東京テルマエ学園

案 只野温泉 / 作・小説 和泉はじめ

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第56話 ワイヤーアクション!?

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テルマエ学園に八郎のデザインした衣装が届けられている。

――ハーネスとワイヤーを装着するという葵からの提案もあり、今回は機能性を重視した動きやすいデザインとなっており、白をモチーフに上衣は天使の羽をあしらい、下はホットパンツである。

「今回は苦労したでぇ」
構造力学や重力力学、更には衣装の素材まで緻密な計算を行ったのは、大阪にあるCPU専門学校・東沢学園のメンバーである。

「本当にお世話になりましたよねぇ~」
「せやからこそ、これだけのものが出来たんや」
八郎と二郎は感慨深げである。
また、渡の準備したハーネスとワイヤーもほぼ時を同じくして到着していた。


アキ達はTシャツと短パン姿で、ハーネスとワイヤーの装着手順を確認している。
ワイヤーアクションの練習は、広い場所が必要という事で学園の大講堂がその場所に当てられた。


(遅い・・・。何をしてるんだ、あいつはっ!)
葵が今か今かと時計をチラチラと見ている。
斎の到着を待っているのだ。

ズド・ズドドドドド・・・・

低く響くエンジン音が聞こえ、斎の乗ったナナハンが見えてくる。
その後ろには、NACのロゴの入った小型トラックとマイクロバスが続く。

「遅いぞ、イッキっ!」
「これでも、約束の時間よりは早いんじゃないか?」
「うちが呼んだ時は、30分前に来いって言ってただろうっ!」
「おいおい、いつの話だよ」
(やっぱり、変わってないな・・・。葵)

「さっさと準備をっ!」
「りょーかいっ!」
斎の顔に笑みが浮かぶ。

「よーし、皆っ! 荷物を卸してくれっ、マットは全部ここに運び込んで並べて・・・」
葵がざっと見回すと20人くらいと見てとれ、女性も数人いる。

「イッキ? この人たちは・・・?」
「あぁ、うちの訓練生達だ。出来の良い奴を選んで来た。ワイヤーを支えるのは男だが、女の子相手だ、女性も居た方が何かとやりやすいだろ?」
「そうか・・・。あれは?」
葵の目に黒いレザー貼の大きな物体が映る。

「着地用の練習マットさ。ちゃんと人数分用意してきたから心配するな」
斎の心遣いを嬉しく思う葵。

「すまないな。イッキっ! お前が頼りだ。後は頼むぞっ!」
「おうっ! 任せとけっ!」
斎が爽やかに笑う。


そんな光景を学園長室から見下ろすミネルヴァの姿があった。

「ほう・・・。なかなか大掛かりなようだな・・・」
「松永葵の発案・手配とか・・・」
「ふむ、若い者はそれくらいで丁度よい」
「・・・」
「弾はどうしておる?」
「早瀬との関係に集中しているようですが・・・」
「そろそろ・・・」
「はい?」
「先日のような事も無いとは限らん。学園の事も・・・」
「・・・承知しました」
(学園長・・・。本音は何なの・・・)
逡巡するゆかり、そして別棟から大講堂前を見下ろす弾がいた。

(葵・・・、頑張ってるな。斎・・・。頼むぞ・・・)



アクションスター司馬斎の指導を心待ちにしていたアキ達にいよいよの時が訪れた。
アキを先頭に萌と圭の表情は硬く引き締まっている。
涼香も今日はギターを持参していない。

反対に期待している表情を見せているのは、汐音と優奈、穂波と七瀬である。

「ワイヤーアクションの基本は、体幹をブレさせない事です。軽く見本をやってみますね」
ハーネスとワイヤーを装着した斎の体がふわっと宙に舞い、軽やかに着地する。
ワッと歓声が上がった。

「じゃあ、皆。このマットの上に上がって! 今から一人ずつ、ワイヤーを引いて持ち上げるよっ! よし、上げてっ!」
斎の指示で、訓練生達がアキ達一人につき二人掛かりでワイヤーを引き、吊り上げていく。

「きゃぁっ!」
思わず悲鳴を上げ、ジタバタしているのはアキだ。

「えっ・・・! こんなに高いの・・・」
七瀬は思わず言葉を飲み込む。

「怖い怖い怖いぃぃぃっ!」
涼香は真っ青になって目を瞑っている。

かとや思うと・・・

「へえ~、こんな感じなんだね」

「本当に空を飛んでるみたい」

「これって、癖になるかも・・・」

汐音・圭・穂波の感想である。

萌はスケボーのジャンプで慣れているのか、特に動じる気配は無い。
ただ、優奈は・・・

「・・・」

何も言えないようだった。

「一人につき二人でワイヤーを引いてるから心配しないで」

「天使のイメージって聞いてるから、手足はあまり動かさない方がいいかな」

斎が声を掛けていく。

「じゃ、1人ずつゆっくりと下ろしていくよ」
斎が訓練生達に合図を送る。

「下りる時は、足をゆっくりと前後にっ!」
斎の指示が入るが・・・

「うわっ!」

「きゃあっ!」

かなりゆっくりと下ろして貰っているのだが、慣れていないアキ達はタイミングが合わずに足を崩してしまったり、尻もちをついたりしている。

「はっ!」

「よっとっ!」

そんな中でも、汐音と萌だけは両手を広げてバランスを取りながら綺麗な着地をみせる。

「よい感じだ。初めてにしてはなかなかだぞっ! じゃ、もう一回いくよっ!」


こうして何度か練習を繰り返していくうちにアキ達は着地のタイミングが掴めて来ていた。

「最後の仕上げは、マット無しでやつてみようっ!」

8枚のマットが片付けられ、次々と吊り上げられていくアキ達。
空中で静止し、下を見ると、何も置かれていないのが分かる。

「じゃあ、ゆっくり着地してっ!」
斎の合図で一人ずつ降下を始める。そして・・・

ストン!

次々と着地に成功したアキ達を見て、斎が手を大きく頭の上で広げてOKサインを出す。

「ありがとうございました」
アキ達は一列に並んで斎に礼を言う。

(これだけ上達が早いとは・・・。NACに欲しいくらいだな)
斎も満足げに笑顔を返す。



「イッキ、助かった。ありがとう」
葵にしては素直な礼の言い方である。

「基本さえ覚えたら、後は本番で落ち着ければうまく行く。明日からは俺は来れないが。訓練生を交代で来させる。それと、アイドル甲子園のステージはNACが全面サポートするから。頑張れよ、葵っ!」
「あぁっ!」

そうして、翌日からもNACの訓練生達が入れ替わり立ち代わりでアキ達の指導にあたり、天使の衣装を着てハーネスを繋ぐ練習も一週間ほどで完了し、自信に満ちたアキ達の姿が見られるようになったのである。



【スケボー万歳】は日を追うごとに大好評となり、3回目の収録日を迎えていた。

「いよいよこの番組も3回目となります! 全国の【スケボー万歳】ファンの皆さん待望の時間がやって参りました!」
ハイテンションな山下信二の声が響く。

「さて、今日はどんな技を教えて貰えるんでっか? 萌ちゃん?」
「はいっ! 今日は『ターン』と言うのをやってみたいと思います!」
信二と並んだ萌の笑顔がアップで映される。


※ターンとは、体の重心を使って左右に孤を描くよう曲がるテクニックである※


「おおっと、ターンでっか? これは難しいかも知れへんなぁ、まず萌ちゃんのお手本から見て見ましょうっ!」

スルッ! カタッ! カタッ!

萌がボードのテール(後方)に体重を乗せて足を上げて下ろす動作を繰り返し、左右に曲がりながら進んでいく。

「膝を伸ばしていると転びやすくなるので、軽く曲げておくといいですよ」
「いつもながら、萌ちゃんのワンポイントアドバイスは分かり易いわぁ」
「じゃあ、山上さんもやってみてください!」
「ええっ、こうして。膝を軽く曲げて・・・」
信二は萌のアドバイスを復唱しながら、ゆっくりと後を追う。

「そうそう、そんな感じ! 山上さん、上手ですよ~♪」
萌はスケボーに乗りながら拍手している。

そして、萌と信二は矢々木公園のトラックを一周する。


「さて、今回の放送を見てくれはった方にだけ、特別なお知らせがありますんや! ねっ! 萌ちゃんっ?」
「はいっ!」
「これはまだ秘密なんでっけど、次回は時間を延長したスペシャルバージョン! しかも、公開録画・・・」
「山上さん、山上さん・・・」
萌がチョイチョイと信二を突く・・・

「分かってまんがな。更に・・・っ! 何とっ、萌ちゃんのハーフパイプ演技も生で見られるんでっせっ!」
興奮する信二の横で萌は微笑み続ける。

「これを見逃したらあきまへんでぇ~。」
カメラがバックして、萌と信二の後ろにハーフパイプのセットを映し出す。

「この番組は、ニッコーマン醤油の提供でお送りしましたぁ。それでは、次回もぉ~」
「レッツ・チャレンジっ!」

いつもの決め台詞と決めポーズで収録が終わった。


「萌ちゃん?」
信二が萌に話しかける。

「はい? 何ですか?」
「次回の収録やけど、友達とか呼んであげてもええねんで」
「わぁ、ホントですかぁ。皆、喜ぶかなぁ」
「萌ちゃんの友達は、いつでも特別ご招待するよって・・・」
「ありがとうございます!」

一応、信二が言った事になるのだが、これを画策したのは・・・


(【ムーラン・ルージュ】のメンバーが応援、これは盛り上がるぞ・・・。そして、その勢いはアイドル甲子園にも・・・)

勿論、三橋の考えであった。



DoDoTVの三橋が久しぶりにテルマエ学園を訪れたーー
【スケボー・万歳!!】公開録画の打合せの為である。

アキ達は天使の衣装に着替え、歌や立ち位置などを目下練習中である。
一目それを見た三橋の瞳が輝く。
「おぉっ!今度は天使っ! 大塩君のデザインは回を追う毎にグレードアップしていくなぁ・・・。まさに、天才だっ!」
相変わらずと言って良い程の絶賛である。

「デザイナー大塩の手にかかったら・・・。まぁ、こんなもんですわっ!」
八郎もそれに応え、何処までも鼻が伸びていく。

「まるで、ビノキオだな・・・」
あきれ顔の葵が呟く。

「ところで、三橋さん。今日は何の件で?」
「あっ、葵先生。今日は平泉さんとの打ち合わせと・・・。そう言えば、次の対戦相手も決まりましたね、福岡代表の・・・、確か【めんたい・シスターズ】だったと思いますが・・・。まぁ、【ムーラン・ルージュ】なら楽勝でしょう!」

いつもこのように根拠のない自信を持ち、いざ苦戦すると見苦しい程に狼狽えるのだが・・・。
今の三橋の頭の中には不都合な情報は全て消去されている。
なぜかと言うと、自分が企画した番組二つの視聴率アップで他の事を考える余地も無くなっているのだ。


「あっ、平泉さんっ! 次の【スケボー・万歳!!】の公開録画はスペシャルでハーフパイプの演技もーー」
目ざとく萌を見つけると即座に駆け寄り、笑みをまき散らす三橋であった。


「【めんたい・シスターズ】・・・」
圭の表情が曇る。

「どうした?  大洗・・・」
「先生・・・。今度の相手・・・、今までの比じゃないですよ・・・」
「ソウミタイ・・・」
圭の言葉に続き、カトリーナが同調する。

「どういう事だ?」
「コレヲ見テ・・・」
カトリーナ動画をモニターに転送する。

「何? これ? 格闘技?」
第一声を上げたのは汐音だった。

「うち・・・、初めてみるわぁ・・・」
優奈の言葉に皆が頷く。

「あち・・・、知ってる。これ、【カボエィラ】だよ。あの足さばき・・・、プロ級だな・・・」
穂波の目の色が変わっていた。

「でも、腰の帯? 紐みたいなの白だよ。白って、初心者って事じゃ・・・」
涼香の疑問に答える穂波。

「【カボエィラ】は白が最高位なんだ。師範クラスが揃ってる・・・」

「しかも・・・」
圭の言葉に皆が振り返る。

「【めんたい・シスターズ】は九州地区で全勝・・・。どんな大会でも負けた事が無い・・・」
皆が目を見合わせ、重い空気が流れた。

「つまり・・・」
葵が話に加わった。

「過去にない強敵って事か・・・」

(え・・・! もしかして・・・。俺、場違いになってる・・・?)

やっと気が付いた三橋であった。



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