東京テルマエ学園

案 只野温泉 / 作・小説 和泉はじめ

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第125話 エピローグ・汐音~ミネルヴァ

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京都――

松永流本家では、葵の襲名披露が厳かに行われていた。
先代の弾かの引継ぎである事に加え、一度は家を飛び出した葵が4代目を継ぐという事に反発も多くごく一部の関係者のみで執り行われていたのである。
勿論、弾の姿も無く祝電も一通のみであった。

(イッキ、ありがとう・・・)
唯一の祝電を何度も読み返す葵・・・



「葵お嬢はん・・・。4代目の御襲名、おめでとうございます」
ヨシは感涙し、ハンカチでそっと涙を拭う。

「ヨシ・・・。今まで本当に苦労を掛けたな・・・」
ヨシの小さな肩を抱く葵。

「でも、弾坊ちゃんもせめて顔くらい見せてくれはっても・・・」
珍しくヨシが弾を責める。

「弾も色々と忙しくてな・・・。許してやってくれ」
「お嬢はん・・・」
じっと葵の顔を見つめるヨシ。

「いつの間にか、こんなに成長されて・・・。立派な松永流の4代目どす・・・」
再び涙を流すヨシに思わず葵は抱き付く。

まるで、幼い頃のように・・・



だが、弾の引退とともにこれまで居た弟子達もいなくなり松永流を立て直さなければならない重責が葵の肩に重く圧し掛かっていた。

そんな、ある日の事・・・



「葵お嬢はん。お客様どすえ」
一人稽古中であった葵をヨシが呼んだ。

「客? 誰だ?」
「さあ、若い娘はんどす。居間へ御通ししております」

来客の予定など全く無かった葵、果たして誰かと首をかしげながら居間へと向かう。

障子が開け放たれ心地よい風の吹く内庭から居間へ入ろうとした葵が座って待つ人影を見て驚く。

「さっ、向坂ぁっ!?」
呼ばれた少女はにっこり笑いながら振り返る。

「お久しぶりです。葵先生っ!」
そこには大きなスーツケースと共に向坂汐音が零れそうな笑みを湛えている。

「どこかでお見かけしたとは思ってましたが・・・」
2人分のお茶を持って来たヨシが思い出したかのように言い、退席する。

和服姿の葵とワンピース姿の汐音が対面に座る。
「へぇーっ? 馬子にも衣装ですねぇ・・・」
クスクスと笑いながら葵を見る汐音。

「向坂・・・。一体、何の用だ?」
葵の問いに悪戯っぽく笑う汐音。

「ふふふ・・・。実は、葵先生に弟子入りしようかなって思って…」
「なっ、なにぃっ! 弟子だとぉっ!?」
思わず大声を上げる葵。

「どーせ、弟子なんていないんでしょ? それに・・・。先生と遊んであげる奇特な人なんて、あたしくらいしか居ませんよっ!」
「うっ・・・!」
痛い所を突かれ口ごもる葵。

「だから、あたしが弟子第一号になってあげますっ! しかも、住み込みでねっ! 嬉しいでしょ、せーんせっ!」

ジコチューとKYは全く変わっていないようだ。

「ふんっ! 今は素質のある弟子を探している最中だ・・・。まぁ、お前がどうしてもって言うなら・・・。特別に・・・」
「もっと正直になったら、どうですかぁ?」
ニコニコと笑い続ける汐音。

(・・・、コイツ)
「よし、分かった。今日、いや今からお前をビシビシ鍛えてやるからなっ! それと、うちの事は『家元』と呼べっ! 良いなっ!」

「はぁい。・・・、家元」

汐音の心遣いに胸が熱くなる葵、その瞳は嬉し涙が滲んでいた。

(よろしおしたなぁ・・・。葵お嬢はん・・・)
茶菓子を運んで来たヨシだけが、葵の涙を知っていた。


それから――

不思議な事に汐音が住み込みで弟子入りしてから、続々と【松永流】に入門希望者が増えていったのである。

(向坂は、福の神だったのかもな・・・)
中庭を見つめながらふと思う葵。

「家元ぉっ! お茶にしましょうよぉ! ヨシさんもねっ!」
今日も汐音の元気な声が響いていた。



カコーン
鹿威しの音が響く。

アイドル甲子園で【ムーラン・ルージュ】を勝利に導き【テルマエ学園】の名前を全国に轟かせた功績、という名目で三橋はミネルヴァから料亭へと招待されていた。

(なっ・・・、何だよ? この面子は・・・?)
三橋は畏まり正座している。

その対面にはミネルヴァ、両脇に弾とゆかりが、そして少し離れて如月が座っている。
あまりのプレッシャーにキョロキョロしたりソワソワしたりと落ち着かない三橋。

スッと立ち上がったゆかりが、ミネルヴァ・如月・弾・三橋の順にビールを注いで回る。
ゆかりが着席すると弾がゆかりのグラスにビールを注いだ。

「ミネルヴァ・グループに、そして三橋君に乾杯だっ!」
「乾杯っ!」
静かにグラスを掲げる面々。

「三橋君、よくやった。君にはDoDoTVの取締役のポストを与えるよう西京新聞には言ってある。今後も【テルマエ学園】を徹底的に紹介していって貰おう」
「は・・・。はい」
「学園の取材も新しい企画も全て君に一任する。資金が必要なら西京新聞に出させよう」
満足そうにミネルヴァが微笑む。
「はっ、はいっ! 有難うございますっ! 御期待に沿える様、尽力致しますっ!」
深々と頭を下げる三橋。

「それと、学園長はこの弾になる。 そこの夏生は・・・、少しややこしい仕事をして貰うがな・・・。それと、今後は全てゆかりを通しておけ」

居並ぶ面々を見て三橋は考え込む。

(あの京舞踊の家元が学園長・・・。しかも、あの如月夏生は二月会を解散してミネルヴァのおっさんの配下だと・・・。橘ゆかりだけでも扱い辛いってのに・・・。一体、何がどうなってんだよ・・・)
三橋がこれまでマスコミ界で培ってきた勘が頭の中で警鐘を鳴らしていた。

「がっ、学園長。就任、おめでとう御座います」
このメンバーの中で一番取り付き易そうな弾に慶賀を述べる。
弾はポーカーフェイスを崩さずにいたが・・・

「有難う御座います、三橋さん。 今後とも、よろしゅうに・・・」
うっすらと笑みを浮かべた弾を見て、三橋は全身に鳥肌が立つ。
(松永弾・・・。笑った一瞬、ミネルヴァのおっさんに見えたぜ。それにしても、似てるっちゃ似てるが・・・!?)
三橋は一瞬凍り付き、改めて面々の顔を見回す。
(似てる・・・。いゃ、それだけじゃねえ・・・。大体、おかしいじゃねぇか・・・。弾。ゆかり、夏生って呼び方が・・・!?  まっ、まさかっ!?)

「どうしたのかね、三橋君?」
視線の定まらない三橋にミネルヴァが話しかける。
「余計な詮索は・・・、君の為にも成らんと思うが・・・?」
その時、三橋の目にはミネルヴァの背後から邪悪な黒い影が伸びているように見えていた。

背筋が凍り、息苦しさが増して全身に鳥肌が広がる。
「うわあぁぁぁ~!」
悲鳴を上げてのけぞる三橋。

弾・ゆかり・夏生は表情を崩さない・・・。
いや、歪んだ笑みを浮かべているかに見える。

ブー・ブー・ブー

三橋のスマホが振動し着信があった事を知らせる。
(助かった・・・)
「はい、三橋・・・。わかった、すぐ戻る」

電話を切った三橋が改めてミネルヴァを見ると、先ほどの黒い影は跡形も無く消えている。
(何だ・・・、一体。何だったんだ・・・)
目の錯覚だったとてもいうのかと、三橋は何度も目を擦る。

「ゆかり、三橋君はお忙しいようだ。車を・・・」
「かしこまりました」
頷くゆかり。

「しっ、失礼します!」
慌てて退室しようとする三橋。

「おぉ、そうだ。三橋君」
「な・・・。何でしょうか・・・?」
「濱崎三波君だったかな・・・。宜しく伝えておいてくれ」
「は・・・。はい」

やっとの思いで料亭を後にする三橋。
(もう、ミネルヴァのおっさんには関わらない方がいい気がする・・・。でも、何で三波を?)

血の気の失せた三橋が色々と憶測する中、迎えのタクシーが到着した。

まだ、三橋は禍々しいものが水面下で動き始めている事に気付いていない――
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