東京テルマエ学園

案 只野温泉 / 作・小説 和泉はじめ

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第127話 エピローグ・アキ

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渋温泉から少し離れた墓地を白髪白髭の老人と美貌の女性が歩く。
ミネルヴァとゆかりである。

「ほう・・・」
「こちらですね」
「ふむ、よく手入れされておる」
「孫娘の奈美さんでしょう」
「星野七瀬の姉か・・・」


墓石の前に座り線香を灯すミネルヴァ・・・
手を合わせじっと墓石を見る。

「徳さん・・・。久しいな・・・、どれくらいになるか・・・」
ミネルヴァの目が遠くを見る。
若かりし日の事を思い出しているのだろうか。

「若い者達は大したものだ、次々と儂達の考えた事を超えて行きおる・・・。 泰三さんも同じ気持ちだったのかも知れん・・・」
こうして見ている限りは、平穏な老人の墓参りと見えるだろう。

だが、好々爺のような表情は見る見るうちに禍々しいものへと変わって行く。



「さて・・・、行くか・・・」
「どちらへ」
ゆかりでさえも聞く事を恐れている事が感じられる。

「これからが・・・。国盗りの再開だ」
ニヤリと笑うミネルヴァ。

「先ずは、井伊か・・・」
「四天王、最後の一人・・・。井伊直正・・・」
「では、迎えに行くとするか・・・。待っておれ・・・、竜馬っ!」
その時、急に暗雲が空を覆っていたのであった。



シンプルなスーツ姿のアキが【テルマエ学園】学園長室を訪れる。

コンコン コンコン

「どうぞ」
ドアを開けて中へと入ると、つい先日までミネルヴァの座っていたデスクに弾の姿がある。
まだ、卒業して数日しか経っていないというのに随分長く学園を離れていたように思うのはなぜだろうか。

「なんや、見違えるなぁ。温水はん」
ミネルヴァ学園長の時は、ゆかりが居たのだが今は弾一人である。
晴れやかな笑顔で二人分のコーヒーを用意する弾。

「あっ、わたしがっ!」
弾にコーヒーを淹れさせている事に気付くアキ。

「お客さんなんやから、座ってて」
「は、はい・・・」
弾に促され、ちょこんと座るアキ。
何故、自分が呼ばれたのかも分からず不安を隠せない。


「実は、折り入って頼みがあってな・・・」
湯気の立つコーヒーカップをソーサーに乗せアキの手前へと置く弾。
流石、京舞踊の家元らしい綺麗な所作である。

「お話って・・・」
恐る恐る尋ねるアキ。

「温水はん、唐突やけど3期生の担任をして貰われへんやろか?」
「は、はぁ?」
思わず手に持ったコーヒーカップを落としそうになるアキ。

「俺も学園長って言うても、なったばかりやし。一期生やった温水はんが居てくれたら心強いんや」
「でも・・・」
アキとて無下に断る気は無い。
だが、渋温泉の事がある。

「悪いとは思うたんやけど・・・」
弾は一通の封筒を取り出し、アキの手前へと置いた。

「温水ハルはんからや、もう許しは貰うてる」
封筒の表書きは、見紛う事なくハルの文字である。

アキは震えて手で封筒を開け、便せんを広げた。


〈アキへ
新しい学園長さんから、とてもありがたいお話を頂きました。
お前も色々とあったけど、まだまだ女将としては半人前にも満たないんだから、もう少し勉強してから帰っておいで。
あたしもまだまだ元気だし、弥生さんも居るんだ。
お前に安心して女将を譲り渡せるようになるまで、もう少し頑張ってみなさい
                                     ハル〉

(おばあちゃん・・・)

一呼吸を置いて、コーヒーを一口飲み考える。
そして・・・


「弾先生、いえ学園長・・・。なぜ、わたしに・・・?」
アキは思った疑問を素直に言葉に表した。

「相変わらず、直球ストレートやなぁ。温水はんらしいわ・・・」
苦笑する弾。

「お父はんの如月夏生の事、王龍麗・鈴麗兄弟の事・・・。色々と気になってるんとちゃうか?」
「どっ、どうして・・・?」
心のうちを見透かされたかのように全てを言われ驚嘆するアキ。

「温水はんが担任になって【テルマエ学園】・・・、東京におったら気になる事も見届けられるし。何よりも、俺も温水はんにおって欲しいんや・・・」
アキをじっと見て語る弾。

(アキ・・・、運命には抗われへんのや。そして、ミネルヴァ・・・。父の為にもな・・・)
弾の心の呟きはアキには聞こえない。

しばらく考え込んでいたアキがすっくと立ちあがり、まっすぐな瞳で弾を見据える。

「分かりました。わたしも思う所もありますし・・・。担任の件、お受け致します」

「有難う・・・。温水はん。期待してますえ」

弾の顔に安堵感が広がっていた。



3期生の入学式の日――

壇上には新学園長としての弾の姿がある。
来賓として、早瀬将一郎。
今期からの姉妹校として、堀塚梨央音も招かれている。


アキは新入生達の姿を目で追いながら思い出す。
僅か2年前、ここで同じように真新しい制服に身を包んだあの日の事を・・・

一人一人、新入生の顔を見るアキ・・・

龍麗・鈴麗の兄弟の姿もある。

(・・・? あの娘・・・、もしかして)
アキの目に留まったのは、塩原穂波の妹 湊帆であった。

アキを中心とした数奇とも云える宿命と因縁が新しい扉を音も無く静かに開け始めている――
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