東京テルマエ学園

案 只野温泉 / 作・小説 和泉はじめ

文字の大きさ
上 下
50 / 129

第49話 巨漢の怪物

しおりを挟む
横浜から東京へと向けて一台の車が走っている。
東京都庁を間近に見る『新宿IC』を降りる車の中で、二人の人物が会話していた。

「ねえねぇ、セルゲイっ! 何人くらい連れて来てくれるのかなぁ」
「・・・」
「マンゴーちゃん、思ったよりしぶとくてさぁ、ボクも苦労してるんだよぉ」
「・・・」
「4~5人くらい連れてきて、痛めつけたらきっと吐いてくれるよねぇ」
「喋リ過ギダ!」
「どんな事しようかなぁ・・・。指の骨折るとかぁ・・・」
「・・・」
「爪の間に針刺すなんてどう思う?」
「ワクワクするよね~。セルゲイもでしょ?」
「オ前トハ、違ウッ!」
「相変わらずの堅物だね~。そんなんじゃ、女の子にモテ無いよ~」
「俺ハ、戦イサエ有レバ満足ダ・・・」
「あーぁ、つまんない男ぉ・・・。マンゴーちゃん、元気にしてたかなぁ」
ヤミとセルゲイを乗せた車が神宿の街中へと消えて行った。



「新宿の〇〇・・・、××ビル・・・。ココカ・・・」
【ベティのケチャップ】を襲撃した萬度の手下からこの場所を聞き出したハンがビルの入り口に立つ。

「何ダ、アイツ??」
入口に居た見た目から不良中国人と分かる二人がハンに近づく。

「オ嬢サーン、何カ御用デスカー?」
ニタニタと笑いながらハンに近づいている。

そして・・・

ハンの肩に伸ばした手がハンに触れる直前、ハンは身を反転させて相手の視界が姿を消し低位置からの拳を一人目の下顎に突き上げる。

「ゲフッ!」
脳震盪を起こした男はその場に倒れる。

「ナッ・・・!」
二人目の男が言葉を発する間なく立ちあがったハンの裏拳が男の顔面にヒットする。

「ブッッッ!」
鼻血を流しながら倒れそうになる男の襟首を掴んでハンは顔を近づける。

「地下室は何処ダ」
「チ・・・、地下ニハ何モナイ・・・」
「もう一度ダケ聞く・・・。地下室は何処ダ!」
鬼気迫るハンの形相に男は恐る恐る鍵を取り出し、奥を指さす。

「寝テナッ!」
ハンの肘が至近距離から男のこめかみに入り、そのまま声も無く倒れこんだ。


チャリ・・・

鍵を拾ったハンが奥にある階段を下りていく。
そして、ドアの前で立ち止まると、鍵穴に鍵を差し込んだ。

ギイィィィッ

金属のきしむ音がしてドアが開き、ムッとする臭いがハンの鼻をついた。

「誰カ居るのカ?」
暗闇の奥から獣の息を殺したような声色が聞こえてくる。

「矢板サン?」
ハンは室内に入り、手探りで照明のスイッチを探す。
指先にそれらしい感覚があり、ハンがスイッチを押すと室内が明るくなりハンの目がそれを捉えた。

「・・・!」
両手を天井から吊り下げられたまま、ぐったりとした姿・・・

「矢板サンっ!」
マンゴローブに駆け寄るハン。
手首を吊るしている鎖を繋ぐ錠の鍵穴に合いそうな鍵を宛がう。

カチャリ

開錠される音が地下室に響き、マンゴローブはドサリと床に倒れ込む。

「う・・・、うぅぅぅぅっ!」
うめき声をあげるマンゴローブを抱き起すハン。

「矢板サン、しっかりシテっ!」
「うっ、うぅっ! ハンか・・・」
虚ろな目を開けるマンゴローブ。

「ハン、助けに来たョ。もう、大丈夫ダカラ・・・」
けっそりと痩せ、変わり果てた姿となったマンゴローブを抱きしめるハン。
ヨロヨロと手を伸ばすマンゴローブの手を取ったハン、その視線が捉えたものは夥しい数の注射痕だった。

「アイツら・・・。許さナイッ!」
ハンの声が怒りに震える。



「何ダ・・・。コレハ・・・」
セルゲイとヤミを乗せた車が監禁場所のビルに到着していた。
見張りとして残しておいた二人が血まみれになって倒れているのを見たセルゲイの顔色が変わる。

「あっれれぇっ、これは・・・。もしかしてぇ・・・」
ヤミが嬉しそうに笑う。

「上ノ階ニイル兵隊ヲ全部集メロッ!」
このビルには中国系の者達が常にたむろしている。
言わば、萬度の巣窟と言っても過言ではない程である。
各フロアから降りて来た総勢は、50名近くにも膨れ上がっていた。

「行クゾ」
セルゲイが先頭に立って地下へと降りていく。
嬉々として、その傍らにはヤミがいた。



「ハン・・・。陣内は・・・」
マンゴローブの絞り出すような声を聞き、我に返るハン。
何かあったら、直ぐに隼人か早乙女に伝えろという命令を無視してここに来た事を思い出したのだ。

「ごめんなサイ・・・。ハン一人デ・・・」
「そうか・・・」
マンゴローブもハンが一人でここに来たという事が何を意味しているのか察したようだ。
「早く、ここを・・・」
「分かっタ・・・」
そう言って、マンゴローブを肩車し立ち上がろうとした時である・・・

パチパチパチ・・・

嘲笑するかのような拍手の乾いた音が響く。

「いや~、感動の再会シーンだよねぇ。ボク、涙が出るよぉ」
ヤミとセルゲイ、そして数多くの男達が部屋の入口を埋め尽くしていた。



丁度その時 アキ達はカトリーナの分析に従って、××ビルへとたどり着いていた。

「何だよ・・・、これ・・・」
血まみれになって倒れている二人の男を穂波が見つける。

「ヤバイな・・・。アキ、警察を呼んでここで待ってろ・・・」
「七瀬、あんたもね・・・」
渡と穂波が互いに頷く。

「渡・・・。穂波さん・・・」
アキと七瀬が互いを抱きしめ合いながら、震えている。


その時、地下へと繋がる階段から雑踏が聞こえた。

(ハン・・・っ!)
最早一刻の猶予も無しと、渡・穂波が階段を駆け下りる。

「何ダっ!」
中国訛りのある男達が駆け寄って来る。

「どけっ!」
渡はステップを踏みながら、敵の攻撃を交わしながら次々と拳を的確にヒットさせていく。
一方、穂波も得意の右回し蹴りと正拳突きで男達を倒している。

そして、地下へと降り立った二人が見たものは・・・

「ハンっ!」
「マンゴローブさんっ!?」
ぐったりと倒れているマンゴローブを庇い、襲ってくる男達と戦っているハンの姿だった。

「渡ッ? 穂波ッ??」

「くそっっ!」
「しつけぇんだよっ!」
渡と穂波は男達をかき分け、ハンと合流する。

しかし・・・

「へ~、麗しき友情かぁ。でも、キミ達も逃げ場を無くしちゃったね~」
ヤミの顔にサディスティックな笑みが浮かんでいた。



「もしもし、警察ですか! 早く来てください! 皆、殺されちゃうっ!」
アキと七瀬の110番通報を受け、近くの交番から警察官が二人走って来る。

その通報内容は、陣内へも伝えられた。
「何だって? なぜそこに一般人が・・・? 間に合ってくれよっ!」


地下室では渡・穂波・ハンが萬度の手下達と抗戦している。

「手緩イッ!」
一向に埒が明かない手下達の不甲斐なさに切れたセルゲイが歩みでる。

「遊ビハ・・・、ココマデダッ!」
渡に掴み掛かろうとするセルゲイ、一瞬の差で体を交わした渡の右ストレートがセルゲイの脇腹にヒットする。

「何ダ、ソレハ? オ前、ボクサー、カ?」
蚊に刺されたような顔のセルゲイ。

「畜生っ! これならっ!」
穂波得意の2段右回し蹴りがセルゲイの側頭部を襲う。
かつて、如月の腕を折った程の強烈な蹴りである。

だが・・・

「空手カ、オ転婆ナ オ嬢チャンダ・・・」
セルゲイは眉一つ動かさない。

「セルゲイは元ロシアのレスリングチャンピオン。間違って人を殺しちゃったから地下格闘技に入ったけどね~。実力は折り紙付き、キミ達じゃ何人掛かりでも勝てないよ」
ケラケラと面白そうにヤミが笑う。

渡・穂波・ハンが連続して攻撃を仕掛けても、セルゲイは全く痛みを感じる気配すら無い。

「相手が悪すぎるっ!」
「どうすればっ!」
追い詰められた三人にセルゲイの巨漢が迫る。

「渡ッ! 穂波ッ! 逃げテッ!」
意を決したハンが加速を付けて飛び上がり右膝をセルゲイの顔面に打ち込み、そのまま上半身にしがみ付く。

「早クっ! 逃げテッ!」
最早、勝ち目は無いと察したハンは、自分が犠牲になって渡と穂波を逃がそうとしているのだ。



「通報したのは、君達か?」
アキ達の通報で駆け付けた警察官である。

「もう大丈夫だ。心配しないでいい」
そう言って地下へと向かおうとしたが・・・

ガーン・ガーン

銃声が二発響き、二人の警察官が太ももを押さえて倒れ込んだ。

「きっ、きゃあぁぁぁぁっ!」
アキと七瀬の悲鳴がこだまする。

「コウナッタラ、全部ヤッチマエッ!」
地下室から上がって来た萬度の手下達は倒れている警察官に殴る蹴るの暴行を加える。

「ぐふっ、君たち・・・。逃げなさい・・・」
暴行を受け意識を失う警察官。

萬度の手下達はその勢いを狩ってアキと七瀬へと迫る。

絶体絶命と思われたその矢先・・・

「アキ、七瀬っ!」
ビルの入り口から声が聞こえた。

振り向くアキと七瀬・・・

「圭ちゃん・・・」
振り返った先に見えたものは、五郎と並んだ圭の姿であった。

「圭ちゃん、下がってて」
五郎がゆっくりと歩み出る。

「アキ、七瀬・・・。こっち!」
アキと七瀬は五郎の脇をすり抜けて圭の下へ。

「何ダァッ!」
萬度の手下達が銃を向ける直前、五郎は体の大きさからは想像も出来ない程素早く移動し、次々と男達をなぎ倒していく。

「西郷さんっ! 下に渡と穂波さんが・・・」
「きっと、ハンもっ!」
五郎は大きく頷く。

「圭ちゃん、お二人をっ!」
「分かったっ!」
そう言うと、五郎は階段を駆け下りる。

途中で何人もの男達を投げ飛ばしながら・・・



地下ではセルゲイに飛び掛かったハンが力任せに跳ね飛ばされていた。
渡も穂波も攻撃を仕掛けるが、セルゲイには全く効かない。

(一瞬でも捕まったら・・・)

(体力差・・・。体重差・・・勝ち目無しだ)

ハンがうめき声をあげながら立ち上がろうとしたその時・・・

「お前の相手は、この俺だっ! 来いっ! デカブツっ!」
野太い声がセルゲイの動きを止めた。

「西郷さん・・・」
「圭の・・・」
渡と穂波を見ていたセルゲイがゆっくりと振り向く。

「ホウ・・・。少シハ・・・」

五郎とセルゲイの視線が交錯した。

「西郷五郎っ! 参るっ!」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

HOPE NOTE~何でも願いがかなうノートを拾った俺はノートの力で自由気ままなスローライフを送ります。ついでに美少女ハーレムも作ります~

カルラ アンジェリ
大衆娯楽
ブラック企業に勤める45歳のサラリーマン、日笠彰はある会社からの帰り道で一冊のノートを拾う。 そのノートには何でも書いた事が現実になると言うのがあった。 半信半疑ながらも日笠はノートに「明日の宝くじの当選発表で俺に一等28億円が当たる」と 「明日目が覚めると俺の体が21歳の健康な若い体に若返る」の二つを記入する。 するとそれは翌朝に実現してしまう。 ノートが本物と知った彰はノートを使った理想の生活を求めることを目指す。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

処理中です...