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第27話 出逢ってはいけない2人

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岡山駅に降り立った穂波は駅前のフラワーショップに立ち寄り、注文していた白いカーネーションの花束を受け取るとタクシー乗り場へと向かう。

「瑞雲寺まで、お願いします」
後部座席に腰を下ろし、無表情に外の景色を見つめる。
寺へと向かう黒いワンピース姿と手にした白いカーネーションで運転手も察しているのだろうか、車内には何一つとして会話は無い。


しばらく時間が過ぎた、穂波は急な睡魔に襲われる・・・
白い霧の中、一人の青年が穂波の前に現れた。

「穂波・・・」
「哲也っ! 無事だったんだねっ! 良かった・・・」
静かに微笑む哲也に穂波が駆け寄ろうとするが、哲也はだんだんと遠くへと離れて行く。
必死になって走る穂波、だが距離は離れて行くばかりだ。

「待って、哲也っ!待ってっっっ!」
車の振動で穂波は目を覚ました。

ものの数分だろうか・・・
(あちは・・・、夢を見てたのか・・・)
頬には涙の跡が残っている。
「お客さん、着きましたよ」


一年振りの瑞雲寺に穂波は歩を進める。
門前には一台の車が止まっていた。
リアウィンドに貼られたステッカーがレンタカーであることを示している。

(ここに来るなんて酔狂な観光客もいるんだな・・・)
普段は住職に声を掛けるのだが、なぜか今日は不在のようだ。
手桶に水を張り、柄杓を携えて墓列の間を進む穂波。
そして、ある墓の前で立ち止まった。

柄杓で水を掛け墓石を拭き、カーネーションを供えた。
線香に火を点し、そっと手を合わせる。

「哲也・・・。あち、アイドルデビューする事になったんだ・・・。凄いだろ・・・」
テルマエ学園での出来事を自慢げに語る穂波、その頬にはずっと涙が伝っている。

「だから、今年で最後にする・・・。バイバイ・・・、哲也・・・」

その表情は哀しみと憂いに満ちていた。
顔を伏せたまま墓前から離れた穂波、来た時と同じように墓列を俯いて歩く。
丁度、母屋との境目の曲がり角を曲がった時、反対側から来た二人組と出合い頭にぶつかった。

ドシンッ!

思わずよろめき、尻もちをついてしまう穂波。

「あっ! すっ、すみません」
「いや、こっちも悪かった。大丈夫か?」
黒いスーツを来た二人組の年長と見える男が手を差し伸べた。

「あ・・・、ありがと・・・う・・・っ!?」
顔を上げ、その男の顔を見た瞬間、穂波の顔がみるみる激しい憎悪に歪んだ。

「・・・っ! お前っ! 如月っ!!」
掴みかけていた手を触りほどき、穂波は立ち上がる。

「あ・・・、あんたは?」
「何だ、知り合いか? 洸児っ?」
「剣崎の兄貴の・・・、塩原・・・」
「穂波・・・か?」

穂波と如月に直接の面識は無い。
だが、尊敬できる人がいると言って哲也が何度も見せてくれていた如月の写真。
そして、一度だけ東京で会った洸児。


あの時・・・

「とにかく如月さんは凄い人なんだ」
「凄いって言っても、所詮はヤクザだろ?」
「いや、ヤクザとか何だとかいうレベルじゃなくて本気で尊敬できる人なんだ」
哲也は熱く如月の事を語った。

「俺みたいな若造でも、やる気があるからって若頭に抜擢してくれたんだぜ」
「あちにはわかんないよ・・・」
「今度、東京に呼ぶから来てくれよ。その時、如月さんにも会って貰うから」
「えっ・・・、そっ、それって・・・?」
「弟分の洸児ってヤツもお前に会いたいって言っててさ」
「あのさ・・・その・・・。東京って・・・」
「来月の一日、夜の八時に東京駅まで来てくれ。帰らないつもりで」
「哲也・・・」

満面の笑みを浮かべて穂波は哲也に抱きついた。



そして・・・

(もうすぐ、東京かぁ・・・。あちもいよいよ、姐さんっなんて呼ばれるのかなぁ)
だが約束の日、満を持して東京駅に降り立った穂波を迎えたのは哲也ではなかった。

「塩原・・・、穂波さんですね・・・?」
「えっ、はい。そうですけど・・・。貴方は・・・?」
「剣崎の兄貴の代わりにお迎えに来ました・・・」
「あっ、それじゃ洸児さんっ!? えーっ、よく見つけられましたね」
「兄貴から写真を見せて貰ってたので・・・。それで・・・」
「んで、哲也はどこ? あーっ、偉くなったから自分で来ないとか?」
「穂波さん・・・、落ち着いて聞いてください・・・。兄貴は・・・」
「え・・・っ!」


洸児に連れられて穂波が向かったのは、都内のある病院だった。
だが、病室でも手術室でもない。
哲也と穂波は霊安室で再会したのだった。

「何で・・・!? 嘘だろっ・・・。あちは信じないっ! わあぁぁぁぁっ~!」

そして、穂波はその場から逃げ去るように走り立ち去ったのである。
無論、穂波を保護できなかった事で洸児は如月の激しい叱責を受けた事は言うまでもない。



「そうか、あんたが・・・、穂波か・・・」
「お前のっ! お前の為にっ哲也がぁっ!」
怒りに我を忘れた穂波の右回し蹴りがムチのようなしなやかさで如月を襲う。

(なるほど、これがそうか・・・)
如月の脳裏に哲也の面影が浮かぶ。

「穂波って言うんですが、こいつの右回し蹴りが強烈で」

ガシンッ!
すんでの所で如月は左腕を上げて側頭部をガードした。

「んで、普通なら次は左か前からの攻撃ですが、穂波はそのままもう一回右回し蹴りに入れるんです」

(そうだったな、もう一発右かっ!)

「うわあぁぁぁぁっ!」

もし、如月が哲也から話を聞いていなかった間違いなく二発目の回り蹴りは如月の側頭部を捕らえ、致命傷を与えていただろう。

だが・・・

ガツンッ!
如月は左腕を下げずに再度側頭部をガードしたが、鈍い音とともに激痛が走った。

(くっ、折れたか・・・)


その直前、母屋ではゆかりと住職が面談していた。

「そうですか・・・。剣崎さんの・・・」
「えぇ、それで不躾ながら急にお邪魔しまして・・・」
「これも何かの因縁でしょうな・・・」
「・・・と、おっしゃいますと?」
「いえ、今日が命日なんですよ。剣崎さんの・・・」
「毎年、若いお嬢さんがお参りに来られます」
「他には?」
「その・・・、表社会の方ではないような方達も・・・」

(塩原穂波と・・・、如月・・・)

「いつもすれ違いになっておりましたが・・・。そう言えば毎年このあたりにお見えになる筈・・・」

住職が窓を見上げたその時・・・
表から激しい喧騒が聞こえた。

「っ!?」
「まさかっ!?」
ゆかりと住職は一瞬、顔を見合わせ慌てて表へと駆け出した。


穂波の二発目の蹴りを受け止めた如月だったが、その左腕はだらりと下がっている。

「会長っ!」
如月の危機を見て二人の間に洸児が割って入り立ちはだかる。

「どきなっ! どかないならお前もっ!」
再び蹴りの動作に入ろうとした穂波、だが後ろから誰かが肩を掴んだ。

「誰だっ!」
振り返る穂波。

その時・・・

パーンッ!

穂波の頬に平手打ちが飛んできた。

「何やってるのっ! 塩原さんっ!」
打たれた頬に手を当てて立ちすくむ穂波の視線の先には、ゆかりの姿があった。
そして、ゆかりの後ろで立ち尽くす住職。

「会ってはいけない二人が会ってしまったのですな・・・、南無阿弥陀仏・・・」
静かに合掌する住職を見て、穂波も立ち尽くす。

「た・・・、橘か・・・。どうして、お前がここに・・・」
上がらない左腕をかばいながら、如月が立ち上がる。

「如月っ! 何をやってるのっ!?」
ゆかりの口調はだんだんと早く、激しくなる。

「あなたもよっ! 塩原さんっ! 傷害事件を起こすつもりなのっ!」
ゆかりは怒りに身を震わせていた。

「ゆかり先生・・・、どう・・・して?」
穂波はゆかりと如月の両方に視線を泳がせている。

「コイツは・・・、如月は哲也の仇なんだっ! コイツのせいで哲也は・・・っ!」
穂波は怒りの視線を再び、如月に向ける。

「あちはコイツを絶対に許さないっ! 哲也はコイツに殺されたんだっ!」
ゆかりの制止を振り切って、尚も如月に掴み掛かろうとする穂波。

「ふ・・・、あんたの好きなようにしろ・・・」
如月が座り込む。

「会長っ!」
「洸児っ、黙って引っ込んでろっ!」
如月の一言で洸児の動きが止まる。

「哲也が死んだのは、確かに俺のせいだ・・・」
如月は目を閉じた。

「穂波さんといったな・・・。哲也はあんたを俺に紹介するあの日をずっと楽しみにしてたんだ・・・」



三年前、穂波が上京した日の事である。
新宿を拠点としている二月会と中国マフィアとの抗争は激化していた。
そして、中国マフィアは一気にケリをつけるべく如月を襲撃したのだ。
その時、如月を庇って数十発の銃弾を浴びながらも、哲也は決して倒れなかった。

騒ぎを聞きつけた二月会の組員たちや警察が到着し、襲撃者達が逃げ去った後もまだ倒れることなく降り出した雨の中、如月の盾となり仁王の如く立ったまま絶命していたのである。



「哲也には・・・、俺みたいにならずに・・・。あんたと幸せになって貰いたかったんだが・・・。すまねぇ・・・」
如月の目から大粒の涙が零れた。
如月の独白を聞き、愕然とする穂波。
哲也の言っていた言葉が、頭の中を反芻する。

「とにかく如月さんは凄い人なんだ」
「いや、ヤクザとか何だとかいうレベルじゃなくて本気で尊敬できる人なんだ」

(だからって、自分の命まで賭けなくてもいいじゃないか・・・)

「この腕一本で勘弁してくれなんて言うつもりはねえが・・・。今はやらなきゃいけないことがある・・・。哲也の為にも・・・」

如月を見つめる穂波にゆかりが寄り添い、そっと肩を抱いた。

(コイツも・・、コイツも、悲しんでいた・・・。あちだけじゃなかったんだ・・・)



「ここからは、私の独り言・・・」
「橘っ!?」
「独り言だから、止められないわよ」
「ふっ・・・」

ゆかりが話したのは哲也の死により自暴自棄になった穂波が偶然、優奈と出会った後の話である。

「大切な人を亡くして帰る家も無くした貴女に丁度その時、ミネルヴァ学園長から全国の温泉地を巡って、痣のある娘達を見つける依頼があったわよね」
「・・・?」
「そんな丁度いいタイミングなんてあると思う? まして、あの学園長が見ず知らずの貴女を信用すると思う?」
「どういうこと・・・?」
「貴女を学園長に推薦したのは、この如月よ」
「っ!?」
「二月会を総動員して貴女を探し、何かあった場合の責任は全て自分が取るって言ってね・・・。私は反対したんだけど・・・」
如月は黙って項を垂れている。

洸児も一言も発せずにいた。

「自分が全てを奪った貴女に何かしてあげたいなんて・・・、かっこつけ過ぎだけどね」
自分が何も知らないところで、如月は見たこともない自分を気にかけていてくれた。
ただ、哲也が会わせたがっていたというだけなのに・・・
それを初めて知り、恥ずかしさ・悔しさ・そして嬉しさが相反する気持ちになる。

(哲也が認めた男・・・。如月・・・さん・・・。あちは・・・あちは・・・)

「うわぁぁぁぁぁっ!」
誰の目を気にするでもない、穂波は哲也の墓石に抱き着き大声で泣いた。

「涙が枯れるまで泣きなさい。そして・・・」
ゆかりはそんな穂波を見つめている。

ポツ ポツ ポツポツ

曇天だった空から雨が降り始めた。

まるで全てのしがらみを洗い流してしまうかのように・・・

「哲也まで泣いてやがる・・・」
如月も呟く、悲しみの連鎖を断ち切るかの如くに・・・
その時、哲也の墓の真向かいにある古い墓が仄かに光ったことは誰も気が付いていない。
だが、丸に違い鎌紋、小早川家の墓がここにあったことは単なる偶然ではない。



雨が強くなってきた事もあり、住職が皆を母屋へと誘い、タオルを手渡す。

「ありがとうございます」
タオルを受け取り、体を拭こうとした時、ゆかりのスマホが鳴った。
着信画面には、ミネルヴァの番号が表示されている。

「はい、ゆかりです」
ゆかりはすっと席を外し、廊下へと出る。

「すぐに京都へ向かって貰おう」
「京都? 松永姉弟の件でしょうか?」
「いや、学園のサーバーを通さず儂に直接アクセスしてきた輩がおってな・・・」
「学園長のPCに直接ですか?」
「湯の花温泉で中国系の男達がウロウロしておるようだ。詳しくは転送しておく」
「わかりました、こちらを片付けたらすぐに・・・」
「次々と色々起こるか・・・。退屈しないで済む」
ホッホッホッと笑い声を残し、ミネルヴァの通話は切れた。

(一体誰が・・・。何の目的で・・・)
ゆかりは学園のサーバーのセキュリティが破られた事に不安を感じずにはいられなかった。
そして・・・

(湯の花温泉!?  ここって確かっ!?)



ゆかりの電話を切ったミネルヴァは学園のITセキュリティ責任者を呼んでいた。

「外部から侵入されたのか?」
「目下の所、調査中としか・・・」
「役に立たん・・・」
「もっ、申し訳ありません・・・」
「お前達よりこの侵入者を雇った方が良さそうだ・・・。下がれっ!」
ミネルヴァの見幕に呼ばれていた男は黙って引き下がる。

「いよいよ動き出したか・・・。果たして、誰が味方で誰が敵になるのやら・・・」
ニンマリと笑ったミネルヴァの表情はこれまでに見たどれよりも黒い影を纏っていた。



「・・・あの、如月・・さん」
タオルを受け取った穂波が如月に話しかける。

「何だ・・・?」
「ごめんなさい・・・。それと・・・、ありがとうございました」
穂波は如月に素直に頭を下げる。

「雨降って地固まると申しますが・・・(涙)」
住職も涙ぐんでいる。

「塩原さん」
部屋に戻ったゆかりが穂波を呼ぶ。

「・・・はい?」
「東京に帰りなさい。貴女には待っている仲間がいるでしょ! やるべき事が控えているでしょ!」
ゆかりの言葉を聞いた穂波の瞳に、いつもの光が戻って来た。

「はいっ!」
「おいっ! 洸児っ! 駅まで送ってやれ! 今すぐだっ!」
「はっ、はいっ!」
洸児が慌てて駆け出していく。
その後ろ姿を見送り、穂波が改めて如月に向き合う。

「やっと・・・。哲也の言ってた通りの人だったって分かりました」
深々と頭を下げる。

「あんたもな・・・」
「穂波さん、こちらへ」
「うん」
洸児に呼ばれた穂波が玄関へと向う。

「流石か・・・」
「何が?」
如月の呟きにゆかりが尋ねる。

「哲也が見込んだ女だけの事はある・・・」
「そうね。私の生徒でもあるんだけど・・・。ところで?」
「何だ?」
ゆかりの表情が変わった。

「どうしても次は貴方の力を借りたい事が・・・」
「何処で、何をしろと?」
「京都湯の花温泉で不穏な動きが報告されているの」
「・・・?」
「中国系の男が旅館の立ち退きを煽っているみたい」
「ターゲットは?」
「うちの一期生、向坂汐音の実家・・・」
「わかった、向こうで会おう」

如月は黙って考え込む。
(中国系・・・。萬度か・・・。だとすれば、頭数が必要か・・・)



洸児に送られ岡山駅へと向かう穂波。
黙って外の景色を見つめ、過去を思い出す。

(あの日から・・・)
穂波が上京し、哲也の死を知ったあの日、我を忘れた穂波は降りしきる雨の中、病院を飛び出した。

自分の全てを賭けた相手の突然の死、感情を抑える事など全く無理な話だっただろう。


(あちはあの時・・・)


洸児の呼び止める声を振り切るようにして穂波は夜の街へと走り出した。
雨が降っている事にも気が付かないで・・・

何処にも行く宛などない・・・。まして、岡山に戻るなど・・・
フラフラと彷徨う穂波の目の前の踏切に遮断棒が降りてきた。
交互に赤く光るライト、カンカンとなり続ける警鐘音・・・
近づいてくる電車の前照灯が見えた。

(哲也・・・、あちも・・・。直ぐ行くから・・・)
フラリと足を踏み出した瞬間、誰かが穂波の肩を掴み強く引っ張った。

「もしかして死ぬ気・・・? だったら人に迷惑かけない所でしなさいよ」
これが優奈との初めての出会いだった。

「あんたに・・・、関係ないだろっ!」
「あーぁ、こんなびしょ濡れになっちゃって・・・。まぁ、仕方ないっ! うちにおいで」
「えっ? あんた・・・、何言ってんの・・・? あち、死のうとしてたんだよっ!」
「ふーん、だったら明日まで待ってからにしたら? それで気持ちが変わらなかったら止めないであげる」
なんと変わった女だと穂波は思った。

見たところ、歳は同じくらいだろうか・・・。水商売であることは想像できた。


「さぁ、入って」
優奈は自分のマンションに穂波を連れてきた。

「ここ・・・」
「うん? あぁ、うち一人暮らしだから気にしないで。先にお風呂入ったら?」
優奈は穂波を浴室へと押し込む。

「着替え、何でもいいよね?」
(何だ、この女・・・。頭おかしいんじゃねぇのか?)
致し方なくシャワーを浴び、浴室のドアを開けるとバスタオルとTシャツ・ショートパンツが置いてある。

「それでも着といて。着ていたのは洗っとくから」
あまりにもあっけらかんとした優奈の対応に戸惑う穂波。

「こっちの部屋で寝てね」
4畳半くらいの部屋にベッドがあった。
「いや・・・、その・・・。」
「あっ、大丈夫だよ。お店の女の子とかよく泊りに来るから準備してあるんだ」
部屋を見回すと4LDKくらいの間取りだろうか。

「ここ、あんたの・・・?」
「んっ!? ああ、買ったんじゃないよ、賃貸」
「いや・・・、そうじゃなくて・・・」
「まぁ、今日はさっさと寝て明日話そうか。おやすみ~」
そういうと優奈は部屋のドアをパタンと閉めた。

静寂が訪れる。
ベッドに座った穂波は東京に着いてからの事を思い出す。

(哲也・・・)
涙を流しながら穂波はいつの間にか眠っていた。



翌日から優奈と穂波の奇妙なシェア生活が始まった。
優奈はキャバクラで働いている事、高校を中退して石川から出て来た事などが日に日に分かって来た。

そしていつの間にか、互いを優奈・穂波と呼び合うようになっていたのだ。

「穂波ってどこから来たんだっけ?」
「岡山・・・」
「実家って何してるの?」
「温泉旅館・・・」
「えっ、うっそー! うちの実家も温泉なんだけど・・・」
「えーっ!マジっ!」
日に日にうち溶け合っていく優奈と穂波。

「なぁ・・・、優奈・・・」
「なに?」
「なんであの日、あちを助けてくれたの?」
「似てたから・・・かな」
「似てた・・・?」

優奈は中学から女子野球部のエースとして地元でも評判の選手だった。
無論、高校へ入ってからも一年からレギュラー入りして周囲の目を集めていたのだが、ある日突然に肩の痛みを感じたのだ。
練習のし過ぎと軽く考えていたのだが、その時すでに優奈の肩は限界を超えていた。

「もう、野球は無理って言われて・・・」
何もかもやる気を無くした優奈は高校を中退し東京へと出てきた。
「まあ、無茶苦茶したかったんだろうね・・・」
縁あって偶然、キャバクラのオーナーと知り合い今の生活に落ち着いているというのだ。

「さて、そろそろ穂波の事も聞かせてくれるかなぁ・・・」
穂波は黙って頷くと、訥々と話し出した。

父親の他界・母の再婚・妹の誕生・空手を始めたこと・哲也との出会い・そして・・・
「そうか、あの日・・・。うちが穂波を見つけたのは、きっと哲也さんが引き合わせてくれたんだよ」
「哲也が・・・」
「そう、だからちゃんと生きて、哲也さんにも見せてあげなよ」
「優奈・・・」
「それと、後ろ姿見ただけで何となく感じたんだ・・・。何か穂波とは昔からの縁があるみたいな・・・」
「・・・あちも」



こうして穂波も少しずつ日常に戻り始めた頃、テルマエ学園からの使者が訪れたのだ。
ミネルヴァ学園長からの指示は・・・

(全国の温泉地を巡って、痣のある女の子を探す・・・。よく分からないけど、いつまでも優奈に世話になってる訳いかないし・・・。やってみるか)

こうして穂波はミネルヴァのエージェントとなったのだった。


「優奈っ! あち、仕事見つけたよ」
「へぇ~、どんな仕事?」
「テルマエ学園のミネルヴァっておっさんが温泉地で痣のある女の子を探してくれって」
「痣・・・? うちもあるけど・・・」
「えっ! 本当? やりぃ、一人目発見っ!」
「でも、温泉で見つけたんじゃ無いし・・・」
「細かい事は気にしないっ! ・・・今までありがとっ、優奈」
「近くに来たら、顔出しなよ」
「気が向いたらね」

こうして穂波は旅立ったのだった。

(穂波にも痣あったけど・・・、まぁ本人も知らないみたいだし放っておけばいいか)
穂波を見送る優奈の呟きが聞こえた。


この後、テルマエ学園の入学式で再会するまでこの二人が出会う事はなかった。
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