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第12話 ゆかりの戦国探訪始まる
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「ここが、萌の実家ね」
秋田新幹線・こまちで三時間と少し、岩手県との県境に近い、仙北市。
ゆかりは駅からレンタカーを利用してここを訪れていた。
平泉庵は秋田乳頭温泉の一角にあり、門前には、大きく家紋が描かれている。
「五本扇骨に月丸・・・、佐竹家の家紋か」
「すいません、テルマエ学園の橘と申します。女将さんは居られますか?」
この訪問は表向き生徒達の生家の家庭訪問ということになっている。
生徒達には知らせずに秘密裡に行っているのだが、本当の目的はテルマエ学園に集められた八人の少女達に纏わる何かを探しての旅でもあった。
各々の生家、そして痣の有無は穂波によって事前に調査されていたのだが、詳しくは別の機会で語られることであろう。
ゆかりが訪れたここは、秋田藩主の湯治場として知られた秘湯である。
乳白色の湯が特徴的であり、混浴露天風呂があるが湯気が濃く体が見えないということもあり特に若い女性に人気が高い。
また、美肌効果から『美人の湯』とも呼ばれており飲む事も出来るしリウマチにも効果がある。
湯から上がったゆかりは女将の用意した郷土料理を前にしていた。
「冬でしたら、キリタンポ鍋もありますが、今の季節ですと味噌タンポになります」
テーブルの上には、味噌タンポの他、ハタハタ寿司やいぶりがっこ(大根を燻製にした漬物)が所狭しと並んでいた。
「では、平泉家は・・・」
「えぇ、なんでも佐竹家の分家だと聞いています。ほとんど、直系らしいんですが・・・」
(なるほど・・・、直接聞けば納得できるわね)
「菩提寺ってお近くなんですか?」
「いえ、秋田市にある天徳寺って言うお寺で二時間くらいかかりますが、何か?」
女将は菩提寺の事を聞くとは珍しいと感じているのだろう。
「いえ、なんとなくです。明日にでも行ってみようかと思って」
「特に何もないお寺ですけど、静かなところは気に入ってるんです」
「ちなみに、萌さんが天徳寺に行かれたことは?」
「毎年、お盆には。でも、あの子っていつも御墓の前でぼうっとしてるんです」
「佐竹様のご関係の?」
「初代 佐竹義宣様のですが・・・」
「ありがとうございました」
翌日、ゆかりは天徳寺を訪れていた。
(住職も萌が墓前でぼうっとしていたことを覚えていた・・・、間違いないわね)
もし、ゆかりの考えが正しければこれから向かう所でも同じような事が起きている筈、それが積み重なれはミネルヴァの思惑が当たった事にもなるだろう。
「次は、米沢か・・・」
ゆかりはカーナビに米沢市の住所を入力し、車を出発させた
渡と八郎、二郎とケリアンが大きな箱を両方が支え持ち大広間へと運んでいた。
大広間へと運ばれた大きな箱を前にして葵の声が響く。
「よーし、開けてっ!」
開けられた箱にはピンクとブルー、そしてグレーの作務衣が入っている。
「実習中は、この作務衣を着て貰います。男子はブルーのものを女子はピンクのものに着替えるように」
葵の指示が飛ぶ。
「ちょっと、恥ずいんだけど・・・」と汐音。
「これは・・・、さすがに・・・」と涼香
あちこちで戸惑いの声が聞こえる。
ただ、アキだけは「ピンクだよっ、可愛いねっ!」と無邪気に喜んでいる。
更に着替えてみて分かった事だが・・・
ピンクとブルーの作務衣はラメ入りであり背中にでかでかとテルマエ学園とプリントされているだけでなく、前襟には各実習生の名前までプリントされていたのである。
「普通、作務衣って紺とかグレーだよな。しかも、ラメ入り・・・。学園長の趣味の悪さが爆裂してるぜ・・・」
文句だらけの渡だが、作務衣姿もなかなかのものだ。
「サムエ・・・、面白いデース」
ケリアンは日本の物なら何でも喜ぶのだろうか。
「動きヤスイし、パンッも見えナイっ!素晴らしいヨっ!」
ハンも気に入ったようで、回し蹴りのスタイルを取っている。
「いや・・・、わいは動きにくいねんけど・・・」
八郎は作務衣からお腹がはみ出しそうだ。
「八郎っ、作務衣が気の毒だよぉ」
笑い広げている穂波に優奈も同調する。
「くっくっくっ、八郎・・・っ! あんた何着ても笑えるよっ!」
「何笑ってんねん!」
憤慨した八郎が振り向いた先にミッシェルがいた、じっと八郎を見ている。
「ミッシェル・・・」
「八郎、マジでヤバいデース」
勝手に勘違いした八郎にミッシェルの言葉が突き刺さった。
「わぁぁぁぁっ! あんまりやぁ、ミッシェルまでぇ」
居た黙れなくなった八郎が走り出そうとした瞬間、前にいた二郎にぶつかりバランスを崩して前のめりに転倒した。
両手両足を広げて畳にダイブした八郎・・・
「・・・八郎。お前、まるでカバみたいだぞ・・・」
渡の呟きに爆笑の渦が起こった。
ガラっと音を立ててドアが開く。
「何をしているのっ?」
声の方を振り向くと、グレーの作務衣姿の葵が立っている。
「あっ、普通のヤツっ、ずるいっ!」
皆が口々に言いだす。
「普通もなにも・・・、ぶっ!」
葵の来ている作務衣にはラメもプリントもされていない。
だが、生徒たちのものは・・・、葵も吹き出さずにはいられなかった。
(学園長・・・、趣味悪すぎ)
「どうした? 葵?」
遅れて大広間に入って来た弾も派手派手なピンクとブルーの作務衣を見て苦笑するしかなかった。
夕食の時間となり、いよいよアキ達のコンパニオン実習が始まった。
男性陣は、料理の配膳や布団の上げ下げなど力仕事を弾の指示で行っている。
唯一、作務衣の洗礼から逃れられたカトリーナは、紗矢子と一緒に旅館のネット予約やらブログの更新などで一役買っていた。
特に紗矢子が驚いたのはカトリーナの分析に従って出した広告にはすぐに予約の申し込みが入ることだった。
(へぇ、こんな生徒達がいるなんてね・・・。ゆかりも油断できないわね・・・)
紗矢子にも色々と因縁がありそうな気配が漂っていた。
宴会場は平日ということもあり、様々な地方からの団体客が多かった。
「お酒、お注ぎしますね」
「おう、ありがとう。よく気が利くのう」
孫娘のような涼香にお酌された敬老会の面々、ついつい顔がほころぶ。
宴会のメインは、おっきりこみ。
舞茸・大根・里芋・ごぼう・なす・油揚げ・鶏肉を味噌と醤油で煮込み、
乾麺をいれた郷土料理である。
ハンとミッシェルが取り分けを手伝っている。
「外人さんもべっぴんじゃのう」
「まるで竜宮城に来たみたいじゃ」
敬老会の面々はご満悦のようだ。
接客の様子は、DoDoTVによって撮影されている。
三橋の指示で、すずがカメラを持ち岩田が側について実習の邪魔にならないよう気を使って撮影を続けている。
「堀井、この後はお前一人で撮るんだからしっかりとな」
「はい、岩田さん」
堀井と呼ばれた女性、まだ社会に慣れていない感じはアキ達とあまり変わりないようだ。
「はい、ここはテルマエ学園の実習現場です。今回も、私・・・」
三波も視線の先には、弾の姿があった。
(やっりぃ! あれは京舞踊の家元・・・。やっぱ、イケメンは目の保養になるわぁ。でも、あの女、何っ!)
弾と並んで立っている葵を見て三波の表情が一瞬曇る。
(あーん、せっかくのイケメン家元との再会なのにぃ。橘ゆかりといい、あの女といい・・・)
「三波、インタビユーっ!」
耳に付けたイヤホンから三橋の指示が聞こえる。
「それと、堀井っ! お前も男ばっか追ってるんじゃねぇ!」
すずも無意識で弾の姿に見とれてしまい、弾の映像がずっと映っていたのだ。
「えーっと、では・・・」
三波がインタビユーをしようとした途端に真下から、声が掛かる。
「あんたはお酌してくれんのかのう?」
人の好さげな老人の縋るような視線、三波も心動かされるものがある。
「ごめんなさいね・・・」
そう言おうとした瞬間、イヤホンから三橋の声が聞こえた。
「多少のイレギュラーは有りだ。臨場感のある方がいい」
三橋の指示を聞き、こくりと三波は頷く。
「じゃあ、わたしも少しお手伝いしちゃいましょう」
三波も座りこみ、お酌し始める。
宴もたけなわになったころ、お膳の交換に男子生徒達も宴会場に姿を見せる。
(あらぁっ! イケメン登場っ!)
(うわっ、若いっ! イケメンっ!)
三波の視線とすずのカメラが渡にと向けられる。
「堀井っ! 宴会の接待を映せっ!」
小声で岩田から注意を受けたすずが慌ててカメラを戻す。
「こんだけブレまったら、使える映像、少ねぇな・・・。加工かよ、まったく・・・」
三橋が頭を抱えていた。
「皆さん、そろそろお開きの時間ですので・・・」
紗矢子が宴会場へと入って来た。
「これだけ盛り上がった宴会、久しぶりに見せて頂きました。テルマエ学園の皆さんのおかげですね」
紗矢子は弾とゆかりの深々と頭を下げる。
「どうでしょう、せっかくの機会ですから皆さんで記念撮影でもされたら・・・」
「おぉっ、ええのう!」
「こんな楽しい宴会、初めてじゃったわ」
「寿命が十年延びた気がするのぉ」
敬老会の面々もすっかり乗り気になっていた。
そして敬老会の面々とアキ達そしてDoDoTVのメンバーも加わっての記念撮影が予定外に行われた。
「ハイっ、チーズ!」
シャッターを押したのは、紗矢子である。
無論、葵や弾も同じ写真に納まっていたのは言うまでもない。
暫くして宴会場もお開きとなり、敬老会の面々は各々宿泊室へと引き上げ、テルマエ学園の関係者とDoDoTVの関係者だけが残っている。
沙矢子が仲居を連れて、人数分の緑茶と温泉まんじゅうを持って来ていた。
「皆さん、お疲れ様でした。敬老会の方たちもとても喜んで頂けたようですしお礼と言う訳ではありませんが、是非 当館自慢の温泉を堪能して頂ければと思います。湯上りの後にはお食事も用意させて頂きますので・・・」
沙矢子の言葉の終わる前に、緑茶と温泉まんじゅうはアキ達のお腹に納まっていたのだが・・・。
葵と弾も不思議な充足感を感じている。
「なあ、弾、うち、あの娘達とやったらやって行けそうな気がするんやけど・・・」
「葵・・・。何となくやけど、俺もそんな気が・・・」
「でも・・・、あんたに負けるつもりは無いでっ! 明日の京舞踊の授業もしっかりと見届けたるわっ! 弟の面倒を見るのも、姉の務めやしなっ!」
「ほうっ! 家元に向かってよう言うわっ!」
葵と弾、七年のわだかまりがほんの僅かではあったが少しだけ溶けかかっていたように思えた。
(大洗圭だったか・・・)
(ここに来て、正解だったのかも・・・)
言葉にこそ出さないが、二人ともテルマエ学園の生徒達のお陰と感じているのは明白であろう。
「ここ草津温泉は50℃の源泉ですが水を加えず湯もみ板で混ぜて、42℃まで下げているんですね。今回はテルマエ学園の生徒さんたちが今まさに体験学習の真っ最中ですので、私 DoDoTVの濱崎三波も独占・突撃インタビューさせて頂きますっ!」
三波にカメラを向けているのは、すずである。
カメラには、湯もみガールを背景にした三波がアップで映し出されている。
湯もみの歌を歌いながら、湯船を撹拌している湯もみガールズ、その中に混じって実習中の生徒を見つけて三波が近寄る。
「如何ですか? えっと、大洗圭さん?」
三波は作務衣の前襟を見ながら、インタビューする。
「はぁ・・・、熱いししんどいし・・・、辛いですね・・・。・・・。あっ! カメラあっちですかっ!五郎っ!見てる~っ!?」
圭がカメラに向かって手を振る。
「あっちは湯もみ歌に合わせて、ダンスを踊っているみたいにノッてますねっ!」
三波は、汐音の隣へと移動する。
「えっと、向坂汐音さんですねっ? 如何ですか?」
「良い感じのビートで楽しいです!」
汐音は湯もみ歌のリズムと完全に同化している。
「こちらは眼鏡っ娘の白布涼香さんっ、どうですか?」
「えっ!? ただ、汗だくなんですが・・・」
涼香は吹きだした汗でメガネがずり落ちそうになっている。
萌・優奈・穂波・七瀬はコツを掴んだようで上手く混ぜているが、アキは余計な所に力が入っているのだろうか直ぐに疲れてしまい座り込んでしまった。
一方、ミッシェルとハンは日本の温泉文化と言ってはしゃぎ続けている。
実習時間も終わり、アキ達も温泉に浸かる事となった。
但し、DoDoTVの中継は続く事となる。
「ふあぁぁぁ。気持良いよぉ・・・」
アキ達は体にバスタオルを巻き、足元からかけ湯をしてゆっくりと温泉に浸る。
これまでの疲れを癒すように手足を伸ばすアキ。
「アキ、おっぱい浮いてるよ」
七瀬が突っ込む。
「もう、どうでも良いよお・・・」
アキの疲労はピークに達しているようだ。
「くうっ、この熱さこそ温泉の醍醐味だよなぁっ!」
穂波は思わず、声が出たようだ。
「はぁ、これだけ広いと・・・」
萌も思わず声が出る。
「うちらしか入ってないのも、取材の特権ってかぁ・・・」
優奈もご満悦のようだ。
「よし、スタートっ!」
三橋の声が関係者のイヤホンに届く。
「お待たせ致せましたぁっ! ここからは、濱崎三波もテルマエ学園の生徒さん達と一緒にバスタオル姿で入浴させて頂きまーす! えっと、マイクは使えないので肉声でリアルな所をお届けしまーすっ!」
まさに体を張ってのインタビューに臨む三波であった。
女子浴とあって岩田は入れない事もあり、カメラはすずに託されているのだが、画面には三波ばかりが映し出されている。
「こらっ! 堀井っ! 生徒を映せっ!」
岩田の怒鳴り声が聞こえる。
「Waoッ! カメラ何処ですカァッ!?」
バスタオルを外してカメラの前に出ようとするミッシェル。
それを阻止しようと、大慌ての葵。
「もうっ、何やのっ!? この学園も生徒もっ!?」
すずはカメラを構え直す。
三波が気を取り直して、温泉の効能の説明を始める。
「草津温泉の湯は少し熱めですが、疲労回復と筋肉痛などに効果があるそうです。私も日ごろの疲れが取れてきたみたいに感じます・・・。なんだか・・・。なんだか頭の中まで・・・」
その後、三波は湯あたりしてしまい、ハンと葵だけでなくミッシェルや穂波の手を借りて何とか温泉から運び出されたのであった。
その後に三橋が沙矢子や葵達に平身低頭して謝りまくっていた事は言うまでもないだろう。
一方、温泉から出たアキ達は郷土料理を堪能していた。
その後に葵と弾の提案で、男女対抗枕投げ合戦が行われたことは、この関係者以外には知られていない。
「オーッ! コレガ日本伝統のピロー・ウォーズッ!」
ミッシェルが叫び、ケリアンが応じる。
「一度で良いカラ、ヤッテみたかったデースッ!」
アキとミッシェルは枕を投げ合っているうちに、浴衣がはだけてしまい八郎と次郎を狂気させていた。
ミッシェルとケリアンが異常に盛り上がったのは想像に硬くなかったが、それ以上に葵と弾が白熱してしまい、最終局面では弾・渡が勝利し葵が悔しがり啖呵を切っていた。
「明日は負けてたまるかっ!」
この一言が、翌夜の報復戦の始まりとなったことは想像に難くない。
結局、両陣営とも精魂尽き果てて雑魚寝のまま一夜を明かすハメとなったのである。
秋田新幹線・こまちで三時間と少し、岩手県との県境に近い、仙北市。
ゆかりは駅からレンタカーを利用してここを訪れていた。
平泉庵は秋田乳頭温泉の一角にあり、門前には、大きく家紋が描かれている。
「五本扇骨に月丸・・・、佐竹家の家紋か」
「すいません、テルマエ学園の橘と申します。女将さんは居られますか?」
この訪問は表向き生徒達の生家の家庭訪問ということになっている。
生徒達には知らせずに秘密裡に行っているのだが、本当の目的はテルマエ学園に集められた八人の少女達に纏わる何かを探しての旅でもあった。
各々の生家、そして痣の有無は穂波によって事前に調査されていたのだが、詳しくは別の機会で語られることであろう。
ゆかりが訪れたここは、秋田藩主の湯治場として知られた秘湯である。
乳白色の湯が特徴的であり、混浴露天風呂があるが湯気が濃く体が見えないということもあり特に若い女性に人気が高い。
また、美肌効果から『美人の湯』とも呼ばれており飲む事も出来るしリウマチにも効果がある。
湯から上がったゆかりは女将の用意した郷土料理を前にしていた。
「冬でしたら、キリタンポ鍋もありますが、今の季節ですと味噌タンポになります」
テーブルの上には、味噌タンポの他、ハタハタ寿司やいぶりがっこ(大根を燻製にした漬物)が所狭しと並んでいた。
「では、平泉家は・・・」
「えぇ、なんでも佐竹家の分家だと聞いています。ほとんど、直系らしいんですが・・・」
(なるほど・・・、直接聞けば納得できるわね)
「菩提寺ってお近くなんですか?」
「いえ、秋田市にある天徳寺って言うお寺で二時間くらいかかりますが、何か?」
女将は菩提寺の事を聞くとは珍しいと感じているのだろう。
「いえ、なんとなくです。明日にでも行ってみようかと思って」
「特に何もないお寺ですけど、静かなところは気に入ってるんです」
「ちなみに、萌さんが天徳寺に行かれたことは?」
「毎年、お盆には。でも、あの子っていつも御墓の前でぼうっとしてるんです」
「佐竹様のご関係の?」
「初代 佐竹義宣様のですが・・・」
「ありがとうございました」
翌日、ゆかりは天徳寺を訪れていた。
(住職も萌が墓前でぼうっとしていたことを覚えていた・・・、間違いないわね)
もし、ゆかりの考えが正しければこれから向かう所でも同じような事が起きている筈、それが積み重なれはミネルヴァの思惑が当たった事にもなるだろう。
「次は、米沢か・・・」
ゆかりはカーナビに米沢市の住所を入力し、車を出発させた
渡と八郎、二郎とケリアンが大きな箱を両方が支え持ち大広間へと運んでいた。
大広間へと運ばれた大きな箱を前にして葵の声が響く。
「よーし、開けてっ!」
開けられた箱にはピンクとブルー、そしてグレーの作務衣が入っている。
「実習中は、この作務衣を着て貰います。男子はブルーのものを女子はピンクのものに着替えるように」
葵の指示が飛ぶ。
「ちょっと、恥ずいんだけど・・・」と汐音。
「これは・・・、さすがに・・・」と涼香
あちこちで戸惑いの声が聞こえる。
ただ、アキだけは「ピンクだよっ、可愛いねっ!」と無邪気に喜んでいる。
更に着替えてみて分かった事だが・・・
ピンクとブルーの作務衣はラメ入りであり背中にでかでかとテルマエ学園とプリントされているだけでなく、前襟には各実習生の名前までプリントされていたのである。
「普通、作務衣って紺とかグレーだよな。しかも、ラメ入り・・・。学園長の趣味の悪さが爆裂してるぜ・・・」
文句だらけの渡だが、作務衣姿もなかなかのものだ。
「サムエ・・・、面白いデース」
ケリアンは日本の物なら何でも喜ぶのだろうか。
「動きヤスイし、パンッも見えナイっ!素晴らしいヨっ!」
ハンも気に入ったようで、回し蹴りのスタイルを取っている。
「いや・・・、わいは動きにくいねんけど・・・」
八郎は作務衣からお腹がはみ出しそうだ。
「八郎っ、作務衣が気の毒だよぉ」
笑い広げている穂波に優奈も同調する。
「くっくっくっ、八郎・・・っ! あんた何着ても笑えるよっ!」
「何笑ってんねん!」
憤慨した八郎が振り向いた先にミッシェルがいた、じっと八郎を見ている。
「ミッシェル・・・」
「八郎、マジでヤバいデース」
勝手に勘違いした八郎にミッシェルの言葉が突き刺さった。
「わぁぁぁぁっ! あんまりやぁ、ミッシェルまでぇ」
居た黙れなくなった八郎が走り出そうとした瞬間、前にいた二郎にぶつかりバランスを崩して前のめりに転倒した。
両手両足を広げて畳にダイブした八郎・・・
「・・・八郎。お前、まるでカバみたいだぞ・・・」
渡の呟きに爆笑の渦が起こった。
ガラっと音を立ててドアが開く。
「何をしているのっ?」
声の方を振り向くと、グレーの作務衣姿の葵が立っている。
「あっ、普通のヤツっ、ずるいっ!」
皆が口々に言いだす。
「普通もなにも・・・、ぶっ!」
葵の来ている作務衣にはラメもプリントもされていない。
だが、生徒たちのものは・・・、葵も吹き出さずにはいられなかった。
(学園長・・・、趣味悪すぎ)
「どうした? 葵?」
遅れて大広間に入って来た弾も派手派手なピンクとブルーの作務衣を見て苦笑するしかなかった。
夕食の時間となり、いよいよアキ達のコンパニオン実習が始まった。
男性陣は、料理の配膳や布団の上げ下げなど力仕事を弾の指示で行っている。
唯一、作務衣の洗礼から逃れられたカトリーナは、紗矢子と一緒に旅館のネット予約やらブログの更新などで一役買っていた。
特に紗矢子が驚いたのはカトリーナの分析に従って出した広告にはすぐに予約の申し込みが入ることだった。
(へぇ、こんな生徒達がいるなんてね・・・。ゆかりも油断できないわね・・・)
紗矢子にも色々と因縁がありそうな気配が漂っていた。
宴会場は平日ということもあり、様々な地方からの団体客が多かった。
「お酒、お注ぎしますね」
「おう、ありがとう。よく気が利くのう」
孫娘のような涼香にお酌された敬老会の面々、ついつい顔がほころぶ。
宴会のメインは、おっきりこみ。
舞茸・大根・里芋・ごぼう・なす・油揚げ・鶏肉を味噌と醤油で煮込み、
乾麺をいれた郷土料理である。
ハンとミッシェルが取り分けを手伝っている。
「外人さんもべっぴんじゃのう」
「まるで竜宮城に来たみたいじゃ」
敬老会の面々はご満悦のようだ。
接客の様子は、DoDoTVによって撮影されている。
三橋の指示で、すずがカメラを持ち岩田が側について実習の邪魔にならないよう気を使って撮影を続けている。
「堀井、この後はお前一人で撮るんだからしっかりとな」
「はい、岩田さん」
堀井と呼ばれた女性、まだ社会に慣れていない感じはアキ達とあまり変わりないようだ。
「はい、ここはテルマエ学園の実習現場です。今回も、私・・・」
三波も視線の先には、弾の姿があった。
(やっりぃ! あれは京舞踊の家元・・・。やっぱ、イケメンは目の保養になるわぁ。でも、あの女、何っ!)
弾と並んで立っている葵を見て三波の表情が一瞬曇る。
(あーん、せっかくのイケメン家元との再会なのにぃ。橘ゆかりといい、あの女といい・・・)
「三波、インタビユーっ!」
耳に付けたイヤホンから三橋の指示が聞こえる。
「それと、堀井っ! お前も男ばっか追ってるんじゃねぇ!」
すずも無意識で弾の姿に見とれてしまい、弾の映像がずっと映っていたのだ。
「えーっと、では・・・」
三波がインタビユーをしようとした途端に真下から、声が掛かる。
「あんたはお酌してくれんのかのう?」
人の好さげな老人の縋るような視線、三波も心動かされるものがある。
「ごめんなさいね・・・」
そう言おうとした瞬間、イヤホンから三橋の声が聞こえた。
「多少のイレギュラーは有りだ。臨場感のある方がいい」
三橋の指示を聞き、こくりと三波は頷く。
「じゃあ、わたしも少しお手伝いしちゃいましょう」
三波も座りこみ、お酌し始める。
宴もたけなわになったころ、お膳の交換に男子生徒達も宴会場に姿を見せる。
(あらぁっ! イケメン登場っ!)
(うわっ、若いっ! イケメンっ!)
三波の視線とすずのカメラが渡にと向けられる。
「堀井っ! 宴会の接待を映せっ!」
小声で岩田から注意を受けたすずが慌ててカメラを戻す。
「こんだけブレまったら、使える映像、少ねぇな・・・。加工かよ、まったく・・・」
三橋が頭を抱えていた。
「皆さん、そろそろお開きの時間ですので・・・」
紗矢子が宴会場へと入って来た。
「これだけ盛り上がった宴会、久しぶりに見せて頂きました。テルマエ学園の皆さんのおかげですね」
紗矢子は弾とゆかりの深々と頭を下げる。
「どうでしょう、せっかくの機会ですから皆さんで記念撮影でもされたら・・・」
「おぉっ、ええのう!」
「こんな楽しい宴会、初めてじゃったわ」
「寿命が十年延びた気がするのぉ」
敬老会の面々もすっかり乗り気になっていた。
そして敬老会の面々とアキ達そしてDoDoTVのメンバーも加わっての記念撮影が予定外に行われた。
「ハイっ、チーズ!」
シャッターを押したのは、紗矢子である。
無論、葵や弾も同じ写真に納まっていたのは言うまでもない。
暫くして宴会場もお開きとなり、敬老会の面々は各々宿泊室へと引き上げ、テルマエ学園の関係者とDoDoTVの関係者だけが残っている。
沙矢子が仲居を連れて、人数分の緑茶と温泉まんじゅうを持って来ていた。
「皆さん、お疲れ様でした。敬老会の方たちもとても喜んで頂けたようですしお礼と言う訳ではありませんが、是非 当館自慢の温泉を堪能して頂ければと思います。湯上りの後にはお食事も用意させて頂きますので・・・」
沙矢子の言葉の終わる前に、緑茶と温泉まんじゅうはアキ達のお腹に納まっていたのだが・・・。
葵と弾も不思議な充足感を感じている。
「なあ、弾、うち、あの娘達とやったらやって行けそうな気がするんやけど・・・」
「葵・・・。何となくやけど、俺もそんな気が・・・」
「でも・・・、あんたに負けるつもりは無いでっ! 明日の京舞踊の授業もしっかりと見届けたるわっ! 弟の面倒を見るのも、姉の務めやしなっ!」
「ほうっ! 家元に向かってよう言うわっ!」
葵と弾、七年のわだかまりがほんの僅かではあったが少しだけ溶けかかっていたように思えた。
(大洗圭だったか・・・)
(ここに来て、正解だったのかも・・・)
言葉にこそ出さないが、二人ともテルマエ学園の生徒達のお陰と感じているのは明白であろう。
「ここ草津温泉は50℃の源泉ですが水を加えず湯もみ板で混ぜて、42℃まで下げているんですね。今回はテルマエ学園の生徒さんたちが今まさに体験学習の真っ最中ですので、私 DoDoTVの濱崎三波も独占・突撃インタビューさせて頂きますっ!」
三波にカメラを向けているのは、すずである。
カメラには、湯もみガールを背景にした三波がアップで映し出されている。
湯もみの歌を歌いながら、湯船を撹拌している湯もみガールズ、その中に混じって実習中の生徒を見つけて三波が近寄る。
「如何ですか? えっと、大洗圭さん?」
三波は作務衣の前襟を見ながら、インタビューする。
「はぁ・・・、熱いししんどいし・・・、辛いですね・・・。・・・。あっ! カメラあっちですかっ!五郎っ!見てる~っ!?」
圭がカメラに向かって手を振る。
「あっちは湯もみ歌に合わせて、ダンスを踊っているみたいにノッてますねっ!」
三波は、汐音の隣へと移動する。
「えっと、向坂汐音さんですねっ? 如何ですか?」
「良い感じのビートで楽しいです!」
汐音は湯もみ歌のリズムと完全に同化している。
「こちらは眼鏡っ娘の白布涼香さんっ、どうですか?」
「えっ!? ただ、汗だくなんですが・・・」
涼香は吹きだした汗でメガネがずり落ちそうになっている。
萌・優奈・穂波・七瀬はコツを掴んだようで上手く混ぜているが、アキは余計な所に力が入っているのだろうか直ぐに疲れてしまい座り込んでしまった。
一方、ミッシェルとハンは日本の温泉文化と言ってはしゃぎ続けている。
実習時間も終わり、アキ達も温泉に浸かる事となった。
但し、DoDoTVの中継は続く事となる。
「ふあぁぁぁ。気持良いよぉ・・・」
アキ達は体にバスタオルを巻き、足元からかけ湯をしてゆっくりと温泉に浸る。
これまでの疲れを癒すように手足を伸ばすアキ。
「アキ、おっぱい浮いてるよ」
七瀬が突っ込む。
「もう、どうでも良いよお・・・」
アキの疲労はピークに達しているようだ。
「くうっ、この熱さこそ温泉の醍醐味だよなぁっ!」
穂波は思わず、声が出たようだ。
「はぁ、これだけ広いと・・・」
萌も思わず声が出る。
「うちらしか入ってないのも、取材の特権ってかぁ・・・」
優奈もご満悦のようだ。
「よし、スタートっ!」
三橋の声が関係者のイヤホンに届く。
「お待たせ致せましたぁっ! ここからは、濱崎三波もテルマエ学園の生徒さん達と一緒にバスタオル姿で入浴させて頂きまーす! えっと、マイクは使えないので肉声でリアルな所をお届けしまーすっ!」
まさに体を張ってのインタビューに臨む三波であった。
女子浴とあって岩田は入れない事もあり、カメラはすずに託されているのだが、画面には三波ばかりが映し出されている。
「こらっ! 堀井っ! 生徒を映せっ!」
岩田の怒鳴り声が聞こえる。
「Waoッ! カメラ何処ですカァッ!?」
バスタオルを外してカメラの前に出ようとするミッシェル。
それを阻止しようと、大慌ての葵。
「もうっ、何やのっ!? この学園も生徒もっ!?」
すずはカメラを構え直す。
三波が気を取り直して、温泉の効能の説明を始める。
「草津温泉の湯は少し熱めですが、疲労回復と筋肉痛などに効果があるそうです。私も日ごろの疲れが取れてきたみたいに感じます・・・。なんだか・・・。なんだか頭の中まで・・・」
その後、三波は湯あたりしてしまい、ハンと葵だけでなくミッシェルや穂波の手を借りて何とか温泉から運び出されたのであった。
その後に三橋が沙矢子や葵達に平身低頭して謝りまくっていた事は言うまでもないだろう。
一方、温泉から出たアキ達は郷土料理を堪能していた。
その後に葵と弾の提案で、男女対抗枕投げ合戦が行われたことは、この関係者以外には知られていない。
「オーッ! コレガ日本伝統のピロー・ウォーズッ!」
ミッシェルが叫び、ケリアンが応じる。
「一度で良いカラ、ヤッテみたかったデースッ!」
アキとミッシェルは枕を投げ合っているうちに、浴衣がはだけてしまい八郎と次郎を狂気させていた。
ミッシェルとケリアンが異常に盛り上がったのは想像に硬くなかったが、それ以上に葵と弾が白熱してしまい、最終局面では弾・渡が勝利し葵が悔しがり啖呵を切っていた。
「明日は負けてたまるかっ!」
この一言が、翌夜の報復戦の始まりとなったことは想像に難くない。
結局、両陣営とも精魂尽き果てて雑魚寝のまま一夜を明かすハメとなったのである。
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