東京テルマエ学園

案 只野温泉 / 作・小説 和泉はじめ

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第57話 温泉VSカポエイラ

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「アイドル甲子園、4回戦スタートですっ!」

壇上に立った三波の声がマイクを通じて響き渡った。
会場は大歓声に包まれている。

「4回戦、まずは福岡代表・【めんたいシスターズ】の登場ですっ!」
三波に呼ばれ、楽器を持った5人と白い腰ひもを巻いた6人が舞台中央へと進み出る。

「【めんたいシスターズ】は、カポエイラというブラジルの格闘技を取り入れたアイドルなんですよね? リーダーの宗像ナオミさん?」

「はい、カポエイラはメイン楽器のビリンバウ(弓のようなものに丸いひょうたんが付いていて、弦を棒で叩いて音を出す楽器)・アタバキ(木や草、網で作られた大きな太鼓のような楽器)・パンディロ(タンバリンのような楽器)・アゴゴン(低温と高温の2つのベルを叩いて音を出す楽器)・ヘコヘコ(筒状の部分を木の棒で擦り音を出す楽器)をを使って演奏します。そして、私たちはその音楽に合わせてカポエイラの技を披露します」

「楽しみですね、それでは、お願いします。曲名は【博多湾のオリオン】です。」

三波が舞台の下手に下がると、楽器を持った5人の少女達が一列に並んだ。


♬チャッチャーン・チャラララーン・チャラララーン・チャッチャチヤッチャーチャーン♬

伴奏が始まると、リーダーの宗像ナオミを中心にして他の3人が円になって取り囲む。
マイクを3人が持ち、1人がカポエイラの演舞を行う。

♬喫水線の彼方には あああっ 七つの橋が見えるだろう♬
♬誰もいない夜の砂浜 私は一人たたずむ♬

アウー(連続しての側転)が決まり拍手の渦が起こる。

♬広がる朝焼けを見ていると あああっ 何かが魂を揺さぶる♬
♬夢と希望、それを信じて 見つめている 博多湾♬

珍しいブラジルの格闘技を目にした観客から、ホウっとため息が漏れる。
褐色の肌にウエーブのかかったロングヘア―のナオミが均整の取れた体から繰り出す華麗な演技に魅了されているのだろう。

♬Go Go! オリオン Go Go! オリオン Go Go Go Go! オリオーンつ♬

「超かっけーなぁ」
撮影している岩田も素直に唸る。
「今、中高生の間で凄い人気らしいですよっ!」
すずも興奮しているよう。

間奏の間も演舞が続く、今度はチゾーラ(足を左右に開く)だ。

ナオミが一つの技を終えると円になっていた少女の一人と入れ替わる。
歌いながら次々と技を繰り出していく少女達――
満足げな表情で所作の全てが自信に溢れている。

♬はるかな世界を見つめてる ああぁ 夢も希望もあるのだろう♬
♬誰も知らない心の隙間を 私が埋めて、あげる♬

再びナオミが中心に移動して、シャペウ・ジ・コーロ(低い位置からジャンプして高い位置へのキック)を見せる。

曲のノリと舞台の演舞に魅せられた客席が手拍子で一体になっていた。

TVモニターで様子を見ていた三橋に不安が過る。
「やっぱり4回戦ともなると凄いユニットが出てきやがる・・・。頼むぜ、【ムーラン・ルージュ】っ!」
ポケットの忍ばせた御守を汗ばんだ手でグッと握りしめる三橋だった。

♬広がる宇宙の星たちが ああぁ 不思議な世界へと誘う♬
♬明日こそは、夢かなうと 遠く見つめる 瞳♬

客席のノリを体現するかのように、ナオミがアルマーダ(体を360℃回転させたキック)を決める。

そして・・・

♬Go Go! オリオン Go Go! オリオン Go Go Go Go! オリオーンつ♬

大歓声と拍手の中、【めんたいシスターズ】の演技が終了した。
観客席に向かって大きく手を振る【めんたいシスターズ】、アキ達はこれまでにないプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。

「さて、対するのは東京代表の【ムーラン・ルージュ】です。毎回、奇抜な衣装とパフォーマンスで人気沸騰中の温泉アイドルっ!果たして今日はどんな舞台を見せてくれるのでしょうか」

「行こうっ! 皆っ!」
アキが自分を奮い立たせるように力強く叫び、皆も大きく頷く。
そして、ワイヤーを準備しているNACのメンバーに軽く頭を下げると舞台中央へと進み出る。


「【ムーラン・ルージュ】の皆さん、曲は【エンジェル・ウィング】です。では、どうぞっ!」


天使の衣装を身に着けたアキ達――
8人全員で手を繋ぎ輪になっている、今回は涼香もギターを持たずに全員がインカムマイクを付けていた。

「さっきとは対照的だよな」
アキ達を追っている3方向からのカメラを見た岩田が呟く。
「うわぁ、天使ですねぇ。可愛いじゃないですか」
すずはこれからアキ達がどんなパフォーマンスをするのかが楽しみで仕方が無いようだ。


「エンジェル ウィーングっ!」
涼香が声の限り叫ぶ。

♬ババンバンババッバーン! バッバッバッバーン♬
BGMが流れ出した。

♬あれは、なあに? なあに? なあに? あれはツバサ 天使の翼♬
♬大空高く、舞い上がり 人の正しさを 見守ってる♬

アキ達は一人ずつ手を放して舞うような仕草で歌い踊る。
だが、いつもの【ムーラン・ルージュ】のような軽やかさが欠けているかの様にも見えた。

♬東の山を飛び越えて、西の川の水を呼び、北の大地を芽吹かせて、南の海の風を呼ぶ♬
アキ達は前列の4人が後列の4人を隠すようなスタイルを取っている。

(これは・・・。弱いんじゃないか・・・)
三橋はアキ達のパフォーマンスが物足りなく感じていた。
今までの【ムーラン・ルージュ】とは何か違う物足りなさを・・・

♬聖なる力、身に受けた 天使の翼 エンジェル ウィング♬

だが、この時アキ達は歌いながら巧みに互いの位置を入れ替え、ハーネスとワイヤーを接続しあっていたのだ。
最後の一瞬に備える為に、客席からワイヤーとハーネスを接続している所が見えないように、そして舞台袖に控えているNACの訓練生達に誰の接続が終わったのかを一人ずつ合図を送る。

♬初めて見た、その日から その輝きを、忘れはしない♬

「駄目だ、これじゃラストに大どんでん返しでも起きない限り・・・」
三橋の眼前に漆黒の闇が広がり始めていた。

七瀬がアキの後ろに回り、ハーネスとワイヤーを接続する。
カチンッと小さな音が鳴ったが、誰にも聞こえない。
七瀬が舞台袖に向かって左手を上げ、接続が終わった事を伝えると、NACのリーダーがアキに合図を送る。

チカッ・チカッ・チカッ

赤いライトが点滅した。

(赤いライトの3回点灯、全員の装着完了の合図っ!)
アキが左手を上げ、左右に大きく振る。

(全員の・・・)
(ワイヤー装着が・・・)
(完了した・・・)
皆が互いに視線で合図しながら、少しずつ幅を取る形へと移動した。


♬教えの天使は ガブリエル、癒しの天使は ラファエル、知恵の天使は ウリエル、真実(まこと)の天使はミカエル♬

アキ達は慎重に各々の立ち位置を確認する。

そして・・・

♬聖なる力、身に受けた 天使の翼、エンジェル ウィングーっ!♬

大絶唱と共にアキが人差し指を突き立てて天井へとまっすぐ伸ばした。


(皆っ、飛ぶよっ!)
アキの合図でNACの訓練生達が頷き、一斉にワイヤーを巻き上げる。


「GOっ!」

掛け声とともにBGMの鳴り響く中、アキが宙に舞った。

「えっ!?」
「なっ・・・、何ぃっ!」
観客席がどよめく。

「まさか・・・。こんなこと・・・」
最も驚きを隠せないでいたのは、【めんたいシスターズ】のリーダー 宗像ナオミであった。

七瀬も優奈も涼香も続く、更に萌も圭も汐音も穂波も・・・
皆が宙に舞い上がった。

「これは・・・。やられたみたいね・・・」
【めんたいシスターズ】の面々が互いの顔を見合わせながら肩を竦めていた。

「よしっ、うまいぞっ! あとは着地だけだ、頑張れよっ!」
撮影の合間に中継を見ていた斎もホッと胸を撫でおろす。

その時――

「よっしゃあっ! 今やぁっ!」
舞台袖に居た八郎が8台のコントローラーを並べた。

「行きますよぉ、師匠っ!」
二郎と八郎が一斉にコントローラーを操作する。

ファサファサ ファサファサ

アキ達の衣装に付いていた天使の翼が優雅に羽ばたきだした。

(えっ!?)
アキ達も何が起こったのかと一瞬驚くが眼下に見える八郎と二郎の万歳するポーズを見て理解したようだ。
皆が優しく微笑む・・・。まるで天使のように・・・


「大塩の奴め・・・。小憎らしい演出だな。あいつらしくも無いが・・・」
葵も腕を組みながら口角を上げてニヤリと笑った。

アキ達がゆっくりと降りて来る。
客席に巻き起こった歓声と拍手は鳴り止む気配も無い。


皆が無事に着地したのを見届けた斎が呟いた。

「まさに・・・。天使降臨だな・・・」
「司馬さーん、シーン37入りまーす」
「わかった。今、行く」
撮影スタッフの声に返事をした斎・・・

「俺もあの娘達に負けてられねぇぜ! 後は負かしたぞ、葵っ!」
そう言って撮影へと戻って行ったのだった。


「アキちゃーん!」
「良かったぞーっ!」
「萌ちゃーん!」
アキ達が揃って一礼したまま幕が下りていくーー


別室でモニターを見ていた三橋は両腕を組んだまま立ち尽くしていた。
「【ムーラン・ルージュ】・・・。まさしく、俺の天使だ。イエス・キリストよ、聖母マリアよ。感謝します・・・。アーメン」
・・・宗教も何もあったものでは無い。


「それでは、両チームへの得点をお願いします。まず、特別審査員の皆様っ!」
三波の声が響き、得点ボードの数字が回りだす。
「【めんたいシスターズ】25点、【ムーラン・ルージュ】20点っ! これに一般審査員
の皆さん票を加算しますっ!」

5点差が付いているといっても、これは特別審査員の票である。
つまり実の差は一人分・・・、アキ達は一般審査員の票の行方を見守った。

「一般審査員票は、【めんたいシスターズ】223点、【ムーラン・ルージュ】232点っ!」
会場が歓声に包まれた。

「総得票数は・・・。【めんたいシスターズ】248点、【ムーラン・ルージュ】252点っ!」
歓声が一際高くなる。

「僅差で・・・、【ムーラン・ルージュ】の勝利ですっ!」
アキ達は抱き合って喜びを分かち合う。


拍手しながらアキ達へ近づく、宗像ナオミ。

「正直、途中までは余裕で勝つと思ってたんだけど・・・。まさか、空を飛ぶとは思わなかったよ」
「ありがとう。宗像さん達も凄くて・・・。もうダメって思ってました」
「でも、勝ったのは【ムーラン・ルージュ】。頑張って優勝してねっ! そうじゃないと・・・、私達が負けたのが無駄になっちゃうからっ!」
「はいっ!」

ナオミがマイクを取り、観客席に呼びかける。

「皆っ! 【ムーラン・ルージュ】をこれからも、応援してねっ!」
盛大な拍手を送り続ける【めんたいシスターズ】のメンバー達、感無量になりずっと頭を下げ続けているアキ達・・・

客席からは【ムーラン・ルージュ】と【めんたいシスターズ】を称える声がいつまでも続いている。


(イッキ・・・。お前のお蔭だ・・・、ありがとう)
舞台袖で一人呟く葵であった。


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