東京テルマエ学園

案 只野温泉 / 作・小説 和泉はじめ

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第80話 新しい愛

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「洸児さんっ!」
思わず駆け寄る、アキと穂波。

「どうして、こんな・・・」
絶句するアキと穂波。

「詳しい事は言えねぇが、撃たれたんだ。あいつらに・・・っ!」
アキと穂波は、マンゴローブの時の事を思い出し立ち竦む。

その時、少しだけ洸児の唇が動いた。

「なっ、何だ!? 洸児っ!? 何が言いてえんだっ!?」
「・・・」
如月が洸児の口元に耳を寄せ、何度も頷いた。

「洸児さん、何て言ってるの?」
「如月さんっ!?」
如月はゆっくりとアキ達へと振り返った。

そして・・・

「穂波・・・、さん。頼みがある・・・」
「えっ・・・、あち?」
如月が大きく頷く。

「洸児がずっと、あんたの名前を呼んでるんだ・・・。すまねぇが、一緒にいてやってくれねぇか・・・。この通りだ・・・」
穂波に頭を下げる如月。

穂波とアキは顔を見合わせると大きく頷いた。

「すみません、緊急手術ですので・・・」
看護師がストレッチャーを押して手術室へと入って行く。

そして、手術中のライトが点灯した・・・

「アキ・・・」
「うん、皆には・・・」
「お願いね」
穂波は如月と並び手術室前の椅子に座り手術の終わるのをを待った。

「くそっ、俺があんな事させなければ・・・。洸児っ!」
「洸児さん・・・」(
哲也、お願い! 洸児さんを助けて、連れて行かないでっ!)
小一時間が過ぎて、手術中の表示が消えた。

「洸児・・・」
「洸児さんっ!」
如月と穂波が駆け寄り、手術室から出て来た医師に如月が詰め寄る。

「洸児はっ? 助かるのかっ?」
「非常に危ないところでしたが、銃弾は無事取り出せました。出血が酷く、撃たれた所が腸に近かったのが幸いし、クッション効果が作用しましたが、今は輸血が必要な状態です」
「じゃあ・・・」
「安静治療が必要ですので、しばらく入院して下さい」
「あんたは命の恩人だ・・・。先生、恩に着るぜっ!」
「良かったぁ・・・。洸児さん」
「ところで、ホナミさんという方をご存じで?」
「あ・・・、あちですけど・・・?」
「この方、ずっとその名前を呼び続けていたんですよ。貴女の事だったんですね・・・」
「洸児さんが、あちの名前を・・・」
「出来るだけ側に居てあげて下さい。それでは」
医師が離れ、洸児を載せたストレッチャーが病室へと運ばれていく。

「なぁ・・・。すまねぇが・・・」
「分かってます。しばらく、付き添います」
そう言うと穂波は洸児の後を追い、病室へと向かった。



「洸児・・・。哲也・・・」
洸児が一命を取り留めた事で一旦は落ち着きを取り戻した如月、だが見る見るうちに形相が変わって行く。

(萬度・・・っ、ぜってぇに許さねえっ! この仇は・・・っ!)
如月は胸ポケットからスマホを取り出す。

「おう、俺だ。洸児は助かった。それと・・・、廻状を回せっ!徹底的に叩き潰してやるっ!」
一度電話を切った如月が改めて電話を架けた。
そして、回線が繋がった・・・
「二月会の如月だ。今回ばかりは、手を貸してやる・・・。いや、やらせてくれっ!」


如月が電話を架けた相手が陣内であった事は後に大きな意味を持つ事になるーー


暫く後・・・

洸児が目を覚ましていた。

(あれ・・・、俺・・・。確か撃たれて・・・)
ぼんやりと目を開けると、真っ白い天井だけが目に入った。

(真っ白けで何もねえ・・・、ここがあの世ってヤツなのか・・・。最後に穂波さんに会いたかったなぁ・・・)
そう思っていると少しずつ身体の感覚が戻って来る。

(あれ・・・? 俺、もしかして生きてるのか?)
そう思った瞬間、洸児の目がはっきりと開いた。

「洸児さんっ!」
自分を呼ぶ声に反応してそちらへと視線を移す洸児。

「ほ・・・、穂波さんっ?」
ベッドの脇で椅子に座り、ずっと洸児の手を握っていた穂波と視線が合う。

「すっ、すいませんっ!」
思わず手を引っ込めようとするが・・・

「いっ、痛ってぇっっ!」
縫合された傷口がズキンと痛み、顔を顰める。

「お帰り、洸児さん」
「えっ?」
穂波の言っている意味が分からない洸児。

「哲也は戻って来てくれなかったけど、洸児さんは帰って来てくれたんだよね」
改めて洸児の手を取る穂波、その瞳には大粒の涙が湛えられていた。


(ここで入って行ったら、それこそ野暮ってもんだ・・・)
病室へと入ろうとしていた如月が気を利かして立ち止まっていた。

(ん・・・、俺も焼きが回ったかもな・・・)
そう心の中で呟くと如月は、目尻を押さえる

如月の視線の先には、手を取り合う洸児と穂波の姿。
そして、その二人を両肩から抱き締めている哲也の姿が見えていたのだった。


「お父さん?」
後ろから、アキに呼ばれ振り返る如月。

「洸児さんは?」
「大丈夫だ」
会話の声に気付いた穂波が二人を呼ぶ。

「如月さん、アキ。洸児さん、気が付いてくれたよ」
ポロポロと涙をこぼしながら嬉しそうに微笑む穂波。

「良かったぁ」
「洸児・・・」
「会長、お嬢さん・・・、ご心配をお掛けしました。ところで、駆さんは?」
「無事だ。お前が守ったんだぜ」
「駆って・・・?」
「洸児がガードしてた男だが・・・」
「まさか・・・。早瀬・・・?」
「あぁ、そうだ」

アキにとって早瀬駆とは、渋温泉の一件以来であるが、良くない印象だけが残っている事は否めない。

「いいか、アキ・・・」
如月はアキの両肩を掌でしっかりと抱き言葉を続ける。

「前にあった事を忘れろとは言わねぇ。だが、今の早瀬駆はかつてとは違う・・・。だから、俺達も命を懸けてガードしたんだ・・・。分かるな?」
気持ちの整理が付かないのが本音だが、父がこうまで言っているのだ。

そしてその父を敬愛している洸児は、まさに命を懸けて駆を守った・・・

「うん・・・。分かったよ、お父さん」
アキも過去のわだかまりにいつまでも縛られている時ではないと感じ始めていたのである。


「穂波さん・・・」
洸児が穂波を呼んだ。

「俺の為に貴重な時間を無駄にさせちまって、すいませんでした」
「えっ!?」
洸児の言葉の意味が直ぐに理解できない穂波。

「もうすぐアイドル甲子園の準決勝じゃないっすか、一秒でも大切な時に・・・」
「洸児さん・・・」
「俺はもう大丈夫っす、ですから・・・。次も必ず勝ってください!」
洸児の真剣な視線を受けた穂波が、フッと笑った。

「アキっ、行くよっ!」
「えっ!?  うんっ!」
瞬時にして穂波の意志を組みとったアキが応える。

「お嬢さん、穂波さんの事・・・。宜しくお願いします」
ベッドの上で頭を下げる洸児。

「馬鹿野郎・・・。お前が心配するほどヤワじゃねえぞっ!」
如月が洸児の肩を軽く叩き、アキと穂波へと振り返る。

「行って来いっ! アキっ! 穂波っ!」
「はいっ!」
アキと穂波は互いに頷きあって病室を後にする。


廊下を歩きながら穂波は思っていた。
(洸児さん、なんだか似てる。昔の哲也に・・・)

そして、洸児も・・・
(兄貴・・・。あの約束、もしかして・・・)
洸児が病室の窓から見上げた空に、笑った哲也の顔が見えたのは洸児の思い過ごしだったのだろうか・・・


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