東京テルマエ学園

案 只野温泉 / 作・小説 和泉はじめ

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第45話 きっと、飛べるはず

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カコーン

鹿威しの音が静かに日本庭園に響く。

「お連れ様がお見えです」
仲居に案内されて来たのは、早瀬将一郎であった。

「いや、お待たせした」
「いえ、私たちもつい先ほど・・・」
恭しく座布団から降り低頭しているのは、弾とゆかりである。

「先日はお一人でしたが、今日は秘書をお連れとは・・・」
勧められて上座に付く将一郎。

「初めまして、テルマエ学園の橘と申します。この度は誠に有難うございます。学園長も大層喜んでおります」
挨拶をしながら慣れた手つきで将一郎のグラスにビールを注ぐゆかり。

「ほう、では貴女は・・・?」
「学園長の秘書兼・・・」
視線を弾へと向けるゆかり。

「なるほど・・・。全権を持って来た君とミネルヴァ氏の秘書か・・・」
「・・・」
弾は黙って頭を下げる。


この会見はミネルヴァの指示によって行われていた。
本来であれば、ミネルヴァ本人が将一郎と直接話す所であるがテルマエ学園の全権を持つ事で前回の対談が進められた事から引き続き弾がその任を追っているのだが・・・


「弾、まだお前だけでは話も進みにくかろう。ゆかり君、しばらくは弾と同席してくれ」
「私で宜しいので?」
(なぜ、橘ゆかりなんだ・・・)
弾とて覚悟を決めて受けた話である。
そこになぜ、ゆかりを介在させるのかを推し量る。

(まだ、役不足という事か・・・)
京舞踊の世界では名を知られているものの、やはりビジネスの現場という点では自らの力不足を感じずにはいられない。

(橘ゆかり・・・、どの程度のものか。見極めてやる)
弾の強い視線がミネルヴァに叩きつけられる。

「弾も快く受け入れてくれるようだ。後は頼むぞ・・・」
「承知しました。それでは・・・」

こうして将一郎との会見にゆかりも同席しているのだった。



「ところで、ご子息が私共の学園に来られていることは・・・?」
「無論、知っておるよ。私が送り込んだ・・・」
「温泉ビジネスをお考えで・・・?」
「色々な事を学ばせるのも親の務めかと思いましてな・・・」
腹の探り合いというのだろうか、表面上は穏やかな世間話に見えるが内情は・・・

(このゆかりと言う女・・・。只者ではないな・・・)
(さすが、早瀬の総帥・・・。弾一人ではまだ無理ね・・・)
この二人の駆け引きをじっと見ている弾。
見ている・・・、ではなく入り込む余地が無いのだ。

(これが・・・、橘を俺に付けた理由か・・・)

「ところでアイドル甲子園ではテルマエ学園のユニットが堀塚のユニットを破ったと聞いたが・・・」
「【ムーラン・ルージュ】の事ですね。こちらの松永が先日まで顧問をしておりました」
「ほう・・・。先日まで・・・とは?」
ゆかりの目配せで弾が冷酒の瓶を取り酌をする。

「うむ・・・」
黙って猪口を口へと運ぶ将一郎。

「おぉっ、これは・・・!」
「お好きと聞き及んでおりましたので」
「楯野川 光明・・・か。嬉しい心遣いだ」
「出羽燦々、お気に召して幸いです」
用意したのはゆかりだが、ここは弾に花を持たせておこうという事であろう。

「・・・で、先日までとは?」
「【ムーラン・ルージュ】の顧問を降り、こちらの事に・・・」
「では、今は顧問無し・・・、かね!?」
「いえ、別の者が引き継いでおります」
(ここらが潮時ね・・・)
話の流れを読んだゆかりが口を開く。

「確か・・・、堀塚音楽スクールには早瀬コンツェルンの資本が入っていたと・・・」
「よく知っておるな・・・」
「総帥がそのような事にも興味をお持ちだったのかと思いまして・・・。確か理事長もお血筋とか・・・」
(食えんな、この女・・・)
「いや、そこまで分かっているとは・・・。貴女もなかなか手強い」
「光栄です」


この会食の本当の意味、それは互いが何処までを出し合って共闘出来るのかを見極める事にある。
ある意味、これからの弾にとって最も必要とされるスキルであることを自ずと感じ取っていた。


「そう言えば、最近はご長男のお姿をお見掛けする事が少なくなった様ですが・・・」
ゆかりの問いに将一郎の眉がビクリと動いた。

(駆の常務解任の事くらいは知っておっての話だろうな・・・)
「少しばかり勉強させようかと思いまして・・・」
「左様でしたか。今後は永いお付き合いにもなりますので、近いうちにお目通りを」
「考えておきましょう」


こうして、夜が更けていった。



お茶の間の人気番組となった【スケボー・万歳!!】、第二回目の収録が前回と同じ矢々木公園で行われているーー

「3、2、1っ スタートっ!」
三橋の掛け声が合図となり撮影が開始された。

山上信二と萌がボードを持ち、ニコニコと笑顔を振りまいている。
「お待たせしましたっ! 【スケボー・万歳!!】の時間がやって来ましたぁっ!」
信二の声が響く。

「【ムーラン・ルージュ】でも大人気の萌ちゃん・・・、さぁて二回目の今日はどんなテクニックをレクチャーしてくれるんやろなぁ~。わぁ~、楽しみやぁ~。何と、今日からは僕も一緒にやらせて貰いますっ!では、早速お願いしましょ~っ!」
信二と萌はお揃いのロゴ入りTシャツ&ハーフパンツ姿でホクホクしており、「萌ちゃん、萌ちゃん」とかなり親し気になっている。


このロゴ入りTシャツ&ハーフパンツは三橋からの特注依頼を受けて八郎がデザイン・制作したものである。
スポンサーとDoDoTVの通販サイトでのみ販売されているのだが、ネット注文が殺到し、デザイナー大塩八郎の名も巷に広まっている。
無論、販売量も半端ではなく八郎の懐具合もかなり暖かそうだ。


「えーっと、今日は『チックタック』というのをやります」
白い歯を見せてニッコリと笑う萌。


※チックタックとは、ボードに乗った状態で足で漕ぐ事無く移動する方法である※


ボードに乗った萌が、前後・前後と進んでいく。
45度くらいの角度で前と後を同じ幅で動かしている。

「この幅を大きく、早く動かすとスピードが出ます」
ポイントを押さえて、細やかなアドバイスをする萌。

「じゃあ、山上さんと一緒にやってみますっ!」
スケボー初心者の山上も一緒にする事で視聴者の不安も軽くなるような演出も人気の秘密だろうか。

「なかなかスジが良いですよっ。山上さんっ!」
「ほんまでっかっ! 嬉しいわぁ」
萌に褒められた信二、どうやら満更でも無い様子だ。
収録が順調に進み、終盤へと差し掛かる。


「いや~、スケボーって本当に面白いですね~。次回も乞うご期待!」
信二の予告に続き、いつものスポンサー紹介へと移る。

「この番組は、ニッコーマン醤油の提供でお送りしましたぁ。それじゃっ、せーのぉっ!」
信二と萌が顔を見合わせて・・・
「来週も、レッツ・チャレンジっ!」
揃っての右手だけのガッツポーズを決める。

このガッツポーズと掛け声が全国の小学生の間で流行っているのである。



「よしっ! OKっ!!」
三橋が叫ぶ。
顔の筋肉が緩みっぱなしなのは、ご愛敬という事にしておこう。


テルマエ学園にダンテから新しい楽曲が届いていたーー

曲名は、【エンジェル・ウィング】
葵から楽譜を受け取った涼香が早速ギターを奏でながら歌詞を口ずさむ。
八郎がその歌声に耳を傾けているのは、衣装をイメージする為だろうか。
同じように目を閉じて聞き入っている葵だが、なぜか眉間に皺が寄っている。
涼香の歌が終わるや否や、葵が目を見開き皆を呼んだ。

「聞いてくれ。今度の曲も非の打ちどころも無い曲だが、こちらが曲に追い付いていない様にも思えてしまう・・・」
葵は前回の苦戦がどうしても気に掛かって仕方が無いのでろう。

「確かに・・・」
「その通りかも・・・」

前回の対【津軽あっぷる娘】の時、涼香の機転とアキの咄嗟の判断が功を奏して何とか勝利したものの負けていても不思議ではなかった事を誰もが思い出す。

(あれは敵を甘く見過ぎていたうちの責任・・・。二度と同じ失敗はしないっ!)
静かに闘志を燃やしていた葵が改めて口を開いた。

「次は4回戦、つまり勝ち残って来た相手のレベルは各段に違っている筈だ。皆も感じているだろうが今のままでは勝ち残れないだろう・・・」
肌身で感じていた事実をはっきりと言葉にされると、やはり意気消沈してしまうのは致し方の無い所である。

「そこで・・・」
葵の声のトーンが上がる。

「派手な演出が必要になってくると思う・・・。誰か、何か意見があるか?」
いつもながらストレートな物言いである、葵らしいと言えばそうなのだが・・・
アキ達も今までの自分達に足りなかった何かを見出そうとして考えるがはっきりとしたものが頭に浮かばない。

「何でもいい、思い付いた事を言ってくれ」
しばらく考えた後・・・、穂波が手を上げる。

「塩原、何だ?」
「派手にって事なら、あちは花火を打ち上げるなんてどうかなって思ったけど・・・」
「いや、火はマズイだろ。だったら、桜吹雪とかは? こう、チラチラって?」
優奈が手を揺らしながら喋る。

「クラッカー鳴らして、くす玉割ったりするのは?」
汐音の言葉に圭も思いつくように言う。

「衣装にイルミネーションライト付けて光らせるとか・・・」
「それやったらいっその事、電飾で光りまくらせるとか・・・」
八郎も一応は真面目に考えているようだが・・・

「うーん、どれも何かが足りない・・・」
葵も行き詰っている感が高まっている。

「曲が、【エンジェル・ウィング】だから・・・」
「天使の翼・・・、だよねぇ」
萌と七瀬が顔を見合わせた時・・・

「天使みたいにわたし達が空を飛べたら素敵だよね・・・」
アキが何げなく、ポツリと呟いた。

「また、アキったら・・・。いつも天然なんだから・・・空なんて飛べる訳ないじゃん、ねぇ? 葵先生・・・?」
七瀬の視線が葵へと向けられた時・・・

「そうかっ!? それがあったっ!!」
葵が急に立ち上がって大声を出した。

「温水っ!」
「は・・・、はい?」
「皆で・・・。皆で空を飛ぶぞっ!」
何かが閃いた葵、瞳がキラキラと光っている。

「はぁっ?」
葵の突拍子もない発言にアキ達は口をあんぐりと開けるしか無かった。

「師匠・・・、もしかして葵先生・・・。壊れたんと違いますか?」
「しーっ! 二郎っ! もし聞こえたら只では済まへんでっ!」
慌てて、二郎の口を押えた八郎であった。

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