東京テルマエ学園

案 只野温泉 / 作・小説 和泉はじめ

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第59話 パーフェクト・ソング

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【めんたいシスターズ】との対戦から数日、葵の手元にダンテの新曲【ルージュ・フラッシュ】の楽譜が届けられていた。

「なんや・・・? この分厚さは・・・?」
これまでに届けられたものと比較して凡そ10倍もあるだろうか・・・
葵は封筒を重たそうに抱えながら教室へと入って来る。

「は・・・、白布・・・。ちょっと手伝ってくれ・・・」
「どうしたんですか? 葵先生・・・!」
葵に呼ばれ振り返った涼香も封筒の厚さを見て唖然とする。

「まぁ・・・。とにかく見てくれ」

封を切って渡された楽譜を見る涼香の顔つきが変わった。
束にされた楽譜は8つ、その一つ一つを見ていく涼香の瞳が見る見るうちに輝き出す。

「ちょっと、皆っ! 集まってっ!」
普段の涼香からは想像も出来ない興奮状態であるのが見て取れる。

「どうしたの?」
「涼香、落ち着きなよ」
アキ達が涼香の元へと集まった。

「この曲、凄いんだよっ! パートが8つに分かれてるのっ!」
嬉々として語る涼香、興奮状態はまだ続いている。

「パートが8つって?」
優奈が首をかしげる。

「先生、分かります?」
「分からん・・・」
汐音から問われた葵もチンブンカンブンの様だ。

「分かり易く言ってくれる?」
七瀬の言葉に皆が一斉に頷いた。

「つまり・・・。この楽譜一冊が私達一人の分なのっ!」
「・・・」
皆が押し黙っているのを見て、涼香は頭の中を整理して一言ずつ話し出した。

「これは竜馬さんが、わたし達の声質に合わせて書いてくれてるの」
「声質って?」
アキが不思議そうに尋ねる。

「声質って一人一人が違っているから各パートの組み合わせが大変なんだけど、この曲は最初からわたし達に合わせて作られているの」
「つまり・・・、どういう事なんだ?」
皆を代表する形で葵が尋ねる。

「はっきり言うと、外し様が無い。つまり、【ムーラン・ルージュ】しか歌えない曲なのっ!」
「あたし達しか・・・」
「【ムーラン・ルージュ】しか・・・」
「歌えない曲・・・」
誰もが一瞬、呆然とした。
そして、直ぐに歓声へと変わった。

「絶対に失敗の無い曲っ!」
「まさに・・・。神曲じゃんっ!」
「ダンテの神曲かぁ・・・」
「でも・・・」
「どうした、白布? 何も心配する要素なんてないじゃないか?」
涼香が何かを懸念している事を察したのは葵だけだった。
「完璧すぎるから・・・、何かあったら・・・」
「何か・・・?」
「はい。小さな歯車が一つ狂っただけで・・・」
涼香だからこそ分かる完璧な曲への不安だろうか。

「何かなんて無いって」
優奈が汐音を見る。

「そうそう、萌もそう思うよね?」
「涼香ちゃん、心配し過ぎだって」
萌も明るく笑う。
アキも七瀬も汐音も皆が明るく笑っている。

(わたしの気のせい・・・。だと、良いんだけど・・・)
その涼香の不安を感じ取っていたのは、圭だけだった。

「考えすぎると老けるよ~」
穂波が涼香の脇を指で突く。

「考えるより先に歌ってみようよ!」
七瀬は前向きな所を見せる。

(竜馬さん、わたし達の為・・・)
アキは竜馬への思いを馳せる。

その様子を見ていた葵が大声を上げた。
「皆っ! 案ずるより産むがやすしだぞっ! とにかく歌い込んで自分のパートをものにしろっ! いいなっ!」
「はいっ!」

だが、この涼香の不安がとんでもない形で的中してしまう事になるのである。



「やっばり・・・。一番恐れていた事が起きてしもうたかぁ・・・」
アイドル甲子園の中継を見ていた八郎が頭を抱えていた。

「八郎? ドウシタ?」
隣で画面を見ていたカトリーナが聞く。

「やっぱりっちゅうか・・・。予測通りっちゅうか・・・」
「【Konamon18】が来てしまいましたねぇ・・・」
二郎もいつになく神妙な面持ちである。


「【Konamon18】・・・」
カトリーナの指が軽やかにキーボードを叩く。

「紅しょうが ひな・花がつお めい・干しえび しずく・天かす うらら・青のり かえでノ5人ユニット・・・。変ワッタ苗字ネ?? 」
「いや・・・、それは本名やないんや。ニックネームっちゅうか・・・」
「八郎、詳シインダネ?」
「それは、師匠は【Konamon18】の大ファンですからぁ・・・。っ!?」
「こらっ、二郎っ! 余計な事を言わんでもっ!」
「すいません、師匠っ。でも、ここで【Konamon18】の応援なんかしたら、皆から一生口もきいて貰えなくなりますよぉ」
「裏切者ッテ事ネ・・・」
「いやいや、待ってえなぁ。誰も【Konamon18】を応援するなんて言うて無いでぇ」
慌てふためく八郎を見て、こっそりと笑うカトリーナと二郎。


「何騒いでるんだ?」
渡が入って来る。

「なあ、渡・・・」
「何だ?」
「わいがアキちゃん達の為に出来る事って、衣装以外にあるんやろか?」
「なんだ、急に?」
かくかくしかじかと話す八郎。

「なるほど・・・。次の対戦相手の事か・・・」
「確かに・・・」
初回の【ぱふぱふパッファー】から【津軽あっぷる娘】そして先日の【めんたいシスターズ】との対戦は様々なアクシデントがありながも辛うじて勝利してきた感は否めない。
事前にリサーチしたとしても、相手がどのような曲でどのような演出を持ってくるのかは当日になって初めてわかるので具体的な対策の立てようが無いのだ。
だが、そうであるからこそ各ユニットの本領が発揮され人気を博しているのも事実である。

「『己を知り敵を知れば百戦危うからずや』と言いますが・・・」
「何や?  その呪文みたいなんは?」
「師匠ってば、孫子の兵法じゃないですか。自分の力を知って敵の力も知れば、百回戦っても負ける事は無いって意味ですよ」
「ほう・・・」
「ヘェ・・・」
思わぬ二郎の博識ぶりに渡とカトリーナも感心している。

「なるほど・・・、敵の力を知るんか・・・」
何やら考え込む八郎。

「そうか、それがあったんやっ! ふふふっ! やっばり、わいは天才やぁっ!」
何を思いついたのか八郎は教室を飛び出し、教員室へと走った。

「葵先生っ! 居てはりまっかぁっ!?」
「ん・・・。なんだ、大塩か」
「そんなツレナイ言い方、傷つきますわぁ」
「いや、悪い悪い。次の対戦の事を考えていたんでな・・・」
「そうっ! その事で・・・」

八郎が思いついた策とは、アキ達を大阪へと連れて行って【Konamon18】の軌跡を見せようと言うものだった。

「己と敵を百知れば、危うく・・・。なんとかですわっ!」
「大塩・・・。お前の場合、『生兵法は怪我の元』の方が似合ってるぞ・・・」
「葵先生までそんな呪文唱えんでも・・・。とにかく、わいが皆を大阪に招待しますわっ! ちょうど『ナニワ空中温泉』もあるこっちゃし」
「ふむ・・・。大阪か・・・。確かに・・・」
対戦相手の地元でその力量を調査し、アキ達の息抜きとリフレッシュ効果もあると考える葵。

「どないです・・・?」
「分かった。学園長に掛け合ってくる」
「頼んまっせ、葵先生っ!」
葵は学園長室へと向かった。


八郎の提案を受けた葵が学園長室のドアをノックする。

「松永葵です。お話があります」
「入りたまえ」
中からミネルヴァの声が聞こえた。
部屋に入るとミネルヴァがソファに座っている。

(今日は、橘ゆかりはいないのか。好都合だ・・・。弾は?)
ふと室内を見回す葵。

(そう言えば・・・。学園長とサシ・・・ いや、マンツーマンで話すのは初めてやな・・・)
臆している訳ではない、そう自分に言い聞かせて葵もソファに座る。


「なるほど・・・。それで大阪に一泊二日で行きたいと・・・?」
「はい」
葵の説明を聞き、顎鬚を撫でながら何か試案するミネルヴァ。

「ゆかり君と弾の意見は?」
「関係ありません。今はうちがあの娘らの全てを預かってます!」
「ふむ・・・」
沈黙の時間が流れる。

「それが、【ムーラン・ルージュ】を勝利に導く事になると?」
ミネルヴァは鋭い視線を向け、葵に詰め寄る。

(学園長・・・、うちを試してるんかっ!)
葵の瞳に闘志の炎が燃え上がる。

「当たり前やっ! うちが【ムーラン・ルージュ】を優勝させたるわっ!」
立ち上がって啖呵を切る葵。

「ほっほっほっ! 良かろう、話は終わりだ。好きにするが良い」
「有難う御座います。では・・・」
ミネルヴァに一礼し部屋を後にする葵。

(葵・・・。血は争えんな。お前が男であったなら、あるいは・・・) 
葵が出て行ったあとの学園長室ミネルヴァの哄笑がいつまでも続いていた。


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