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第68話 友そして、教え子

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西京医科大学救急救命センター 救急外来待合室――

葵が手を組み、目を伏せて黙って祈っている。

(平泉・・・。死ぬんじゃないぞ・・・)
心の中で祈り続ける葵が医師から呼ばれた。

「平泉さんの付き添いの方ですね?」
「はい。あの・・・、平泉は?」
「平泉さんは右足関節外側靭帯を損傷しています。骨折が無かったのは奇跡と言っても良いでしょう」
「そ・・・、それじゃっ?」
「2~3ケ月はギプス固定で当分は車椅子生活になります。手足と顔の擦過傷もひどい所は化膿してますし、脛の打撲もありますのでしばらく入院して頂く事になります。安静にして点滴治療を行いますので」
「あの・・・、意識は?」
ぐったりとして全く反応の無かった萌、やはり心配になる。

「激痛で失神したんですね。脳波も異常有りませんでしたし、もう意識も戻ってますよ」
そう言うと医師は軽い笑みを見せた。

その笑みに葵の心は救われ、自然と涙が溢れ出て来る。
「ありがとう・・・、ありがとうございます・・・」
目に涙を浮かべ何度も何度も頭を下げ続ける葵だった。


「葵先生っ!」
「萌ちゃんはっ!?」
アキ達が遅れて病院へと駆けつけて来た。

「松永先生っ! 平泉さんはっ?」
同じくDoDoTVの面々も病院へと到着する。


その時、救急外来の扉が開きストレッチャーに乗った萌が運ばれて来た。
右足にギブスを巻き、手足に巻かれた包帯や顔に貼られた絆創膏が痛々しい。
点滴スタンドから伸びたチューブが萌の腕へと繋がっている。

「萌ちゃんっ!」
「萌っ!」
アキ達が駆け寄る。

「皆・・・。心配させて・・・。ごめんね・・・。ボク、ドジっちゃった・・・」
「何を言う・・・。お前はいつでも最高だ・・・」
葵が萌に話しかける。

「・・・」
複雑な表情の涼香、何も言うなと目配せする圭。

「萌ちゃん・・・。無事で良かったよぉ」
アキを始め、皆が萌の側で安堵の涙を流す。

「萌ちゃん・・・。ホンマ無事で良かった」
自称、萌の相棒の信二もその場に座り込んだ。

「良かった、本当に良かった・・・」
御守りを握りしめた三橋も泣き笑いである。
その傍らでは、三波と岩田そしてすずが互いに手を取り合って喜んでいた。


事故の報はテルマエ学園にも即座に届けられていた。

「何やてっ、萌ちゃんが?」
「萌・・・、大丈夫カナ・・・」
「僕達、どうしたらいいんでしょう」
慌てふためく八郎と二郎、そして安否を気遣うカトリーナ。

「今、俺達が騒いでもどうしようも無い。かえって邪魔にならないようここで待った方がいい。葵先生から連絡があるまでは・・・」
「そ・・・、そうやな」
渡の言葉に頷く八郎。



そして・・・

「ふむ・・・。事故か・・・(何やら不穏な気配がしないでは無いが・・・)」
弾とゆかりがミネルヴァに事故の報告をしている。

「はい」
「安否は?」
「葵が現場におりますので、分かり次第連絡があるかと」
「問題は・・・。何だ、弾?」
弾へと視線が向けられた。

「アイドル甲子園と・・・」
「と?」
「平泉の親ですか・・・」
「平泉萌の実家に連絡を、それとお前達も行っておけ。葵では話が纏まらんだろう」
「分かりました」
「それと、ゆかり君・・・」
「はい?」
「今回は君がサポート役に」
(学園長が、この私を外した? 弾の方が適任だとでも・・・? 私がでは役不足とでも?  あの葵と同じだとでも言いたいの?)
「何か?」
「いえ、承知しました」
ゆかりは恭しく頭を下げるが、その表情には般若の相が宿っていた。

(まさか・・・、勘付かれた・・・。いえ、そんな事は無い筈・・・)
ゆかりの脳裏に弾と如月を会わせた事が一瞬浮かぶ。

(ほっほっほっ。ゆかり君、儂は従順な飼い犬にはいくらでも餌を与えるが・・・。僅かでも狼に戻って牙を剥くのなら容赦はせんよ。例え、君でもだ・・・)
学園長室に残ったミネルヴァは一人怪しい微笑を湛えていた。



「とにかく無事で良かった。平泉はん・・・」
弾とゆかりが萌の病室を訪れている。

「もとが丈夫ですから」
萌は精一杯明るく振る舞おうとしているのが伝わって来る。

「思ったより元気そうで安心したわ」
ゆかりが花瓶に花を活ける。
無論、その花瓶に小型盗聴器を付ける事も忘れてはいない。

「葵・・・」
萌のベッド脇の椅子に座っている葵にはいつもの活気が感じられない。

「葵がしっかりせんとあかんねんで・・・」
葵の肩に手を置き励ます弾。

「わかってる・・・」
肩に置かれた弾の手をそっと振り払う葵。

(さすがの葵も今回ばかりはショックだったみたいね・・・)
表情にこそ出さないがゆかりは内心、嬉しそうである。

「じゃ、私達はそろそろ・・・」
「あぁ・・・。それじゃな」
ゆかりが弾を促し病室を出る。

(何や!弾のやつ!橘ゆかりなんかとすっかり仲良くなりおって! 鼻毛でも抜かれたんかっ!)
葵は別の意味でも悶々としていたのだった。


バタバタバタッ!

廊下を走る音が聞こえ止まったかと思うと乱暴の病室のドアが開けられる。
そこには和服姿の女性――。
萌の母親である。

ハァハァと息を切らせ、額から汗が噴き出している。

「萌っ!」
体中に包帯を巻かれた萌の姿を見て母親が駆け寄る。

「大丈夫なのっ!?」
「お母さん、平泉庵は?」
「あなたはそんな事心配しなくて良いのっ!」
萌の母の視線が葵へと向けられる。

「あなたは?」
「担任をしております・・・。松永です」
「松永? 橘先生はどうしたんですか?」
「橘は担任を外れまして・・・。今はうちが・・・」
萌の母親は品定めをするような視線で葵を見る。

そして・・・

「萌を連れて帰ります」
「えっ!?」
「お母さんっ!」
「あなたがしっかりしていないからこんな事になったんじゃないんですかっ!?」
「・・・、申し訳・・・ありません」
葵は頭を深く下げ唇を噛みしめる。

涙が止まらない・・・

「いい大人が子供達と一緒になってアイドルごっこに現を抜かしているからこんな事に・・・。橘先生がおられたら・・・」
葵は黙って萌の母親の言葉を聞くしか出来なかった。

「お母さんっ! 言い過ぎだよっ!」
「萌っ!?」
「平泉・・・。いいんだ、うちには担任なんて勤まる訳がなかったんだ・・・」
がっくりと肩を落とす葵。

「先生は何も悪くないよ。それに、ボク帰らないからね」
「萌・・・あなた、何を言ってるんですか?」
その時、病室の扉が勢いよく開けられた。

そこには・・・

「皆・・・」
「お前達・・・」
アキ達7人が揃っていたのである。

「萌ちゃんのお母さんですね」
「え、えぇ・・・。あなたは?」
「【ムーラン・ルージュ】のリーダーで温水アキと言います」
アキが頭を下げる。

「【ムーラン・ルージュ】? あなた達も親御さんが心配されるでしょうから、もうこんな事をお止めなさい」
「いいえ、止めません」
七瀬が歩み出る。

「あたしたちは自分の意志で【ムーラン・ルージュ】を、アイドルをしているんです」
「誰の為でも無く、自分達の為に」
圭と優奈も続いた。

「萌ちゃんがご心配なのは分かりますけど・・・」
今日ばかりは涼香もいつもと違う。

「あち達の大切な仲間なんです」
穂波が力強く言う。

「萌ちゃんが帰らないって言う以上、絶対に連れて行かせませんっ!」
汐音が萌の母親の前に立ちはだかる。

「こ・・・、こんな不良に囲まれてるから・・・」
その一言が葵の何かに火を点けた。

「平泉はん・・・。うちの事は何と言われてもええ、どんなに憎んでくれても構わへん・・・。せやけど、この娘達を悪く言うのだけは・・・。絶対に許さへんっ!」


「そろそろ出番ね」
「行きまひょか・・・」
病院の駐車場で病室の様子を盗聴していたゆかりと弾が車から降りる。

(さて、弾・・・。お手並み拝見させて貰うわよ)
ゆかりの目が好奇心に輝いていた。
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