東京テルマエ学園

案 只野温泉 / 作・小説 和泉はじめ

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第34話 八郎からのプレゼント

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その頃、テルマエ学園では・・・

「皆、よくやった!」
【ムーラン・ルージュ】が東京代表に決まった事を最も喜んでいたのは、何を隠そう葵である。

「次は優勝を目指すぞっ!」
まだ始まったばかりだというのに、もう勝った気でいるのは流石と言えるだろうか。

「大塩八郎様にお届け物です」
「よっしゃ、来たなぁ!」
八郎宛に小包が送られてきたのは丁度その時だった。

「なんですか? 師匠?」
覗き込む二郎、得意げに差出人名をトントンと指先を叩いて見せつける八郎。

「新宿ジュエリー ユキって・・・」
「そうや、日本を代表する宝石の販売店やで」
嬉しそうに箱を開ける八郎。

中にはキュービックジルコニアがあしらわれた風車のペンダントが数多く入っている。
それを取り出し、アキ達一人一人に手渡す。

「東京代表になった記念品や。それと、前に草津温泉で盗撮してしまった事のお詫びも兼ねてるんや。あの時は・・・、本当に悪い事してしもうた。堪忍してぇな」
珍しく殊勝な態度の八郎、かなり反省しているようにも見受けられる。
やった事は犯罪だったのだが・・・

皆も苦笑しているが、一応は受け取っている。
「八郎のプレゼントってのが、怪しいよなぁ」
穂波はペンダントを何度もひっくり返しながら見ている。
「確信犯だからねぇ・・・」
優奈も疑いの視線を八郎へと向ける。
「そうだっ!カトリーナに調べて貰おうよ」
言うが早いか七瀬がカトリーナの所にペンダントを持っていく。

(ふっ、カトリーナに調べさせるのは計算ずくやで。でも、これはいくらカトリーナでもバレへんで・・・。例え、GPSが入ってたとしてもや・・・)
悪魔的にニタリと笑う八郎。

カトリーナが全員のペンダントを調べるが、何も異常は見つけられなかった。
ハンは早速ペンダントを首にかけている。
「キラキラ光って、綺麗ネ! 八郎、アリガトッ!」
無邪気に喜ぶハン、だがいつもより少し元気が無いようにも見受けられた。

更に八郎は、カトリーナや葵にもペンダントを配る。
カトリーナは仕方ないと言う感じでうけとったのだが、葵は・・・

「教師がこんなものを付けられるかっ!」
と一言ですげなく断られてしまっていた。

「そこをなんとか・・・」
すがりつく八郎とのペンダントの押し付け押収がしばらく続いたのだが、結果的にペンダントは全員に配られたのである。
ただ・・・

やはり八郎のプレゼントは怪しいという事で、ハン以外は各々のロッカーへとしまい込まれたのであった。



その、ハンだが少し元気が無かったのには理由がある。
話は数日前に遡る・・・

ハンがベティのケチャップで椅子に腰を掛けている。
手にはミネラルウォーターの瓶、あの日と同じものだ。

「矢板サン・・・」
数日前、ハンはマンゴローブからここに呼び出されていた。

話の内容は・・・

「ハン、しばらく俺はここに戻れない」
「じゃあ・・・、萬度ニ・・・」
「最後の手段として特命が下る」
「ハン、一緒ニ行クヨ」
立ち上がろうとするハンを押しとどめるマンゴローブ。

「お前には、こことあの子達に付いていてやって欲しい」
「でも、一人ジャ・・・」
「いいか、ハン。俺は非合法な捜査を行おうとしている」
「・・・」
「もし、身元が割れればここは勿論、あの子達にも萬度の手が伸びる事だってあるんだ」
「デモ・・・」
「俺は絶対に失敗しない。だから・・・」
「ダカラ・・・?」
「俺が笑って帰ってこれるようにここを守っていてくれ」
マンゴローブの目は微かに潤んでいた。
ハンも言葉には表さないマンゴローブの気持ちを察しただろう。

「ハン、ここで待ッテル!」
「何かあったら、陣内と早乙女さんにすぐ知らせろ」
「分カッタ・・・」
麻薬組織への潜入である、無事に帰って来る可能性がどれほど低いかは推して知るべしだろう。

それだからこそ、マンゴローブの意志の固さを知っているハンは止められないのだ。
「行ってラッシャイ・・・。矢板サン・・・」
「ああ、後は・・・。頼むぞ、ハン・・・」

ハンに背を向けてそう言ったのは、流れる涙を見せたくなかったのだろうか。



早瀬コンツェルン、総本部ビルに弾の姿があった。
駆の事から一足飛びに早瀬将一郎との面談へと漕ぎつけていたのだ。


「君が松永弾君か・・・。京舞踊の家元でもあるそうだが・・・」
「えぇ、でも今はテルマエ学園の講師として、ミネルヴァ財団の代表としてお邪魔しております」
先のミネルヴァとの対談もそうだったが、弾の口から京言葉は一切聞こえてこない。
それだけ緊迫しているのだろう。

「早速だが・・・、駆の事はどこから聞いた?」
「直接、情報が知らされました」
「どこから?」
「不明です」
「出先の分からぬ情報をどうして信用できるのだね?」
「総帥がこうして会われた事で十分信じるに足りるかと・・・」
「ほう・・・、若いのになかなか・・・」

しばらくの沈黙が流れる。

「それで、用向きとは?」
弾の全身に緊張が走る、体中の毛穴から汗が吹き出しそうになる。

「早瀬総帥に、ホワイトナイトをお願いしたい」
「ホワイトナイトとは・・・、穏やかな話ではないな・・・」
「テルマエ学園に敵対的TOBが仕掛けられようとしています」
「ミネルヴァ財団の資金力なら十分に潰せるのでは?」
「相手は・・・、萬度です」
「何っ!? 萬度だとっ!?」
(勝った!)
この一瞬に弾はこの会見の流れを手中にしたと実感した。
これまでとは違った将一郎の感情の乱れは確実に会見の流れを大きく変えていた。

「・・・で、それはミネルヴァ氏の意志かね?」
「全権を持ってここに来ているとご理解して頂ければ・・・」
「・・・」
将一郎がしばらく考え込む。
そして・・・

「ホワイトナイトの件は了承した。だがそれだけでは弱かろう」
「総帥のお考えは?」
「クラウンジュエルを同時に・・・」
「承知しました。テルマエ学園を財団から分離します」
「なっ、なんだとっ!? 君の一存では決められまい!」

(そうか、あいつはこの流れを予測していたのか・・・)
交渉は相手の想定を上回る答えを出した方が勝ちである。
弾も今回の事で大きな成長を遂げる事であろう。

「先ほども申し上げました通り、私は全権を持ってここに来ております」
「ふむ・・・。確かにそれも一理あるか・・・」
「それと・・・」
「何か?」
「この話を呑んで頂けるなら、もう一つご提案があります」
「ほう、それは?」
「ご子息の身柄を確実に保護します」
「それはこちらもやっている。心配はない」
「アウトローの襲撃はアウトローでないと防げません」
「何が言いたい?」
「早瀬リージェンシーホテルの最上階を二月会にガードさせます」
「二月会だと!?  なぜそんな事がっ!?」
「蛇の道は蛇・・・。という事でしょうか」

将一郎の命で早瀬リージェンシーホテルのインペリアルルームは警備員を増員配備しているが犯罪組織が動くとなればどこまで効果があるかは心もとない。
周辺の警備は警視庁によるパトロール強化が為されているが建物内までは警察の管轄外である。

何よりも人を殺める事を何とも感じない輩からの襲撃が現実に起きたとすれば同じアウトローである二月会のガードがより完璧なのは自明の理と言えよう。

「将来への禍根の芽は一日も早く積むべきだな」
「同感です」
「ミネルヴァ氏に伝えてくれ。この申し出、早瀬は全てお受けすると・・・」
「承知しました。総帥の御英断、感謝致します」
「私にも君のような息子が居ればな・・・」
「お褒めの言葉、痛み入ります」
「それと、駆の事だが・・・」
「はい?」
「孫王文の動きを止める為に使うつもりでいる」
「それも伝えておきます。では・・・」

緊張感の連続で立っているのも精いっぱいの弾だったが、テルマエ学園に戻るまでは気力で持ち堪えていた。

戻った弾からの報告を聞いたミネルヴァが如月に電話を架ける。

「何かあっても、早瀬駆を守り抜け。二月会の全てを使ってもだ」
電話を切ったミネルヴァが呟く。
「早瀬・・・将一郎・・・。こちらの手も読んでおったか・・・。食えんな」


同じ頃、将一郎も呟く。
「飛鳥井の助言もあったが・・・。まさかミネルヴァから歩み寄って来るとは。油断ならんか・・・」


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