東京テルマエ学園

案 只野温泉 / 作・小説 和泉はじめ

文字の大きさ
上 下
56 / 129

第55話 後継者・・・

しおりを挟む
ハッキング事件の騒ぎが落ち着くのを待って弾がカトリーナを呼び出していた。

「助かったよ。ありがとう」
「デモ・・・。ワタシ、モウ・・・」
「後は【ムーラン・ルージュ】を頼む・・・」
「エッ?」
自分がハッカーであった事、学園長のパソコンに直接メッセージを書き込んだ事など、カトリーナは身を引く覚悟を決めていたのだ。

「葵は・・・。あないやからなぁ、カトリーナみたいな助けが必要なんや」
弾が微笑みながら話す。

「・・・、センセイ」
久しぶりに聞く弾の京都弁がカトリーナの涙を誘った。

「頼んだで・・・」
そう言って立ち上がろうとする弾にカトリーナがUSBメモリーを差し出した。

「これは・・・」
「一瞬ダッタケド、相手ノPCヲコントロールシタ時ニ・・・」
「抜き取ったデータか?」
「何カ役ニ立ツナラ・・・」
「預かっとくわ・・・」

弾が退出するのを待ってカトリーナがPCに座り直す。
(コレヲ扱エルノハ・・・)
カトリーナの指が軽やかに動く。

(警視庁・組対4課・・・。オ願イ・・・)
カトリーナは果たしてなぜ警視庁のサーバーにハッキングしたのか。
それはいずれ分かる事になる・・・



一方、ヤミは・・・
「まさか・・・。あんな手で来るとはね~」
呆然としている様子である。

カトリーナが取った策は、テルマエ学園のメインサーバーを模した自分のパソコンにヤミの攻撃を誘導し隙を突いて逆ハッキングを仕掛けたのである。
ヤミだけでなく、IT管理室の面々まで騙されていたのだからカトリーナならではの策だったと言えるだろう。

「しかも・・・。一瞬とはいっても、こっちのデータまで抜き取られるとは・・・」
いつものヤミらしからぬ落ち込み方である。

「あの方に知られたら・・・。ボクでもヤバイヤバイ・・・」



カトリーナから渡されたUSBを自室のPCで開く弾。

「こっ、これはっ!?」
弾の目が画面に釘付けになる。
そこには・・・

❝早瀬駆の潜伏場所 早瀬リージェンシーホテル 最上階 インペリアルルーム 護衛 二月会❞

❝弟 早瀬渡はテルマエ学園に在学❞

❝テルマエ学園には、渋温泉の温水・星野の両旅館からも入学 温水アキ・星野七瀬❞

❝アイドル甲子園のユニットとして要注意・・・❞

画像はここで切れた・・・・

弾は自分が感じていたレベルではない、もっと大きな流れが迫ってきているのを感じずにはいられなかった。



「そうか・・・。そんな事があったか・・・」
学園のサーバーへのハッキング事件についてゆかりの報告を聞いたミネルヴァが呟く。

「まぁ、終わったのであればそれで良かろう。しかし・・・」
「しかし・・・?」
「弾も変わった才能を持っておったとわ・・・、な?」
ゆかりを見て意味ありげな笑みを浮かべるミネルヴァだった。



あの事件の後、ハンは学園の寮に戻らず【ベティのケチャップ】に居た。

「矢板・・・サン・・・」

初めて会ったのは、十数年前になる。
国際武術交流の為、タイを訪れた矢板は一人の少年と出会った。
場所はムエタイの道場・・・


「女の子かと思ったが・・・。男の子なのか?」
ハンは昔から女の子と見間違われる程の美形であった。

だが、本人にとってはそれが嫌でたまらなかった。
女の子みたいに見えても、強くなったらそれで見返してやれるという気持ちでムエタイ道場の門を叩いたのだ。

しかし、ハンの生家はとても裕福と言える状態ではなく、まともな練習もさせて貰えない日々が続いていた。

(だが・・・、この子には才能がある)
矢板はハンの才能を見抜いていていた
そして、ハンに一つの秘密を打ち明けたのである。

「どうだい、綺麗だろう?」
矢板がハンに打ち明けた秘密、それは女装する事と秘密捜査員である事だった。
幼き日のハンはそれを見て一つの決意をする。

「コノ人と同じようになる。ソシテ、悪い奴をやっつけるンダ」

そして、矢板もムエタイ道場に送金を続けた。
無論、ハンの練習費用である。
互いに再開する日を目指して、それぞれの道を進んで来たのだ。


そして、やっとの思いで再会したのだが・・・


キィッ

【ベティのケチャップ】のドアが開いた。

「ハン・・・」
「飛鳥井サン・・・」
「お前の意志で決めろ。矢板もそれを望む筈だ・・・」
店内をぐるっと見回すハン。
そして、おもむろに口を開いた。

「矢板サンノ・・・。跡を・・・、継ぎマス」
「分かった・・・」
飛鳥井が【ベティのケチャップ】を後にした。

(矢板・・・。お前の意志を継ぐ子がいたぞ・・・)
飛鳥井の目に浮かんだ涙は果たして何を意味していたのだろうか。



都内某所・・・

マンゴローブこと、矢板さくらの葬儀が行われていた。

【ベティのケチャップ】のスタッフも、アキ達も参列はしていない。
していないと言うのではなく、知らされていないという方が正しいのだろうか・・・
殉職したとは言え、あくまでも極秘捜査である為、警察関係者の参列も無い。
どこまでも密やかであった・・・


火葬の時間帯になり、少し雨が降り出した。

(矢板の涙か・・・)
空を見上げる飛鳥井の隣にハンが立っている。

そこに・・・

「飛鳥井課長っ! なぜっ、ここにっ!」
飛鳥井が振り返ると、そこには喪服に身を包んだ隼人の姿があった。

「陣内か・・・。君と同じだ、個人としてここに居る」
「では、なぜ・・・。ハンが居るのですか?」
「世話になった人を見送りたいという気持ちは分かるだろう?」
「そうじゃないっ! なぜ、貴方と一緒に居るのかと聞いてるんですっ!」
いつも冷静な隼人が珍しく感情を露わにしていた。

「ハン・・・。少し、外してくれ・・・」
飛鳥井の言葉に黙って頷き、その場を離れるハン。

「矢板は優秀な捜査官だった・・・」
ハンの姿が見えなくなるのを待って飛鳥井が話し出す。

「おっしゃる意味がわかりません」
「優秀な人員は一人でも多く・・・」
「だからってっ!」
隼人が怒りの籠った声で飛鳥井の言葉を遮った。

「また、あんな悲劇を繰り返したいんですかっ?」
怒りの全てを飛鳥井への視線に込めた隼人が声を荒げる。

「飛鳥井課長・・・。貴方は・・・、鬼だっ!」
吐き捨てるように言葉を浴びせる隼人。
飛鳥井はゆっくりと視線を上げる。

「私はこの国と国民を守る為なら・・・。鬼でも、悪魔にでもなってみせるっ!」
飛鳥井の激しい意志を感じた隼人がたじろいだ。

そして・・・

「陣内っ! お前もその覚悟が無いのなら・・・。警察官など辞めてしまえっ!」
「くっっっっ!」
互いの言いたい事、気持ちは分かっている。

だが、マンゴローブの死と言う事実がそれを分かち合えない溝となっていた。



「矢板・・・サン・・・」
ハンが人知れず呟いた。

「大切な人が亡くなった・・・、か?」

不意に後ろから声を掛けられハンが驚く。

(コンナニ近く、気が付かなカッタ・・・)

格闘技を極めた者にたやすく接近する事は至難の技である。
ハンが振り返って相手を見る。
肩を越す長い黒髪・一見すれば喪服と見紛う黒のパンタロンスーツの女性。
曇り空なのに外さないサングラス・・・

「ダレ?」
ハンの本能が常人ではない事を伝えていた。

「ずっと、見守ってくれていたようだな・・・」
(コノ人・・・?)
「とても強い力で守ってる・・・。これからも、ずっと・・・」
「・・・」
「・・・、名前は?」
「ハン・・・」
「ハン・・・?」
ハンは何か決意したように顔を上げる。
「ハン・矢板」
「そうか・・・」
(矢板サン・・・)

ハンがマンゴローブを思い出した一瞬、その女性は遠く離れた所に移動していた。


「こんなに強い気を感じるとは・・・。余程か・・・」


その女性が飛鳥井と隼人とすれ違う。

「・・・っ! まさかっ!?」
慌てて飛鳥井が振り返る。

「誰・・・、ですか?」
「まさか・・・。不動院・・・、晶・・・」
「フドウイン・・・?」
「我々でも直接会う事など無い相手だ・・・」
「・・・」
「人ならざる者が動いたという事か・・・」

その時、初めて飛鳥井の顔に恐れの色が浮かんでいた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...