東京テルマエ学園

案 只野温泉 / 作・小説 和泉はじめ

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第58話 目覚める素質

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アイドル甲子園の中継を見ていた二組に動きがあった。

「そろそろ行きましょうか」
ゆかりが弾を誘う。

「そうだな。こっちも仕事をしないと・・・」
意味ありげに弾が笑い、部屋を出た二人が車に乗り込む。

それを見下ろすミネルヴァ・・・

「そろそろ佳境か・・・。楽しみだ・・・」
底知れぬ何かを感じさせる笑みを浮かべるミネルヴァであった。


そして、二月会事務所でも・・・
「よしっ! よくやったぞっ、アキっ!」
如月が上機嫌で叫ぶ。

「どうだ、洸児っ!? この子が俺の娘のアキっだっ! 大したもんだろっ!」
「全くですねぇ・・・。会長の娘にしとくのは、もったいないなぁ」
「何だとっ! テメェ・・・」
洸児も如月も笑っている。

「冗談っすよ」
(剣崎の兄貴・・・、見えてますか・・・。穂波さん、こんなに輝いてますよ・・・)
洸児の心の声が聞こえたのだろうか、如月もじっと洸児の視線の先を見つめていた。



「テルマエ学園ノ株式ヲ買イ漁レッ!」
孫の指示が飛ぶ。

日本各地にある萬度の構成企業や個人投資家がそれぞれにテルマエ学園の株を購入し始めた。
当然ながらこう言った動きは他の投資家も敏感に反応する。
東京証券取引所の取引ボードには、連日のストップ高が表示され続けている。


「いよいよ動いたか・・・」
早瀬コンツェルンの会長室で報告を受けた将一郎が呟いた。


Piii

机の上のインターホンが鳴る。
「何だ?」
「御来客ですが・・・」
「はて、今日の予定は無かった筈だが・・・」
「松永様と橘様がお見えに・・・」
「ふむ、通してくれ」
「承知致しました」
(まさに、期を見るに敏か・・・)
将一郎の顔に笑みが浮かんだ。


「これはこれは、今日もお二人お揃いとは・・・」
将一郎は満面の笑みで弾とゆかりを出迎える。

(どこまで本気か・・・)
弾の視線はあくまでも冷静である。

「近くまで参りましたもので、お顔をと思いまして・・・」
「いゃ、これは嬉しい事を。ささっ、どうぞ中へ」
「お邪魔致します」
弾とゆかりは将一郎に薦められるがままにソファへと座る。

「失礼いたします」
対面して座る将一郎達の前に茶が運ばれてくる。

「まぁ、どうぞ」
鷹揚に茶を進める将一郎。

「頂きます」
湯呑蓋を開けると、茶の香りが舞った。

「良い香りですね」
「そうですか、御気付きになりましたか」
「えぇ、かなりの玉露と・・・」
互いに一口、茶を含む。
「宇治・・・、ですね」
弾がぼつりと呟く。

「ほぉ、やはりお分かりになりますか。流石、京舞踊の家元・・・。先日のお礼を思い用意させておいたのですが、大したものです」
「お心遣い感謝します」
「さて・・・、ご用件は、やはり・・・」
「はい、動きが見えましたもので・・・」
「どのような状況でしょうか?」
ゆかりが弾に目配せする。

「この3日で、テルマエ学園の全株式の内12%が買い取られています」
「ふむ、早いですな」
「しかも、この売買に関わっているのは中国系資本の入った証券会社と・・・」
「と?」
「個人投資家もほぼ中国系と分かりました」
「なかなか手早いですな」
「更に・・・」
「・・・?」
「あまり好ましくない取引方法も散見されております」
「・・・で、そちらのお考えは?」
「学園の資本金は7億2,000万円ですが、これを10億円まで増資します」
「確かに、TOBが仕掛けられているのは何も対応しないとかえって怪しい・・・」
「この増資情報を様々なルートから流します。当然、萬度は一気にTOBを成功させようとするでしょう」
「どのくらいを想定されておるのですか?」
「ざっくり・・・、13億」
「これは、大きな話だ」
「そこで・・・」
「私にいくら用意しろ・・・、と?」
互いの駆け引きが進む、弾は喉が渇ききってきる焦燥感に包まれている。

(ここが勝負どころ・・・)
ゆかりの顔にも焦りの色が浮かんでいた。

そして、将一郎も・・・

(今回はこの弾に任せているのか? 橘ゆかりの方が適任だと思うが・・・。ミネルヴァ、何を考えている・・・)

「5億5,000万、用意して頂きたい。無論、その価値はあります」
「なっ!」
将一郎が思わず驚きの声を上げる。
ギリギリで逃げ切る策ではなく一気にケリをつける策である事は理解できた。
だが、本当にそれだけの価値があるのだろうかと悩む将一郎。

「これが失敗すれば・・・」
弾の言葉に将一郎が視線を戻す。

「失敗すれば・・・?」
「貴方も・・・、この国も・・・沈むでしょう」
(この短期間で、ここまで成長したとは・・・。何があったんだ?)
弾が経営者としての素質を開花させている事に将一郎は驚く。

(弾・・・、やはり血は争えないのね・・・)
ゆかりも弾がこれまでとは違って来ている事に気付いた。


「承知したっ!」
考え込んでいた将一郎が顔を上げる。
「総帥っ!」
「5億5,000万、確かに用意させよう。資金投入のタイミングは君に任せる」
「ありがとうございますっ!」
弾が立ち上がって深々と頭を下げる。

「ミネルヴァ氏も良い後継者に恵まれたようで羨ましい限りだ」
そう言って将一郎も立ち上がり、右手を差し出した。

「これからはパートナーとして・・・」
「はい・・・」
力強く握手を交わす、弾と将一郎。

(そろそろ、私のお役目も終わりみたいね・・・)
ゆかりが弾を見る目は、姉が弟を見る視線とよく似ていた。


「何ッ! テルマエ学園ガ増資シタダトッ!」
「総額デ10億トカ・・・」
「株式ハドコマデ買イシメタッ!」
「今日中ニ、16%二届クカト・・・」
「・・・」
孫は黙って考え込んだ。

確かに敵対的TOBが仕掛けられているのを知ったのだから対応策を取るのは当然である。
だが、7億2,000万円の資本金を一気に10億円まで増資するなど普通では考えられない。

「ココガ限界トスレバ・・・。一気ニ・・・」
「13億マデ増資シテ買イ叩ケ。何%ニナル?」
「単純計算だけど、30%は超えるねっ!」
端末機を叩いていたヤミが答える。

「ヨシッ! 一気ニ崩シテシマエッ!」
孫の言葉を聞き、周りに居た者達が一斉に電話を架ける。

「テルマエ学園ノ株ヲッ!」
「幾ラデモ払ウッ!」

(孫はやる気になってるけど・・・。なぁにか引っかかるんだよな・・・)
この時、ヤミの感じていたものが後ほど大きな波となるのである。

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