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第73話 堀塚音楽スクール

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「それで、話って何かな?」
竜馬と対面する形で座ったアキと涼香、アキが話を切り出す。

「あの・・・。萌ちゃんが怪我しちゃって、入院して・・・」
「あぁ、テレビで見たよ・・・。でも、命に別状が無くてホントに良かったよ」
竜馬の視線がアキと涼香に交互に注がれる。

(恐らく・・・。用件は分かるが・・・)
竜馬はこれからアキ達の言おうとしている事に対して、どのように返事を返せばよいのかを考えていた。

「あの・・・。萌ちゃんのパートを7人に振り割けるとかできないでしょうか?」
意を決した涼香が口を開いた。

曲を作る者にとって自分の作った作品を作り返る等決して受け入れがたいものである。
無論、涼香とてそれぐらいの事は分かっている。

「萌ちゃん、ギプス巻いてて・・・。車椅子で・・・。とても歌えるような状態じゃなくて・・・」
アキは言葉の整理も付かなくなりがらも、必死に思いのたけを伝える。
目には大粒の涙が光っていた。

「勝手なのは分かっています。だけど・・・」
「お願いしますっ!」
アキと涼香は深く頭を下げた。
ここまで追い詰められているのかと早乙女も心を痛める。

(ここまで俺の曲を思ってくれているんだな・・・。だが・・・)
アキ達の気持ちは痛いほど分かる。
だが、二つ返事で応えられるものではないのだ。

(今までの曲なら、書き換えも簡単だったが・・・)

【ルージュ・フラッシュ】はその構成があまりにも複雑な為、僅かな変更でも全体を台無しにしてしまう諸刃の剣だった。
無言のまま、いたずらに時間だけが過ぎて行くーー


やがて、竜馬がゆっくりと目を開けて話し出す。

「・・・、分かったよ。やってみよう」
アキと涼香がホッとした表情を浮かべる。

「だけど・・・、時間が掛かる」
竜馬は一息開けて話を続けた。

「言いにくい事だけど、ハッキリ言うよ。7人パートへの書き換えはするけど、アイドル甲子園の準決勝には間に合わない。それと、8人パートの完成版と比べるとかなり質の落ちたものになる・・・。それだけは、覚悟してくれるかな?」
竜馬は渋面になっている。
自分達の我儘を竜馬に押し付けた、竜馬とて万能ではないのだ。
しかも、時間という制約もある・・・
それでも自分達の為に無理をしてくれる竜馬の気持ちがアキと涼香は嬉しかった。

「ありがとうございます。竜馬さん」
「竜馬さん、宜しくお願い致します」
ただ、竜馬の優しさに感無量となるアキと涼香だった。


「あの娘達も災難続きだな・・・」
二人の後ろ姿を店窓から見送る早乙女が呟く。

「でも、あの娘達なら・・・。どんな困難でも乗り越えていきますよ。きっと・・・」
「竜馬・・・」
「俺も出来る限り、あの娘達の力になってやりたいんです・・・」
「そうか・・・」
(頑張れよ、アキちゃん、涼香ちゃん。そして、【ムーラン・ルージュ】の皆・・・)
アキと涼香の後ろ姿を見つめる竜馬であった。



テルマエ学園へと戻ったアキと涼香は竜馬とのやり取りを皆に伝えていたーー

意気消沈する【ムーラン・ルージュ】のメンバー達。
今、何を為すべきかが誰も見いだせない状態になっているのが見て取れる。

「とにかく、次の準決勝をどうするか・・・だな」
顧問として何も出来ない自分を追い詰める葵。

「今までの曲を使うとかは?」
「いっそ、メドレーでやるとか?」
思いつきの意見はあるが決定打にはならない。
そう、誰もが次の対戦相手である【Konamon18】の凄さを大阪で感じ取っていたのだから当然の成り行きである。

(わたし・・・、リーダーなのに何もできない・・・)
落ち込むアキを見つめる涼香。

(アキちゃん・・・)
絶対音感を持つ自分も、ただ竜馬の才能に甘えていただけだったという事実を否が応うにも目の当たりにし、不甲斐なさを感じずにはいられないのだろう。


絶体絶命のピンチへと追い込まれた【ムーラン・ルージュ】、果たして起死回生の策はあるのだろうか。

苦しむアキ達を見ていた渡が一つの決断をしていた。
(アキ、待ってろよ。俺が、なんとかしてやる)
その瞳には決意の炎が宿っていた。



TrrrTrrrrTrrr

卓上に置かれた電話のコール音がなる。

「何か?」
受話器を取ったのは、女性である。

「理事長にご面会を求めて来られた方がおられますが」
「そう・・・。誰?」
「早瀬 渡様と・・・」
「分かったわ、通して頂戴」
「承知しました」
「渡が・・・、ねぇ」
そう、渡が訪れた先は【堀塚音楽スクール】だったのだ。


ここ【堀塚音楽スクール】では、先日のアイドル甲子園東京地区予選決勝で【ムーラン・ルージュ】に敗退した【シュシュ・ラピーヌ】が次の舞台に向け、高等部生達の指導を受けながら、昼夜を問わず激しいレッスンを続けていた。


コンコン コンコン

理事長室のドアがノックされる。

「入りなさい」
室内から梨央音の声が聞こえ、秘書がドアを開ける。
秘書に案内され応接セットのソファに座る渡。
秘書が二人分のコーヒーを置き、退室すると梨央音が徐に渡の対面へと座った。

「貴男がここに来るなんて、どんな風の吹き回しかしら・・・。それで、何の用?」
「・・・、梨央音さん。俺に力を貸してください」
「私が貴男に・・・?」
「はい・・・」
「ふうん・・・」
梨央音は面白そうに渡を見つめている。

「渡・・・、一つ質問していいかしら?」
「・・・?」
「今日ここに来た貴男は、『早瀬コンツェルンの早瀬渡』なの? 『従弟の早瀬渡』なの? それとも・・・、『テルマエ学園の早瀬渡』・・・どれなの?」
「・・・。『テルマエ学園の早瀬渡』として・・・」
「そう・・・。駆だったら、『早瀬コンツェルン」と言ったでしょうね。ところで、あの娘は元気にしているかしら?」
梨央音が妖しく微笑む。

(アキの事か・・・?)

何も喋らない渡、梨央音の真意を測りかねているのだった。

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