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第37話 因縁の血族

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「あっちゃぁぁぁ、見つけちゃったよぉ」
嬉しそうにノートパソコンの画面を見ているのは、ヤミである。

「ドウシタ・・・?」
「ほらぁ、これ見て!」
「・・・!」
画面を見た孫の顔色が見る見る内に変わった。

「アイツ、連レテ来イッ! 今、スグダッ!」
「アイアイサーッ! セルゲイも行こうよぉ~」
「・・・」
セルゲイは孫を見る、孫が微かに頷いたのを見てヤミとともに部屋を出て行く。

「フザケヤガッテッ!!」
孫の顔は激しい怒りに満ちている。

「カロロスもソウダガ・・、今度ハ・・・」


孫が苛立ってるにはもう一つ理由があった。
先日の黄大人の逮捕もそうだが、ミケネスの上位将軍より渋温泉の埋蔵金発掘を阻止されたのだ。

それは、フランスのカロロス・ゴールからの建議だった。
無論、孫は懇意であるロシアを巻き込んで何とかしようとしていたのだが、カロロスは他の4人を纏めており、5対2で押し切られていたのだ。

なぜ、カロロスが動いたのか?
そこには、ケリアンが大きく関わっていた。
ケリアンはカロロスが送り込んだエージェントである。

孫が渋温泉に執着していることを不信がったカロロスがその調査の為に送り込んだのだが、ケリアンは日本の温泉文化をそのまま残す方が組織へのメリットも大きいと説得をしたのである。
その裏には、カロロスと孫が互いに相容れない関係をずっと続けて来た事も背景にあった。
また、カロロスも背任横領で逃亡したとは言え、やはり日本には思い入れもあったのだろう。



一時間もしないうちに孫の下へと連れて来られた者がいる。
マンゴローブである。


「どうしたんですかぁ、孫会長? 新しいブツが入って来るとかぁ?」
「オ前、何者ダ!」
(まさか気付かれたのか・・・、いや、そんな事はないだろう。ブラフか・・・?)

萬度に潜入するにあたって、マンゴローブの過去は全て警視庁だけではなく各官庁のデータも消去されている。
つまり、矢板さくらの高校卒業までと、マンゴローブとしてベティのケチャップを始めてからのものしか無い筈なのだ。

「ふっふっふっ、謎は全て溶けたのだよ。ヒントは3っ!」
ヤミが嬉しそうに笑っている。

(どんなに天才的なハッカーでも無い物は見つけられない筈・・・)
「あーら、何かしらぁ? アタクシもちょっと興味ありそう・・・」
ここで動揺すれば相手の思うツボである、知らぬ存ぜぬで押し通す以外に方法は無い。

「矢板さくらのデータは18歳まで、マンゴローブのデータはここ数年しかない・・・。果たして、その空白期間、キミはどこで何をしていたのかなぁ?」
「だからぁ、お店を持つ為の資金作りで色々と仕事を掛けもってぇ・・・」
「タイに行った事は・・・?」
ヤミがニヤリと笑った。

(タイ・・・。何を掴んだか知れんが、パスポートの記録も抹消されている筈・・・)
「アタクシ、海外旅行の経験だけは御座いませんのよぉ」

「では、最後のヒントは・・・っ! ムエタイですっ!」
(ムエタイ・・・?  まさか・・・!?)
マンゴローブに一瞬だが焦りの色が浮かんだ。

「そうなんだよね~。日本国内のデータは全て消したんだもんね、警察官としての・・・(笑)」
ヤミは喜々として話を続ける。

「でも、タイ警察にはちゃんと残ってたよぉ。矢板さくらって名前の日本人警察官が武術交流でタイに来たってねぇ~」

「っ!?  まさか、そこまでっ!?」
「ハッカーを甘く見て貰っちゃ困るなぁ~」
「遊ビハ、終ワリダッ!」
振り返ろうとした瞬間、後ろに立っていたセルゲイが両手を組み合わせて力の限りで振り下ろす。

「ガハッ!」

一瞬にして視界を失い、痛みを感じる間も無くマンゴローブは意識を失った。
「ヤハリ潜伏先ヲ、幾ツカ掛持チニ・・・。ソレト・・・」
孫はセルゲイを手招きして呼ぶ。

「ベテイノケチャップ・・・。何人カ攫ってコイ・・・」
セルゲイがニヤリと笑った。

そして、孫の足取りは全く掴めなくなってしまったのだ。



渋温泉から戻ったゆかりは慎重に言葉を選びながらミネルヴァへの報告を行っていた。

「温水さんが、まさか・・・」
「そうか・・・、儂の孫だったか・・・。やはり・・・な」
「学園長、如月の事は・・・」
「無論、知っておったよ。夏生と名付けたのは儂だ・・・。永田町で再会した時は目を疑ったがな」


二月会を継いだ如月は、先代の如月猛の後釜として裏社会を生き抜く為に大臣の座にあった須貝秀儀にも様々な面で協力していた。
そして、田部泰三の死去に伴う葬儀の席で須貝からミネルヴァへと紹介されたのだ。



「ミネルヴァさん、これが二月会を継いだ如月です」
「初めまして、如月夏生です」
(夏生だと・・・)
ミネルヴァの記憶が呼び起こされる。

「如月の名を継ぐ前の姓は・・・?」
「温水・・・」
「出身は?」
「長野・・・。渋温泉・・・ですが?」
「そうか・・・。良い目をしておる、儂の若いころのようだ・・・。須貝さん?」
「・・・?」
「この如月、儂に預からして貰おう」
ミネルヴァの目に恫喝の色が浮かんだ。

「わっ・・・、私に依存は・・・」

こうして、如月とミネルヴァの関係が始まったのである。



「それと・・・、星野さんの事ですが・・・」
「そうか・・・、徳さんの曾孫だったとはな・・・。そう言えば本名すら聞いておらなんだ・・・」
ミネルヴァの顔に遠くを思い出すような望郷の色が浮かぶ。

「だが・・・。真田の血筋とはな・・・、皮肉なものだ・・・」
「温水さんは徳川の血筋とはっきりしましたが、他の7人が全て・・・」
「関ケ原の西側についた者の末裔とは・・・。果たして歴史は儂に何をさせようというのか・・・」
「・・・」
学園長室に沈黙の時が流れた。


「ゆかりくん」
「はい?」
「これからも宜しく頼むよ」
「承知しております」
ゆかりは恭しく頭を下げ、学園長室を後にする。

(学園長、次は私に何をさせようとしているの・・・)
一抹の不安を感じるゆかりであった。

そして・・・

「儂の・・・、一族の悲願・・・。徳川幕府の再興は近い・・・」
ミネルヴァの顔に悪魔のような微笑が浮かんでいた。



フルブラックのメルセデスベンツがテルマエ学園の正門に乗り付ける。

「ありがとう・・・、お・・・。如月さん・・・」
まだ如月を父と呼ぶのに抵抗のあるアキ。

「送って頂いて、ありがとうございました」
七瀬の言葉には、まだ刺が感じられる。

「ああ・・・」
二人を降ろして、如月は車を発進させる。
そして、いつも以上の鋭い目つきに変わっていた。
果たしてこれから何をするつもりなのだろうか・・・



車から降りた二人を葵が玄関で待っていた。

「大変だったな・・・、温水・・・。星野もご苦労だった・・・。お帰り・・・」
「葵先生・・・」
目に涙をいっぱい溜めるアキの横で、七瀬は照れ笑いしながら言う。

「ただいま戻りました」
「星野は部屋に戻っていろ。温水、ちょっと良いか・・・」
葵はアキを別室へと連れて行く。
そこで葵とアキは二人っきりになり、葵が口を開いた。

「温水・・・、お婆さんが助かって本当に良かったな・・・。たった一人の身内なんだろう・・・」
葵の優しさが身に染みたアキ。

「葵先生・・・、お話があります・・・」
如月の事を話すべきか迷いを感じていたが思い切って葵に話そうとアキは心を決めた。



渋温泉から戻る車中での事・・・
ふと、アキが目を覚ます。

どうやら、もう東京へと入っているようだった。
七瀬はまだ隣で寝息を立てている。
アキが目を覚ました事に気付いた如月が静かに話しかけてきた。

「なあ、嬢ちゃ・・、いや アキ。俺が父親だって事は誰にも言わない方がいい・・・」
「えっ、どうして・・・?」
せっかく親子と分かったのに・・・、と如月の考えが分からないアキ。

「俺は二月会の会長。つまり、ヤクザだ・・・」
「・・・」
「俺がお前の父親だって知れ渡ると、お前やお前の友達まで迷惑を掛ける事だってあるんだ・・・。だから、誰にも言わない方が・・・。分かるな・・・」
ルームミラーに写る如月の目は真剣そのものだった。
自分の為に死んだ哲也の事を思い出しているのだろう・・・

「うん、分かった・・・。如月・・・さん」
アキも素直に頷いている。

(あたしも分かったよ・・・、アキ。そして・・・)
途中から七瀬も目を覚ましていたのだが、眠り続けるフリをし続けていたのだった。



「そうか・・・」
葵は首肯しながらアキの話を聞いている。

「二月会っていう所の会長で・・・。その、ヤクザって言うのか・・・。如月さんが。わたしの・・・。お父さんって知って・・・」
アキはしどろもどろに話す。

「その・・・、お父さんが皆に迷惑になるからって。言っちゃだめって、それで先生にも・・・」
アキの話をじっと聞く葵。

(深い事情があるようだな・・・。温水・・・)
そして口を開く葵。

「分かった。心配するな・・・、誰にも言わない」
アキの目をしっかりと見て約束する葵。

「さぁ、皆の所へ行って来いっ! 【ムーラン・ルージュ】のリーダーとしてっ!」
「・・・、はいっ!」

アキは葵に話した事で心が落ち着いたのだろう、いつもの笑顔になって教室へと走って行った。



教室ではあらかたの事情が七瀬の口から皆に伝えられていた。
無論、如月の事は名前すらも出していない。
アキが教室に入ると、皆が温かくアキを出迎える。

「お婆ちゃん、無事でよかったね」
「アキちゃん、いないと寂しくて・・・」
「新しい曲、届いたんだよっ!」
「リーダー無しだと、盛り上がらなくってさぁ」
皆が口々に言う言葉にアキはハルの言葉を思い出す。


「まだまだあんたの世話になるほど耄碌してないよ。それよりもアキ、あんたにはもっと大切な事があるんじゃないのかい」
「あんたの帰りを待ってる仲間がいるだろう」
「あたしはあんたをそんな無責任な娘に育てた覚えはないよ」
「やる事全部を成し遂げてから、渋温泉に帰っておいで・・・」


(そうだ、わたし・・・。まだまだやる事がいっぱいあるんだ!)
大切な仲間達と一緒に大きな目標を目指せる幸福感がアキを包み込む。

(ここに居る事、それが一番の幸せなんだ・・・)
自分の居場所をはっきりと見つけ出したアキ、着実に大きく成長していたのである。


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