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第31話 温泉VS歌劇

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コンコンコンコン

「入り給え」

学園長室を訪れたのは、外ならぬ弾である。
室内にはゆかりの姿もあり、突然の弾の訪問にいぶかし気な視線を送る。

「松永・・・、弾君か・・・。 用件は何だね?」
ミネルヴァが弾を見据える。

「ミネルヴァ学園長っ! いや、峰竜馬っ! 貴方は本当に俺の父親なのかっ!?」
感情を露わにしてミネルヴァに詰め寄る弾。

「松永先生っ!?」
弾の激しさに目を見張るゆかり。

(平常心を失っているの? あの時みたいに)
いつも平穏な弾であるが、ゆかりだけは弾の激しい面を見た事がある。

そう講師の話を茶室でし、先代の事に触れた時に・・・


「ふむ、単刀直入だな・・・。ヨシさんに聞いたのか?」
不敵な笑みを浮かべるミネルヴァ。

(・・・)

弾は一言も話さず、ミネルヴァから視線を外さない。

「まぁ、いい。感動の親子対面という訳だな・・・。丁度、お前に話がある・・・弾」
冷ややかな笑みを崩さないミネルヴァ。

「私は席を外し・・・」
空気を読んだゆかりは退席しようとしたが、それをミネルヴァが遮って言う。

「ゆかりくん、すまんがコーヒーを3人分淹れてくれ」
(この場に居ろという事か・・・)
「松永先生、コーヒーでも飲んで少し落ち着いて下さい」
ゆかりの一言で少し気持ちを落ち着け、置かれたコーヒーを一口飲む。

「弾・・・、お前には儂の・・・。いや、この学園の為に動いて貰う。無論、あの生徒達の為にもな」
「なっ・・・!?」
予想もしていなかったミネルヴァの言葉に狼狽する弾。
それは、ゆかりも同様だった。

(学園長・・・? 弾に何が出来るって言うの?)
動揺を隠せない二人にミネルヴァの言葉が続く。

「雪乃と儂とは・・・。所詮、縁が無かった・・・」
ミネルヴァの横顔にはこれまでに見た事の無い愁いが浮かんでいた。

一方、弾は・・・

(あの子達の為・・・。今はやるしかないのか・・・)

そして、阿修羅のような形相でミネルヴァとゆかりをねめつける。

「葵には・・・。葵には、この事は口が裂けても言うなっ!」
「当然だ・・・」
ミネルヴァは満足そうに微笑んだ。

「わかりました」
ゆかりも静かに肯う。

「失礼するっ!」
抑えきれぬ感情を露わにして、弾は退室した。



「学園長っ!何をお考えなのですかっ!?」
弾の退室を待って、ゆかりが問いかける。

「この学園を儂から切り離さねばならん事態が起き始めておる」
「一体・・・、何か起きているのですか?」
「この学園に敵対的TOBを仕掛けようとしている動きがある・・・」
「TOB・・・、一体誰が?」
「ほぼ、間違いなく・・・。萬度・・・」
「萬度・・・」
ゆかりはジェームズ・アデルソンの話を思い出していた。

(世界的犯罪組織の一角・・・)
「でも、なぜ学園を?」
「嘗て、儂が徳川の埋蔵金を手にした時、致し方なく中国のブローカーを使った。それが今頃になって仇になったか・・・」
「すみやかに対応策を・・・」
「考えは・・・・、ある」
「しかし、どうしてそれをお知りになられたのですか?」


敵対的TOBを仕掛ける場合、相手方にそれをギリギリまで気付かせないようにするのが一般的である。
それを初動の内に知る事などあり得ないのだが・・・


「また、儂に直接アクセスしてきた輩がおってな・・・。どうやら学園内かららしいが」



その頃、国家公安委員会外事第二課を訪れる二人がいた。
一人はスーツを着た青年、そしてもう一人は大柄な女性??である。

「国家公安委員会としての特命を伝える」
「飛鳥井課長っ!」
「よせっ! 陣内っ!」
密室の中で向かい合って座る三人の誰もがビリビリとした緊張感を漂わせている。

「特命、お受けいたします」
大柄な女性が答えた。

「すまない・・・」
飛鳥井と呼ばれた男が大柄な女性に頭を下げる。

「陣内、ハンの事を頼む・・・」
「矢板さん・・・」


矢板さくらこと別名マンゴローブは警視庁組織対策4課の捜査員であった。
主に覚醒剤の密輸摘発に当たる、組織対策4課の現主査 陣内隼人は国家公務員一種試験に合格し警察庁に入庁した為、既に警部補の階級にある。
その現場捜査を指導してきたのが、矢板さくらだったのだ。

そして、この日に陣内と矢板が呼ばれた理由それは・・・
萬度による日本国内への覚醒剤密輸が増加したことに対しての潜入捜査命令が下されたのだった。

警察官による麻薬組織への潜入捜査は現法では認められていない。
だが、日々増加する覚醒剤密売を抑制・撲滅の為に超法規的措置としてマンゴローブに特命が下ったのである。

「心配するな、陣内」
「しかし・・・」
「公安委員会としても全力でバックアップする。だから・・・では無いが・・・」
「分かってます。これが最後の手段だと・・・」
「矢板さん・・・」
「ベティのケチャップはハンに任せておく。すまんが、早乙女さんにも宜しく伝えておいてくれ」
「・・・、わかりました。」
しばらくの沈黙の後、マンゴローブが立ち上がった。

そして・・・

「じゃっ、ちょっと行ってくるわねぇ」

陣内と飛鳥井に投げキッスをし、振り向く事もなく大股に部屋を出て行く。

その後ろ姿を見送る陣内と飛鳥井は一言も発せずにいた。
颯爽と歩くマンゴローブ。

(ハン、元気でいろよ・・・。あの子達にもう一度会えるだろうか・・・)
マンゴローブの脳裏には、【ムーラン・ルージュ】結成記念パーティの光景が浮かんでいた。



早瀬リージェンシーホテル 最上階インペリアルルーム
ここにしばらく滞在している男が居た。

早瀬駆である。

萬度からの追撃を逃れる為ここに身を隠していたが、この日、思わぬ来客が来る事になる。
「こちらです」

ホテルの総支配人が初老の男を恭しく案内する。

カチャリ

インペリアルルームの扉が開く。

「おい、勝手な開けるなと言ってるだろっ! 俺は・・・、危険な・・・」
部屋の奥から出てきた駆が来訪者を見て足を竦める。

「お・・・、親父・・・」
「まったく、いつまでたっても成長せんなっ!」
来訪者は早瀬将一郎、駆の父であり早瀬コンツェルンの総帥でもある。

「自分で考えて身を隠したのかと思ったら、後輩のアドバイスだと・・・。情けない」
「いや・・・、なんでそれを・・・」
「警視庁組織対策第四課 陣内隼人・・・。お前の高校時代の後輩だったな」
「・・・」
「まぁ、とりあえずは無事で良かったが・・・」
「なっ!?」
駆は将一郎の口からそんな言葉が出るとは予測もしていなかった。

「国家公安委員会が動いた」
「・・・!?」
「いずれ、お前にしか出来ない事が起きる。その時まで・・・」
「その時まで・・・?」
「無事でいろっ!いいなっ!」
じっと駆を見た将一郎は踵を返しインペリアルルームを出て行った。

廊下で待っていた総支配人に将一郎が命を下す。

「ここの警備を徹底的に強化しろ。場合によっては、ここが国家転覆の危機を止める要になるかも知れん・・・」



DODOTVのWEB投票の結果は、当然ながら堀塚音楽スクールでも見られていた。

「【ムーラン・ルージュ】??」
「うちの勝ちが決まりましたな」
「早速、東京代表のセレモニーの準備を・・・」
堀塚の教師や講師達は既に【シュシュ・ラピーヌ】が勝ったものとして話を次々と進めていた。

そして・・・

「ふふっ、久しぶりに渡に会えるわね。でも、また渡の泣き顔を見るなんてちょっと辛いかも・・・」

理事長室で一人微笑む梨央音の姿があった。


WEB投票から一週間、アイドル甲子園東京地区予選の決勝はDODOTV局内の第一スタジオで生中継が始まろうとしていた。
時を同じくして、全国各地の道府県でも決勝戦が行われている。


舞台衣装に着替えたアキ達は第一スタジオへの向かうバックヤードを進む。
途中の廊下で美少年と見紛う4人組とすれ違った。
ふと足を止める4人組。

「お早うございます。【ムーラン・ルージュ】のお姉様方ですね? 【シュシュ・ラピーヌ】です。本日は宜しくお願い致します」
リーダーと思われる長身の美少年が見とれるような仕草で深く頭を下げ丁寧な挨拶をした。
金髪のウィッグに青のカラコンが映える整った顔立ちである。

(うわっ! 超美形じゃん・・・。なんか・・・、かっけー・・・)
萌は思わず見とれてしまっていた。

(女の子だよね・・・、しかも中学生っ? こんな子達と戦うっての??)
七瀬は完全に気負されており、汐音も・・・。
(オーラが違う・・・)
皆がその雰囲気に圧倒されていたのだが・・・

「はっ、はいっ! 【ムーラン・ルージュ】です! 宜しくお願いします!」
アキだけがバカ丁寧に挨拶を返す。

「それでは、改めて・・・。ごきげんよう・・・」
春風が通り抜けたように颯爽と立ち去る【シュシュ・ラピーヌ】を目の当たりにして歴然とした実力の差を感じるアキ達だった。



「TVをご覧の皆さま、お待たせ致しました! 只今よりアイドル甲子園東京地区予選の決勝戦が始まります!司会は濱崎三波が務めさせて頂きます!」
舞台中央では三波がスポットライトを浴びている。

「WEB投票第1位の【シュシュ・ラピーヌ】VS第2位の【ムーラン・ルージュ】の一騎打ちです。果たして勝利の女神はどちらに微笑むのでしょうか!」
会場に歓声がこだましている。

「それでは、WEB投票第2位【ムーラン・ルージュ】の皆さんです。曲目は、【マッハ・ビジョン】、宜しくお願いします!」


♬ マッハ ビージョンッ! マッハ ビージョンッ! マッハ ビージョ ジョオォォォォンッ! 風が泣いてるカーブの先に~。何も恐れず、GO TO ブレイクッ! ♬

涼香と汐音の歌いだしとともに皆が舞台へと飛び出していく。
圭と萌・優奈と穂波そして、アキと七瀬と順番にマイクを持ち歌いそしてダンスを踊る。
アキ達を目映いスポットライトが照らし、くるりと回転すると背中に【ムーラン・ルージュ】の文字が浮かび上がる。
踊る度にアキの巨乳が揺れ、リズムに合わせて白い脚が上がる。
場内の歓声も各々の名前を叫んでいるのは人気が出て来た証であろう。

「アキちゃ~んっ!」
一際大きな声援を送っているのは、いつものニッパチコンビに他ならない。
「皆~ッ! その調子ィ!」
ハンとカトリーナも両手にペンライトを持って応援している。

(アキっ! 頑張れっ!)
渡は腕組みをしたまま動かない。
(でも、勝てるのか・・・。あの、梨央音さんに・・・)
一抹の不安を感じている渡であった。

舞台袖では葵と弾が固唾を飲んで見守っている。
「お前達の底力をここで発揮しろっ!」
「そう、リラックスして、お気張りやす!」
つい思っている事が口から出てしまうのは致し方のないところだろうか。


♬ 白い稲妻、LASTRUNッ! マッハ ビージョンッ! マッハ ビージョンッ! マッハ ビージョ ジョオォォォォンッ! ♬

「ありがとうございましたっ!」

メインボーカルの涼香の声に合わせて皆が一斉に客席に向かって頭を下げる。

乗りに乗った一幕に観客も興奮冷めやらぬ状態のまま場内は割れんばかりの拍手と大歓声に包まれた。

「いいぞぉ~、【ムーラン・ルージュ】っ!」
「素敵ぃぃぃぃっ!」
やり遂げた満足感がアキ達を高揚させていた。



「それでは、続きまして【シュシュ・ラピーヌ】、【バッキンガムの白百合】です」
三波の司会で先ほどの4人組が舞台に現れた。
【バッキンガムの白百合】は堀塚音楽スクールの定番演目である歌劇を第一幕~第三幕で構成しており、次のようなあらすじである。


ウィンチェスター公爵令嬢のセシルは、従兄のアームストロング侯爵令息のジェームズと婚約していた。
だがバッキンガム宮殿の舞踏会でソールズベリー伯爵令息のエドワードに心を奪われ、ジェームズとの婚約を破棄しエドワードと結ばれることを望んだ。
公爵家の申し入れを断る事は社交界から隔絶される事を意味している。
致し方なく形の上は婚約を受け入れたエドワードであったが、実は隠されていた秘密があった。
それはエドワードが従僕のヘンリーと特別な関係にあったのだった。
身分違いの上に男同士の禁断の恋、決して許されるものではない。
セシルを奪われたジェームズは恨み思い余ってエドワードを刺殺してしまう。
そして、エドワードの死を知ったヘンリーは後を追って自害する。
白百合が咲き乱れるバッキンガム宮殿の中庭に並んで置かれた二人の亡骸はまるで微笑んでいるかのように見えたのだった。

第一幕・第二幕ともに順調に進み、観客も既に【バッキンガムの白百合】の世界に入り浸っている感がある。

(まずいな・・・、完全に持ってかれてる・・・)
渡の心配していた事が現実となっていた。

(これ・・・、無理じゃねぇか・・・)
三橋も頭を抱えてしまった。
(神様・仏様・悪魔様・三波様・・・。誰でもいい俺を助けてくれ・・・)
だが、三橋の絶望をあざ笑うかの様に第三幕が始まったのだった。

「セシル~♬ 僕は~、一生、君を愛する~♬」
歌いながら両手を広げて舞台中央に歩み出るジェームズ役の澄佳。
「エドワード~♬ 私は貴方のもの~♬」
白百合の花束を両手に持って、セシル役の穂加が歌いながら登場する。
エドワード役の舞香とヘンリー役の礼華は舞台中央で抱き合って歌い出した。
「おお~、エドワード~♬ 神が結び給うたのか~、ただ一人の愛する人よ~♬」
「ヘンリー~、お前だけを~愛している~♬ 愛は、切なさと~♬ 苦しみと~♬ 愛しさ~♬」

ジェームズがそっと近づき、背後から短剣でエドワードを刺す。
舞台が暗転し、セシルが白百合の花束を落とす。
一面に舞散らばる白百合。
自分のしでかした事に呆然と立ち竦むジェームズ。
いよいよ、クライマックスとなったその瞬間・・・


「・・・」
礼華の口から出る筈の言葉が出てこない。
澄佳・穂加・舞香の視線が礼華に集まるが・・・

会場がシーンと静まり返り、沈黙の時間だけが流れた。

これからが見せ場というところで緊張のあまりセリフをど忘れしてしまったのだ。
「え・・・、セリフ忘れたとか・・・」
「どうなっちゃうの・・・」
会場がザワつき始める。

(礼華! 何でもいいからアドリブでっ!)
舞香が目で合図を送るが、礼華はそれさえも見えていない。
(完全に我を忘れた・・・)
澄佳・穂加・舞香がそう思った瞬間・・・

舞台袖から誰かが飛び出した。
そして礼華に駆け寄り肩を軽く抱き、優しく背中を摩る。

「アキっ!?」
「えっ!?」
「アキちゃんっ!?」
「何っ!?」
誰もが突然の出来事に目を見張っている。

我を忘れて呆然としている礼華に駆け寄ったのは外ならぬアキだったのだ。
「大丈夫・・・、続けて。貴女ならきっと出来るよ」
礼華は何が起きたのか理解できない。

「ここまで来たんだから、皆の為にも・・・ね。落ち着いて大丈夫・・・」
礼華はコクコクと頷く。


(何やってんだよっ! あの子はっ!)
その様子を見ていた三橋も我に返って三波に大声で叫ぶ。
「おい、三波っ! 直ぐに引っ込めろっ!!」
ハッとした三波が舞台に駆け上がり、アキを引き戻す。

「温水さん、こっちへっ!」
三波に引き摺られるようにして舞台袖へと戻るアキだが、何度も振り返って礼華に声を掛け続ける。

「お願いっ!続けてっ!」
そして【シュシュ・ラピーヌ】の3人にも呼び掛ける。
「貴女達なら、絶対できるからっ! 諦めないでっ!」


「アキったら、ライバルに塩送ってどうするんだよっ!」
憮然とした表情の穂波が怒っていてる。

「アキちゃんの良いところなんだけど・・・ね」
涼香も執り成す術も無しというところだろうか。


(ふう・・・、これは予想外ね・・・。でも、あの娘・・・)
観客席にいた梨央音がクスリと笑った。


舞台では【シュシュ・ラピーヌ】の4人が互いに視線を交わし、大きく頷く。

ヘンリーはエドワードを抱きしめ愛おしそうに頬ずりをしている。
そして何かを決意したように顔を上げ、背中に刺さっている短剣を引き抜くとそれを自分の胸に当て突き刺す。

「エドワード・・・。僕らの愛は永遠に・・・。これが愛の証・・・」
エドワードの上に折り重なるように倒れ込むヘンリー。
その顔は微笑みに満ちていた。

バッキンガム宮殿の中庭にそっと並べられたエドワードとヘンリー。
一面を埋め尽くすように咲いた白百合の花だけが、二人を優しく見つめていた。

幕が下りる・・・


アキの乱入もあったが、【シュシュ・ラピーヌ】・【ムーラン・ルージュ】ともに舞台を終えいよいよ投票となった。

(駄目だ・・・、せっかくのチャンスだったのに・・・)
三橋は口から魂が抜けだしたように脱力している。

「それでは、いよいよ発表です!」
司会の三波が舞台中央に立つ。

地区予選の決勝は各都道府県の知事を含めた地元の名士等10名がそれぞれ5点、一般公募に応募し抽選で選ばれた100名がそれぞれ1点を手元に持ったコントローラーで投票し総得点数150点が舞台中央に設置された巨大なデジタルボードにその数が集計される。
ここ東京では客席から見て右側に【シュシュ・ラピーヌ】、反対の左側に【ムーラン・ルージュ】が整列していた。

「それでは、特別審査員の方! 投票をお願いします!」
【シュシュ・ラピーヌ】側のボードには白い数字が、【ムーラン・ルージュ】側のボードでは赤い数字が点灯しデジタル表示が回転し始めた。
そして・・・
「【シュシュ・ラピーヌ】30点、【ムーラン・ルージュ】20点っ!」
会場が大きくどよめく。

「やったっ!」
【シュシュ・ラピーヌ】の4人は手を取り合って喜んでいる。

一方、【ムーラン・ルージュ】は・・・

「・・・」
「皆・・・、ごめんね・・・」
心痛な面持ちを浮かべる中、アキが声を絞り出すように言った。


「それでは、一般審査員の方、お手元のスイッチを押して下さいっ!」
この決勝戦まで辿り着いた事そのものも奇跡に近いと言えるのだ。
残念ではあるが、よく善戦したと言えるだろう。

デジタルボードの数字が止まった。

「えっ!?」
「まさか?」
観客席も再びざわめきだした。
そして、三波もボードを振り返る。

「【シュシュ・ラピーヌ】44点、【ムーラン・ルージュ】55点っ!」
会場がワッと狂喜じみた歓声に沸く。

信じられないといった表情で愕然とする【シュシュ・ラピーヌ】。
何が起きたのかと呆然とするアキ達。
「これまでの点数を合算しますと・・・! 【シュシュ・ラピーヌ】74点、【ムーラン・ルージュ】75点っ!」
まさかの大逆転である。

喜び、舞台の上で互いの肩を叩きあいハイタッチするアキ達。
ぐったりと項垂れて今にも泣きだしそうな【シュシュ・ラピーヌ】。

「えっと・・・、ちょっと待って下さいよ」
三波が改めてボードを見る。

そう、まだ投票していない票が残っているのだ。
この一票が【シュシュ・ラピーヌ】に投じられると、同点となる。

(同点決勝なんて・・・、想定外じゃねぇかよ)
三橋もこの展開は全く予測していなかったようだ。
会場のざわめきが段々と大きくなる。
(この一票が・・・)
三波は息を大きく吸い込み、改めてマイクを握りしめた。
「最後のお一人の方、投票をお願いしますっ!」

(まぁ致し方無しね・・・)

客席で最後の投票ボタンを押したのは、他ならぬ堀塚梨央音であった。

そして・・・
「はっ、入りました! 最後の一票は、【ムーラン・ルージュ】っ!」
客席から拍手の渦が巻き起こる。

「【シュシュ・ラピーヌ】74点、【ムーラン・ルージュ】76点で、東京地区代表は【ムーラン・ルージュ】に決定しましたっ!」
アキ達は歓喜の嵐に包まれる。

「や・・・、やりやがったっ! 本当に、やりやがったっ!」
三橋の頬にも大粒の涙が零れ落ちる。
舞台上では三波も目に涙を浮かべている。
カメラを回している岩田とすずも・・・
舞台裏では、葵と弾も信じられないという表情をしている。

「本当に勝ったんだな・・・、弾」
「ああ、あの子らホンマにやらはりましたわ・・・」
その弾の脳裏にミネルヴァとの会話が思い出される。
(あの子達の為にも・・・、学園は必ず守って見せる)
まだ、衝撃の事実を知らない葵が真実を知るのはまだまだ先の話である。


さて、舞台の片隅では・・・
「皆・・・、あたしのせいで・・・」
礼華が泣き崩れていた。
「礼華のせいじゃないよ・・・」
舞香が礼華の肩を抱き、澄佳と穂加も傍らに寄り添っている。

(あの子達・・・)
優勝決定の大騒ぎの中、アキは【シュシュ・ラピーヌ】に向かって歩きだす。
「・・・」
礼華がアキを見上げる。
「ありがとう、ちゃんと続けてくれて」
アキが右手を差し出した。

「こちらこそ・・・。ありがとうございました」
ボロボロと大粒の涙を流しながら、舞香がアキの手を握り返す。

そして・・・

「アイドル甲子園本戦っ! 頑張ってくださいっ!」
舞香は左手も添えてアキの右手を両掌でしっかりと包み込む。
「うんっ!」
いつの間にか【ムーラン・ルージュ】の8人と【シュシュ・ラピーヌ】の4人が集まり、互いに握手を交わしていた。

「頑張ってください」
「キミ達の分もしっかりやってくるよ!」
「貴女達が居てくれたから、あたし達もやってこれたの!」
「素敵な歌とダンスでしたわ」

皆が何度も何度も握手を交わし合っているその姿を見た観客達は、感涙を流しながらいつまでも拍手を送り続けたのである。


(さて、私はここまでね)
客席を立ち出口へと向かおうとする梨央音、それを呼び止める声がした。
「梨央音さん・・・」
振り返る梨央音の視線の先には渡の姿があった。

「あら・・・、渡。女を後ろから呼び止めるなんて成長したのね」
「からかわないでください」
「あの娘・・・」
「アキの事ですか・・・。何か?」
「ふうん、アキちゃんねぇ・・・。うちにもあんな娘がいたらなって思ってね。今回は貴方の涙が見れなくて残念だけど・・・」
「・・・」
「アキちゃんに宜しくね・・・」
梨央音はそのまま出口へと歩き出した。

(アキ・・・か。渡に呼び捨てする女の子が出来るなんて、考えてみた事もなかったけど・・・)
梨央音の顔に微笑みが浮かんでいた。
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