君と私の妖日記

みたそ

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目の前の現実

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何だろう…すごくあたたかい。

目を閉じていても伝わるあたたかい温もり。
それに瞼の裏からでも微かに感じる明るい光。
ふわっと香る甘い匂い、そして肌を滑るように優しい風が吹いていた。

心地が良い…そういえば…身体が重くない?
それに気持ち悪くもない。
あのあと私どうしたんだっけ?

それに瞼も今なら目を開けられるかもしれない。

私は恐る恐る閉じていた目を開けたーーー


「……」

「あー!起きた~!」「た~!」


視界に見えたのは見慣れない木目の天井と…2人の小さな女の子。私の顔を両側から覗くようにちょこんと座っていた。


「あの…えっと」

「喋った!」「た~!」


2人の女の子はよく見ると顔がそっくりなので多分双子なのかな。サイドの髪をヘアゴムで片方の子が二つ結び、もう片方の子には一つ結びにされたおかっぱ頭、花がらの可愛い着物を着て、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。


「……」


身体を起こして部屋を見渡すと六畳くらいの和室で側には和箪笥と火鉢、それに枕の側にはお香が焚いてあった。多分、寝ている時に嗅いだあの甘い匂いはこのお香だろう。

障子は閉じられているので外は見えないけれど、日の光があるから部屋の中は明るかった。


「おねーたん、傷イタイイタイ?」「タ~イ?」

「え?」


すると、思い出したかのようにズキンと激痛が走った。身体を見てみると、全身包帯だらけで服も制服から白い着物に変わっていた。


「これ…君たちがやったの?」

「ちが~う。えんにぃたんがやった~!」「た~」


えんにいたん?この子達じゃない別の誰かが手当をしてくれたってこと?…ん?でも待って。


「ここって死後の世界?」

「ん~ん、ちがうよ~!ここ白里のお山だよ~」

「え?でも私死んだんじゃ…」

「違うね」

「!!」


いつの間に!?
声のする方へ振り向くと障子に寄りかかりながら煙管を吸う女性がいた。


「残念ながらあんたは生きてるよ。」

「……あなたは」

「誰だっていいだろ。」


長い髪を雑にまとめ上げ、着物ははだけているせいで胸元が強調され、気怠そうに煙管を吸っていた。
この人が私を手当てしたのだろうか…?


美雪みゆき紗雪さゆき。焔を呼んできな。」

「は~い!」「は~い!」


パタパタと小さな足で廊下を走っていった双子たち。この人と二人きりになっちゃった…なんか気まずいな。すると突然、着物の女性が手鏡を渡してきた。


「その傷」

「え…?」

「首の傷、それだけは治らなかったから痕は残るけど、まぁ自業自得だし別にいいだろ?」

「傷って…!」


咄嗟に首元に巻かれていた包帯を解き、手鏡を手にして恐る恐る首に触れた。


「!!」

「そんなに驚くことないだろ?あんたが自分でやったんだから。」

「……」


首には植物の根っこのように長く枝分かれした傷跡があった。傷口は塞がっているものの触れるとその傷の部分だけが出っ張っていた。


「私…死ねなかったの?」

「は?」

「私は……!」


ドドドドドドドッーーー

その時、廊下を走る音が聞こえてきた。
それはどんどん近くなっていき、私が寝ていた部屋の前で足音が止まった。


スパーーーーンッ!


「イチカ!!目が覚めたんだな!!」

「連れてきたよ~!」「よ~!」

「……?」


現れたのはおかっぱ頭の双子ちゃんともう一人…。
上半身がほとんど見えてしまうほどだらしなく浴衣を着ている男の人が息を切らして部屋に入ってきた。


「怪我はもう平気か?身体の方の痣も酷かったけど…まだ痛むか?」  


心配そうな顔で傷を確認しようと手を伸ばしてきたので、それを私は振り払う。


「……誰ですか」
 
「あ、あぁ…ごめんな。俺はえん。それでこっちがーー」

「あなたが…私を助けたんですか?」


私の質問にぽかんとする焔と名乗った男の人。薄く灰色が混じったような白く短い髪。年も私とほとんど変わらないくらい。耳の先端が少し尖っていて特徴的だった。この人が私を……


「あぁ…あともう少し遅かったら手遅れにーー」

「どうして!!!」

「!!」


叫んだ瞬間、近くにいた双子ちゃん達はびっくりして固まっていた。けれど今の私にはどうでもよかった…布団を強く握り、そしてまた叫んだ。


「なんで死なせてくれなかったの!?どうして助けたの!!」

「イチカ…」


私の肩に伸ばしてきた焔の手を振り払い、怒りを彼にぶつけた。


「気安く名前を呼ばないで!何も知らないくせに!なんで助けたのよ!やっと…やっと解放されると思ったのに…」

「……」


私は…死ねなかった。それが何よりも辛く、苦しく、現実を受け入れられなかった。私は生きたくなかったのにーーー


「ごめん。」

「1人にして…今は誰とも話したくない」

「分かった」

「焔にぃたん…」「たん…」

「大丈夫。ほら、あっち行こう…」


落胆する私の横で焔の悲しそうな顔が少しだけ見えたけれど、すぐに双子ちゃん達を連れて静かに部屋を出ていった。


「あなたもどっか行ってよ」

「あんた、助けてもらった奴への態度がそれかい?」

「私は…助けてなんて言ってない。」

「あっそ。そんなに死にたきゃまた殺ればいいだろ?」

「……!」


それだけ言うと着物の女性も何処かへ行ってしまった。


「そうだ…もう一度あれを…っ!」


私は重たい身体を起こして、傍にあった和箪笥を片っ端から開けた。簡単に切れるもの、なにか包丁の代わりとなるもの…隅から隅まで探した私は一つの小箱を見つけた。


「これ…」


小箱の中から私はあるものを取り出した。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「焔にぃたん…大丈夫?」

「ん?あぁ…大丈夫だ。」


あの後、縁側に座って呆然としていると美雪と紗雪が心配そうに頭を撫でてきた。


「助けられたと思ったのにな…」


彼女の怒りの声が、心の叫びが胸を鋭く突き刺す。まぁ無理もないか…あんな怪我を見せられちゃーーー

あの儀式が終わった後、服がボロボロだったのでここへ連れてきて着替えさせようと服を脱がせた時、彼女の身体を見た俺たちは驚愕した。


「……っ!?」


それは目を当てられないほど酷い状態だった。身体中痣だらけ、へその辺りに何か熱いもので押し当てたような跡が数個、胸部を触ると肋に何本かひびが入っているようだった。
しかもそれらの怪我は全て外見からでは見えにくい服の中にあるため、ここへ連れてくるまで全く気が付くことができなかった。
こんな大怪我でどうしてあの場所まで来れるのだろうかと驚きを隠せなかった…そして同時にこんな悪質な事ができる奴に対し、心の底から怒りと憎しみが込み上げる。


「くそっ!!!」


怒りのあまり、包帯を投げ飛ばす。
彼女をこんなに追い詰めて、身も心もボロボロにした奴らを絶対に許さない…!
目の前でまだ眠っていたイチカにそっと触れる。


「遅くなって…ごめんな。」


もっと早く会っていれば…彼女を助けられたのだろうか?後悔してもしきれない。自分の無能さに悔しさを覚えた。


「……」


そして今、部屋を出たもののどうすればいいか途方に暮れているとよく嗅ぐ煙の匂いが香ってきた。


「あれま~随分弱々しい顔をしてるね。」

「……」


部屋から戻ってきた小紅に小言を言われても言い返す言葉が出なかった。そして隣に座ると深くため息をつく。


「全く…面倒な子を連れてきたね。」

「イチカは?」

「…だいぶ参ってたよ。それもそうさ、本人はあの場所で死のうとしてたんだからね。まさか生きてるなんて想定外だろうさ。」

「そうか…」


あの時のイチカの顔は明らかに俺に対する憎しみが込められていた。俺は…俺はただあの子を助けたかった。ただそれだけなんだ。それにあの子はーーー


「焔にぃたん!」「たん!」

「どうした?悪いけど今は遊べないぞ…」

「違うよ!これ!」

「?」


美雪と紗雪に目を向けると腕いっぱいに立派な桃を抱えていた。二人の背後には持ち切れなくてやむを得ず落としてしまった桃がいくつも転がっていた。


「みんなで食べよ!」「よ~!」

「お前ら…」

「だから元気出して!」「出して出して!」


こんな幼い子にまで気を遣わせて…俺は何をクヨクヨしているのだろうか。イチカが起きただけでも喜ぶ事なのに…しっかりしないと。


「ありがとうな。」


二人の頭を撫でると嬉しそうに笑っていた。
そして持っていた桃を一つ手にして立ち上がった。


「よしっ!これを切ってイチカのところに持って行こう。みんなで!」

「やった~!」「やった~!」

「じゃあ早速…」



「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」



突然イチカが寝ている部屋から悲鳴が聞こえた。驚いた俺達は急いでイチカのもとへ走った。


「イチカ!!…っ!」


障子を開けた瞬間、俺は言葉を失ったーーー


「なに…これ?」


戻ってきた彼に私は震えながら声を振り絞って聞いた。


「焔…にぃたん?」「……」

「あんた達は見るんじゃない!」


小紅が急いで二人の目を塞ぐ。それと同時に持っていた桃がボドボドと落ちていた。


「どうして…?」


理由が分からなかった。私の身体に何が起きているの…?

震えながら俺を見たイチカ。部屋は壁や障子、畳に真っ赤な血がベッタリと付着し、イチカ自身も包帯がめちゃくちゃに解け、着ていた着物が自身の血で染まっていた…そして手には一本の剃刀が握られていた。


「私の身体…どうなってるの?」


イチカは手首に剃刀をグッと当て一気に引いた。

傷口からすぐにドクドクと血が流れていたけれど、すぐに止血され、たった今切りつけた傷口もまるで最初からなかったようにあっという間に綺麗さっぱり治ってしまった…。

それだけじゃない。お腹の青痣やタバコを押し当てられたあの傷跡も綺麗さっぱりなくなっていた。

私の身体に何が起こっているの…?


「どうして死なないの……?」

「……」


こんな状況でも私は涙は出ない。ただ…とても胸が苦しくて、現実を受け止めきれなかった。

うずくまる彼女の姿を俺はただ呆然と見ることしか出来なかった。




俺は…選択を間違えたのだろうかーーー



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