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第114話 絆

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 渋温泉 温水屋――

「女将さぁん! もうすぐアキさん達、【ムーラン・ルージュ】の出番ですよぉ~!」
弥生が、庭先で花に水やりをしているハルを大声で呼ぶ。

「弥生さん! そんな大声を出さなくても聞こえてますよっ! 全く!」
ハルがゆっくりと歩いて来る。

実はアキの事が気になって仕方ないのだ。
わざと悠長に水やりなどしているが本心は、テレビの前に噛り付いていたい所なのだが。

「女将さんとわたし・・・。お茶の間審査員落選しちゃったから、せめてテレビの前で応援しないとっ!」
弥生が二人分の茶を注ぐ。

「やれやれ・・・」
そう呟きながら座布団の正座するハル。

(頑張りなよ・・・。アキ・・・)
ハルと弥生の応援も、きっとアキに届いているだろう。



同じく 星野荘――

奈美がお茶の間審査員として【ムーラン・ルージュ】に票を投じようとしている。

「七瀬、よく頑張ったわね。アキちゃんもこんなに成長して・・・。勝って、【ムーラン・ルージュ】っ!」

一人静かに拍手を送る奈美。



草津温泉 季・たちばなーー

「ゆかり・・・。貴女の生徒達もなかなかのものね」
リモコンボタンを押し、物思いにふける紗矢子。

(貴女ともいつか、分かり合える日が来るといいわね・・・)
紗矢子の想いは、いつかゆかりの心に届くのだろうか。



湯郷温泉 塩原亭――

穂波の妹・湊帆と女将が二人で静かにテレビに映る穂波を見守っている。

「お姉ちゃん、凄くかっこ良かったね。お母さん!」
「そうね・・・」
(良い友人にも囲まれて、今は幸せなのね・・・。穂波・・・)
お茶の間審査員として票を投じた時、隣でそっと涙を拭った姿を湊帆は気付いていた。



京都 松永流本家――

「弾坊ちゃん・・・、葵お嬢はん・・・。お二人が育てはった生徒さん達、きっと優勝しはります。お二人の努力の賜物どす、ヨシも嬉しおす。きっと、雪乃お嬢はんも天国で喜んではりますえ・・・」
テレビの前で呟くヨシの耳元で、懐かしい声が聞こえたような気がした。

〈ヨシ・・・。おおきに・・・〉
「雪乃お嬢はんっ!?」
目には見えないが、雪乃の温かい手の平が、自分の皺だらけの手を優しく包みこんだように感じるヨシであった。



東京・ハニーポットーー

【ムーラン・ルージュ】の【ルージュ・フラッシュ】が大音響で園内に流れている。

「如月さんから、こいつらにもアキ達の歌を聞かせてやれって言われたけど・・・」
ブツブツと文句を言いながら、園内を見まわる園長の足がピタリと止まった。

「おいおい・・・、マジかよ・・・」
園長の目に映ったものは・・・

クマの親子・カンガルー・ブタ・ロバ・トラ・フクロウが、曲に合わせて体を動かしている。

「こいつら・・・、歌が分かるのかぁ? 如月さんの言う通りに・・・」
唖然と動物達を見続ける園長もいつの間にか、体でリズムを取っていた。



東京・NAC事務所――

「司馬さんっ! そろそろアイドル甲子園の決勝戦が始まりますよっ!」
女性事務員が斎に声を掛ける。

「サンキュッ! 今すぐ行くわっ!」
午後からの予定を何も入れずにOFFにしていた斎が階段を駆け上って来る。

(ついに最終戦か、【ムーラン・ルージュ】。なぁに、君達なら大丈夫だ、この俺が保障するよ・・・)
スイッチを入れたテレビの前に座る斎。

(葵・・・、お前もよく頑張ったな・・・)
フッと口元に笑みを浮かべる斎であった。



東京・二月会本部――

「若頭っ! お疲れ様でしたっ!」
フルブラックのメルセデスベンツの後部座席から、降り立ったのは洸児である。
多数の組員達が勢ぞろいして頭を深く下げ、出迎える。

「おうっ!」
抜糸はまだ済んでいないが退院したのには訳がある。
『FoolsFesta』の実行により如月も出払っており、二月会本部が手薄になる事を懸念しての退院であった。
医師からは、くれぐれも無理をしない様にと念押しされているのだが・・・

(駆さんは・・・。あれから、どうしているんだろう・・・?)
駆の事が気になる洸児・・・
生命は守れたが、これからも前途多難であろう駆の事を・・・

「若頭、会長からの伝言です。本部をしっかり固めてくれと・・・」
「分かってる・・・」
本来であれば、若頭である自分が真っ先に最前線に立つべき所なのだ。
しかし今は、如月がその役目を背負っている事が歯痒くてならない。

事務所へと入る洸児。
事務所の中にある大型テレビが、アイドル甲子園の会場を映している。

「若頭・・・。これに・・・、出てるんですよね」
「あぁ・・・」
「若頭の大切な人・・・なんですよね?」
「それと・・・。会長のお嬢さんだ・・・」
(兄貴の変わりに・・・。会長の変わりに、俺がここで見届けます)
画面を見つめる洸児。


(穂波さん・・・。絶対に優勝して下さい・・・、俺・・・、信じてます。剣崎の兄貴も見てくれてます。これが終わったら、俺は貴女に・・・)
洸児も決意を固めていた。

その時、窓も開いていない事務所に一陣の風が吹き抜ける。

「兄貴・・・?」

如月のデスクに飾られた哲也の在りし日の写真が洸児を、そして画面に映る穂波を優しく見守っていた。



「アキ・七瀬・汐音・圭・優奈・穂波・涼香・・・。そして、萌・・・」
滞在先のホテルで中継を見つめているミッシェル。

「見に行けないケド・・・。ここで応援してイル。きっと、優勝するって信じてるヨ。【ムーラン・ルージュ】っ!!」



霧島温泉・【ホテル大洗】――

圭の母親である女将と五郎が別室で中継を観ている。
「おばさん、もう少しで【ムーラン・ルージュ】ですよ。 あっ、圭ちゃんっ!」
テレビ画面に映った圭を見て、無意識に手を振る五郎。

「五郎君、おばさんなんて他人行儀な・・・。お義母さんで良いのに」
優しい視線を五郎へと向ける女将。

「えっ!? いやっ・・・、そのっ!?」
顔を真っ赤にして吹き出す汗を拭う五郎。

「一緒に圭を応援してあげてね」
くすくすと笑う女将。

その笑顔が圭と似ている・・・、やはり、母娘だなぁとしみじみと思う五郎。

(圭ちゃん、お義母さんと応援してるからねっ!)
「頑張れっ! 圭ちゃんっ!」
五郎のエールはきっと圭も感じ取るであろう。

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