ウイング〉という、小さなシルフィード会社は、彼女が一人で切り盛りしている。彼女の名は、リリーシャ・シーリング。

 十九歳の若さにして、すでに一人前のシルフィードで、なおかつ、会社の社長も兼ねていた。まさに、私の理想のシルフィード像であり、理想の女性でもあった。

 
 ******


 朝六時。私は『エア・ドルフィン』に乗り、町の上空を飛んでいた。スカイ・ブルームは、形状により、様々な名称がある。エア・ドルフィンは、バイク型の、最も乗りやすいタイプだ。小回りも利き、コンパクトで、初心者でも扱いやすい。

 ほどなくして、白い羽の看板が目印の〈ホワイト・ウイング〉が見えてきた。私はガレージに、そっとエア・ドルフィンを着地させる。

「よーし、今日も頑張りまっしょい!」
 私は、右の拳を突き上げながら、大きな声を出して気合を入れた。

 もっとも、ここで働き始めて、四ヶ月間。私の気合いは、常にMAX状態だ。路頭に迷っていた私を、救い上げてくれたリリーシャさんに、全身全霊で報いたい、という気持が強い。

 それに、何と言っても、憧れだったシルフィードの一員になれたことが、もう、嬉しくて嬉しくて。町中を走り回って、大声で叫びたいぐらいの、テンションの高さだ。

 ま、実際には、そんなのやらないけど。体の奥底から、エネルギーが湧き出しっぱなしなのは、事実だった。とにかく今は、精一杯、自分が出来ることをするだけ。そして、早く一人前のシルフィードになって、リリーシャさんの役に立ちたい。

「さーて、お掃除、お掃除」
 掃除用具入れから持ってきた、ほうきを使い、まずは敷地内を掃いて行った。

 その次は、入口の扉、窓、受付カウンターを、雑巾で丁寧に拭いていく。それが終わると、ガレージに置いてある全ての機体と、水路に係留してあるゴンドラを、順番に綺麗に磨いていった。

 早朝とはいえ、夏なので、体を動かすと結構、暑い。でも、額に汗を浮かべながら、体を動かすのは、とても気持ちがよかった。

 実家にいた時は、掃除なんて、全然した記憶がない。部屋を取っ散らかして、よく親に怒られていたものだ。でも、ここに来てからは、率先して毎日、掃除をしていた。

 別に、リリーシャさんに言われて、やっている訳ではない。というか、リリーシャさんは、仕事をあまり、振って来ないんだよね。雑用も面倒な仕事も、全て自分でこなしてしまう。

 なので、朝の清掃は、自主的にやっているだけだ。中学時代は運動部だったので、後輩が先輩よりも早く行って、掃除や準備をしておくのは、当たり前だった。

 でも、リリーシャさんは、体育会系のノリって、好きじゃないみたい。私としては、師匠とか先輩とか、呼びたいんだけど。『堅苦しいから』という理由で、却下された……。

 くぅー、このリリーシャさんに対する、尊敬と感謝の想いを、是非とも言葉に表したいんだけど。本人が上下関係を、嫌がるからなぁ。『気楽に、リリーと呼んでね』と言われたけど、さすがに恐れ多いので『リリーシャさん』と呼んでいる。

 エア・ドルフィンを、キュッキュッと磨いていると、後ろから声を掛けられた。

「風歌ちゃん、おはよう。今日もいいお天気ね」
 そよ風のように、ゆったりとした柔らかな声は、リリーシャさんだ。

 私は、慌てて手を止め走り寄ると、腰から九十度の角度で、思い切り頭を下げる。

「リリーシャさん、おはようございます。今日も一日、よろしくお願いいたします!」

 この気合の入った挨拶も『堅苦しいから、軽くでいい』と、言われているけど。これぐらいは、きちっと、させて貰わないとね。

「風歌ちゃんは、今日も元気一杯ね。あと、毎日お掃除ありがとう」
「いえ、これぐらい朝飯前ですから。って、朝ご飯食べたから、朝飯後って言うのかな――」

 リリーシャさんは、クスクスと笑っている。

「えーっと、今日の一件目の、お客様ですけれど。使用するのは『エア・ゴンドラ』で、大丈夫ですか……?」
 早々に、私は仕事の話に切り替えた。

「そうね。新婚旅行で、いらっしゃっているので。できるだけ、ロマンチックな演出がいいわね」

「了解ですっ! では、すぐに準備しますね」
 私は元気よく答えると、駆け出して行った。
 
 こうして今日も、私のシルフィードとしての、一日が始まる。


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次回――
『どこの世界も新人は雑用と勉強がメインです』

 24時間戦えますか……?
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