東京テルマエ学園

案 只野温泉 / 作・小説 和泉はじめ

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第123話 エピローグ・穂波~優奈

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二月会本部の大広間――

黒の羽織袴姿の男が並んで正座している。
一人は、如月。
そして、もう一人は洸児であった。

その間には神棚が設けられ、大きな垂れ幕が三枚並べられている。
中央に天照大神・向かって右に八幡大菩薩・左側に春日大明神・・・
そう、ここは襲名披露の場である。


関東各地はおろか、日本全国の名だたる親分衆が集まり見届ける中、神事は粛々と進んでいく。


(兄貴・・・)
会長である如月を守って非業の死を遂げた剣崎哲也・・・
洸児はつい先日、その墓前に参っていた・・・

黒いスーツに身を包み、百合とカーネーションの仏花を携えタクシーから降りた洸児。
ポツポツと降り出した雨の中、墓前に仏花と酒を供えそっと目を閉じる。

「兄貴の名前を、一文字・・・。剣の字を頂きます。兄貴が目指していた新しいヤクザの時代を作っていきます」
そう言った後、唇を噛みしめ決心を固める洸児。

「それから・・・。穂波さん、今でも心の中には兄貴が居るんです・・・。ですが・・・」
ずっと目を閉じていた洸児が目を開く。

「兄貴をずっと思い続けている心ごと・・・。穂波さんを、貰います!」
そう言って、洸児は立ち上がる。

ふと、見るといつの間にか雨は止んでいた。
帰ろうと墓前に背を向けたその時・・・

ジャリッ

洸児の背後で砂利を踏む音が聞こえた。

〈穂波を頼むぞ・・・。洸児・・・〉

「兄貴っ!?」
思わず振り返る洸児、だが哲也の姿は無い。

「有難う・・・、ございます。兄貴・・・。必ず、穂波を幸せにします・・・」
その場に両手をつき、嗚咽を漏らす洸児。
止め処なく涙が頬を伝う。

例え姿は見えなくとも、哲也はいつも洸児と穂波の側にいて彼らを見守っていたのだろう。



そして・・・

東京へと戻った洸児は、如月の下へと向かった。


「洸児・・・。本気か?」
「はい。我儘言ってすいません」
二人の間に沈黙が流れる。

「二月会じゃ、いけねぇのか?」
「会長・・・」
洸児は一旦、言葉を飲み込む。
そして、改めて口を開いた。

「俺は、兄貴に憧れ・会長の男気に惚れてこの世界に入りました」
「・・・」
「世間じゃヤクザなんて社会悪だって言われていますが、この前の萬度の一件でもそんな俺達じゃなきゃ出来ない事が沢山あるって分かったんです」
「洸児・・・」
「誰だって銃撃戦なんてしたくもねぇ。でも、それを・・・」
「分かってるぜ・・・」
「そんな漢達をずっと日陰者にしておけねぇんです。だから・・・」
「まったく、新しい組を作る・・・か」
「はい・・・」
「分かった。跡目はお前に継がせるって決めたんだ。お前の好きなようにしな」



こうして、ここに襲名披露の運びとなったのである。
如月の背越しに見える垂れ幕には、『二月会会長 如月夏生』の文字。
洸児の後ろには、『二月会若頭 永井洸児』の文字。
媒酌人が白無地の徳利から酒を同じく白無地の杯へと注ぐ。


「双方とも、腹が決まりましたら、一気に飲み干し杯を懐へとお仕舞い下さい」
如月と洸児は、ほぼ同時に杯を飲み干し懐紙に包んで懐奥へと仕舞い込む。

その様子を見届けた媒酌人が再び声高らかに告げる。
「杯事(さかずきごと)は無事、滞りなく終了致しました」

そして、一瞬の間を置き・・・

「杯事が相済みますれば、席が替わります。それでは、席を御替り下さい」
媒酌人が両手を交差させ、席替えを促す。

先ほど迄、如月の座っていた所に洸児が、そして洸児の座っていた位置に如月が座り直した。
そして、その真後ろに掛かっている垂れ幕の下辺に手を掛け合図を待つ男が二人。

「席を替われば当代ですっ!」
媒酌人の発声と同時に二人の後ろにある垂れ幕がスッと剝ぎ取られ、後ろから新しい垂れ幕が現れる。

如月の後ろの垂れ幕は、『譲引退 如月夏生』
そして、洸児の後ろには・・・
『剣鳳会 初代会長 永井洸児』の文字。

洸児が二月会の全てを、新しく『剣鳳会』として継承した瞬間である。

この席にもう一人立ち会っていた者がいた。
塩原穂波である。

(鳳凰のように天に駆け上る剣か・・・。哲也、あんたが見込んだ洸児さんの行く末・・・。あちが見届けてあげるよ)
この時、穂波の頬に伝った一筋の涙は惜別かそれとも決意だったのだろうか・・・



襲名披露式が終わり、洸児が穂波を別室に呼んだ。
「あの・・・。穂波さん・・・」
「なにっ?」
いつもと違い、キッとした視線にたじろぐ洸児。

「いや・・・。その・・・」
フーっと息をつく穂波。
「あのねぇ、洸児さんっ!」
「あ・・・。はいっ?」
「あちの方が年下なんだから・・・。穂波さんってのは、いい加減やめてくんない?」
「え・・・?」
「だからぁ・・・。ほらぁっ!」
気のせいか穂波の頬は真っ赤に上気している。

「ほ・・・。穂波・・・」
伏し目がちに洸児が言う。
「はいっ!」
嬉しそうに微笑む穂波。


(まったく、世話の掛かる奴らだ・・・)
二人のやり取りを見て思わず笑みをこぼす如月。
(哲也・・・。これでお前も心配する事は無くなったな・・・)
如月の視線の先には、互いに照れ笑いしている洸児と穂波の姿があった。



夜の帳が降りる頃、銀座の街にポツポツと灯かりが点りだす。

そんな中、【ル・パルファン】を訪れたのは、優奈であった。

「あら、珍しい」
「ご無沙汰しております。結衣ママ・・・」
「アイドル甲子園優勝、おめでとう」
「有難うございます・・・」
「それで、今日は何かしら?」
結衣が妖艶に微笑む、まるで何かを知っているかのように・・・

「うちを雇って頂けないでしょうか?」
強い決意を感じさせる視線が結衣へと向けられる。
「№1女将になるって話はどうなったのかしら?」
「そ・・・、それは・・・」
しどろもどろになる優奈。
(やっばり帰って来たでしょう・・・。分かるのよ・・・)
結衣もこの世界でなければ生きていけない性を知っているのだろう。

「いらっしゃい」
「えっ!?」
「ここは今まで貴女が居た生ぬるい世界とは雲泥の差よ。これから、しっかりと鍛え直してあげるから覚悟なさいっ!」
結衣の顔つきが変わっていた。
(望むところっ!)
「はいっ! うち・・・、わたしはここ【ル・パルファン】で№1になって見せますっ!」
にっこりと微笑む結衣。
だが、敵意を剥きだしにして見つめる視線もある。


(ふーん、このわたしに真っ向勝負って事? いい度胸じゃないの。たかがキャバ嬢アガリが・・・、格の違いを教えてあげるわっ!)
普段の笑顔とは別人の顔になる瑠花。


「瀬尾君、皆を集めて頂戴!」
「あ、はい」

ボーイとホステス達を集め、結衣が優奈を紹介する。

「皆さん、新人ホステスを紹介します。 源氏名は・・・、そうね『綺里花』よ」

「『綺里花』です。皆さん、宜しくお願い致します」
優奈・・・、『綺里花』が深々と頭を下げる。
(絶対に、№1になってやる)
瑠花も挑戦的な眼差しを送り続ける。
(負けないわよっ! №1は私っ!)

ピリピリとした緊張感が張り詰める店内、結衣が微笑む。
(どっちが勝ち残るかしら・・・。後は貴女たち次第よ・・・)

怒涛と波乱の幕が今、上がろうとしていた。

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