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第16話 汐音のチアダン・レッスン
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翌日・・・
「失礼します。お荷物が届いております」
仲居達が次々とダンボールを運ぶ。
「待ってたんやぁ」
八郎が喜々として箱を開いていく。
「師匠っ、これ凄いですよねぇ・・・」
八郎の趣向を知り尽くしてきた筈の二郎でさえ逡巡している。
それもその筈、中に入っているのは超ミニ・へそ出し・シースルーのダンス衣装なのだ。
「ちょっとマズいような気もしますが・・・」
「ええか、二郎。芸術は爆発させなあかんねん・・・。それに・・・」
「それに?」
「まだ秘密やけど、お前にも今回は特別に手伝って貰わなあかんこともあるねん」
「嫌な予感しかしないんですが・・・」
「まぁ、わいに任しとき・・・って、何やコレ? わい、こんなん注文してへんで?」
「何ですかね・・・、フサフサしてますけど・・・?」
「チアダンスのポンポンよ!」
いつの間にか後ろに汐音が立っていた。
どうやら、葵に頼んで注文して貰ったらしい。
「でも・・・、その衣装は揉めるんじゃない?」
「うるさいわいっ! 多数決で決めたら文句ないやろっ!」
「ふーん・・・」
意味ありげな微笑みを残して汐音は立ち去った。
しばらくして、レンタルしたギターも届き涼香もチューニングを始める。
「うわっ!」
「何これっ?」
「趣味悪ぅ~」
練習開始に集まった皆の前で八郎が発注した衣装を誰もが避難していた。
「こんなスケスケ着れっかよ!」
「八郎っ! あんたの趣味に付き合ってらんないのっ!」
穂波と優奈は憤慨を通り越して、激怒モードになっていた。
「師匠~、やっばりダメですよ~」
気弱になった二郎の言葉を遮るように叫ぶ声が聞こえた。
「コレはいけるぞっ!」
皆が振り返ると、そこには三橋の狂喜している姿があった。
「最高視聴率も十分に狙える!」
大歓喜している三橋は、葵と弾に駆け寄る。
「松永先生!家元! ぜひこの衣装でいきましょうっ!」
「え・・・?」
「マジ・・・?」
優奈と穂波も呆気に取られている。
テレビ局のプロデューサーが一押ししているのだ、もう誰も口を挟む事など出来なかった。
「やっば、解かる人は解かってくれるんやぁ・・・」
感無量の表情を浮かべる八郎。
「俺・・・、世の中ってのが解からなくなってきた・・・」
ぽつりと渡が呟き、隣で二郎が首を縦に振っていた。
プロデューサー公認となったシースルーのダンス衣装に着替え、赤と青のポンポンを両手に持ったアキ達に汐音のチアダンスレッスンが始まった。
「まず、座って足首のストレッチ。はい、次は立ってY字バランス」
汐音が前に出て手本を見せ、皆がそれに倣う。
「アキっ、七瀬っ! 傾いてるっ! ハン、ミッシェルっ OKっ! はいっ、スタージャンプっ!!」
汐音は顔の前に両親指を出し、握ってからジャンプする。
「萌っ、圭っ! 良いジャンプだよっ!」
汐音の指導は続く。
「次っ、アームモーションっ!」
汐音が両腕を上下左右に動かす。
「優奈さんっ。穂波さんっ! もっとリズミカルにっ!」
かつてのような独りよがりなダンスでは無い、個々のレベルを見極めた丁寧な指導が続く。
「確か、あの娘だったよな」
「どうしたんですか? 岩田さん?」
三波が問いかけた。
「いや、サンバカーニバルの時に凄いダンスをしていた娘だったって・・・」
「そう言えば・・・」
岩田と三波はサンバカーニバルの時を思い出していた。
「あの娘・・・、確か・・・」
「すずちゃん、知ってるの?」
「ええ・・・、全国高校チアダンス大会で優勝した・・・。向坂汐音・・・」
「えっ!? えっ、えぇぇぇぇっ!?」
三波も驚きを隠せないようだった。
「間違いないです、わたしその時に初めてロケに行ったんですから」
「テルマエ学園・・・、どんな人材集めててんだよ・・・」
岩田はそれ以上の言葉が見つからなかった。
アキ達が汐音のレッスンを受けている間、別室では涼香のギターと弾・葵の三味線のチューニング作業が進んでいた。
「白布はん、俺の三味線と相性ぴったりですなぁ」
三味線とギターの相性の良さに驚く弾。
「いや、うちの方が相性ええわ」
なぜか葵も負けじと突っ込む。
「あ・・・、ははは・・・」
そんな二人のやり取りを見て、何とも言えない表情を見せる涼香だった。
涼香の歌の上手さは知っていたが、ギターを弾かせてもこれほどとは思っていなかった弾と葵は驚きを通り越して感心していたが・・・
(一度聞いただけで覚えて演奏できるなんて・・・)
「おい、こっちも打合せするぞ」
三橋に呼ばれ、岩田と三波、すずはアキ達の練習場を後にした。
「いいか、三波は客のじーさん ばーさんにアイドル部を紹介してとことん売り込めっ!」
三波が大きく頷く。
「岩田は、舞台のアイドル部を。堀井は徹底的にギターと三味線を撮れ、家元ばかり撮るなよっ!」
三橋の力の入れようはこれまでにない位だったようだ。
「三橋さん、えらく力入ってますねぇ」
長年一緒に活動してきた岩田ならではの言葉だろう。
「あぁ、これは絶対に成功する! 俺の勘がそう言ってる!」
三波とすずも黙って頷いている。
「俺のプロデューサー生命を賭けて・・・、最高視聴率取るぞっ! ミネルヴァのおっさんに一泡吹かせてやるっ!」
どうやら、三橋の熱くなっていた一番の原因は、対ミネルヴァだったのかも知れない。
アキ達のチアダンスのレッスンは続いている。
汐音は敢えて初心者用のレッスンを取り入れていた。
(これなら、何とかなる!)
そう汐音が感じていると同時にアキ達も少しずつではあったが自信を持ち始めていた。
「次は、ポンポン持って。赤と青ひとつずつね、それで前後に振って移動!」
汐音の声に合わせて皆が動く。
「1・2・3・4・5・6・7・8で、横に移動。次、左足曲げて伸ばして! 右も同じくっ! 隣と肩組んで、ポーズっ!」40分を一クールにして10分の休憩、決して無理はしないように汐音は気を配っている。
何クールかが過ぎる頃にはかなりサマになるようになってきており、昼食と休憩の後、ギターと三味線に合わせて仕上げを行う事となった。
♬♬~
涼香のギターが音を奏で、弾と葵の三味線が追従する。
「はいっ! 皆、登場っ!」
アキ達は順番に登場するが、曲とダンスを合わせるのが難しい。
タイミングが合わない・・・
ポンポンを落とす・・・
隣と違うダンス・・・
左右の出す足の間違い・・・
「ストップっ!」
パンパンと手を叩き皆の動きを止める汐音。
「皆、曲に合わせてっ! もう一回最初から行くよっ!」
汐音はアキならアキの、ハンならハンの良い所と直すべき所を個人別に根気よく丁寧に指導を続け、五時間も過ぎただろうか。
やっと、アキ達も曲に合わせて踊れるようになってきたのだった。
誰もが頬を上気させ汗だくになっている。
だが、皆一様に充実した表情を浮かべていた。
もっとも、一番ホッとしていたのは汐音に他ならない。
「なんとか形になったぁ・・・。良かったぁ」
汐音がその場にヘナヘナと座り込む。
アキ達も汐音を取り囲むように集まってくる。
「向坂はん、お疲れ様でしたなぁ」
「よく頑張ったよ、向坂さん」
弾と葵が汐音をねぎらう。
汐音は精魂尽き果てたかのように俯いたままである。
「汐音ちゃん、こんなに一生懸命にありがとう」
アキの言葉に萌も続く。
「ボクも、チアダンって良いなって。汐音ちゃんのおかげ」
「あたしもチアダン続けようかな、汐音ちゃんと一緒にっ」
圭も満足げである。
「うち、汐音がリーダーしてくれて良かったと思う」
「今日のってすごく分かり易かったしね」
優奈と七瀬が顔を見合わせて笑う。
「汐音っ! ポンポンでダンス、ハン頑張るヨッ!」
「やっばり、ダンスのリーダーは汐音が一番だよっ!」
穂波もハンと手をかざしてガッツポーズを取る。
「明日も汐音がセンター、宜しくネッ!」
ミッシェルのウィンクが汐音に飛んだ。
「うっ・・・、うわぁぁぁぁぁぁんっ!」
その時、汐音が大声で泣き出した。
「わたし、リーダーしてチアダンするって言ったけど・・・。前の事もあるし・・・、皆が付いてきて来てくれるか、ずっと心配で・・・」
今までずっと胸の内にしまい込んで来た本音が一斉に吹き出してしまったようだ。
ぐすぐすと泣き続ける汐音。
「汐音ちゃん・・・」
「汐音・・・」
「汐音サン・・・」
汐音が涙に塗れた顔を上げると、そこには皆の温かい笑顔があった。
わだかまりの様なものが、解け始めた瞬間であった。
その日の夕食は、女将の心遣いで花田旅館自慢の【ぼたん鍋】であった。
新鮮の猪の肉と山菜ずくしである。
「猪って臭み無いんだな・・・」
渡も次々と箸が進んでいる。
「なんか甘味あるよね」
「コラーゲンたっぷりで美容にも良いんだって」
あっという間に食べつくしたのは、やはり若さ故の特権だろうか。
食後は明日に備えての最終打合せが始まった。
センターは汐音、涼香を挟んで両脇に弾と葵を配置。
右ウィングは外から、ミッシェル・圭・アキ・穂波。
同様に左ウィングは、七瀬・優奈・萌・ハンの順をしっかりと確認する。
「最初は横一列になって、そこから四人と五人に分かれて・・・」
弾や葵、涼香を含めて誰もが真剣に汐音の説明に聞き入っている。
しばらくして打合せに熱中している皆に気付かれない様に、渡・ケリアン・八郎・二郎がそっと部屋を後にした。
別に一緒に行動をする様子は無い。
各々が部屋を出ると別方向へと散っていった。
「早瀬だ。明日の午前中に十津川村公民館に・・・。そうだ、青の薔薇を365本頼む・・・。
宛名? 紅の風車で・・・」
渡は離れの廊下でスマホを使って話している。
ケリアンは誰もいない事を確認して、男湯の更衣室に入りスマホを取り出し、素早くメールを送る。
❝ターゲットは未確認ダガ、間違い無いト思われる。ヒトリ気になる人物ガイル、調査を継続スル❞
直ぐに返信があり、それを読み取ったケリアンが呟く。
「OK・・・、ワカッタヨ・・・。マッタク、ボスも人使いが荒イネ・・・」
スマホの電源を切ったケリアンは何事も無かったかのように服を脱ぎ、湯船に浸かった。
「フーッ、サテ・・・。ドウナルカナ」
八郎と二郎は混浴露天風呂の更衣室で何やら密談中である。
「コレが、【これであなたも猿飛佐助】や。わいの苦心の最新作やで」
「普通にある潜望鏡みたいですけど・・・」
「アホ言うな、これは耐熱性・防水性を極めた最新の360度小型高感度カメラに超小型酸素ボンベを組み合わせた最高傑作や」
八郎は二郎にこの夏休みの間、これを作るために心血を注いだ事を熱弁する。
「つまり・・・、覗き・・・ですよね?」
「そうや、これで【今日からあなたもスパイダーマン】の雪辱を果たすんや。わいは今から、最強のワニになるんやで」
ワニとは混浴温泉で湯船の中に潜み、女性が入ってくるのをずっと待つ続ける不届きな男性を指して言う。 水面から顔を出来るだけ低くして出し、女性客という獲物を狙うことからこのように呼ばれている。
「・・・で、僕は何を?」
「それはな・・・、ごにょごにょ・・・」
「うわっ! えっ! そんなっ!」
驚きながらも二郎の顔にも笑みが浮かんでくる。
「師匠、これは世紀の大発明ですよ」
「そうやろ、じゃあ頼むで・・・」
「はいっ! 任せてくださいっ!」
二郎は八郎から渡されたノートパソコンを持ってどこかへと消えて行く。
「よしっ、作戦開始やっ!」
八郎は【これであなたも猿飛佐助】を頭にセットして混浴露天風呂に湯舟に潜った。
八郎が湯舟に潜り、二郎が更衣室から出たのと入れ違いに女将が入ってくる。
「混浴は誰も入ってないみたいね。アイドル部の皆さんをご案内しないと・・・」
ガラガラと音を立てて扉を閉めた女将は混浴の入り口に張り紙をした。
「本日、貸切中。これで良しっ!」
(ふうっ、危ないとこやったわぁ・・・)
湯舟に潜っている八郎は胸をなでおろしていた。
「失礼します。お荷物が届いております」
仲居達が次々とダンボールを運ぶ。
「待ってたんやぁ」
八郎が喜々として箱を開いていく。
「師匠っ、これ凄いですよねぇ・・・」
八郎の趣向を知り尽くしてきた筈の二郎でさえ逡巡している。
それもその筈、中に入っているのは超ミニ・へそ出し・シースルーのダンス衣装なのだ。
「ちょっとマズいような気もしますが・・・」
「ええか、二郎。芸術は爆発させなあかんねん・・・。それに・・・」
「それに?」
「まだ秘密やけど、お前にも今回は特別に手伝って貰わなあかんこともあるねん」
「嫌な予感しかしないんですが・・・」
「まぁ、わいに任しとき・・・って、何やコレ? わい、こんなん注文してへんで?」
「何ですかね・・・、フサフサしてますけど・・・?」
「チアダンスのポンポンよ!」
いつの間にか後ろに汐音が立っていた。
どうやら、葵に頼んで注文して貰ったらしい。
「でも・・・、その衣装は揉めるんじゃない?」
「うるさいわいっ! 多数決で決めたら文句ないやろっ!」
「ふーん・・・」
意味ありげな微笑みを残して汐音は立ち去った。
しばらくして、レンタルしたギターも届き涼香もチューニングを始める。
「うわっ!」
「何これっ?」
「趣味悪ぅ~」
練習開始に集まった皆の前で八郎が発注した衣装を誰もが避難していた。
「こんなスケスケ着れっかよ!」
「八郎っ! あんたの趣味に付き合ってらんないのっ!」
穂波と優奈は憤慨を通り越して、激怒モードになっていた。
「師匠~、やっばりダメですよ~」
気弱になった二郎の言葉を遮るように叫ぶ声が聞こえた。
「コレはいけるぞっ!」
皆が振り返ると、そこには三橋の狂喜している姿があった。
「最高視聴率も十分に狙える!」
大歓喜している三橋は、葵と弾に駆け寄る。
「松永先生!家元! ぜひこの衣装でいきましょうっ!」
「え・・・?」
「マジ・・・?」
優奈と穂波も呆気に取られている。
テレビ局のプロデューサーが一押ししているのだ、もう誰も口を挟む事など出来なかった。
「やっば、解かる人は解かってくれるんやぁ・・・」
感無量の表情を浮かべる八郎。
「俺・・・、世の中ってのが解からなくなってきた・・・」
ぽつりと渡が呟き、隣で二郎が首を縦に振っていた。
プロデューサー公認となったシースルーのダンス衣装に着替え、赤と青のポンポンを両手に持ったアキ達に汐音のチアダンスレッスンが始まった。
「まず、座って足首のストレッチ。はい、次は立ってY字バランス」
汐音が前に出て手本を見せ、皆がそれに倣う。
「アキっ、七瀬っ! 傾いてるっ! ハン、ミッシェルっ OKっ! はいっ、スタージャンプっ!!」
汐音は顔の前に両親指を出し、握ってからジャンプする。
「萌っ、圭っ! 良いジャンプだよっ!」
汐音の指導は続く。
「次っ、アームモーションっ!」
汐音が両腕を上下左右に動かす。
「優奈さんっ。穂波さんっ! もっとリズミカルにっ!」
かつてのような独りよがりなダンスでは無い、個々のレベルを見極めた丁寧な指導が続く。
「確か、あの娘だったよな」
「どうしたんですか? 岩田さん?」
三波が問いかけた。
「いや、サンバカーニバルの時に凄いダンスをしていた娘だったって・・・」
「そう言えば・・・」
岩田と三波はサンバカーニバルの時を思い出していた。
「あの娘・・・、確か・・・」
「すずちゃん、知ってるの?」
「ええ・・・、全国高校チアダンス大会で優勝した・・・。向坂汐音・・・」
「えっ!? えっ、えぇぇぇぇっ!?」
三波も驚きを隠せないようだった。
「間違いないです、わたしその時に初めてロケに行ったんですから」
「テルマエ学園・・・、どんな人材集めててんだよ・・・」
岩田はそれ以上の言葉が見つからなかった。
アキ達が汐音のレッスンを受けている間、別室では涼香のギターと弾・葵の三味線のチューニング作業が進んでいた。
「白布はん、俺の三味線と相性ぴったりですなぁ」
三味線とギターの相性の良さに驚く弾。
「いや、うちの方が相性ええわ」
なぜか葵も負けじと突っ込む。
「あ・・・、ははは・・・」
そんな二人のやり取りを見て、何とも言えない表情を見せる涼香だった。
涼香の歌の上手さは知っていたが、ギターを弾かせてもこれほどとは思っていなかった弾と葵は驚きを通り越して感心していたが・・・
(一度聞いただけで覚えて演奏できるなんて・・・)
「おい、こっちも打合せするぞ」
三橋に呼ばれ、岩田と三波、すずはアキ達の練習場を後にした。
「いいか、三波は客のじーさん ばーさんにアイドル部を紹介してとことん売り込めっ!」
三波が大きく頷く。
「岩田は、舞台のアイドル部を。堀井は徹底的にギターと三味線を撮れ、家元ばかり撮るなよっ!」
三橋の力の入れようはこれまでにない位だったようだ。
「三橋さん、えらく力入ってますねぇ」
長年一緒に活動してきた岩田ならではの言葉だろう。
「あぁ、これは絶対に成功する! 俺の勘がそう言ってる!」
三波とすずも黙って頷いている。
「俺のプロデューサー生命を賭けて・・・、最高視聴率取るぞっ! ミネルヴァのおっさんに一泡吹かせてやるっ!」
どうやら、三橋の熱くなっていた一番の原因は、対ミネルヴァだったのかも知れない。
アキ達のチアダンスのレッスンは続いている。
汐音は敢えて初心者用のレッスンを取り入れていた。
(これなら、何とかなる!)
そう汐音が感じていると同時にアキ達も少しずつではあったが自信を持ち始めていた。
「次は、ポンポン持って。赤と青ひとつずつね、それで前後に振って移動!」
汐音の声に合わせて皆が動く。
「1・2・3・4・5・6・7・8で、横に移動。次、左足曲げて伸ばして! 右も同じくっ! 隣と肩組んで、ポーズっ!」40分を一クールにして10分の休憩、決して無理はしないように汐音は気を配っている。
何クールかが過ぎる頃にはかなりサマになるようになってきており、昼食と休憩の後、ギターと三味線に合わせて仕上げを行う事となった。
♬♬~
涼香のギターが音を奏で、弾と葵の三味線が追従する。
「はいっ! 皆、登場っ!」
アキ達は順番に登場するが、曲とダンスを合わせるのが難しい。
タイミングが合わない・・・
ポンポンを落とす・・・
隣と違うダンス・・・
左右の出す足の間違い・・・
「ストップっ!」
パンパンと手を叩き皆の動きを止める汐音。
「皆、曲に合わせてっ! もう一回最初から行くよっ!」
汐音はアキならアキの、ハンならハンの良い所と直すべき所を個人別に根気よく丁寧に指導を続け、五時間も過ぎただろうか。
やっと、アキ達も曲に合わせて踊れるようになってきたのだった。
誰もが頬を上気させ汗だくになっている。
だが、皆一様に充実した表情を浮かべていた。
もっとも、一番ホッとしていたのは汐音に他ならない。
「なんとか形になったぁ・・・。良かったぁ」
汐音がその場にヘナヘナと座り込む。
アキ達も汐音を取り囲むように集まってくる。
「向坂はん、お疲れ様でしたなぁ」
「よく頑張ったよ、向坂さん」
弾と葵が汐音をねぎらう。
汐音は精魂尽き果てたかのように俯いたままである。
「汐音ちゃん、こんなに一生懸命にありがとう」
アキの言葉に萌も続く。
「ボクも、チアダンって良いなって。汐音ちゃんのおかげ」
「あたしもチアダン続けようかな、汐音ちゃんと一緒にっ」
圭も満足げである。
「うち、汐音がリーダーしてくれて良かったと思う」
「今日のってすごく分かり易かったしね」
優奈と七瀬が顔を見合わせて笑う。
「汐音っ! ポンポンでダンス、ハン頑張るヨッ!」
「やっばり、ダンスのリーダーは汐音が一番だよっ!」
穂波もハンと手をかざしてガッツポーズを取る。
「明日も汐音がセンター、宜しくネッ!」
ミッシェルのウィンクが汐音に飛んだ。
「うっ・・・、うわぁぁぁぁぁぁんっ!」
その時、汐音が大声で泣き出した。
「わたし、リーダーしてチアダンするって言ったけど・・・。前の事もあるし・・・、皆が付いてきて来てくれるか、ずっと心配で・・・」
今までずっと胸の内にしまい込んで来た本音が一斉に吹き出してしまったようだ。
ぐすぐすと泣き続ける汐音。
「汐音ちゃん・・・」
「汐音・・・」
「汐音サン・・・」
汐音が涙に塗れた顔を上げると、そこには皆の温かい笑顔があった。
わだかまりの様なものが、解け始めた瞬間であった。
その日の夕食は、女将の心遣いで花田旅館自慢の【ぼたん鍋】であった。
新鮮の猪の肉と山菜ずくしである。
「猪って臭み無いんだな・・・」
渡も次々と箸が進んでいる。
「なんか甘味あるよね」
「コラーゲンたっぷりで美容にも良いんだって」
あっという間に食べつくしたのは、やはり若さ故の特権だろうか。
食後は明日に備えての最終打合せが始まった。
センターは汐音、涼香を挟んで両脇に弾と葵を配置。
右ウィングは外から、ミッシェル・圭・アキ・穂波。
同様に左ウィングは、七瀬・優奈・萌・ハンの順をしっかりと確認する。
「最初は横一列になって、そこから四人と五人に分かれて・・・」
弾や葵、涼香を含めて誰もが真剣に汐音の説明に聞き入っている。
しばらくして打合せに熱中している皆に気付かれない様に、渡・ケリアン・八郎・二郎がそっと部屋を後にした。
別に一緒に行動をする様子は無い。
各々が部屋を出ると別方向へと散っていった。
「早瀬だ。明日の午前中に十津川村公民館に・・・。そうだ、青の薔薇を365本頼む・・・。
宛名? 紅の風車で・・・」
渡は離れの廊下でスマホを使って話している。
ケリアンは誰もいない事を確認して、男湯の更衣室に入りスマホを取り出し、素早くメールを送る。
❝ターゲットは未確認ダガ、間違い無いト思われる。ヒトリ気になる人物ガイル、調査を継続スル❞
直ぐに返信があり、それを読み取ったケリアンが呟く。
「OK・・・、ワカッタヨ・・・。マッタク、ボスも人使いが荒イネ・・・」
スマホの電源を切ったケリアンは何事も無かったかのように服を脱ぎ、湯船に浸かった。
「フーッ、サテ・・・。ドウナルカナ」
八郎と二郎は混浴露天風呂の更衣室で何やら密談中である。
「コレが、【これであなたも猿飛佐助】や。わいの苦心の最新作やで」
「普通にある潜望鏡みたいですけど・・・」
「アホ言うな、これは耐熱性・防水性を極めた最新の360度小型高感度カメラに超小型酸素ボンベを組み合わせた最高傑作や」
八郎は二郎にこの夏休みの間、これを作るために心血を注いだ事を熱弁する。
「つまり・・・、覗き・・・ですよね?」
「そうや、これで【今日からあなたもスパイダーマン】の雪辱を果たすんや。わいは今から、最強のワニになるんやで」
ワニとは混浴温泉で湯船の中に潜み、女性が入ってくるのをずっと待つ続ける不届きな男性を指して言う。 水面から顔を出来るだけ低くして出し、女性客という獲物を狙うことからこのように呼ばれている。
「・・・で、僕は何を?」
「それはな・・・、ごにょごにょ・・・」
「うわっ! えっ! そんなっ!」
驚きながらも二郎の顔にも笑みが浮かんでくる。
「師匠、これは世紀の大発明ですよ」
「そうやろ、じゃあ頼むで・・・」
「はいっ! 任せてくださいっ!」
二郎は八郎から渡されたノートパソコンを持ってどこかへと消えて行く。
「よしっ、作戦開始やっ!」
八郎は【これであなたも猿飛佐助】を頭にセットして混浴露天風呂に湯舟に潜った。
八郎が湯舟に潜り、二郎が更衣室から出たのと入れ違いに女将が入ってくる。
「混浴は誰も入ってないみたいね。アイドル部の皆さんをご案内しないと・・・」
ガラガラと音を立てて扉を閉めた女将は混浴の入り口に張り紙をした。
「本日、貸切中。これで良しっ!」
(ふうっ、危ないとこやったわぁ・・・)
湯舟に潜っている八郎は胸をなでおろしていた。
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