東京テルマエ学園

案 只野温泉 / 作・小説 和泉はじめ

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第53話 懐かしき友

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葵がどこかに電話を架けている。

RrrrrRrrrr

「お電話、有難う御座います。NAC総合受付です」
「そちらに司馬斎(しば いつき)ってのが居ると思いますが、電話口まで出してください」
「えっ!? 失礼ですが、そちら様は?」
「松永からやって言うてくれたら、分かります」
「あの・・・。司馬は本日、撮影が入っておりまして・・・」
「はぁ~っ!? 松永葵からやって言うたら飛んでくる筈やっ!」
「しっ・・・。少々、お待ちを・・・」

電話口の相手が葵の見幕に押されて身が竦んでいる光景が目に浮かぶようである。


※ NACとは、日本アクションクラブ略称である。
アクション俳優の蔵田泰明が設立し、時代劇の忍者や刑事ドラマの格闘シーンの他にも変身ヒーロー物などで人気を博している団体である。
現在は、御面ライダーでデビューした司馬斎が最も有名である。
精悍な顔つきと鍛え上げた肉体で女性ファンも多い ※


「司馬さーん、急なお電話が入ってるみたいですよーっ!」
撮影に出かけようとしていた司馬をスタッフが呼び止めた。

「誰から?」
「マツナガさんという女性かららしいですが」
「マツナガ・・・、松永っ!?  葵かっ!?」
斎の脳裏にかつての葵の面影が浮かぶ・・・

(あいつの事だ、かなり強引に・・・)
「分かった。ちょっと待っててくれ」
斎が渡されたハンディフォンを取る。

「もしもし、司馬ですが・・・」
「おう、イッキ? 急用や直ぐにテルマエ学園まで来いっ! ええなっ!」
「お・・・、おい・・・」
自分の要件だけを言うと直ぐに電話を切る葵。

「これで完璧やっ! 温水の案、うちが形にしたるっ!」



話は少し前に遡る。

【エンジェル・ウィング】の楽曲が届き、皆で派手な演出を考えていた時である。
葵が突然、豪快に笑いだしたのだ。

「わっはっはっはっはっ! 皆で天使になって羽ばたくっ! そう、ワイヤーだ!ワイヤーアクションだっ!」
皆が葵のノリについて行けず、ただ呆然と見守っていた。

「くっくっくっ、我ながら素晴らしいアイデアだっ!」
自画自賛とはこの事をいうのだろう。

「葵先生・・・。普通に戻ったみたいですね。師匠・・・」
「いや・・・。わいは何か、嫌な予感がするで・・・。犠牲者が出るで、きっと・・・」
八郎と二郎の呟きを背に、葵はワイヤーアクションだと騒ぎ続けた。

「でも、わたし達・・・。ワイヤーアクションなんて・・・」
尻込みする涼香。

「やった事も無いし・・・。ハードル高すぎない?」
汐音も珍しく、消極的になっている。

「心配するなっ! 白布、向坂っ! とっておきの奴がいる。大船にのったつもりで任せろっ!」
「大船ですかぁ・・・。泥船の間違いじゃぁ・・・」
慌てて二郎の口を押える八郎であった。



話の現在に戻そう。

葵から一方的に電話を切られた斎、大きなため息を付くと改めて電話を架ける。

「あっ、監督。すいませんが今日の撮影は延期に・・・。えぇ、そうです、どうしても外せない用事が・・・。魔王の逆鱗に触れるって言いますか・・・。すいません、宜しくお願いします」
(葵か・・・。会うのは高校の卒業以来だな・・・。母親の葬儀にも来なかったし・・・)


司馬斎は、葵と弾の小・中・高校を通じての同級生である。
だが、只の幼馴染というだけの関係で今回の無謀な呼び出しに応じた訳ではない。
斎にとって、葵がずっと憎からずの存在であった事は安易に想像出来るであろう。


(テルマエ学園って言ったか・・・。んっ! アイツ東京に居るのか?)
テルマエ学園の場所を調べた斎は愛用のナナハンに跨る。

(相変わらず、自分勝手な所は変わってないようだが・・・)
キーを回し、エンジンを掛けた斎はテルマエ学園へと向かった。



テルマエ学園の正門前、葵が腕組みをしながらウロウロと歩き回っている。

(遅いっ! 何をしてるんだ、アイツはっ!)

しばらくして、ズド・ズドドドドド・・・・ 低い音が聞こえる。

(やっと来たか・・・)

駐車場にナナハンが止まり、斎がヘルメットを取る。

浅く日焼けした懐かしい顔が葵の目に映った。

「しばらくだな・・・」
「で、用件は?」
「こっちで話す。取り合えず教室に行くぞ」
葵は半ば強引に斎を教室へと連れて行った。


「えっ!? うっそぉっ!」
「まさか・・・。司馬斎っ?  本物っ!?」
七瀬と穂波が驚きの声を上げた。
突然の人気アクションスターの登場に教室が騒然とする。

「ちょっと、待ってっ! 何で司馬斎がここに居るのっ?」
「どうして? どうして?」
穂波と汐音は我を失っているようだ。

「あっ、サインいいですか?」
優奈は何処からか色紙を取り出す。

「・・・、誰?」
「えっ、アキちゃん知らないの?」
「大人気のアクションスターだよっ!」
萌と涼香から教えられるアキ。

「もしかしてぇ・・・。葵先生の彼氏とかぁ?」
汐音が葵と斎、交互に視線を送る。

「違うっ! 只の腐れ縁だっ!」

(おいおい・・・)

葵と斎・・・長い付き合いだからこそ、言えるセリフなのかも知れない。



パンバンパンッ!

弾をまねて葵が柏手を打ち、教室は落ち着きを取り戻す。

「皆、聞いてくれ! 【エンジェル・ウィング】のワイヤーアクションはこのイッキ・・・、いや・・・、司馬斎が指導する事になった」
「え・・・?」
「プロのNAC監修だ。これ以上の助っ人はないぞっ!」
「お・・・、おい。俺は何も聞いちゃ・・・・」
「すごーいっ!」
「これなら・・・!」
「ありがとうございまーすっ!」
「宜しくお願いしまーす!」
葵の自己チューは今に始まった事ではない、それは斎も良く知っている。

更に・・・

キャイキャイと喜び小躍りするアキ達を見て、斎も苦笑する。

「ふう・・・」
斎が振り返ると・・・

「頼む・・・。イッキ・・・」
葵が両手を合わせて拝んでいる。

(葵が頼むとは・・・。余程の事か・・・)
「分かった。でも、撮影の調整もあるし、明日からの稽古で良いか?」
斎はアメリカ人のように両腕を広げ挙げ、ヤレヤレと言う感じで破顔一笑している。

「やったーっ!」
教室内は再び喜びに満ち、騒然となったーー

「ありがとう。イッキっ!」
葵も笑顔を返す。

(イッキと呼ばれるのも7年振りか・・・。綺麗になったな・・・、葵・・・)
「じゃ、明日な・・・」
そう言って、NACに戻る斎を葵が見送る。

(7年か・・・。イッキ・・・、変わらんな。相変わらず、いい奴だ・・・)
実は斎が葵に仄かな恋心を抱いていた事など、葵本人は全く気が付いていない。


(さて・・・)

ナナハンに跨り、ヘルメットを手にした斎の前を一組の男女が通りかかる。
「ん・・・、もしかして斎か?」
「え・・・っ、弾?」
こちらも雪乃の葬儀以来の再会である。

「では、先に行っております」
気を利かせたゆかりが斎に軽く会釈をしてその場を離れる。

(確か・・・、司馬・・・斎・・・? なぜ。ここに・・・? 弾と知り合いって事は、恐らく・・・。葵が呼んだってところね・・・)
ゆかりが離れたのを見て斎は弾に話しかける。

「凄い美人だな・・・。彼女か?」
ニヤつきながら尋ねる斎。

「いや・・・。いっそ無関係でいたい相手だ・・・」
孤独な笑みを浮かべる弾。

「ところで、斎? 何でお前がここに?」
「いや・・・、実は葵に呼び出されてな・・・」
斎はこれまでの事を弾に語る。

「そうか・・・。ワイヤーアクションを・・・」
「葵に頼まれたんじゃ、断れないしな」
ニッと笑う斎。

「済まなかったな・・・。忙しい所、悪いが葵の力になってやってくれ」
深々と頭を下げる弾を見て、かつての弾との違いと感じる斎。

「でも・・・、弾。お前も東京にいるなんて・・・。松永流は?」
「・・・。訳あって・・・、掛け持ちだ・・・」
「弾・・・」
「・・・」
「無理するなよ。お前、昔っから抱え込んでしまうからな。いつでも、愚痴くらい聞いてやるぜっ!」
斎の優しい言葉の響きが、弾に学生時代の楽しかった日々を思い出させる。

「あぁ・・・。ありがとう・・・」

力なく笑った弾は、ナナハンで走り去る斎の姿が見えなくなるまでいつまでも見送り続けていた。



「次は・・・、ハーネスとワイヤーか・・・。さて、どうしたものか・・・」
考え込む仕草を見せる葵に渡が歩み寄る。

「葵先生! ハーネスとワイヤーは、俺が準備します」
「早瀬っ? お前が?」
「八郎にばっか、いいカッコさせられませんよ。それに・・・」
「それに・・・?」
「俺だって、【ムーラン・ルージュ】(・・・アキ)の力になりたいんです!」
「ほう・・・。分かった、早瀬っ! 宜しく頼むぞっ!」
「はいっ!」
(良い奴らばかりが揃っている・・・)
葵も満足げな笑みを浮かべる。

「デザイナー大塩っ!」
「はいなっ!」
待ってましたとばかりに衣装案を練っていた八郎と二郎が顔を上げる。

「今回の曲が、【エンジェル・ウィング】、皆をワイヤーで吊り上げる演出になる。無論、天使のイメージで衣装を考えていると思うが・・・」
葵の言葉に重みが増す。

「ハーネスの上から衣装を着ける事になるだろう・・・。無論、危険も伴う、そこで安全面にも配慮したものを頼みたい」

(葵先生、バリバリに顧問の顔になって来てるで・・・)
(少しでも手を抜いたら、アキちゃん達が・・・)
葵の真剣な表情に八郎と二郎も決意を込めて首肯する。

「分かってますわ! 二郎、今から大阪に行くでっ!」
「えっ、大阪ですか?」
「そうや! 今回の衣装は緻密な計算が必要なんや、大阪のCPU専門校・東沢学園の先生達にも協力して貰うでぇっ!」
「はいっ、師匠っ!」
「ちょっと待て! 今、温水達のデータを・・・」
チッチッチッっと八郎が人差し指を立てて振る。
「葵先生、心配ご無用やで。アキちゃん達のデータは全てこの頭の中にインプットされてまっ!」
「・・・、あまり褒めたくはないが・・・。まぁ、良いだろう。頼んだぞっ!」


こうして、アイドル甲子園4回戦へ向けての準備が着々と整っていったのだーー




「いやぁ、参った参ったぁ。まさか、セルゲイが負けるなんてね~」
二月会の到着前に現場を脱出したヤミが孫の所へと戻っていた。

「クソッ! 黄ニ続イテ、セルゲイ、マデっ!」
「こうなって来ると、孫の立場も危ういよね~。あの方が何て言うかなぁ」
「ヤミ・・・、オ前ッ!」
「大丈夫だよぉ、まだ何も言ってないから・・・。まだ・・・ねっ!」
「テルマエ学園、ハッキングハ?」
「いつでも、入れるよ。あっ、そうだっ、ちょっと面白いの見つけたんだよ」
そう言って、ヤミはパソコンのキーを叩く。

「ほら・・・」
そこには、テルマエ学園に渋温泉から入学したアキと七瀬のデータが表示されている。
「二人とも、旅館の子だしぃ・・・。それに・・・」
表示されている画面が切り替わった。

「ハヤセ・・・、ワタル?」
「そう、孫の探している早瀬駆の弟なんだってさ・・・」
一瞬だが、ヤミの顔に笑みが浮かぶ。

(この3人・・・、あのビルで見たよねぇ。面白くなりそうっ!)


「テルマエ学園、乗ッ取レッ!」
「TOBは?」
「モウスグ準備完了ダッ! ソレト、早瀬駆ノ居場所モダッ!」
「そう言うと思ってたよ」
ヤミがキーボードを叩く。
モニターに早瀬リージェンシーホテルの映像が現れる。

「ここの最上階だってさ」
「情報ノ素ハ?」
「警視庁のデータ。でも、二月会ってのがガードしてるみたいだよ」
「二月会カ・・・、厄介ダナ・・・。先にTOBダ」
「了解っ! あと、ドルゴちゃんがいつでもやれるってさ」
「ソウカ・・・。シブ温泉・駆・テルマエ学園、全テ手ニ入レテヤル、アイドル甲子園モナ・・・」
孫がニヤりと笑った。



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