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第9話 ゆかり最後の授業
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夏休みの終了間際、アキと七瀬は一足早く学園に戻ってきており学園自慢の大浴場に入ろうとしていた。
「この大浴場、ホントに広いよねぇ。アキ」
「うん、そうだね。久しぶりに見るけど、うちの温泉より広いみたい」
二人は服を脱ぎ白い湯気が立ち上る大浴場に足を踏み入れる。
「あれっ!? 誰かいるみたい?」
「ホントだ」
湯気の中に人影が浮かび上がる。
どうやら、先客が居たようだ。
「OHッ! アキに七瀬ッ!」
影の主は、ミッシェルだった。
「会いたかったデース!」
ミッシェルは走り寄ってきて、アキと七瀬に交代でハグをする。
「もう、ミッシェルってばぁ・・・」
アキと七瀬は互いの顔を見合わせ、思わず笑みがこぼれる。
「でも、ミッシェル? 随分と早く戻って来たんだね」
「ハイっ! パパが日本に行きたいって言うから一緒に来たヨ。」
「えっ、お父さんも来てるの?」
「うーん、学園長に挨拶したいって言って来たケド、すぐに学園と東京見て帰ったネ。ワタシ、全部案内したんだヨ!」
余程嬉しかったのだろうか、ミッシェルのお喋りは止まらない。
アキと七瀬は、専ら聞き役に徹するしかなかったようだ。
事実この後、三人はのぼせてしまうまで大浴場から出てこなかった。
コンコン コンコン
学園長室の扉がノックされる。
「入りたまえ」
ミネルヴァの声が聞こえゆかりはドアを開けた。
「松永弾です。初めまして」
弾は緊張した面持ちのまま、軽く会釈をした。
「どうぞ、こちらへお掛けください」
ゆかりが弾をソファに薦める。
「和服もお似合いでしたが、スーツ姿も素敵ですね」
ゆかりが悪戯っぽく言うと、弾は少しばかり赤面している。
「もう、しばらくお待ちください」
(他にも誰か来るのか?)
弾が考える間も無くドアがノックされ、ゆっくりと扉が開く。
「松永葵です」
葵が軽やかにお辞儀をした瞬間、ガタッと音を立てて弾が立ちあがった。
立ち上がり後ろを振り返った弾とお辞儀から姿勢を戻した葵の視線が絡み合う。
「だっ・・・、弾っ!? 何でっ!?」
「あっ・・・、葵・・・っ! どうして・・・?」
二人は互いを見つめあったまま、次の言葉が繋げずにいた。
「っ、!? 弾っ、久しぶりだけど、うちのことは姉さんって呼ぶべきやないの?」
「なんだってっ! 双子なんだから姉も弟も関係ないだろっ!」
「いいえっ、例え一秒でも早く生まれたのだから、お前はうちを姉と呼ぶべきよっ!」
七年振りの再会となったのだが、二人は互いに一歩も譲りそうにない。
「姉弟喧嘩は後でゆっくりとしてもらおうか」
弾と葵の言い争いを面白そうに見ていたミネルヴァが口を開いた。
(弾と葵、双子の再会・・・これから益々、面白くなりそうだけど・・・。学園長も悪趣味ね。全く・・・)
「葵さんも立ってないでお掛けくださいな」
弾は急に我に返り、力が抜けたかのように座り込む。
一方の葵も、言葉が出ないまま弾との距離を取って着席した。
二人にお茶を用意しながらもゆかりは終始笑みを絶やさない。
面白くて仕方がないと言うところだろうか。
「松永弾君、君には京舞踊の講師をして貰う」
「はい、お聞きしております」
「ふむ。松永葵君には、コンパニオン講座の講師だったな」
「ええ、そう聞いています」
「それと・・・」
ミネルヴァが重くのしかかるような雰囲気になり次の言葉を放った。
「弾君には、アイドル部の顧問を。葵君には、一期生の担任も受け持って貰う」
「は・・・っ!? アイドル部っ!? 初耳ですがっ!」
「担任って・・・、何それっ!?」
ミネルヴァの一方的な言葉に、弾と葵は憤慨しミネルヴァを睨みつける。
「それなりの理由があって、講師の話を引き受けたのだろう? それにここまできたのだ、今更引き下がることも出来まいっ?」
弾にしても葵にしても借金の返済という目的で小切手を受け取り、既に使っているのだから今更どうしようもないのである。
「話はそれだけだ、ゆかりくんは色々と多忙なのでな・・・。しっかりと引継ぎしてくれたまえ」
何も反論できない圧倒的なプレッシャー、弾と葵は肌が感じ取った場の凍る空気に圧倒されていた。
「では、こちらへ・・・」
ゆかりに促されて弾と葵は学園長室を後にする。
「弾と葵・・・、この儂を睨みつけおったわ。二人とも良い目をしておる、やはり双子だな。さて、儂を楽しませてくれよ。ほっほっほっ・・・」
一人になった学園長部屋にミネルヴァの哄笑が響いていた。
キーンコーンカーンコーン
チャイムの音が新学期のスタートを告げる。
ドドドッ、まるで地響きのような音を立てて八郎が走る。
その先には・・・
「アキちゃーん、会いたかったでぇっっっっ!」
八郎はアキに飛び掛からんばかりの勢いでハグしようとしたが・・・
「ハイっ、そこまでネッ!」
アキの前にハンが立ちはだかり、スっと回し蹴りのフォームに入る。
「うわっ、ちょっと待ってぇなっ!」
以前に強烈なハンの回し蹴りをくらった八郎の体が勝手に反応してすんでのところで踏みとどまる。
「NOッ! ジャパンでは、ハグ駄目ヨッ!」
「ありがとう、ハン」
「なんでやねん、ハンちゃん あんまりやでぇ。わいはただ、アキちゃんのオッパイが大きゅうなってないかって心配しただけやんかぁ」
全く悪びれる様子すら無い八郎に誰もが呆れ顔になっている。
「師匠~、残念でしたねぇ」
二郎はフォローしているつもりなのだろうか。
「五郎は硬派でよかったぁ」
圭は変なところで感心している。
「ところで、皆は夏休みどうしてたの?」
場の雰囲気を変えようと七瀬が話題を振る。
「ボクはスケボーの練習一色だったよ」と萌。
「わたしは新しいダンスをずっと考えてたよ」と汐音。
「あちは趣味の秘湯巡りと久しぶりに道場で組手稽古!」と穂波。
「うちはバイトで稼ぎまくりぃっ!」と優奈
「わたしは、ずっと音楽聞いてたけど・・・。アキちゃんがいないと寂しくて・・・」
涼香がアキをちらりと見る、アキも涼香に笑いかける。
皆、それなりに有意義な夏休みを過ごしたようである。
「ボクハ、フランスに帰国していたヨ。コレ、皆にお土産だヨ」
ケリアンが大きな箱を持ち出して来て開ける。
「ボンヌママン、ラメールブラール。それとリュ。クッキーとガレットとビスケット、フランスの人気のお菓子だヨ」
「うわっ、凄い!」
「美味しそうっ」
ケリアンの周囲に皆が集まってくる。
やはり、女の子はお菓子に目がない。
「おっ、俺も一つ貰っとこ!」
いつの間にか、渡もお菓子を摘まんでいる。
(渡、甘党なのかな・・・)
渋温泉でのこともあり、話すきっかけを掴めないアキと七瀬の視線が注がれていた。
わいわい がやがや
騒がしい中から、ケリアンがお菓子をいくつか持ってカトリーナの側に歩み寄る。
ふとケリアンに気付いたカトリーナ、キーボードを叩いていた指が止まった。
「ナニ?」
無表情のままカトリーナはケリアンを見上げる。
「コレ、お土産。カトリーナも食べてネ」
そう言うと、カトリーナのキーボードの横にいくつかのお菓子をそっと置き、静かに皆の騒ぎの中へと戻ったケリアン。
それを見て、カトリーナも一瞬だが微笑んでいる。
「ケリアン・・・」
誰にも聞こえない一言を発した後、元のポーカーフェイスに戻りキーボードを叩き始めていた。
ガラガラガラッ
教室のドアが開き、ゆかりが入ってくる。
いつもと違うのは、後ろに二人の男女がいることだ。
「お早うございます。皆さん、夏休みは満喫できましたか」
ゆかりの声を聴くのも久しぶりだ。
「急な話ですが、今日から新しい講師の方たちが来られてます」
アキたちの視線がゆかりの後ろに控えている二人に向けられる。
「松永弾先生。京舞踊学を教えて下さいます」
「松永弾と言います。宜しくお願い致します。」
勢いよくキレのある動作で頭を下げる弾。
「きゃあっ! イケメンっ!」
優奈と穂波、それと七瀬がほぼ同時に大喜びの声を上げた。
「こちらは、松永葵先生。コンパニオン学を教えて下さいます」
「うわぁ、凄い美人やんかぁ」
八郎と二郎が舞い上がっている。
「松永葵です。宜しく。」
愛想よく、にこやかな笑みを振りまいている。
教室の中の騒ぎが収まる前に、ゆかりが強めに声を出した。
「それと、こちらのお二方には別のことでも皆さんに関わって頂きます」
一瞬で教室は静まり返り、ゆかりの次の言葉を待っていた。
「松永弾先生は、アイドル部の顧問を。松永葵先生は皆さんの担任になって頂きます」
「えっ、ええぇぇぇっっ!」
誰もが驚きの声を上げた。
「あっ、あのっ!?」
アキは無意識に手を挙げていた。
「なに? 温水さん」
「ゆかり先生は、どうするんですか?」
誰もが気になっていたことたった。
アキだけでなく、涼香も萌も圭も不安を顔に浮かべている。
(急に担任が変わる・・・、今頃、なぜだ・・・?)
渡は思案顔になっていた。
アキたちの不安を感じ取ったゆかりはわざと明るく話し出す。
「私は学園長の秘書としての仕事が忙しくなってきたので、両先生に来て頂いたの。ちゃんと引継ぎもするから安心してね。明日のホステス学は担任としての最後の授業になるからしっかり勉強して下さい」
新しい講師が来ただけでも大問題なのに、担任のゆかりが外れるということで不安を隠せないアキたちだった。
ゆかりたちが退出した後、教室では大騒ぎになっていた。
そんな中、アキがぽつりと呟く。
「二人とも、同じ松永って苗字なんて珍しいよね」
一瞬の空白の後、教室は大爆笑の渦に包まれた。
「・・・えっ、なに?」
「アキ、あんたって子はもうっ!」
「えっ、何、わたし変なこと言った??」
「やっぱり、アキちゃんらしいわぁ」
「あの・・・、アキちゃん・・・。それはちょっと・・・」
八郎と涼香もどう対応したら良いのかと悩んでいるようだ。
「・・・。本物の天然・・・」
穂波と優奈も互いの顔を見合わせて、肩を竦め合っている。
「なになになにぃっ!」
「あのねぇ、アキ」
七瀬が諭すように口を開いた。
「誰がどう考えても、親戚とか兄妹姉弟(きょうだい)って思うわよ」
「えっえぇぇぇっ!そうなんだぁ」
素っ頓狂な声を上げるアキを見て、再び教室は爆笑の渦に包まれていた。
日が変わって、ゆかりの最後の授業【ホステス学】が始まった。
「まずホステスの語源ですがホスピタリティ・・・、奉仕の精神に由来しています。つまり、ホステスとは究極のもてなしを行う女主人役ということです。これは温泉の接客にも通じるものです」
ゆかりの話は延々と続き、個別のことまで様々な実例を出して説明が続いた。
煙草に火を点けるときは、手でライターの炎を覆うこと
お客様の名前を一回で覚え、決して間違えないこと
常に笑顔で挨拶・会話し、マナーを意識し続けること
言葉遣いに注意すること
お酒を作って、話を盛り上げること
お手洗いから戻られたお客様にはオシボリを広げてお渡しすること
など、アキたちにとってはそれまで意識したことのないレベルの接客技術であった。
「さて、こうして座学で勉強していてもなかなか身につくものではありません。そこで」
ゆかりは一度、言葉を切って教室の中を見回した。
「今夜、ミネルヴァグルーブの高級クラブ、【ル・パルファン】で実習を行います」
(【ル・パルファン】・・・)
渡の顔が一瞬曇るが、誰も気が付いたものはいない。
「お店にはすでに実習の話は通してあるので、女子の皆さんはホステス役、男子の皆さんは黒服(ボーイ)の役をして頂くことになります」
「えぇぇぇっっ!」
「いきなり、実習なんてぇ!」
騒ぐ生徒たち。
「実習は夜間になりますので、明日はお休みになります。皆さんは、新宿駅東口のアルタ前に夕方の6時に集合しておいて下さい。そこから銀座へと向かいます」
「アノ・・・」
カトリーナが手を挙げた。
「カトリーナさんは宗教上の都合がありますので、改めてレポートの提出をお願いします」
ゆかりの配慮にホッと胸をなでおろすカトリーナだった。
「この大浴場、ホントに広いよねぇ。アキ」
「うん、そうだね。久しぶりに見るけど、うちの温泉より広いみたい」
二人は服を脱ぎ白い湯気が立ち上る大浴場に足を踏み入れる。
「あれっ!? 誰かいるみたい?」
「ホントだ」
湯気の中に人影が浮かび上がる。
どうやら、先客が居たようだ。
「OHッ! アキに七瀬ッ!」
影の主は、ミッシェルだった。
「会いたかったデース!」
ミッシェルは走り寄ってきて、アキと七瀬に交代でハグをする。
「もう、ミッシェルってばぁ・・・」
アキと七瀬は互いの顔を見合わせ、思わず笑みがこぼれる。
「でも、ミッシェル? 随分と早く戻って来たんだね」
「ハイっ! パパが日本に行きたいって言うから一緒に来たヨ。」
「えっ、お父さんも来てるの?」
「うーん、学園長に挨拶したいって言って来たケド、すぐに学園と東京見て帰ったネ。ワタシ、全部案内したんだヨ!」
余程嬉しかったのだろうか、ミッシェルのお喋りは止まらない。
アキと七瀬は、専ら聞き役に徹するしかなかったようだ。
事実この後、三人はのぼせてしまうまで大浴場から出てこなかった。
コンコン コンコン
学園長室の扉がノックされる。
「入りたまえ」
ミネルヴァの声が聞こえゆかりはドアを開けた。
「松永弾です。初めまして」
弾は緊張した面持ちのまま、軽く会釈をした。
「どうぞ、こちらへお掛けください」
ゆかりが弾をソファに薦める。
「和服もお似合いでしたが、スーツ姿も素敵ですね」
ゆかりが悪戯っぽく言うと、弾は少しばかり赤面している。
「もう、しばらくお待ちください」
(他にも誰か来るのか?)
弾が考える間も無くドアがノックされ、ゆっくりと扉が開く。
「松永葵です」
葵が軽やかにお辞儀をした瞬間、ガタッと音を立てて弾が立ちあがった。
立ち上がり後ろを振り返った弾とお辞儀から姿勢を戻した葵の視線が絡み合う。
「だっ・・・、弾っ!? 何でっ!?」
「あっ・・・、葵・・・っ! どうして・・・?」
二人は互いを見つめあったまま、次の言葉が繋げずにいた。
「っ、!? 弾っ、久しぶりだけど、うちのことは姉さんって呼ぶべきやないの?」
「なんだってっ! 双子なんだから姉も弟も関係ないだろっ!」
「いいえっ、例え一秒でも早く生まれたのだから、お前はうちを姉と呼ぶべきよっ!」
七年振りの再会となったのだが、二人は互いに一歩も譲りそうにない。
「姉弟喧嘩は後でゆっくりとしてもらおうか」
弾と葵の言い争いを面白そうに見ていたミネルヴァが口を開いた。
(弾と葵、双子の再会・・・これから益々、面白くなりそうだけど・・・。学園長も悪趣味ね。全く・・・)
「葵さんも立ってないでお掛けくださいな」
弾は急に我に返り、力が抜けたかのように座り込む。
一方の葵も、言葉が出ないまま弾との距離を取って着席した。
二人にお茶を用意しながらもゆかりは終始笑みを絶やさない。
面白くて仕方がないと言うところだろうか。
「松永弾君、君には京舞踊の講師をして貰う」
「はい、お聞きしております」
「ふむ。松永葵君には、コンパニオン講座の講師だったな」
「ええ、そう聞いています」
「それと・・・」
ミネルヴァが重くのしかかるような雰囲気になり次の言葉を放った。
「弾君には、アイドル部の顧問を。葵君には、一期生の担任も受け持って貰う」
「は・・・っ!? アイドル部っ!? 初耳ですがっ!」
「担任って・・・、何それっ!?」
ミネルヴァの一方的な言葉に、弾と葵は憤慨しミネルヴァを睨みつける。
「それなりの理由があって、講師の話を引き受けたのだろう? それにここまできたのだ、今更引き下がることも出来まいっ?」
弾にしても葵にしても借金の返済という目的で小切手を受け取り、既に使っているのだから今更どうしようもないのである。
「話はそれだけだ、ゆかりくんは色々と多忙なのでな・・・。しっかりと引継ぎしてくれたまえ」
何も反論できない圧倒的なプレッシャー、弾と葵は肌が感じ取った場の凍る空気に圧倒されていた。
「では、こちらへ・・・」
ゆかりに促されて弾と葵は学園長室を後にする。
「弾と葵・・・、この儂を睨みつけおったわ。二人とも良い目をしておる、やはり双子だな。さて、儂を楽しませてくれよ。ほっほっほっ・・・」
一人になった学園長部屋にミネルヴァの哄笑が響いていた。
キーンコーンカーンコーン
チャイムの音が新学期のスタートを告げる。
ドドドッ、まるで地響きのような音を立てて八郎が走る。
その先には・・・
「アキちゃーん、会いたかったでぇっっっっ!」
八郎はアキに飛び掛からんばかりの勢いでハグしようとしたが・・・
「ハイっ、そこまでネッ!」
アキの前にハンが立ちはだかり、スっと回し蹴りのフォームに入る。
「うわっ、ちょっと待ってぇなっ!」
以前に強烈なハンの回し蹴りをくらった八郎の体が勝手に反応してすんでのところで踏みとどまる。
「NOッ! ジャパンでは、ハグ駄目ヨッ!」
「ありがとう、ハン」
「なんでやねん、ハンちゃん あんまりやでぇ。わいはただ、アキちゃんのオッパイが大きゅうなってないかって心配しただけやんかぁ」
全く悪びれる様子すら無い八郎に誰もが呆れ顔になっている。
「師匠~、残念でしたねぇ」
二郎はフォローしているつもりなのだろうか。
「五郎は硬派でよかったぁ」
圭は変なところで感心している。
「ところで、皆は夏休みどうしてたの?」
場の雰囲気を変えようと七瀬が話題を振る。
「ボクはスケボーの練習一色だったよ」と萌。
「わたしは新しいダンスをずっと考えてたよ」と汐音。
「あちは趣味の秘湯巡りと久しぶりに道場で組手稽古!」と穂波。
「うちはバイトで稼ぎまくりぃっ!」と優奈
「わたしは、ずっと音楽聞いてたけど・・・。アキちゃんがいないと寂しくて・・・」
涼香がアキをちらりと見る、アキも涼香に笑いかける。
皆、それなりに有意義な夏休みを過ごしたようである。
「ボクハ、フランスに帰国していたヨ。コレ、皆にお土産だヨ」
ケリアンが大きな箱を持ち出して来て開ける。
「ボンヌママン、ラメールブラール。それとリュ。クッキーとガレットとビスケット、フランスの人気のお菓子だヨ」
「うわっ、凄い!」
「美味しそうっ」
ケリアンの周囲に皆が集まってくる。
やはり、女の子はお菓子に目がない。
「おっ、俺も一つ貰っとこ!」
いつの間にか、渡もお菓子を摘まんでいる。
(渡、甘党なのかな・・・)
渋温泉でのこともあり、話すきっかけを掴めないアキと七瀬の視線が注がれていた。
わいわい がやがや
騒がしい中から、ケリアンがお菓子をいくつか持ってカトリーナの側に歩み寄る。
ふとケリアンに気付いたカトリーナ、キーボードを叩いていた指が止まった。
「ナニ?」
無表情のままカトリーナはケリアンを見上げる。
「コレ、お土産。カトリーナも食べてネ」
そう言うと、カトリーナのキーボードの横にいくつかのお菓子をそっと置き、静かに皆の騒ぎの中へと戻ったケリアン。
それを見て、カトリーナも一瞬だが微笑んでいる。
「ケリアン・・・」
誰にも聞こえない一言を発した後、元のポーカーフェイスに戻りキーボードを叩き始めていた。
ガラガラガラッ
教室のドアが開き、ゆかりが入ってくる。
いつもと違うのは、後ろに二人の男女がいることだ。
「お早うございます。皆さん、夏休みは満喫できましたか」
ゆかりの声を聴くのも久しぶりだ。
「急な話ですが、今日から新しい講師の方たちが来られてます」
アキたちの視線がゆかりの後ろに控えている二人に向けられる。
「松永弾先生。京舞踊学を教えて下さいます」
「松永弾と言います。宜しくお願い致します。」
勢いよくキレのある動作で頭を下げる弾。
「きゃあっ! イケメンっ!」
優奈と穂波、それと七瀬がほぼ同時に大喜びの声を上げた。
「こちらは、松永葵先生。コンパニオン学を教えて下さいます」
「うわぁ、凄い美人やんかぁ」
八郎と二郎が舞い上がっている。
「松永葵です。宜しく。」
愛想よく、にこやかな笑みを振りまいている。
教室の中の騒ぎが収まる前に、ゆかりが強めに声を出した。
「それと、こちらのお二方には別のことでも皆さんに関わって頂きます」
一瞬で教室は静まり返り、ゆかりの次の言葉を待っていた。
「松永弾先生は、アイドル部の顧問を。松永葵先生は皆さんの担任になって頂きます」
「えっ、ええぇぇぇっっ!」
誰もが驚きの声を上げた。
「あっ、あのっ!?」
アキは無意識に手を挙げていた。
「なに? 温水さん」
「ゆかり先生は、どうするんですか?」
誰もが気になっていたことたった。
アキだけでなく、涼香も萌も圭も不安を顔に浮かべている。
(急に担任が変わる・・・、今頃、なぜだ・・・?)
渡は思案顔になっていた。
アキたちの不安を感じ取ったゆかりはわざと明るく話し出す。
「私は学園長の秘書としての仕事が忙しくなってきたので、両先生に来て頂いたの。ちゃんと引継ぎもするから安心してね。明日のホステス学は担任としての最後の授業になるからしっかり勉強して下さい」
新しい講師が来ただけでも大問題なのに、担任のゆかりが外れるということで不安を隠せないアキたちだった。
ゆかりたちが退出した後、教室では大騒ぎになっていた。
そんな中、アキがぽつりと呟く。
「二人とも、同じ松永って苗字なんて珍しいよね」
一瞬の空白の後、教室は大爆笑の渦に包まれた。
「・・・えっ、なに?」
「アキ、あんたって子はもうっ!」
「えっ、何、わたし変なこと言った??」
「やっぱり、アキちゃんらしいわぁ」
「あの・・・、アキちゃん・・・。それはちょっと・・・」
八郎と涼香もどう対応したら良いのかと悩んでいるようだ。
「・・・。本物の天然・・・」
穂波と優奈も互いの顔を見合わせて、肩を竦め合っている。
「なになになにぃっ!」
「あのねぇ、アキ」
七瀬が諭すように口を開いた。
「誰がどう考えても、親戚とか兄妹姉弟(きょうだい)って思うわよ」
「えっえぇぇぇっ!そうなんだぁ」
素っ頓狂な声を上げるアキを見て、再び教室は爆笑の渦に包まれていた。
日が変わって、ゆかりの最後の授業【ホステス学】が始まった。
「まずホステスの語源ですがホスピタリティ・・・、奉仕の精神に由来しています。つまり、ホステスとは究極のもてなしを行う女主人役ということです。これは温泉の接客にも通じるものです」
ゆかりの話は延々と続き、個別のことまで様々な実例を出して説明が続いた。
煙草に火を点けるときは、手でライターの炎を覆うこと
お客様の名前を一回で覚え、決して間違えないこと
常に笑顔で挨拶・会話し、マナーを意識し続けること
言葉遣いに注意すること
お酒を作って、話を盛り上げること
お手洗いから戻られたお客様にはオシボリを広げてお渡しすること
など、アキたちにとってはそれまで意識したことのないレベルの接客技術であった。
「さて、こうして座学で勉強していてもなかなか身につくものではありません。そこで」
ゆかりは一度、言葉を切って教室の中を見回した。
「今夜、ミネルヴァグルーブの高級クラブ、【ル・パルファン】で実習を行います」
(【ル・パルファン】・・・)
渡の顔が一瞬曇るが、誰も気が付いたものはいない。
「お店にはすでに実習の話は通してあるので、女子の皆さんはホステス役、男子の皆さんは黒服(ボーイ)の役をして頂くことになります」
「えぇぇぇっっ!」
「いきなり、実習なんてぇ!」
騒ぐ生徒たち。
「実習は夜間になりますので、明日はお休みになります。皆さんは、新宿駅東口のアルタ前に夕方の6時に集合しておいて下さい。そこから銀座へと向かいます」
「アノ・・・」
カトリーナが手を挙げた。
「カトリーナさんは宗教上の都合がありますので、改めてレポートの提出をお願いします」
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