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第36話 過去との惜別
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20年ほど前の事である。
ここ温水屋に一人の女性客が逗留していた。
生まれつき体が弱く普通に生活をしていく事が辛い娘を哀れんだ父が温泉地での逗留をさせていたのだった。
そしてその女性客は、温水屋の長男であった夏生と恋に落ちる。
ハルは母親代わりとして育ててきた夏生には普通に結婚し、この温水屋を継いで貰いたいと考えていた為、猛反対するが夏生の意志は強かった。
そして、一年後にアキが生まれたのである。
娘の誕生に大喜びする夏生、だが運命は残酷にも芙由子の命を奪っていったのだ。
まるで、アキの誕生と引き換えであるかのように・・・
更に夏生に大きな波が打ち付けられた。
それは、東京にいる義父が不慮の死を遂げたのである。
そして、東京よりの使者が義父の遺言を持ってここを訪れる。
「会を継げと・・・」
「会長の御遺言です・・・」
「死因は?」
「出血死・・・」
「事故・・・、ですか?」
「いえ・・・、奴らにっ!」
義父の名は、如月睦月(きさらぎむつき)。
東京 新宿に拠点を置く二月会の初代会長である。
「なぜ、俺を後目に・・・。あんた達だっているだろう・・・」
「会長は・・・、芙由子お嬢さんが選んだ男なら間違いない・・・と、今際の際まで・・・」
「そう・・・、か・・・」
(芙由子・・・、俺は・・・)
夏生は芙由子から父親の事は聞き及んでおり、一度だけ面識がある。
その時、義父から中国系の犯罪集団が横浜を拠点にして少しずつ勢力を広げようとしている話を聞いていた。
「それを防げるのは俺達しかいない・・・」
強い意志を感じされる口調だった。
「俺にも何か出来る事は」
「夏生さん、あんたは芙由子を幸せにしてやってくれ。俺はその為に奴らと戦う」
毅然とした態度、任侠とはきっとこういうものなのだろうと夏生は感銘を受けた。
その義父が不慮の死を遂げたのであれば、今やるべき事は一つと心を決めたのだった。
「母さん・・・」
アキを抱いた夏生がハルの部屋に入る。
「夏生・・・、好きにしな。どうせ止めても無駄だろう」
「アキを・・・、アキを頼みます」
あーあーと、両手を目いっぱい伸ばして甘えるアキをハルに託す夏生。
「斎藤先生を介して、養子縁組の手続きをお願いしてあります。この子は・・・」
夏生の目から大粒の涙が止め処なく零れ落ちる。
「この子は、温水アキ・・・。俺は・・・、如月夏生・・・!」
こうして生まれたばかりのアキはハルの手に委ねられたのである。
その時、部屋の前の廊下で成り行きを見守っていた弥生も涙が止まらなかった。
二月会二代目会長となる為に東京へと向かう夏生、その後ろ姿をじっと見つめるハル。
「因果かねぇ・・・。二度も子供を引き受ける事になるなんて・・・」
「女将さん・・・」
「弥生さん、この事はあたし達だけの秘密に・・・。アキには絶対に話しちゃいけないよ・・・」
「・・・、はい」
きゃっきゃっと声を上げて笑うアキを見て、ハルが呟く。
「アキ・・・。あんたを立派な女将に育ててあげるよ。何も心配しなくていいんだよ」
ハルの表情が固くなり、そして悲哀に満ちた。
「アキ、この如月夏生が・・・。お前の父親だよ・・・」
如月は黙ったまま視線を外す。
「如月さんが・・・、わたしのお父さん・・・」
驚きと嬉しさの入り混じった不思議な気持ちのアキ。
「どうして・・・、今まで・・・」
アキの眼差しがハルに向いていた。
「アキ・・・。お前を誰にも渡したくなかった。あたしの我儘って事は十分わかってたけど・・・、お前はあたしにとっての孫・・・。いや、娘なんだよ・・・」
顔を横に向けるハル、とても言葉が続けられないのだろう。
「アキちゃん、女将さんの気持ち・・・、分かってあげて。あなたが大切だったのよ・・・。だから・・・」
奈美がハルの気持ちを慮って言葉を繋ぐ。
「うんっ。わかってるよ、奈美さん。だって、わたしもおばぁちゃんが大好きだもん」
アキは大きく頷くと晴れやかな笑顔を見せる。
(アキ・・・、ありがとうよ・・・)
ハルの呟く声はアキには聞こえなかっただろう。
そして、ハルの頬を一筋の涙が伝った事も・・・
「わたし、おばぁちゃんが退院するまでここに居るから安心してね」
アキの言葉はハルにとって何よりも価値のある一言であった、そしてそのままこの言葉に甘えたいと思ったのも真実である。
だが、ハルはキッとアキを見つめ直した。
「まだまだあんたの世話になるほど耄碌してないよ。それよりもアキ、お前にはもっと大切な事があるんじゃないのかい」
「おばぁちゃんより大切な事なんて、ある訳ないよ」
アキもハルをしっかりと見つめて言う。
「お前の帰りを待ってる仲間がいるだろう」
ハルの言葉を聞き、【ムーラン・ルージュ】の皆の顔が脳裏に浮かぶ。
「あたしはお前をそんな無責任な娘に育てた覚えはないよ」
「おばぁちゃん・・・」
「やる事全部を成し遂げてから、渋温泉に帰っておいで・・・」
ハルは今までに誰にも見せた事のない柔和な笑顔を見せていた。
「アキさん、私も付いてますから。心配しないで下さい」
いつも自分を支えてくれていた弥生の言葉が頼もしく思えていた。
「ハァ、ハァッ! 女将さんはっ!」
ドアを勢いよく開けて飛び込んで来たのは、二人分の荷物を持った七瀬である。
「何ですか七瀬っ! ここは病院ですよっ!」
「でも、姉貴・・・っ! ア・・・、アキッ!? やっばりここに来てたんだ」
姉に窘められるも元気そうなハルとアキの姿を見て急に力が抜ける七瀬だったが、この場にそぐわない如月の姿を見て一瞥する。
「姉貴・・・、誰っ!? こいつっ!?」
「七瀬っ、わたしのお父さんよっ!」
「えっ!?」
アキの言葉に驚く七瀬。
アキはこれまでに見た事が無い程、嬉しそうな表情を浮かべている。
「お・・・、父さ・・・ん? 誰が?」
改めて病室を見回す七瀬、だがその人物と思われるのは・・・
「まっ、まさか・・・。このガラの悪いヤクザが・・・」
七瀬の指さした先で如月が視線を逸らせる。
ニコニコと頷くアキと如月を何度も見比べていた七瀬がツカツカと如月に近寄った。
「どうして、今までアキに会いに来てくれなかったんですかっ!?」
自分の娘と同じ歳の美少女に詰め寄られ狼狽する如月。
「そ・・・、それは・・・」
「いつもアキは自分のお父さんとお母さんの事は聞いちゃいけないんだって我慢してたんです」
アキと幼馴染の七瀬は、そんなアキの姿をずっと見て来た。
そして、5年前には不幸な事故で両親と姉を亡くしているのである。
生きているのに連絡もよこさなかったのは当然、許せないのだろう。
「七瀬っ! いい加減にしなさいっ!」
見かねた奈美が七瀬と如月の間に割って入る。
「でも・・・」
「人にはそれぞれ事情があるものよ。温水さんの家の話に私達は口出しするべきではないわっ!」
「それは・・・、そうだけど・・・」
いつもの奈美からは想像できない強い口調に思わず口ごもる七瀬。
「七瀬・・・。もう、いいの・・・。お父さんがいるって分かっただけで、わたし嬉しくて・・・」
「アキ・・・」
素直に喜びに溢れているアキの顔を見て、七瀬は何も言えなくなっていた。
「さて・・・」
黙って様子を見ていたハルが七瀬に声を掛ける。
「七瀬ちゃん、あんたもアキと一緒にやらなきゃいけない事があるんじゃないのかい」
ハっとする表情の七瀬。
「アキ、七瀬ちゃんと東京に戻りなさい。七瀬ちゃん、アキを頼むよ」
ハルの言葉を聞き、二人は顔を見合わせ頷きあう。
「あたしだってまだまだ。それに奈美さんも弥生さんも居るんだよ。お前達はまっすぐ、前に進みな!」
奈美と弥生も微笑みながら頷いている。
「それと、夏生っ!」
ハルの視線が如月に向けられた。
「アキと七瀬ちゃんを東京まで届けなっ! いいねっ!」
「わかった・・・」
一言で数百人を動かす二月会の会長もハルにかかっては、形無しのようだ。
「それとお前には、もう一つだけ話がある・・・」
ハルの心中を察した奈美と弥生がアキと七瀬を病室から連れ出した。
病室で二人っきりになったハルと如月・・・
(なんて顔をしてやがる・・・)
先ほどの自分がアキの父親である事を明かした時を更に超える厳しい表情のハルが話し出した。
「夏生、最後に一つだけ言っておくことがある。この話はあたしが墓場まで持っていくつもりだったんだが・・・、耄碌したもんだよ」
「何だ・・・?」
「あんたの父親の話だよ・・・。あんただって、あたしが実の親じゃない事くらい気付いてたんだろ・・・」
「俺の親父だと・・・。そんなもん・・・」
如月の表情が歪む。
(俺にとっては、あんたが母でいてくれたら、それでいい・・・)
「あんたの父親も生きてるよ」
「すまないが、興味のない話だ・・・」
「峰流馬、それが本名・・・。今はミネルヴァと名乗ってるそうだよ」
「なっ、何だとっ!? ミネルヴァだとっ!」
聞かされた真実に驚愕する如月。
「どうやら知ってるようだね・・・。ミネルヴァを・・・」
ハルは静かに話を続ける。
「俺を捨てた親父が、ミネルヴァなのかっ!?」
思わず激昂する如月。
「何、言ってるんだいっ! お前もあんたの親父と同じ事をアキにしたんだよっ!!」
ハルの言葉は如月の胸にグサリと突き刺さった。
(そうだな・・・。俺はアキに、娘に同じ事をしていたんだ・・・)
如月は慟哭する。
ハルの言葉で、如月夏生が温水夏生に戻った一瞬だった。
(ふうぅ・・・)
耳からイヤホンを外したゆかりが、大きなため息をついた。
(何てこと、あの如月が学園長の息子だったなんて・・・。しかも、その娘が温水アキ・・・、だから痣が三つ葉葵だったのね・・・。道理で・・・)
あの映像を見た時にアキの痣を見てミネルヴァが異様な喜びを見せた事を思い出すゆかりであった。
(学園長の孫娘か・・・、ここは収穫がありすぎたわ・・・)
ゆかりは音声を録音したタブレット端末の電源を切り、人知れず渋温泉を後にした。
一方、アキと七瀬は、如月の運転する車の後部座席に並んで座っている。
アキはハルから聞いた自分と如月に纏わる話を掻い摘んで話し、七瀬も渋々ながら納得するしかないようだ。
黙々と車の運転を続ける如月がふと、ルームミラーを見る。
(二人とも、さぞかし疲れただろうな・・・)
今日一日で色々な事がありすぎて疲れたのだろう、アキと七瀬は静かに寝息を立てていた。
ミラーに写るアキの寝顔を何度も何度も見る如月。
(アキ・・・、お前の眼差しは芙由子にそっくりだぜ・・・。今まで忘れちまってたが。お前のお母さんと全く同じだ・・・)
平和で幸せだった日々、芙由子との愛情に満ち溢れていた生活が頭の中に次々と浮かんでは消えて行く。
娘のアキを改めて愛おしく感じ始めた事を如月は認めていた。
車は静かに高速を走り続ける、東京へと向かって・・・
如月とアキ、18年間の垣根を越えて父と娘は一体何を感じ、そして何を思うのであろうか・・・
アキと七瀬が東京へと戻っている頃、アイドル甲子園の第一回戦が終わり不戦勝となっていた【ムーラン・ルージュ】の対戦相手が決まった。
「山口代表・・・」
優奈の顔が引きつる。
「ぱふぱふパッファー・・・」
汐音が皆を見回す。
「楽曲はっ!?」
葵が涼香を振り返る。
「ついさっき届きました」
涼香が楽譜を見てメロディーを口ずさむ。
「うん、良い感じじゃない。曲名は?」
萌の問いに涼香が答える。
「真紅の翼っ!」
「よし、行けるぞっ!」
葵が高らかに笑った。
同じ頃、DODOTVでは・・・
「ぱふぱふパッファー。なんか薹が立ってる感じだなぁ、こりゃ余裕で勝利かぁ」
三橋は余裕を見せている。
「でも、一回戦を勝ち残ったんですよぉ」
すずは少し不安そうだ。
「【ムーラン・ルージュ】はこれが初戦ですからねぇ」
岩田も不安げに言う。
「しかも、県の観光大使ってことは・・・」
三波の言葉がとどめになったのだろうか。
「わあぁぁぁぁっ!」
三橋はあの開運グッズの積まれたデスクに駆け寄り、一心不乱に拝みだした。
「・・・、三波さん」
「なに?」
「三橋さんの開運グッズ、なんだか増えてません?」
「・・・そう言えば」
「すいませーん、三橋さんに通販のお届けでーす」
いくつもの箱を台車に載せた配送員がドアを開けて入って来る。
三波達は顔を見合わせて、ため息をつくしかなかったようだ。
ここ温水屋に一人の女性客が逗留していた。
生まれつき体が弱く普通に生活をしていく事が辛い娘を哀れんだ父が温泉地での逗留をさせていたのだった。
そしてその女性客は、温水屋の長男であった夏生と恋に落ちる。
ハルは母親代わりとして育ててきた夏生には普通に結婚し、この温水屋を継いで貰いたいと考えていた為、猛反対するが夏生の意志は強かった。
そして、一年後にアキが生まれたのである。
娘の誕生に大喜びする夏生、だが運命は残酷にも芙由子の命を奪っていったのだ。
まるで、アキの誕生と引き換えであるかのように・・・
更に夏生に大きな波が打ち付けられた。
それは、東京にいる義父が不慮の死を遂げたのである。
そして、東京よりの使者が義父の遺言を持ってここを訪れる。
「会を継げと・・・」
「会長の御遺言です・・・」
「死因は?」
「出血死・・・」
「事故・・・、ですか?」
「いえ・・・、奴らにっ!」
義父の名は、如月睦月(きさらぎむつき)。
東京 新宿に拠点を置く二月会の初代会長である。
「なぜ、俺を後目に・・・。あんた達だっているだろう・・・」
「会長は・・・、芙由子お嬢さんが選んだ男なら間違いない・・・と、今際の際まで・・・」
「そう・・・、か・・・」
(芙由子・・・、俺は・・・)
夏生は芙由子から父親の事は聞き及んでおり、一度だけ面識がある。
その時、義父から中国系の犯罪集団が横浜を拠点にして少しずつ勢力を広げようとしている話を聞いていた。
「それを防げるのは俺達しかいない・・・」
強い意志を感じされる口調だった。
「俺にも何か出来る事は」
「夏生さん、あんたは芙由子を幸せにしてやってくれ。俺はその為に奴らと戦う」
毅然とした態度、任侠とはきっとこういうものなのだろうと夏生は感銘を受けた。
その義父が不慮の死を遂げたのであれば、今やるべき事は一つと心を決めたのだった。
「母さん・・・」
アキを抱いた夏生がハルの部屋に入る。
「夏生・・・、好きにしな。どうせ止めても無駄だろう」
「アキを・・・、アキを頼みます」
あーあーと、両手を目いっぱい伸ばして甘えるアキをハルに託す夏生。
「斎藤先生を介して、養子縁組の手続きをお願いしてあります。この子は・・・」
夏生の目から大粒の涙が止め処なく零れ落ちる。
「この子は、温水アキ・・・。俺は・・・、如月夏生・・・!」
こうして生まれたばかりのアキはハルの手に委ねられたのである。
その時、部屋の前の廊下で成り行きを見守っていた弥生も涙が止まらなかった。
二月会二代目会長となる為に東京へと向かう夏生、その後ろ姿をじっと見つめるハル。
「因果かねぇ・・・。二度も子供を引き受ける事になるなんて・・・」
「女将さん・・・」
「弥生さん、この事はあたし達だけの秘密に・・・。アキには絶対に話しちゃいけないよ・・・」
「・・・、はい」
きゃっきゃっと声を上げて笑うアキを見て、ハルが呟く。
「アキ・・・。あんたを立派な女将に育ててあげるよ。何も心配しなくていいんだよ」
ハルの表情が固くなり、そして悲哀に満ちた。
「アキ、この如月夏生が・・・。お前の父親だよ・・・」
如月は黙ったまま視線を外す。
「如月さんが・・・、わたしのお父さん・・・」
驚きと嬉しさの入り混じった不思議な気持ちのアキ。
「どうして・・・、今まで・・・」
アキの眼差しがハルに向いていた。
「アキ・・・。お前を誰にも渡したくなかった。あたしの我儘って事は十分わかってたけど・・・、お前はあたしにとっての孫・・・。いや、娘なんだよ・・・」
顔を横に向けるハル、とても言葉が続けられないのだろう。
「アキちゃん、女将さんの気持ち・・・、分かってあげて。あなたが大切だったのよ・・・。だから・・・」
奈美がハルの気持ちを慮って言葉を繋ぐ。
「うんっ。わかってるよ、奈美さん。だって、わたしもおばぁちゃんが大好きだもん」
アキは大きく頷くと晴れやかな笑顔を見せる。
(アキ・・・、ありがとうよ・・・)
ハルの呟く声はアキには聞こえなかっただろう。
そして、ハルの頬を一筋の涙が伝った事も・・・
「わたし、おばぁちゃんが退院するまでここに居るから安心してね」
アキの言葉はハルにとって何よりも価値のある一言であった、そしてそのままこの言葉に甘えたいと思ったのも真実である。
だが、ハルはキッとアキを見つめ直した。
「まだまだあんたの世話になるほど耄碌してないよ。それよりもアキ、お前にはもっと大切な事があるんじゃないのかい」
「おばぁちゃんより大切な事なんて、ある訳ないよ」
アキもハルをしっかりと見つめて言う。
「お前の帰りを待ってる仲間がいるだろう」
ハルの言葉を聞き、【ムーラン・ルージュ】の皆の顔が脳裏に浮かぶ。
「あたしはお前をそんな無責任な娘に育てた覚えはないよ」
「おばぁちゃん・・・」
「やる事全部を成し遂げてから、渋温泉に帰っておいで・・・」
ハルは今までに誰にも見せた事のない柔和な笑顔を見せていた。
「アキさん、私も付いてますから。心配しないで下さい」
いつも自分を支えてくれていた弥生の言葉が頼もしく思えていた。
「ハァ、ハァッ! 女将さんはっ!」
ドアを勢いよく開けて飛び込んで来たのは、二人分の荷物を持った七瀬である。
「何ですか七瀬っ! ここは病院ですよっ!」
「でも、姉貴・・・っ! ア・・・、アキッ!? やっばりここに来てたんだ」
姉に窘められるも元気そうなハルとアキの姿を見て急に力が抜ける七瀬だったが、この場にそぐわない如月の姿を見て一瞥する。
「姉貴・・・、誰っ!? こいつっ!?」
「七瀬っ、わたしのお父さんよっ!」
「えっ!?」
アキの言葉に驚く七瀬。
アキはこれまでに見た事が無い程、嬉しそうな表情を浮かべている。
「お・・・、父さ・・・ん? 誰が?」
改めて病室を見回す七瀬、だがその人物と思われるのは・・・
「まっ、まさか・・・。このガラの悪いヤクザが・・・」
七瀬の指さした先で如月が視線を逸らせる。
ニコニコと頷くアキと如月を何度も見比べていた七瀬がツカツカと如月に近寄った。
「どうして、今までアキに会いに来てくれなかったんですかっ!?」
自分の娘と同じ歳の美少女に詰め寄られ狼狽する如月。
「そ・・・、それは・・・」
「いつもアキは自分のお父さんとお母さんの事は聞いちゃいけないんだって我慢してたんです」
アキと幼馴染の七瀬は、そんなアキの姿をずっと見て来た。
そして、5年前には不幸な事故で両親と姉を亡くしているのである。
生きているのに連絡もよこさなかったのは当然、許せないのだろう。
「七瀬っ! いい加減にしなさいっ!」
見かねた奈美が七瀬と如月の間に割って入る。
「でも・・・」
「人にはそれぞれ事情があるものよ。温水さんの家の話に私達は口出しするべきではないわっ!」
「それは・・・、そうだけど・・・」
いつもの奈美からは想像できない強い口調に思わず口ごもる七瀬。
「七瀬・・・。もう、いいの・・・。お父さんがいるって分かっただけで、わたし嬉しくて・・・」
「アキ・・・」
素直に喜びに溢れているアキの顔を見て、七瀬は何も言えなくなっていた。
「さて・・・」
黙って様子を見ていたハルが七瀬に声を掛ける。
「七瀬ちゃん、あんたもアキと一緒にやらなきゃいけない事があるんじゃないのかい」
ハっとする表情の七瀬。
「アキ、七瀬ちゃんと東京に戻りなさい。七瀬ちゃん、アキを頼むよ」
ハルの言葉を聞き、二人は顔を見合わせ頷きあう。
「あたしだってまだまだ。それに奈美さんも弥生さんも居るんだよ。お前達はまっすぐ、前に進みな!」
奈美と弥生も微笑みながら頷いている。
「それと、夏生っ!」
ハルの視線が如月に向けられた。
「アキと七瀬ちゃんを東京まで届けなっ! いいねっ!」
「わかった・・・」
一言で数百人を動かす二月会の会長もハルにかかっては、形無しのようだ。
「それとお前には、もう一つだけ話がある・・・」
ハルの心中を察した奈美と弥生がアキと七瀬を病室から連れ出した。
病室で二人っきりになったハルと如月・・・
(なんて顔をしてやがる・・・)
先ほどの自分がアキの父親である事を明かした時を更に超える厳しい表情のハルが話し出した。
「夏生、最後に一つだけ言っておくことがある。この話はあたしが墓場まで持っていくつもりだったんだが・・・、耄碌したもんだよ」
「何だ・・・?」
「あんたの父親の話だよ・・・。あんただって、あたしが実の親じゃない事くらい気付いてたんだろ・・・」
「俺の親父だと・・・。そんなもん・・・」
如月の表情が歪む。
(俺にとっては、あんたが母でいてくれたら、それでいい・・・)
「あんたの父親も生きてるよ」
「すまないが、興味のない話だ・・・」
「峰流馬、それが本名・・・。今はミネルヴァと名乗ってるそうだよ」
「なっ、何だとっ!? ミネルヴァだとっ!」
聞かされた真実に驚愕する如月。
「どうやら知ってるようだね・・・。ミネルヴァを・・・」
ハルは静かに話を続ける。
「俺を捨てた親父が、ミネルヴァなのかっ!?」
思わず激昂する如月。
「何、言ってるんだいっ! お前もあんたの親父と同じ事をアキにしたんだよっ!!」
ハルの言葉は如月の胸にグサリと突き刺さった。
(そうだな・・・。俺はアキに、娘に同じ事をしていたんだ・・・)
如月は慟哭する。
ハルの言葉で、如月夏生が温水夏生に戻った一瞬だった。
(ふうぅ・・・)
耳からイヤホンを外したゆかりが、大きなため息をついた。
(何てこと、あの如月が学園長の息子だったなんて・・・。しかも、その娘が温水アキ・・・、だから痣が三つ葉葵だったのね・・・。道理で・・・)
あの映像を見た時にアキの痣を見てミネルヴァが異様な喜びを見せた事を思い出すゆかりであった。
(学園長の孫娘か・・・、ここは収穫がありすぎたわ・・・)
ゆかりは音声を録音したタブレット端末の電源を切り、人知れず渋温泉を後にした。
一方、アキと七瀬は、如月の運転する車の後部座席に並んで座っている。
アキはハルから聞いた自分と如月に纏わる話を掻い摘んで話し、七瀬も渋々ながら納得するしかないようだ。
黙々と車の運転を続ける如月がふと、ルームミラーを見る。
(二人とも、さぞかし疲れただろうな・・・)
今日一日で色々な事がありすぎて疲れたのだろう、アキと七瀬は静かに寝息を立てていた。
ミラーに写るアキの寝顔を何度も何度も見る如月。
(アキ・・・、お前の眼差しは芙由子にそっくりだぜ・・・。今まで忘れちまってたが。お前のお母さんと全く同じだ・・・)
平和で幸せだった日々、芙由子との愛情に満ち溢れていた生活が頭の中に次々と浮かんでは消えて行く。
娘のアキを改めて愛おしく感じ始めた事を如月は認めていた。
車は静かに高速を走り続ける、東京へと向かって・・・
如月とアキ、18年間の垣根を越えて父と娘は一体何を感じ、そして何を思うのであろうか・・・
アキと七瀬が東京へと戻っている頃、アイドル甲子園の第一回戦が終わり不戦勝となっていた【ムーラン・ルージュ】の対戦相手が決まった。
「山口代表・・・」
優奈の顔が引きつる。
「ぱふぱふパッファー・・・」
汐音が皆を見回す。
「楽曲はっ!?」
葵が涼香を振り返る。
「ついさっき届きました」
涼香が楽譜を見てメロディーを口ずさむ。
「うん、良い感じじゃない。曲名は?」
萌の問いに涼香が答える。
「真紅の翼っ!」
「よし、行けるぞっ!」
葵が高らかに笑った。
同じ頃、DODOTVでは・・・
「ぱふぱふパッファー。なんか薹が立ってる感じだなぁ、こりゃ余裕で勝利かぁ」
三橋は余裕を見せている。
「でも、一回戦を勝ち残ったんですよぉ」
すずは少し不安そうだ。
「【ムーラン・ルージュ】はこれが初戦ですからねぇ」
岩田も不安げに言う。
「しかも、県の観光大使ってことは・・・」
三波の言葉がとどめになったのだろうか。
「わあぁぁぁぁっ!」
三橋はあの開運グッズの積まれたデスクに駆け寄り、一心不乱に拝みだした。
「・・・、三波さん」
「なに?」
「三橋さんの開運グッズ、なんだか増えてません?」
「・・・そう言えば」
「すいませーん、三橋さんに通販のお届けでーす」
いくつもの箱を台車に載せた配送員がドアを開けて入って来る。
三波達は顔を見合わせて、ため息をつくしかなかったようだ。
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