東京テルマエ学園

案 只野温泉 / 作・小説 和泉はじめ

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第119話 護る者・護られる者

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 さて、決勝戦を制した【ムーラン・ルージュ】――
改めて、8人が舞台中央へと勢揃いしている。


「アイドル甲子園。優勝の栄冠を手にしましたのは、【ムーラン・ルージュ】の皆さんですっ! 改めて、おめでとうございますっ!」
三波の声が会場に響く。

「優勝のトロフィーは、DoDoTVエグゼクティブディレクターの三橋市郎さんより授与されますっ!」

ヘンデルのオラトリオ『マカベウスのユダ・ 見よ、勇者は帰る』がBGMで流れる中、大きなトロフィーをさも大事そうに抱えた三橋がギクシャクとロボットのような歩き方で登場したが、よく見ると手と足が同時に出ているようだ。
緊張しているのが見て分かり、会場からは笑いが漏れる。

「【ムーラン・ルージュ】の皆さん、アイドル甲子園優勝おめでとう」
三橋の手からアキの手に優勝トロフィーが渡される。

会場からは割れんばかりの歓声と、惜しみない拍手が盛大に鳴り響いている。

「以上を持ちまして、アイドル甲子園は閉幕となります。出場して下さったグループの皆様、テレビをご覧の皆様、審査員の皆様、今まで本当に有り難うございましたっ!」
最後の司会を終えた三波が、深々と客席に向けて頭を下げる。

その表情は、大役を成し遂げた充足感に満ちたものであった。



アイドル甲子園の終了後、直ぐにアキ達はテルマエ学園へと戻る。
無論、苺琳と桃琳を伴って・・・


「カトリーナ、二人を頼むぞ」
「OK! 任せテッ!」
苺琳と桃琳をカトリーナへと託し、アキ達は学園長室へと急ぐ。


コンコン コンコン

「入り給え」
ミネルヴァの声が聞こえ、学園長室の扉が開かれる。

(アキ・・・? 弾と葵まで・・・。一体、何が・・・?)
突然の事に眉をひそめるゆかり。

一方、ミネルヴァはうっすらと笑みを浮かべている。

「要件を聞こうか?」
手を前に出し、3人に椅子を勧めるミネルヴァ。

「失礼します」
一礼し、アキ達は着席する。
アキの視線は真っ直ぐにミネルヴァを見ている。

(ふむ・・・。あの時の記憶は無いか・・・)
つい先日、ここで起きた家康と千姫達の事である。

「学園長にお願いがあります」
いきなり本題を切り出すアキに驚く弾と葵。

「何かね・・・。温水君?」
「わたし達、【ムーラン・ルージュ】はアイドル甲子園で優勝しました」
「無論、知っておるよ。おめでとう・・・」
ミネルヴァは言葉を途中で区切る。

「ゆかり・・・、君は少し外しておれ」
冷たい視線を投げかけながらミネルヴァが言う。

「かしこまりました」
恭しく頭を下げ退室するゆかり。
だが、その表情にははっきりと憎しみが宿っている。

(学園長・・・、お父様・・・。また、アキだけを・・・)
ゆかりの心に少しずつ闇の領域が広がって行く。


「さて、話を戻そうか・・・。何が望みだね?」
圧倒的なミネルヴァの迫力に葵は口が挿めない。

(温水・・・。弾・・・)
隣に座っている弾を見る葵。
弾は無表情のまま成り行きを見守っている。

「特待生として入学させて頂きたい2人がいます」
「ほう・・・」
アキとミネルヴァの視線が交錯し、遥か遠い過去からの呼び声が脳裏を掠める。
(お千・・・)
(おじいさま・・・)
「あの2人の事かね?」
ミネルヴァが意地悪く微笑む。

アキはなぜ、苺琳と桃琳と知っているのかには気が付いていない。

「はい。李苺琳と李桃琳を受け入れて下さい」

「何故かね?」
「そっ・・・、それは・・・」
アキも帰る所が無い、というだけの理由など通らない事は予測できる。

「儂にとってどのような得があるのかね?」
「・・・」
「儂とて慈善事業をしておるのでは無い。分かるな?」
「でも・・・」
感情的に反論しかけるアキの前に手を開いて出し、会話を遮る弾。

(弾・・・。頼むぞ)
葵の視線が弾へと向けられた。

「李苺琳と李桃琳は萬度のエージェントでもあります。こちらも萬度グループとの今後の関わりは避けて通れないかと思いますが?」
どこでそんな情報をして入れ来たのかと驚く葵。

「孫王文だったか・・・。だが、奴はもう塀の中では無かったか? 弾?」
「萬度グループは中国の通信大手、会長の交代劇など直ぐに起きるでしょう」
「ほっほっほっ、思ったより調べておったか」
満足そうに笑うミネルヴァ。

(アキを助ける為に・・・。か)
「良かろう、その2人。特待生として認めよう」
「あ・・・。ありがとうございますっ!」
喜びのあまり、立ち上がり深くお辞儀をするアキ。

「よろしおしたなぁ。温水はん」
「はいっ!」
嬉しそうに笑うアキ。

だが、隣では葵が何やら腑に落ちぬ顔をしている。

「話は終わりだ。儂も忙しいのでな・・・」
「失礼します」
学園長室を後にするアキ達。



「弾先生、ありがとうございました」
学園長室を出ると直ぐに弾に礼を言うアキ、嬉しそうに笑っている。

「温水、早くあの2人に知らせてやれ」
アキの肩を軽く叩いて葵が言う。

「はいっ! 葵先生っ!」
アキがスキップでもしているかのような軽やかな足取りで苺琳・桃琳の元へと向かう姿を見送る弾と葵。


「弾、ちょっとええか?」
「何や? 葵?」
学園長室へと入る前までの雰囲気とは全く違うギスギスした感じが、弾と葵に漂っている。


2人は一言も言葉を交わさないまま中庭まで歩き、葵がベンチに腰を掛ける。

(葵・・・)
弾も黙ったまま、その隣へと腰を下ろした。


「学園長が橘先生をゆかり、お前を弾と呼んどったな。えらい親し気に・・・。何があったんや?」
「葵には・・・、関係あらへん・・・」
「何でやっ! お前ら一体どういう関係なんやっ!」
無表情のままの弾に詰め寄る葵。

そして・・・

「関係あらへんって、言うたやろっ!」
何かが逆鱗に触れたように急に口調を荒げる弾。

「あの娘らが卒業したら、葵はとっとと松永流の四代目を継げばええんやっ!」
「弾・・・?」
弾の急変に驚く葵。

「俺は・・・。学園長、いやミネルヴァに従うって決めたんやっ! あの、橘ゆかりもなっ!」
激高した口調で一気に吐き捨てるように言う弾。

だが、急に声のトーンを落として・・・

「葵・・・。 もう、俺らは別の道を行かなあかんのや・・・。 出来の悪い弟の事なんぞ、さっさと忘れてくれ・・・」
そう言うと、黙ってその場を立ち去って行く弾。

(弾・・・。今はお前と一緒に歩く事はでけへんみたいやな・・・)
弾の後ろ姿を見続ける葵。

(でも、いつかお前が全てを話してくれると信じてるからな)

弾と葵、もつれた糸が解ける日はいつか訪れるのであろうか。
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