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第40話 アキの初デート
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さて、洸児が何をしにテルマエ学園に来たのかは話を巻き戻す必要がある。
先日の事だが、洸児は如月に呼ばれていた。
「何すか? 会長・・・、話って? 早瀬駆のガードに問題でも・・・?」
「まぁ、座れ」
対面に座った洸児にグッと顔を近づける如月、余程の内密な話なのかと身を引き締める。
「これを・・・」
一通の封筒が差し出される、何の変哲も無い普通の封筒に見える。
「これをテルマエ学園の、温水アキに届けろ」
「はぁ・・・!?」
口をあんぐりと開けている洸児。
しかし、はたと思いつく。
「誰っすか? もしかして、会長の・・・?」
洸児はニヤつきながら、右手の小指を立てる。
「馬鹿ヤローっ!! 俺の・・・、娘だ・・・」
怒鳴ったかと思うと、珍しく照れくさそうな表情になる如月。
「姐さんの・・・。芙由子お嬢さんの・・・、会えたんすね・・・」
洸児の顔が綻ぶ。
「とにかく、届けろっ!いいなっ! それと・・・」
如月が一呼吸を置いた。
「アキが俺の娘だって言うことは、誰にも言うな!」
ドスの効いた声、睨みを利かせる眼差しに洸児も言葉を発せずにただ、頷くしかなかった。
「穂波さんって、ここの生徒だったんすね・・・。助かったぁ。ところで、温水アキって娘、知ってますか?」
(こいつ、なぜアキの事を・・・)
渡が過敏に反応する。
「知ってるけど・・・」
「いやぁ、どうやって探そうかって悩んでて・・・。あの、これをその温水アキさんに渡して貰えますか?」
洸児は如月から託された封筒を穂波へと渡す。
「いいけど・・・、何? これ?」
「まぁ、会長からの・・・。ラブ・レターみたいなもんすよ・・・。それじゃっ!」
微妙な笑みを浮かべながら、封筒を穂波に渡すと洸児は脱兎の如く駆け出して瞬く間に姿が見えなくなった。
「如月さんが・・・、アキに・・・ねぇ・・・。まぁ、愛に歳の差は・・・、なんてってか?」
イマイチ腑に落ちない穂波は封筒の中身が気になるようで、ひっくり返してみたり日の光にかざしてみたりしている。
「しかし・・・。なんとも不愛想な封筒だよねぇ、渡・・・?」
振り返った穂波の視線には、怒り心頭に震える渡の姿が映った。
(あれま・・・、こいつは、ひょっとして・・・!)
渡の気持ちがアキに向いている事をふと感じる穂波であった。
教室へと戻った穂波は洸児から託された封筒をアキに手渡す。
「えっ!? 如月さんがわたしに・・・」
こぼれそうな笑みと全身で喜びを表すアキ。
頬もほんのりとビンクに染まっている。
急ぎ封筒を持って自室へと走るアキ、それを見ている渡は心中穏やかとは言い難い表情を浮かべている。
自室へと入ったアキは震えながら封を切る。
その中には、一枚の便せんが入っていた。
便せんを広げるアキ、そこには・・・
『アキへ 〇月〇日 ハニーポットで待つ 如月』
ただ、その一行だけが書いてあった。
如月らしいと言おうか、愛想の欠片も無い文面だが、アキにはそれで十分だった。
(如月さんに・・・、お父さんに会える・・・)
アキは胸が一杯になり、嬉しさがこみあげて来る。
コンコン コンコン
「はい?」
ノックされ、アキはドアを開ける、そこに居たのは穂波だった。
やはり、如月からの手紙という事が気になっていたのだろう。
「アキ・・・、さっきの手紙って・・・」
「見てっ、穂波さん!」
アキは嬉しそうに便せんを見せる。
それを見た穂波の顔色が変わった。
「こ・・・、これはっ!」
「どうしたの? 穂波さん?」
「これは・・・、果たし状っ!? アキ! 心配すんな、助太刀してやる!」
「え・・・??」
確かにあの文面では誤解されても致し方ない所だろう。
アキは穂波に如月が自分の父であった事を嬉しそうに話す。
それを見て、穂波も思う。
(これで、如月さんの背負った十字架も少しは軽くなってくれれば・・・)
そう切に願う穂波、天国の哲也もきっと穂波と同じ思いであっただろう。
アキが如月との待ち合わせ場所、【ハニー・ポット】へといそいそと出かけて行く。
白のシャツワンピにネイビースラックスというラフな服装でもアキは十分に可愛い。
歩く度にボリュームのある胸元が弾む。
(アキ・・・、一体、どんなヤツと会うつもりなんだ・・・)
ラブ・レターの一件が気に掛かって仕方がない渡は距離を取りながら後をつける。
舞い上がっているアキは全く気が付いていない。
「お・・・、如月さん!」
なかなかお父さんとは呼べないアキ。
「おうっ!」
如月が手を振る。
水色のシャツにグレーのチノパン、黒のサングラスというコーディネイトが似合っている。
入口に持たれかけている所などは、なかなか様になっていた。
合流した二人は並んで【ハニー・ポット】へと入って行く。
(ア、 アキッ!)
追いかけて中へ入ろうとした渡だが、入口に居た男に押し止められた。
「今日は貸切なんで、一般の方はご遠慮願います」
改めて見ると、確かに入口に『本日貸切』と書かれたプレートが掛けられている。
「ちっ!」
舌打ちをする渡、口惜しいが外で待つしかなさそうだ。
「ここはもともと移動動物園だったんだが、腰を落ち着ける事になってな・・・」
移動ZOO【ハニー・ポット】はアキと如月が初めて会った場所でもある。
「アキのお蔭で、動物達も元気になって『ふれあいZOO【ハニー・ポット】』と名前を変えてここで再スタートできるようになったんだ・・・」
アキの歩調に合わせながら、如月が園内を案内して歩く。
「あっ!」
キョロキョロと周りを見回していたアキがクマ舎を見つけて走り出した。
「おっ、おい? どうした?」
走り出したアキを追う如月。
アキはクマ舎の中にある檻へと近づいていく。
「そっかぁ。赤ちゃんが生まれたんだねっ! ふふっ、やっばり男の子だったんだぁ」
母グマと仔グマに嬉し気に話しかけるアキ、クマの親子も柵まですり寄って来る。
「アキは動物の言葉が分かるみてぇだな・・・。そう言えば、芙由子もやたら動物が懐いていたな・・・」
「えっ!? お母さんもっ!?」
パッと花が咲いたような笑顔を見せるアキ。
「お母さん・・・、どんな人だったのかなぁ・・・」
顔を知らぬ母に思いを寄せているようだ。
「芙由子は・・・」
如月は軽く空を見上げる。
「アイツは・・・、芯が強くて・・・。儚く脆く・・・、そしてどこまでも優しいヤツだった・・・。アキ・・・、これをお前に・・・」
如月は首からロケットペンダントを外して、アキに手渡した。
ペンダントのチャームトップを押すと、その中には若き日の夏生と在りし日の芙由子の姿が写っている。
「この人が・・・、お母さん・・・。綺麗な人・・・。幸せそうな顔してる・・・」
アキの言葉で如月は心が救われた気がしていた。
(幸せ・・・、だったのか・・・。芙由子・・・)
隣に居るアキがかつての芙由子の姿と重なって見える。
芙由子は何も語らないが、如月に向けて黙って頷いているように見えていた。
「アキ・・・、そいつはお前が持っていろ・・・」
「でも、大切なものじゃ・・・」
「芙由子がお前に引き合わせてくれたんだ。俺はそれだけで十分・・・」
「・・・。大切にします」
アキはロケットペンダントを両手でしっかりと握りしめていた。
その後もカンガルー・フクロウ・ブタ・ロバ・トラの厩舎を次々と見て回り、アキは全ての動物達に話しかけていた。
無論、動物達もアキに近寄り嬉しそうな声を出す。
(本当に会話してるみたいだな・・・)
如月の脳裏には、渋温泉の温水屋で裏庭に芙由子が座っていると猿やリス、鹿などが集まっていた風景が蘇っていた。
(芙由子・・・、見えてるか。アキだぜ・・・)
どれほど時間が過ぎただろうか、動物達の檻を見て回っていたアキのお腹が突然、グーっとなった。
思わず、赤面するアキ。
ワッハッハっと、如月が豪快に笑う。
「もうこんな時間か。そういゃぁ、メシがまだだったな。何が食いたい?」
「あの・・・」
アキは伏し目がちに言う。
「何でも、どこでもいいぜっ! んっ?」
「あの・・・、如月さんと一緒に行きたい所があるの」
勿論、アキが言っているのは【ぱんさー】の事である。
竜馬にだけは、自分の父親として如月を会わせておきたいと思っていたのだ。
「よし、それじゃぁ行くか!」
「はいっ!」
嬉しそうに歩くアキの後ろを如月が追いかける。
「如月さん、お帰りで・・・?」
入口に居た園長が声を掛ける。
「おうっ! 勝手言って悪かったな! でも、ありがとうよ」
上機嫌な如月とアキの後ろ姿を見送りながら、『本日貸切』のプレートを『本日休園』へと架け替える園長。
(しかし・・・、如月さん。また随分若い娘と・・・)
事情を知らない者が見れば確かに誤解を受ける事もあるだろうか。
ようやく【ハニー・ポット】から出て来たアキと如月の後を、間隔を開けて追跡しているのは、渡である。
(今度はどこへ行こうってんだ?)
だが所詮は素人の尾行である、如月が気付かない訳は無い。
(さっきからチョロチョロと・・・。どこかの敵対組織か、それとも・・・萬度か? だが、プロじゃないな・・・)
「アキ、あそこに見える路地まで走れるか?」
如月はアキに小声で囁きかける。
「え・・・、うん!」
如月は言わば裏社会の人間、それを聞いてたアキも緊張する。
「走るぞっ!」
アキの手を取り一気に駆け出す如月。
「えっ!?」
急に走り出した二人を追いかける渡。
手前に見える路地を曲がって駆け込んだ後を追いかけ、渡も路地裏へと飛び込むと・・・
「貴様っ! どこの手のモンだっ!?」
アキを後ろにかくまった如月が鬼のような形相で仁王立ちしていた。
「テメェみたいな三下の尾行に気付かない、二月会の如月だと思ってるのかっ!?」
ドスの効いた怒声に思わず立ち尽くした渡の襟首を掴む。
「あんたこそっ! いい歳して若い娘に手を出すんじゃねぇよっ!」
一瞬は怯んだかに見えた渡だったが、どうやら闘争本能に火がついてしまったようだ。
如月の手を払いのけ、拳を構える。
(ボクシングか? 面白れぇっ!)
両者の視線が火花を散らしてぶつかり合う。
「えっ!? 渡っ!?」
如月の後ろにいたアキが渡に気付き、ヒョイと顔を出す。
「ちょっと待ってっ! 如月さんも渡も落ち着いてっ!」
このままだと殴り合いの喧嘩になりそうな二人の間に割って入るアキ。
「如月さん、同じクラスの早瀬渡君なの。」
そう如月に言った後、直ぐに渡を振り返る。
「渡、この人は如月さん・・・。おばぁちゃんが倒れた時に渋温泉まで送ってくれたの・・・」
互いに紹介された相手を値踏みするように見る。
(早瀬だと・・・、あの早瀬駆の弟ってことか・・・。兄貴よりは骨のありそうな奴だな・・・)
「そうか・・・、そりゃあ、悪かったな・・・」
一方、渡も・・・
(如月って、あの二月会の会長・・・。どうしてアキがそんな奴を知ってるんだ・・・)
「いえ・・・、俺も・・・」
新宿でル・パルファンからの帰り道、暴漢に襲われた際に同じ場所にいた事はあるのだが、暗闇の中だった事もあり二人はその時の事は記憶にないようだ。
互いに憮然とした表情のまま、沈黙の時間が流れていく。
「あっ! そーだ、渡も一緒に【ぱんさー】に行こうよ。ねっ、いいでしょ? 如月さん。わたしお腹すいちゃったしっ!」
その場を取り繕おうとするアキ、致し方無しという顔つきで如月と渡も同調する。
だが、その後に如月と渡との間に会話は無かった。
リンリンリン・・・
【ぱんさー】のドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませっ!」
エプロン姿の竜馬が笑顔で出迎える。
「アキちゃん、久しぶりだね」
「こんにちは。竜馬さん」
久しぶりに竜馬に会ったアキの頬が朱色に染まる。
アキに続いて、渡が入ってくる。
「えっと・・・、君は確か・・・。早瀬君だったかな・・・。(早瀬駆の弟か・・・)」
竜馬は微笑みを絶やさずに話しかける。
「こんにちは」
淡々とした話し方の渡。
竜馬には特につっけんどんな態度を取っている。
そして、最後に如月が店内へと入ると中に居た客が、ぎょっとする。
やはりラフなスタイルであっても二月会会長というオーラが自然に醸し出されているのだろうか。
(二月会の如月じゃないか・・・。どうして、アキちゃんと?)
「いらっしゃいませ」
笑顔は崩さないが、竜馬の目は笑っていない。
早乙女と素早く目配せする竜馬、その視線の先には飛鳥井の姿もある。
コクリ、と頷くと早乙女が自らオーダーを取りにアキ達のテーブルへと向かう。
「アキちゃん、いらっしゃい。今日はお客さん連れてきてくれたんだね」
微笑みながらアキに話かけ、視線を如月に向ける。
「マスター、こちら如月さん。その・・・、おばぁちゃんが倒れた時に、如月さんが渋温泉まで送ってくれて・・・。その・・・、病院まで行ってくれて、おばぁちゃんも助かって・・・。それで知り合って・・・」
アキはジェスチャーを加えながら、あれこれと一生懸命に説明する。
「そうだったんだ。大変だったね。でも、おばぁちゃんも無事で良かったね」
笑みを絶やさず話す早乙女。
(あの如月がこの娘には特別に目をかけているって事か・・・。何かあるな・・・、調べてみるか・・・)
「じゃ、コーヒーとサンドイッチを3人分ね」
「はい、お願いします!」
RrrrRrrr
突然、如月のスマホが鳴り出した。
「おうっ、俺だ!どうした??」
如月の表情に緊張感が走る。
「わかったっ! 直ぐに行くっ!」
電話を切った如月が申し訳なさそうにアキに呟く。
「すまねぇ、野暮用が出来ちまった。またな」
「うん、仕方ないよ・・・」
如月は席を立つとカウンターの居た早乙女に一万円札を渡す。
「足りるか?」
「多すぎますよ。今、お釣りを・・・」
「好きなだけ飲み食いさせてやってくれ」
「それでも・・・」
「それで残ったなら、そこの募金箱にでも入れてくれ」
そういうと、如月は【ぱんさー】を後にする。
その後ろ姿を見送るアキ、少し寂しそうに見えなくもない。
「お待たせ」
アキと渡の分のコーヒーとサンドイッチが運ばれてくる。
気を取り直して、サンドイッチを美味しそうに頬張るアキ。
「なあ・・・、アキ・・・。さっきのアイツだけどさ、二月会って・・・、ヤクザだろ・・・」
渡が言い出しにくそうに話しかける。
「うん・・・。知ってるよ・・・、でもいい人なんだ・・・。やっと会えた・・・」
両手をテーブルの上で組み、夢を見るかのように話すアキを見て渡はそれ以上追及できないでいた。
また、竜馬もこの展開をもどかしく危惧しているようだ。
(如月か・・・。アキちゃん、何もなければいいんだが・・・)
兄が妹を心配するような感覚であろうか。
だが、竜馬の心配は別の形でアキ達の前に立ち塞がる事になる。
先日の事だが、洸児は如月に呼ばれていた。
「何すか? 会長・・・、話って? 早瀬駆のガードに問題でも・・・?」
「まぁ、座れ」
対面に座った洸児にグッと顔を近づける如月、余程の内密な話なのかと身を引き締める。
「これを・・・」
一通の封筒が差し出される、何の変哲も無い普通の封筒に見える。
「これをテルマエ学園の、温水アキに届けろ」
「はぁ・・・!?」
口をあんぐりと開けている洸児。
しかし、はたと思いつく。
「誰っすか? もしかして、会長の・・・?」
洸児はニヤつきながら、右手の小指を立てる。
「馬鹿ヤローっ!! 俺の・・・、娘だ・・・」
怒鳴ったかと思うと、珍しく照れくさそうな表情になる如月。
「姐さんの・・・。芙由子お嬢さんの・・・、会えたんすね・・・」
洸児の顔が綻ぶ。
「とにかく、届けろっ!いいなっ! それと・・・」
如月が一呼吸を置いた。
「アキが俺の娘だって言うことは、誰にも言うな!」
ドスの効いた声、睨みを利かせる眼差しに洸児も言葉を発せずにただ、頷くしかなかった。
「穂波さんって、ここの生徒だったんすね・・・。助かったぁ。ところで、温水アキって娘、知ってますか?」
(こいつ、なぜアキの事を・・・)
渡が過敏に反応する。
「知ってるけど・・・」
「いやぁ、どうやって探そうかって悩んでて・・・。あの、これをその温水アキさんに渡して貰えますか?」
洸児は如月から託された封筒を穂波へと渡す。
「いいけど・・・、何? これ?」
「まぁ、会長からの・・・。ラブ・レターみたいなもんすよ・・・。それじゃっ!」
微妙な笑みを浮かべながら、封筒を穂波に渡すと洸児は脱兎の如く駆け出して瞬く間に姿が見えなくなった。
「如月さんが・・・、アキに・・・ねぇ・・・。まぁ、愛に歳の差は・・・、なんてってか?」
イマイチ腑に落ちない穂波は封筒の中身が気になるようで、ひっくり返してみたり日の光にかざしてみたりしている。
「しかし・・・。なんとも不愛想な封筒だよねぇ、渡・・・?」
振り返った穂波の視線には、怒り心頭に震える渡の姿が映った。
(あれま・・・、こいつは、ひょっとして・・・!)
渡の気持ちがアキに向いている事をふと感じる穂波であった。
教室へと戻った穂波は洸児から託された封筒をアキに手渡す。
「えっ!? 如月さんがわたしに・・・」
こぼれそうな笑みと全身で喜びを表すアキ。
頬もほんのりとビンクに染まっている。
急ぎ封筒を持って自室へと走るアキ、それを見ている渡は心中穏やかとは言い難い表情を浮かべている。
自室へと入ったアキは震えながら封を切る。
その中には、一枚の便せんが入っていた。
便せんを広げるアキ、そこには・・・
『アキへ 〇月〇日 ハニーポットで待つ 如月』
ただ、その一行だけが書いてあった。
如月らしいと言おうか、愛想の欠片も無い文面だが、アキにはそれで十分だった。
(如月さんに・・・、お父さんに会える・・・)
アキは胸が一杯になり、嬉しさがこみあげて来る。
コンコン コンコン
「はい?」
ノックされ、アキはドアを開ける、そこに居たのは穂波だった。
やはり、如月からの手紙という事が気になっていたのだろう。
「アキ・・・、さっきの手紙って・・・」
「見てっ、穂波さん!」
アキは嬉しそうに便せんを見せる。
それを見た穂波の顔色が変わった。
「こ・・・、これはっ!」
「どうしたの? 穂波さん?」
「これは・・・、果たし状っ!? アキ! 心配すんな、助太刀してやる!」
「え・・・??」
確かにあの文面では誤解されても致し方ない所だろう。
アキは穂波に如月が自分の父であった事を嬉しそうに話す。
それを見て、穂波も思う。
(これで、如月さんの背負った十字架も少しは軽くなってくれれば・・・)
そう切に願う穂波、天国の哲也もきっと穂波と同じ思いであっただろう。
アキが如月との待ち合わせ場所、【ハニー・ポット】へといそいそと出かけて行く。
白のシャツワンピにネイビースラックスというラフな服装でもアキは十分に可愛い。
歩く度にボリュームのある胸元が弾む。
(アキ・・・、一体、どんなヤツと会うつもりなんだ・・・)
ラブ・レターの一件が気に掛かって仕方がない渡は距離を取りながら後をつける。
舞い上がっているアキは全く気が付いていない。
「お・・・、如月さん!」
なかなかお父さんとは呼べないアキ。
「おうっ!」
如月が手を振る。
水色のシャツにグレーのチノパン、黒のサングラスというコーディネイトが似合っている。
入口に持たれかけている所などは、なかなか様になっていた。
合流した二人は並んで【ハニー・ポット】へと入って行く。
(ア、 アキッ!)
追いかけて中へ入ろうとした渡だが、入口に居た男に押し止められた。
「今日は貸切なんで、一般の方はご遠慮願います」
改めて見ると、確かに入口に『本日貸切』と書かれたプレートが掛けられている。
「ちっ!」
舌打ちをする渡、口惜しいが外で待つしかなさそうだ。
「ここはもともと移動動物園だったんだが、腰を落ち着ける事になってな・・・」
移動ZOO【ハニー・ポット】はアキと如月が初めて会った場所でもある。
「アキのお蔭で、動物達も元気になって『ふれあいZOO【ハニー・ポット】』と名前を変えてここで再スタートできるようになったんだ・・・」
アキの歩調に合わせながら、如月が園内を案内して歩く。
「あっ!」
キョロキョロと周りを見回していたアキがクマ舎を見つけて走り出した。
「おっ、おい? どうした?」
走り出したアキを追う如月。
アキはクマ舎の中にある檻へと近づいていく。
「そっかぁ。赤ちゃんが生まれたんだねっ! ふふっ、やっばり男の子だったんだぁ」
母グマと仔グマに嬉し気に話しかけるアキ、クマの親子も柵まですり寄って来る。
「アキは動物の言葉が分かるみてぇだな・・・。そう言えば、芙由子もやたら動物が懐いていたな・・・」
「えっ!? お母さんもっ!?」
パッと花が咲いたような笑顔を見せるアキ。
「お母さん・・・、どんな人だったのかなぁ・・・」
顔を知らぬ母に思いを寄せているようだ。
「芙由子は・・・」
如月は軽く空を見上げる。
「アイツは・・・、芯が強くて・・・。儚く脆く・・・、そしてどこまでも優しいヤツだった・・・。アキ・・・、これをお前に・・・」
如月は首からロケットペンダントを外して、アキに手渡した。
ペンダントのチャームトップを押すと、その中には若き日の夏生と在りし日の芙由子の姿が写っている。
「この人が・・・、お母さん・・・。綺麗な人・・・。幸せそうな顔してる・・・」
アキの言葉で如月は心が救われた気がしていた。
(幸せ・・・、だったのか・・・。芙由子・・・)
隣に居るアキがかつての芙由子の姿と重なって見える。
芙由子は何も語らないが、如月に向けて黙って頷いているように見えていた。
「アキ・・・、そいつはお前が持っていろ・・・」
「でも、大切なものじゃ・・・」
「芙由子がお前に引き合わせてくれたんだ。俺はそれだけで十分・・・」
「・・・。大切にします」
アキはロケットペンダントを両手でしっかりと握りしめていた。
その後もカンガルー・フクロウ・ブタ・ロバ・トラの厩舎を次々と見て回り、アキは全ての動物達に話しかけていた。
無論、動物達もアキに近寄り嬉しそうな声を出す。
(本当に会話してるみたいだな・・・)
如月の脳裏には、渋温泉の温水屋で裏庭に芙由子が座っていると猿やリス、鹿などが集まっていた風景が蘇っていた。
(芙由子・・・、見えてるか。アキだぜ・・・)
どれほど時間が過ぎただろうか、動物達の檻を見て回っていたアキのお腹が突然、グーっとなった。
思わず、赤面するアキ。
ワッハッハっと、如月が豪快に笑う。
「もうこんな時間か。そういゃぁ、メシがまだだったな。何が食いたい?」
「あの・・・」
アキは伏し目がちに言う。
「何でも、どこでもいいぜっ! んっ?」
「あの・・・、如月さんと一緒に行きたい所があるの」
勿論、アキが言っているのは【ぱんさー】の事である。
竜馬にだけは、自分の父親として如月を会わせておきたいと思っていたのだ。
「よし、それじゃぁ行くか!」
「はいっ!」
嬉しそうに歩くアキの後ろを如月が追いかける。
「如月さん、お帰りで・・・?」
入口に居た園長が声を掛ける。
「おうっ! 勝手言って悪かったな! でも、ありがとうよ」
上機嫌な如月とアキの後ろ姿を見送りながら、『本日貸切』のプレートを『本日休園』へと架け替える園長。
(しかし・・・、如月さん。また随分若い娘と・・・)
事情を知らない者が見れば確かに誤解を受ける事もあるだろうか。
ようやく【ハニー・ポット】から出て来たアキと如月の後を、間隔を開けて追跡しているのは、渡である。
(今度はどこへ行こうってんだ?)
だが所詮は素人の尾行である、如月が気付かない訳は無い。
(さっきからチョロチョロと・・・。どこかの敵対組織か、それとも・・・萬度か? だが、プロじゃないな・・・)
「アキ、あそこに見える路地まで走れるか?」
如月はアキに小声で囁きかける。
「え・・・、うん!」
如月は言わば裏社会の人間、それを聞いてたアキも緊張する。
「走るぞっ!」
アキの手を取り一気に駆け出す如月。
「えっ!?」
急に走り出した二人を追いかける渡。
手前に見える路地を曲がって駆け込んだ後を追いかけ、渡も路地裏へと飛び込むと・・・
「貴様っ! どこの手のモンだっ!?」
アキを後ろにかくまった如月が鬼のような形相で仁王立ちしていた。
「テメェみたいな三下の尾行に気付かない、二月会の如月だと思ってるのかっ!?」
ドスの効いた怒声に思わず立ち尽くした渡の襟首を掴む。
「あんたこそっ! いい歳して若い娘に手を出すんじゃねぇよっ!」
一瞬は怯んだかに見えた渡だったが、どうやら闘争本能に火がついてしまったようだ。
如月の手を払いのけ、拳を構える。
(ボクシングか? 面白れぇっ!)
両者の視線が火花を散らしてぶつかり合う。
「えっ!? 渡っ!?」
如月の後ろにいたアキが渡に気付き、ヒョイと顔を出す。
「ちょっと待ってっ! 如月さんも渡も落ち着いてっ!」
このままだと殴り合いの喧嘩になりそうな二人の間に割って入るアキ。
「如月さん、同じクラスの早瀬渡君なの。」
そう如月に言った後、直ぐに渡を振り返る。
「渡、この人は如月さん・・・。おばぁちゃんが倒れた時に渋温泉まで送ってくれたの・・・」
互いに紹介された相手を値踏みするように見る。
(早瀬だと・・・、あの早瀬駆の弟ってことか・・・。兄貴よりは骨のありそうな奴だな・・・)
「そうか・・・、そりゃあ、悪かったな・・・」
一方、渡も・・・
(如月って、あの二月会の会長・・・。どうしてアキがそんな奴を知ってるんだ・・・)
「いえ・・・、俺も・・・」
新宿でル・パルファンからの帰り道、暴漢に襲われた際に同じ場所にいた事はあるのだが、暗闇の中だった事もあり二人はその時の事は記憶にないようだ。
互いに憮然とした表情のまま、沈黙の時間が流れていく。
「あっ! そーだ、渡も一緒に【ぱんさー】に行こうよ。ねっ、いいでしょ? 如月さん。わたしお腹すいちゃったしっ!」
その場を取り繕おうとするアキ、致し方無しという顔つきで如月と渡も同調する。
だが、その後に如月と渡との間に会話は無かった。
リンリンリン・・・
【ぱんさー】のドアベルが鳴る。
「いらっしゃいませっ!」
エプロン姿の竜馬が笑顔で出迎える。
「アキちゃん、久しぶりだね」
「こんにちは。竜馬さん」
久しぶりに竜馬に会ったアキの頬が朱色に染まる。
アキに続いて、渡が入ってくる。
「えっと・・・、君は確か・・・。早瀬君だったかな・・・。(早瀬駆の弟か・・・)」
竜馬は微笑みを絶やさずに話しかける。
「こんにちは」
淡々とした話し方の渡。
竜馬には特につっけんどんな態度を取っている。
そして、最後に如月が店内へと入ると中に居た客が、ぎょっとする。
やはりラフなスタイルであっても二月会会長というオーラが自然に醸し出されているのだろうか。
(二月会の如月じゃないか・・・。どうして、アキちゃんと?)
「いらっしゃいませ」
笑顔は崩さないが、竜馬の目は笑っていない。
早乙女と素早く目配せする竜馬、その視線の先には飛鳥井の姿もある。
コクリ、と頷くと早乙女が自らオーダーを取りにアキ達のテーブルへと向かう。
「アキちゃん、いらっしゃい。今日はお客さん連れてきてくれたんだね」
微笑みながらアキに話かけ、視線を如月に向ける。
「マスター、こちら如月さん。その・・・、おばぁちゃんが倒れた時に、如月さんが渋温泉まで送ってくれて・・・。その・・・、病院まで行ってくれて、おばぁちゃんも助かって・・・。それで知り合って・・・」
アキはジェスチャーを加えながら、あれこれと一生懸命に説明する。
「そうだったんだ。大変だったね。でも、おばぁちゃんも無事で良かったね」
笑みを絶やさず話す早乙女。
(あの如月がこの娘には特別に目をかけているって事か・・・。何かあるな・・・、調べてみるか・・・)
「じゃ、コーヒーとサンドイッチを3人分ね」
「はい、お願いします!」
RrrrRrrr
突然、如月のスマホが鳴り出した。
「おうっ、俺だ!どうした??」
如月の表情に緊張感が走る。
「わかったっ! 直ぐに行くっ!」
電話を切った如月が申し訳なさそうにアキに呟く。
「すまねぇ、野暮用が出来ちまった。またな」
「うん、仕方ないよ・・・」
如月は席を立つとカウンターの居た早乙女に一万円札を渡す。
「足りるか?」
「多すぎますよ。今、お釣りを・・・」
「好きなだけ飲み食いさせてやってくれ」
「それでも・・・」
「それで残ったなら、そこの募金箱にでも入れてくれ」
そういうと、如月は【ぱんさー】を後にする。
その後ろ姿を見送るアキ、少し寂しそうに見えなくもない。
「お待たせ」
アキと渡の分のコーヒーとサンドイッチが運ばれてくる。
気を取り直して、サンドイッチを美味しそうに頬張るアキ。
「なあ・・・、アキ・・・。さっきのアイツだけどさ、二月会って・・・、ヤクザだろ・・・」
渡が言い出しにくそうに話しかける。
「うん・・・。知ってるよ・・・、でもいい人なんだ・・・。やっと会えた・・・」
両手をテーブルの上で組み、夢を見るかのように話すアキを見て渡はそれ以上追及できないでいた。
また、竜馬もこの展開をもどかしく危惧しているようだ。
(如月か・・・。アキちゃん、何もなければいいんだが・・・)
兄が妹を心配するような感覚であろうか。
だが、竜馬の心配は別の形でアキ達の前に立ち塞がる事になる。
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