14 / 129
第13話 京舞踊は難しいっ!
しおりを挟む
温泉実習もいよいよ二日目を迎えていた。
京舞踊の実習ということで弾は着物姿で登場し、DoDoTVの取材班も力が入っている。
「京舞踊とは、心と身体を美しく。曲の心を理解し、優美に表現し内面を磨くものです」
弾の講義が始まった。
講義の全体をカメラが映し、三波が声を低めに実況を始める。
「テルマエ学園密着取材~草津温泉編~も、二日目となりました。今日は、松永流家元による京舞踊の授業が行われています」
授業中ということも考慮して、三波もかなり気を使っているようだ。
弾は、京舞踊の用語と動作の説明を続けている。
① すがた・・・自分を紹介する仕草。袖を片方ずつ広げて汚れていないかを確認するような動作。
② じりじり・・・足首だけを動かして移動する動作。立ったりしゃがんだりもする。
③ すみとり・・・あちこち四方になにかあるような仕草。扇子を広げたり、手を上げたりする。
④ 手返し・・・手の甲と甲を合わせる動作。逆のものは、かいぐりと呼ばれる。
⑤ やっとんとん・・・足の踏み込みと手の動きを合わせる動作。「や」は空白を「とん」は踏み込みを表している。
⑥ おも返り・・・扇子を回して踊る動作
⑦ おすべり・・・とんっ、と踏んで足を滑らす動作や、首をかしげる動作。
説明を続けている弾はすずが撮影し、アキ達は岩田が撮影を行っている。
「まぁ、話はこんなもんにして・・・。説明しながら実際に踊ってみまひょ」
弾が扇子を取って大広間の上座へと向かい、葵を呼んだ。
「葵、頼むわ」
弾の声と同時に葵がアキ達に一人ずつ扇子を手渡していく。
「お待たせしました、これより京舞踊の実習が始まるようです」
三波も小声ながらもはっきりと聞き取れる口調でマイクを近づける。
パンパンッ!
弾の柏手に大広間全体がシーンと静まり返る。
「まず、正座して扇子を少し前に置きます。次に両の親指と人差し指をそろえて三角を作り、その間に自分の鼻が入る位までおじぎをして、先に手を引いてから顔を上げます」
動作の一つ一つが様になっている。
「立ち方は後ろの足を立ててから左足を立てて、スっと立ちます。右足は半歩前へ」
弾は一同を見回す。
誰もが真剣な表情を崩さない。
「座り方はまっすぐ足を折って、左足を付けてから両足を付けます。ここまでは宜しおすな?」
皆が静かに頷く、というより頷かざるを得ない雰囲気に包まれていた。
「扇子は右手で持って左手で受けます。左の親指で一番上の骨を押し、右手で手前横に一気に開きます・・・」
「あっ!」
「うわ、なんやこれっ!」
アキ達の開いた扇子は総金箔張りでテルマエ学園の名前がデカデカと印刷されている、しかも・・・
「もう、何ぃこれぇ」
何と裏面には、【第二期 願書受付中!!】と書かれていたのだ。
(おいおい・・・、あれをアップで映して宣伝しろってことかよ・・・)
これには三橋も笑いを堪えている。
「扇子は自分の体に垂直になるようにっ!」
流石は家元、ド派手な扇子に動じることもなく弾は授業を続けている。
「ケリアンはん、もっと早うに。ミッシェルはんは、もっと扇子を立てて・・・。温水はん、扇子が開ききってまへんっ!」
冷静な弾の指導にアキ達も平常心を取り戻す。
「早瀬はん、なかなか宜しいな」
弾は一人一人をしっかりと見まわっている。
「扇子を親指で持って、脇の方へ。平持ちはこう、握り持ちはこう。さて、そろそろ踊ってみまひょか。葵!」
急に名前を呼ばれ、腕組みして見ていた葵が弾へと視線を移す。
「三味線で、【サクラサクラ】を引いて貰えまへんか? まさか出来へんなんてことはありまへんわな?」
挑戦的なまなざしを向ける弾に葵が笑いながら応える。
「はぁ? うちを誰やと思ってる? そんな簡単な曲でええのやなっ!?」
葵は弾の側に置いてあった三味線に近寄る。
指すり(指かけ)を左手に嵌めると三味線を取り、調弦(チューニング)を始めた。
「こんなもんやな」
そう言うと葵は肩に三味線を掛けて、バチを持ち曲を弾き始める。
(七年もブランクがあるとは思えへんなぁ。さすが、葵や)
弾はどこか嬉しそうでもあった。
♬♬ サクラ、サクラ~ ♬♬
三味線の音が大広間に響く。
三味線を弾く葵に岩田のカメラが近寄る。
「足は前っ! 開いて一歩出るっ! 一・二・三・四っ!はいっ回って!」
弾の声が激しさを増している。
「たもとを持って、左足!左手! 右足っ、やっとん やっとん やっとんとんっ! 一・二・三っ! すり足っ!」
このハイペースになんとか付いていけたのは汐音と萌、渡とハン、ケリアンと穂波だけだった。
他の者達は、扇子を落としてしまったり足がもつれて転んだりと散々な光景である。
授業の開始から30分も過ぎた頃には誰もが息を切らし座り込む者まで出始めていた。
「ちょっと、休憩にしまひょ」
弾の声にアキ達は本心から救われたと思っていたのは当然であろう。
「休憩中もちゃんと正座しなはれっ!」
(あの厳しさ・・・、母親譲りか・・・。うちはあれが嫌やったんやけど・・・)
葵はふと子供の頃の事を思い出していた。
(いつも、うちの後ろに隠れていた弾が・・・、なぁ・・・)
葵の三味線は続いている。
「正座している間も退屈せんように、ちょっと曲を変えたるわ」
アップビートな旋律が三味線で奏でられる。
「おぉ・・・、曲はええねんけど、足がっ!」
八郎の足は体重がモロにかかって限界のようだ。
「二郎、お前よく平気やなぁ・・・」
「師匠、我慢が足りませんよ。心頭滅却すれば火もまた涼しです」
「わいは足が痺れてあかんのやぁ、火でも水でもない・・・。二郎、裏切りものぉぉぉぉ」
隣で正座し続けていた渡も苦笑するしかないようだった。
秋田県仙北市を出たゆかりは、東北自動車道を凡そ300KM強を走り山形県米沢市に入っていた
「やっばり、四時間と少しか・・・」
ここ米沢には白布(しらぶ)温泉があり、奥羽三高湯の一つに数えられている。
弱アルカリ性のお湯は源泉かけ流しであり、一分に1,100~1,500Lものお湯が自然に湧き出しており、昔から火傷・神経痛・筋肉痛・関節痛に効果があるとされる名湯である。
ゆかりが訪ねたのは白布(はくふ)旅館、涼香の生家だった。
多分に漏れず、白布旅館でも女将が自慢の郷土料理を並べてゆかりを出迎えている。
「米沢牛の陶板焼き、すじ煮込みこんにゃく・・・、それと山女の塩焼きですね。かえって、お気を使わせてしまったようで申し訳ありません」
料理が並べられた器には全てに家紋が入っている。
(竹に雀、上杉家の家紋か・・・)
「いえいえ、ところで涼香はどんな具合ですか?」
これまで県内を出たことなど殆どないという娘の事が心配でたまらない気持ちが伝わってくる。
女将と話し込むこと小一時間、ゆかりはそれとなく本題を切り出す。
「ところで、白布(はくふ)家は上杉様と何かお関係が?」
「越後の頃からの親戚筋ですが・・・、何か?」
「いえ、お料理の器に家紋が入っておりましたので・・・」
「お若いのに家紋まで見られるとは・・・、やはり温泉の関係ですか?」
「まぁ、私の趣味もありますが・・・。松岬神社はお近くで?」
「車でしたら15分くらいですね。涼香もよく自転車で行っておりました。米沢城と一緒に見て行かれる方も多いんですよ。国宝の太刀も展示されていますし涼香もいつもその太刀を見ていると心が奪われるというか・・・」
「ずっと見据えているとか?」
「そんな時っていつも微笑んでいたんです。変わった娘でしょ?」
(確か、上杉景勝所用 太刀 銘助宗 拵革柄革包太刀・・・)
「あっ、そうそう。もし良かったらですが・・・」
「何でしょうか?」
「宮城との県境に蔵王温泉というところがございまして・・・」
「存じてます、こちらと同じ奥羽の三高湯の一つですよね」
「ええ。そちらにかつて、最上様が各地のお大名様との交友で集められた品々を展示されている博物館が御座います」
「最上・・・、義光様でしたか」
「はい、代々伝わって来た物を沢山の方に見て貰いたいと私設で博物館を作られたんです。【戦国浪漫の里】と言いまして、なかなか賑わっているんですよ」
「面白そうですね。そう言えばもう少ししたら、確か樹氷祭りもありましたよね」
「えぇ、寒い時期ですが樹氷祭りと【戦国浪漫の里】を一緒に楽しまれる旅行が増えるんです」
(なるほど・・・、何か掴めるかも・・・)
もう少しすると、第一期生が入学して一年になる。
その機会を使ってミネルヴァの画策していることに大きく近づく為のアクションを起こさなければならないと思っていたゆかりにとって大きな進展となる情報であった。
(一度東京へ戻って学園長の考えを確かめておく事も必要ね・・・)
翌朝、ゆかりは山形新幹線に乗り東京へと戻る事としたのである。
さて、草津温泉では・・・
30分も休憩しただろうか、舞踊実習が再開された。
弾の指示で、渡・八郎・二郎・ケリアンがAグループに汐音・アキ・涼香・優奈・ハンがBグループに分けられた。
穂波・圭・七瀬・ミッシェル・萌はCグループである。
「さて、いよいよ本番ですなぁ。この三グループに順番で踊ってもらいまひょ。振付は自由でかまいまへん」
弾の合図で葵が三味線をスタートさせ、各グループは各々で踊り出す。
「さぁ、舞踊実習もいよいよ終盤となりテルマエ学園の生徒さん達がグループ別に踊りを披露していますっ!」
三波も興奮しているのだろうか、少し声が上ずってするようだ。
岩田もすずもカメラを構えて、アキ達の姿を追い続けている。
扇子を落としたり、手足を出し間違えたりするなどのハプニングはあるが弾は黙って見守っている。
そのまなざしはとても優しく温かい。
(思っていたより・・・、やるもんやなぁ)
「はいっ、お疲れさんでした」
弾の声とともに三味線の音が止まる。
「ありがとうございました!」
アキ達が一斉に頭を下げる。
(こんな気持ちのええ子ら、初めてやな・・・)
心でそっと呟く弾、そしてそれを見つめている葵の姿があった。
「皆さん、お疲れ様でした」
疲れ果てたアキ達に紗矢子から温泉玉子とお茶が差し入れられる。
それらを頬張りながら、羽を伸ばす姿はまだまだ子供とも思えただろうか。
「ところで、七瀬っ?」
「んっっ、何っ!?」
温泉玉子を頬張ったままアキを見る七瀬。
「あのさ、葵先生の弾いてた曲なんだけど・・・」
「あらっ!アキもっ!?」
「確かおばあちゃんの部屋で聴いたみたいな気が・・・」
「そう、萩ノ目・・・陽子?、で・・・、ダンシングなんとかって・・・」
「【ダンシング・ひろ】じゃない?」
いつのまにか涼香がアキの傍らで顔を寄せてくる。
「どっかの盆踊りにも使われて人気って、MHKでやってたし」
いつの間にか、優奈も話に加わっていた。
「あれねっ!あちも今年盆踊りで踊った踊った」
穂波も手を振りかざしながら話に乗ってくる。
「・・・で、それがどうしたの?」
萌も興味を示している。
「アキちゃん・・・。もしかして、アイドル部でやってみようかって思ってるとか・・・?」
圭はアキの返事を聞くまでもなく分かっているような素振りを見せる。
「えっ、圭ちゃんっ! 何で分かるのぉ~っ!?」
「まぁ、なんとなく・・・ね」
「アキ・・・、あんた分かり易すすぎっ!」
七瀬の突っ込みに全員が爆笑する。
「分かったっ! ユニットリーダーはわたしがしてあげるっ!」
汐音が挙手して立ち上がる。
「あのね・・・、それと・・・」
アキが何かを話し出そうとしている。
誰もが次の言葉を待った。
「【ダンシング・ひろ】を京舞踊で踊るなんて・・・、どうかなって・・・」
「OHッ! アキ、それナイスなアイデアデースっ!」
いの一番にミッシェルが賛同した。
「良いよ、それっ! ハンも大賛成ッ!」
わいわいと盛り上がり、満場一致となったのだが誰も元の【ダンシング・ひろ】を見たことが無いのに気が付く。
「どうしょう・・・?」
せっかくの盛り上がりだったが・・・、と思った瞬間。
「ダイジョーブだヨっ!」
そう言ったのはケリアンである。
「でも、どうやって・・・」
不安そうな皆を見回したケリアンの視線が隅にいたカトリーナに向けられる。
「ネッ、カトリーナ?」
ケリアンの言葉を受けその場にいる全員の視線を一身に受けたカトリーナ。
「フッ・・・」
軽い吐息を漏らし、神業のようなスピードでキーボードを叩く。
画面には様々な場面で踊られている【ダンシング・ひろ】の画像が次々と現れてくる。
「これなら、やれるんじゃねっ?」
渡の言葉に皆が大きく頷いた。
「さて、それじゃっ!」
汐音の頭には次のステップが浮かんでいるようだった。
歌は涼香として、女子メンバーを中心に京舞踊を取り入れたダンスを踊ることまでは簡単に決まったのだが・・・
「やっぱ、三味線がなぁ・・・」
「ごめんなさい・・・、和楽器は自信無くて・・・」
学園祭の時のように涼香が弾ければ何とかなったかも知れないが、三味線となるとレベルが高すぎるようだ。
「仕方ない・・・、あちが話付けてくるわ」
穂波が立ち上がる。
「うちも行く」
穂波も立ち上がり大広間を出ていく。
「三味線となったら、弾先生と葵先生に頼むしか無いしね・・・」
圭が控えめに言う。
「でも、きっと引き受けてくれるよ」
「そうやな、わいら可愛い生徒なんやし」
「きっと、お前だけは可愛くないって言われると思うぞ・・・」
八郎に渡が突っ込み、大広間に爆笑がこだました。
「それとさ・・・」
「まだ、何かあるんか?」
恨めしそうに八郎はじろりと渡を見る。
「あの敬老会の人たちに観客になって貰うってのはどうかな?」
昨日の敬老会の面々の笑顔が皆の脳裏に浮かぶ。
「そうや、アキちゃんらが浴衣で踊ってテレビ中継ってのはどうや? DoDoTVの人たちもいるんやし!」
「師匠、ナイスなアイデアですよ。大賛成ですっ!」
二郎の趣向はだんだんと八郎に染まってきているようだ。
「あーぁ、やっばりルックスと発想は比例しているみたいねぇ。渡と八郎の違いっていうか・・・」
「ほっとけっ!」
イケメン好きの七瀬ではあるが、あの事もあり正直に渡に肩入れはまだしにくいのだろう。
京舞踊の実習ということで弾は着物姿で登場し、DoDoTVの取材班も力が入っている。
「京舞踊とは、心と身体を美しく。曲の心を理解し、優美に表現し内面を磨くものです」
弾の講義が始まった。
講義の全体をカメラが映し、三波が声を低めに実況を始める。
「テルマエ学園密着取材~草津温泉編~も、二日目となりました。今日は、松永流家元による京舞踊の授業が行われています」
授業中ということも考慮して、三波もかなり気を使っているようだ。
弾は、京舞踊の用語と動作の説明を続けている。
① すがた・・・自分を紹介する仕草。袖を片方ずつ広げて汚れていないかを確認するような動作。
② じりじり・・・足首だけを動かして移動する動作。立ったりしゃがんだりもする。
③ すみとり・・・あちこち四方になにかあるような仕草。扇子を広げたり、手を上げたりする。
④ 手返し・・・手の甲と甲を合わせる動作。逆のものは、かいぐりと呼ばれる。
⑤ やっとんとん・・・足の踏み込みと手の動きを合わせる動作。「や」は空白を「とん」は踏み込みを表している。
⑥ おも返り・・・扇子を回して踊る動作
⑦ おすべり・・・とんっ、と踏んで足を滑らす動作や、首をかしげる動作。
説明を続けている弾はすずが撮影し、アキ達は岩田が撮影を行っている。
「まぁ、話はこんなもんにして・・・。説明しながら実際に踊ってみまひょ」
弾が扇子を取って大広間の上座へと向かい、葵を呼んだ。
「葵、頼むわ」
弾の声と同時に葵がアキ達に一人ずつ扇子を手渡していく。
「お待たせしました、これより京舞踊の実習が始まるようです」
三波も小声ながらもはっきりと聞き取れる口調でマイクを近づける。
パンパンッ!
弾の柏手に大広間全体がシーンと静まり返る。
「まず、正座して扇子を少し前に置きます。次に両の親指と人差し指をそろえて三角を作り、その間に自分の鼻が入る位までおじぎをして、先に手を引いてから顔を上げます」
動作の一つ一つが様になっている。
「立ち方は後ろの足を立ててから左足を立てて、スっと立ちます。右足は半歩前へ」
弾は一同を見回す。
誰もが真剣な表情を崩さない。
「座り方はまっすぐ足を折って、左足を付けてから両足を付けます。ここまでは宜しおすな?」
皆が静かに頷く、というより頷かざるを得ない雰囲気に包まれていた。
「扇子は右手で持って左手で受けます。左の親指で一番上の骨を押し、右手で手前横に一気に開きます・・・」
「あっ!」
「うわ、なんやこれっ!」
アキ達の開いた扇子は総金箔張りでテルマエ学園の名前がデカデカと印刷されている、しかも・・・
「もう、何ぃこれぇ」
何と裏面には、【第二期 願書受付中!!】と書かれていたのだ。
(おいおい・・・、あれをアップで映して宣伝しろってことかよ・・・)
これには三橋も笑いを堪えている。
「扇子は自分の体に垂直になるようにっ!」
流石は家元、ド派手な扇子に動じることもなく弾は授業を続けている。
「ケリアンはん、もっと早うに。ミッシェルはんは、もっと扇子を立てて・・・。温水はん、扇子が開ききってまへんっ!」
冷静な弾の指導にアキ達も平常心を取り戻す。
「早瀬はん、なかなか宜しいな」
弾は一人一人をしっかりと見まわっている。
「扇子を親指で持って、脇の方へ。平持ちはこう、握り持ちはこう。さて、そろそろ踊ってみまひょか。葵!」
急に名前を呼ばれ、腕組みして見ていた葵が弾へと視線を移す。
「三味線で、【サクラサクラ】を引いて貰えまへんか? まさか出来へんなんてことはありまへんわな?」
挑戦的なまなざしを向ける弾に葵が笑いながら応える。
「はぁ? うちを誰やと思ってる? そんな簡単な曲でええのやなっ!?」
葵は弾の側に置いてあった三味線に近寄る。
指すり(指かけ)を左手に嵌めると三味線を取り、調弦(チューニング)を始めた。
「こんなもんやな」
そう言うと葵は肩に三味線を掛けて、バチを持ち曲を弾き始める。
(七年もブランクがあるとは思えへんなぁ。さすが、葵や)
弾はどこか嬉しそうでもあった。
♬♬ サクラ、サクラ~ ♬♬
三味線の音が大広間に響く。
三味線を弾く葵に岩田のカメラが近寄る。
「足は前っ! 開いて一歩出るっ! 一・二・三・四っ!はいっ回って!」
弾の声が激しさを増している。
「たもとを持って、左足!左手! 右足っ、やっとん やっとん やっとんとんっ! 一・二・三っ! すり足っ!」
このハイペースになんとか付いていけたのは汐音と萌、渡とハン、ケリアンと穂波だけだった。
他の者達は、扇子を落としてしまったり足がもつれて転んだりと散々な光景である。
授業の開始から30分も過ぎた頃には誰もが息を切らし座り込む者まで出始めていた。
「ちょっと、休憩にしまひょ」
弾の声にアキ達は本心から救われたと思っていたのは当然であろう。
「休憩中もちゃんと正座しなはれっ!」
(あの厳しさ・・・、母親譲りか・・・。うちはあれが嫌やったんやけど・・・)
葵はふと子供の頃の事を思い出していた。
(いつも、うちの後ろに隠れていた弾が・・・、なぁ・・・)
葵の三味線は続いている。
「正座している間も退屈せんように、ちょっと曲を変えたるわ」
アップビートな旋律が三味線で奏でられる。
「おぉ・・・、曲はええねんけど、足がっ!」
八郎の足は体重がモロにかかって限界のようだ。
「二郎、お前よく平気やなぁ・・・」
「師匠、我慢が足りませんよ。心頭滅却すれば火もまた涼しです」
「わいは足が痺れてあかんのやぁ、火でも水でもない・・・。二郎、裏切りものぉぉぉぉ」
隣で正座し続けていた渡も苦笑するしかないようだった。
秋田県仙北市を出たゆかりは、東北自動車道を凡そ300KM強を走り山形県米沢市に入っていた
「やっばり、四時間と少しか・・・」
ここ米沢には白布(しらぶ)温泉があり、奥羽三高湯の一つに数えられている。
弱アルカリ性のお湯は源泉かけ流しであり、一分に1,100~1,500Lものお湯が自然に湧き出しており、昔から火傷・神経痛・筋肉痛・関節痛に効果があるとされる名湯である。
ゆかりが訪ねたのは白布(はくふ)旅館、涼香の生家だった。
多分に漏れず、白布旅館でも女将が自慢の郷土料理を並べてゆかりを出迎えている。
「米沢牛の陶板焼き、すじ煮込みこんにゃく・・・、それと山女の塩焼きですね。かえって、お気を使わせてしまったようで申し訳ありません」
料理が並べられた器には全てに家紋が入っている。
(竹に雀、上杉家の家紋か・・・)
「いえいえ、ところで涼香はどんな具合ですか?」
これまで県内を出たことなど殆どないという娘の事が心配でたまらない気持ちが伝わってくる。
女将と話し込むこと小一時間、ゆかりはそれとなく本題を切り出す。
「ところで、白布(はくふ)家は上杉様と何かお関係が?」
「越後の頃からの親戚筋ですが・・・、何か?」
「いえ、お料理の器に家紋が入っておりましたので・・・」
「お若いのに家紋まで見られるとは・・・、やはり温泉の関係ですか?」
「まぁ、私の趣味もありますが・・・。松岬神社はお近くで?」
「車でしたら15分くらいですね。涼香もよく自転車で行っておりました。米沢城と一緒に見て行かれる方も多いんですよ。国宝の太刀も展示されていますし涼香もいつもその太刀を見ていると心が奪われるというか・・・」
「ずっと見据えているとか?」
「そんな時っていつも微笑んでいたんです。変わった娘でしょ?」
(確か、上杉景勝所用 太刀 銘助宗 拵革柄革包太刀・・・)
「あっ、そうそう。もし良かったらですが・・・」
「何でしょうか?」
「宮城との県境に蔵王温泉というところがございまして・・・」
「存じてます、こちらと同じ奥羽の三高湯の一つですよね」
「ええ。そちらにかつて、最上様が各地のお大名様との交友で集められた品々を展示されている博物館が御座います」
「最上・・・、義光様でしたか」
「はい、代々伝わって来た物を沢山の方に見て貰いたいと私設で博物館を作られたんです。【戦国浪漫の里】と言いまして、なかなか賑わっているんですよ」
「面白そうですね。そう言えばもう少ししたら、確か樹氷祭りもありましたよね」
「えぇ、寒い時期ですが樹氷祭りと【戦国浪漫の里】を一緒に楽しまれる旅行が増えるんです」
(なるほど・・・、何か掴めるかも・・・)
もう少しすると、第一期生が入学して一年になる。
その機会を使ってミネルヴァの画策していることに大きく近づく為のアクションを起こさなければならないと思っていたゆかりにとって大きな進展となる情報であった。
(一度東京へ戻って学園長の考えを確かめておく事も必要ね・・・)
翌朝、ゆかりは山形新幹線に乗り東京へと戻る事としたのである。
さて、草津温泉では・・・
30分も休憩しただろうか、舞踊実習が再開された。
弾の指示で、渡・八郎・二郎・ケリアンがAグループに汐音・アキ・涼香・優奈・ハンがBグループに分けられた。
穂波・圭・七瀬・ミッシェル・萌はCグループである。
「さて、いよいよ本番ですなぁ。この三グループに順番で踊ってもらいまひょ。振付は自由でかまいまへん」
弾の合図で葵が三味線をスタートさせ、各グループは各々で踊り出す。
「さぁ、舞踊実習もいよいよ終盤となりテルマエ学園の生徒さん達がグループ別に踊りを披露していますっ!」
三波も興奮しているのだろうか、少し声が上ずってするようだ。
岩田もすずもカメラを構えて、アキ達の姿を追い続けている。
扇子を落としたり、手足を出し間違えたりするなどのハプニングはあるが弾は黙って見守っている。
そのまなざしはとても優しく温かい。
(思っていたより・・・、やるもんやなぁ)
「はいっ、お疲れさんでした」
弾の声とともに三味線の音が止まる。
「ありがとうございました!」
アキ達が一斉に頭を下げる。
(こんな気持ちのええ子ら、初めてやな・・・)
心でそっと呟く弾、そしてそれを見つめている葵の姿があった。
「皆さん、お疲れ様でした」
疲れ果てたアキ達に紗矢子から温泉玉子とお茶が差し入れられる。
それらを頬張りながら、羽を伸ばす姿はまだまだ子供とも思えただろうか。
「ところで、七瀬っ?」
「んっっ、何っ!?」
温泉玉子を頬張ったままアキを見る七瀬。
「あのさ、葵先生の弾いてた曲なんだけど・・・」
「あらっ!アキもっ!?」
「確かおばあちゃんの部屋で聴いたみたいな気が・・・」
「そう、萩ノ目・・・陽子?、で・・・、ダンシングなんとかって・・・」
「【ダンシング・ひろ】じゃない?」
いつのまにか涼香がアキの傍らで顔を寄せてくる。
「どっかの盆踊りにも使われて人気って、MHKでやってたし」
いつの間にか、優奈も話に加わっていた。
「あれねっ!あちも今年盆踊りで踊った踊った」
穂波も手を振りかざしながら話に乗ってくる。
「・・・で、それがどうしたの?」
萌も興味を示している。
「アキちゃん・・・。もしかして、アイドル部でやってみようかって思ってるとか・・・?」
圭はアキの返事を聞くまでもなく分かっているような素振りを見せる。
「えっ、圭ちゃんっ! 何で分かるのぉ~っ!?」
「まぁ、なんとなく・・・ね」
「アキ・・・、あんた分かり易すすぎっ!」
七瀬の突っ込みに全員が爆笑する。
「分かったっ! ユニットリーダーはわたしがしてあげるっ!」
汐音が挙手して立ち上がる。
「あのね・・・、それと・・・」
アキが何かを話し出そうとしている。
誰もが次の言葉を待った。
「【ダンシング・ひろ】を京舞踊で踊るなんて・・・、どうかなって・・・」
「OHッ! アキ、それナイスなアイデアデースっ!」
いの一番にミッシェルが賛同した。
「良いよ、それっ! ハンも大賛成ッ!」
わいわいと盛り上がり、満場一致となったのだが誰も元の【ダンシング・ひろ】を見たことが無いのに気が付く。
「どうしょう・・・?」
せっかくの盛り上がりだったが・・・、と思った瞬間。
「ダイジョーブだヨっ!」
そう言ったのはケリアンである。
「でも、どうやって・・・」
不安そうな皆を見回したケリアンの視線が隅にいたカトリーナに向けられる。
「ネッ、カトリーナ?」
ケリアンの言葉を受けその場にいる全員の視線を一身に受けたカトリーナ。
「フッ・・・」
軽い吐息を漏らし、神業のようなスピードでキーボードを叩く。
画面には様々な場面で踊られている【ダンシング・ひろ】の画像が次々と現れてくる。
「これなら、やれるんじゃねっ?」
渡の言葉に皆が大きく頷いた。
「さて、それじゃっ!」
汐音の頭には次のステップが浮かんでいるようだった。
歌は涼香として、女子メンバーを中心に京舞踊を取り入れたダンスを踊ることまでは簡単に決まったのだが・・・
「やっぱ、三味線がなぁ・・・」
「ごめんなさい・・・、和楽器は自信無くて・・・」
学園祭の時のように涼香が弾ければ何とかなったかも知れないが、三味線となるとレベルが高すぎるようだ。
「仕方ない・・・、あちが話付けてくるわ」
穂波が立ち上がる。
「うちも行く」
穂波も立ち上がり大広間を出ていく。
「三味線となったら、弾先生と葵先生に頼むしか無いしね・・・」
圭が控えめに言う。
「でも、きっと引き受けてくれるよ」
「そうやな、わいら可愛い生徒なんやし」
「きっと、お前だけは可愛くないって言われると思うぞ・・・」
八郎に渡が突っ込み、大広間に爆笑がこだました。
「それとさ・・・」
「まだ、何かあるんか?」
恨めしそうに八郎はじろりと渡を見る。
「あの敬老会の人たちに観客になって貰うってのはどうかな?」
昨日の敬老会の面々の笑顔が皆の脳裏に浮かぶ。
「そうや、アキちゃんらが浴衣で踊ってテレビ中継ってのはどうや? DoDoTVの人たちもいるんやし!」
「師匠、ナイスなアイデアですよ。大賛成ですっ!」
二郎の趣向はだんだんと八郎に染まってきているようだ。
「あーぁ、やっばりルックスと発想は比例しているみたいねぇ。渡と八郎の違いっていうか・・・」
「ほっとけっ!」
イケメン好きの七瀬ではあるが、あの事もあり正直に渡に肩入れはまだしにくいのだろう。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
アレンジ可シチュボ等のフリー台本集77選
上津英
大衆娯楽
シチュエーションボイス等のフリー台本集です。女性向けで書いていますが、男性向けでの使用も可です。
一人用の短い恋愛系中心。
【利用規約】
・一人称・語尾・方言・男女逆転などのアレンジはご自由に。
・シチュボ以外にもASMR・ボイスドラマ・朗読・配信・声劇にどうぞお使いください。
・個人の使用報告は不要ですが、クレジットの表記はお願い致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる