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第8話 京都への使者
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「長いようで短い、それも人の世の常か・・・」
物思いに更けるミネルヴァの感慨を込めた呟きの直後に机の電話が鳴った。
(内線か・・・、何だ?)
「ゆかりです。急ぎお伝えしなければならないことが・・・」
「何だ?」
ゆかりの有能さはミネルヴァ自身が一番分かっている、そのゆかりが慌てるほどのこととはいったい何か・・・
「明日、緊急にアデルソン氏が来日されます。どうしても学園長にお会いしたいと」
「分かった、ビジネスの話だけではなさそうだな・・・」
「はい、お嬢さんの再来日と一緒にお見えになると・・・」
「失礼の無いようにお迎えの準備をしておきなさい」
「はい、わかりました」
IR計画で近々の来日予定はあったものの、これほど急なことになった裏には何かあると感じずにはいられないミネルヴァだった。
「ようこそ、ミスター・アデルソン」
ミネルヴァは満面の笑みを浮かべて手を差し出す。
「ミスター・ミネルヴァ。どうしてもアナタに急いで伝えなければならないことがありマシタ」
娘であるミッシェルの新学期開始前に親として学園長に挨拶に来たということになってはいるが、アデルソンの顔は真剣そのものだった。
「ミスター・ミネルヴァ。とてもマズイことになっている・・・」
(ラスベガスのカジノ王とまで呼ばれているアデルソンがこんなに慌てるとは余程のことか・・・)
「チャイナの萬度グループを知ってマスカ?」
「あまり良い噂は聞きませんな。覚醒剤も扱うとか・・・」
「ソノ萬度の会長がヨコハマに来ています。シブ温泉をリゾート開発するトカ・・・」
(渋温泉・・・?)
「萬度は日本で活動できないので、早瀬コンツェルンを代理人にした聞いてイマス・・・」
(早瀬か・・・、確か息子がうちの学園に来ていたな・・・)
「確かに大事になりそうですな」
「最も大きな問題は、萬度がミケネスの一角だからデス」
「ミケネス、聞いたことがない名前ですが・・・?」
「世界各国に暗躍するモノたちデス。チャイナの萬度・フランスのマシュランが七大将軍と呼ばれるうちの2人であることはCIAが突き止めていマス」
「その萬度がなぜ、日本に・・・?」
「アナタとアナタの資産が目的のようデス。シブ温泉にある中世期の遺産がチャイナ経由でロシア・ヨーロッパに出回り各国のミケネスが動き始めたようデス」
「それでわざわざご忠告に?」
「ワタシもチャイナのやり方は気に入りまセン。しかも孫の率いる萬度は犯罪集団でもありマス」
「そう言えば、米国では中国で開発されたアプリ・Tictacを大統領令で締め出したとか」
「OH、よくご存じデシタネ。アメリカではトップシークレットにしていましたガ・・・」
「私もそれなりに・・・」
ミネルヴァは恭しく頭を下げる。
「いずれにしろ、大統領もワタシも日本は最大のパートナーと思ってマス。ですから、盗聴されないように直接、お会いしたかったのデス」
「確かに最近は油断のならないことも多くなってきましたからな。しかし貴重な情報を頂き感謝いたしますぞ、ミスター・アデルソン」
「ミスター・ミネルヴァ。ワタシたちはより良い友人でいられそうデス。娘のこと、宜しくお願いシマス」
(ミネルヴァ、なかなかの曲者ダガ、これくらいでないとビジネスのパートナーとしてはもの足りナイ。ミッシェルの報告通りってことにナルカ・・・)
アデルソンは満足げに微笑みながら学園を後にした。
アデルソン氏の来訪はミネルヴァに一つの決断を促せていた。
「ゆかりくん・・・」
「はい、何でしょうか?」
「如月を呼んでくれ、それと・・・」
「はい?」
「すぐに京都に発ってくれ、会ってきて貰いたい男がいる」
「松永弾ですね」
「そうだ、察しが良いな」
満足そうにミネルヴァが微笑んだ。
「葵の方はいかがなさいますか?」
「そっちは如月に任せる」
「分かりました。では早速・・・」
「必要なものの判断はきみたちに一任する。好きなように使って構わん」
(つまり、失敗は許さないってことね・・・)
知らず知らずのうち、ゆかりの顔が緊張で引き締まる。
翌日、一台の車が京都・嵐山温泉へと向かっていた。
「会長、着きました」
「よし、お前らは先に帰っていい」
(さて、どんなのが出てくるのか楽しみだ)
ミネルヴァから急に呼び出された如月はこの京都で、ある人物と会うことを命じられていた。
「いらっしゃいませ、如月様」
女将が笑顔で出迎え、部屋へと案内する。
「何か、お持ちしましょうか?」
「そうだな、よく冷えたビールを。それと、人払いを頼む」
女将が恭しく部屋を後にする。
しばらくして、一人の女性が如月の部屋を訪れた。
「失礼します。京都コンパニオンクラブ【舞姫】から参りました。茜です。本日はご指名頂きありがとうございます」
白いワンピースを着た美女、長く艶やかな黒髪が美しさを際立たせている。
如月は黙って手招きをし、茜は下手に座る。
「お注ぎ致します」
茜は慣れた手つきでビールを注ぐ。
「どうだ、あんたも」
如月がビール瓶を持ち上げ茜もグラスを持つ。
「ありがとうございます。いただきます」
互いのグラスを口元へと運び、ほぼ同時にグラスは空になった。
「俺は遠回しな言い方は性に合わねぇから単刀直入に言う」
茜の表情が一瞬曇った。
「松永葵さん、あんたを是非とも雇いたいって人がいるんだ」
茜の顔つきと口調がガラリと変わる。
「あんた誰っ!? うちを雇いたいって一体誰!? 何で松永って知ってるっ!?」
矢継ぎ早に問いかけ、今にも如月に掴みかかりそうになっている。
(やけに気の強い女だなっ!)
「くそっ! すまねえな。俺はもともとこういう話が苦手なんだ」
苦々しげに如月は葵に言い放つ。
如月を見ていた葵が突然、吹き出して豪快に笑いだす。
「あははははっ、あんたヤクザだろっ? 面白いおじさんだね。いいよ、話を聞いてやろうじゃないか」
いつの間にか葵の表情が和らいでいる。
「実はあんたを講師として雇いたいって話がある」
「うちが? 講師? 何の?」
「東京テルマエ学園のコンパニオン講師だそうだ」
「なんで、うちを?」
「俺は知らねぇが、ミネルヴァ学園長直々の話なんでな」
そういいながら、如月は封筒を葵に差し出す。
「支度金だそうだ、詳しくは東京で学園長本人から聞いてくれ」
葵は遠慮する素振りもなく封筒を開け中にあった小切手の額面を確認する。
「ふーん」
(まぁ、これだけあったらコンパニオン辞めて借金も返せるかな)
「あんた悪いヤクザじゃなさそうだし、面白そうだから引き受けてあげるよ」
「・・・」
「なんでうちなのかって聞いても答えてくれないんだろ? それにあたしのことも調べてるんだろうしね」
「じゃあ、交渉成立ってことだな」
「そうね。それじゃ、改めて飲み直しましょうか」
(頭の回転の速さ・度胸、なかなかのもんだな。どこでこんな奴の情報を仕入れてくるのか、ミネルヴァのおっさん・・・、益々不気味だぜ)
松永葵、彼女の登場がミネルヴァの手駒の一つとして大きく波紋を広げ始めていく。
同じころ、DoDoTVの撮影隊が祇園へと向かっていた。
「ここか」
中継車を停め、車を降りた三橋が軒先の看板を見上げる。
「京舞踊 松永流・・・、楽しみですね」
続いて降り立った三波が面白そうに言う。
「そうだな・・・、あれが居なきゃな・・・」
そう言った三橋の視線の先にはゆかりが居た。
「遅かったんじゃない?」
「いいえ、時間通りですっ!」
ゆかりの言葉に三波が切って返すように答えた。
「ふぅん、テレビ業界の人は五分前には着いておくってことをしないのね」
なぜか、三波とゆかりは相性が悪いようだ。
「まぁまぁ、それより早く撮影の準備をしましょうよ」
険悪な雰囲気を察したのか、岩田が撮影機材を卸してカメラを背負った。
「そうだな、行くぞ」
三橋も不満足そうではあるが、ここは仕事と割り切っているようだ。
玄関には弟子と思われる女性がいて、三橋たちを出迎え案内した。
「家元、DoDoTVの方たちがお見えです」
舞台の上では、松永流三代目の若き家元 松永弾が芸妓・舞妓に稽古をつけている最中であった。
TVカメラに気付くと、弾がゆっくりと舞台から降りて来る。
ゆかりはまるで値踏みするかのように黙ったまま弾を見つめていた。
「スタートっ!」
三橋の声が響く。
「DoDoTV、『京都の伝統を訪ねて』の時間がやってまいりました。私、濱崎三波が着物姿で京舞踊 松永流の三代目家元 松永弾さんに突撃インタビューです!」
そういってくるりと振り返った三波の視線が弾を捉えた。
「・・・」
「ふぅ・・・、まったく・・・」
弾のあまりのイケメンさに仕事を忘れて、ぽーっとなっている三波を見てゆかりがため息を漏らす。
「三波っ、インタビューっ!」
三橋の怒声が飛び、慌てて三波は我に返った。
「今日はどんなお稽古だったんですか? お家元?」
気を取り直した三波が弾にマイクを向ける。
舞台で芸妓と舞妓たちが踊っている風景をバックに弾が笑顔で答える。
「秋の講演の稽古をしてたんです」
「それって、どんな講演なんですか?」
「【祇園をどり】って言いまして、芸妓はんや舞妓はんが沢山沢山、踊りを披露するんです」
「うわっ、すごく楽しそうですね」
「ただ、うまく踊れるようになるのは・・・! そこっ、手ぇ抜いたらあきまへんっ!」
TVの取材中でも指導は続けられているようだ。
「はいっ!皆さん、踊りを続けて、続けて!」
岩田も言葉につられるようにカメラを抱えなおして舞台上の撮影を始めた。
「でも、京舞踊のお家元ってもっとお歳を召した方って思ってました・・・。あっ!」
三波が失言したとばかりに顔を真っ赤にして口をつぐんだ。
三橋も頭を抱えている。
「気にせんといて下さい。皆さん、そないに仰いますよって」
鈴の音のようにコロコロと笑いながら、弾は言葉を続ける。
「先代、うちの母親ですが早う亡くなりまして。息子が三代目を継いだだけの話ですわ」
(確かに、爽やかな好青年。TV受けするのは分かるが・・・)
三橋はミネルヴァがなぜ急にこの男の取材を命じてきたのかが分からなかった。
(橘ゆかりまで来させてるし、何かあるのは間違いないな・・・)
三橋の疑惑は深まるばかりである。
その後、小一時間ほどの撮影と対談を交えて撮影は終了となった。
「はい、お疲れ様。じゃあ、すぐに編集にかかって下さい」
撮影が終わると、ゆかりが急かすように撮影隊を帰らせる。
(やっぱり何かあるな・・・、いずれ尻尾を掴んでやる!)
「岩田、三波 帰るぞ」
ゆかりの追い出すような視線を三波がキッと見返していた。
「三橋さん、何か変ですよね?」
「まぁ、今日のところは引き上げるしかねぇからな」
撮影隊の車が去った後に残っているゆかりを見た弾が怪訝そうに話しかける。
「あの・・・、皆さんお帰りにならはりましたけど・・・」
ゆかりは弾の顔をまっすぐに見つめながら口を開いた。
「お家元、お人払いをお願いします。二人っきりでお話したいことがございます」
それまでとは打って変ったゆかりの真剣なまなざしに弾も何かを感じ取ったようだった。
「皆さん、今日のお稽古はこのへんでしまいましょ。お疲れ様でした」
芸妓・舞妓たちが舞台を降りてそそくさと二人の前を通り帰っていった。
「さて、どんなお話ですやろ」
場所を変えて茶室へと入った弾が茶を点てながら話しかける。
シャッシャッシャっと茶筅の音が茶室に響く。
「では本題に入らせて頂きます。私はテルマエ学園、ミネルヴァ学園長の秘書兼講師の橘ゆかりと申します」
茶釜から白い湯気が立ち上っている。
「この度、学園長が貴方を講師としてお迎えしたいとの命でここに参りました」
茶筅の音が止まった。
「私に会うためだけの為にTV局まで担ぎ出しはったんですか? えらい大層なことで・・・」
(流石、そこまで読んでいたとは・・・)
ゆかりは弾の洞察力が並のものではないと感じた。
「まぁ、そうでもなかったらお会いしてまへんでしたけどなぁ」
弾は座り直して体の向きを変え、点てた茶をそっと右手で差し出した。
「お気に触ったのであれば、お許しください」
ゆかりはあくまでも腰が低い。
しばらく沈黙の時間が流れた。
「お引き取りください」
弾の言葉が沈黙を破った。
「私は松永流三代目家元、それ以上でもそれ以下でもありまへん。学園長はんとやらにも、そうお伝えください」
ゆかりの顔に軽い笑みが浮かんだ。
この答えも全て想定内であったかというように。
「では、少しだけ話の内容を変えても宜しいでしょうか?」
「なかなかしぶといですなぁ、せやけど何を言われても答えは変わりまへん」
「失礼ながら、松永流には先代の残された借金がかなりあるのでは?」
弾の表情が一瞬、硬くなったのをゆかりは見逃さなかった。
「どないしてお調べに? 銀行も信用できまへんなぁ」
「銀行の情報などいくらでも手に入りますので、これは学園長からです」
黙って唇を噛みしめる弾の前にゆかりが封筒を差し出す。
「どうぞ、お改めください」
ゆかりは微笑みを崩さない。
「怖いお人や、敵にしとうはおまへんなぁ」
そう言いながら、封を切り小切手を取り出しじっと見つめる。
「講師をお引き受け頂けるのであれば、まだ上乗せさせて頂きますが・・・」
弾は黙って俯いているが、肩が震えている。
(怒りか・・・、それとも・・・)
再び沈黙が訪れた。
押し黙ったままのゆかり、弾も身じろぎ一つせずに何かを考えている。
シュンシュンと茶釜の湯が沸く音だけが聞こえていた。
「・・・っ」
しばらくして弾が顔を上げて、ゆかりを見た。
何かがふっ切れた表情に見える。
「分かりました・・・。正直なとこ、これで綺麗さっぱり返済できますわ。 講師の件、お引き受けします。ただ・・・」
「ただ?」
「先代は関係のないこと、二度と私の前で先代の・・・、お母はんの事は言わんといておくれやすっ!」
眉目秀麗な弾だからこそ、一瞬垣間見せた激しさにゆかりは思わず身震いしていた。
(流石は、学園長・・・。優男に見えても激しさと芯の強さがある。いい報告ができそうだわ)
「快くお引き受け頂けたと報告しておきます。では、改めて東京で」
目的を達したゆかりが立ち上がろうとした。
「ちょっと、お待ちを」
弾がゆかりを呼び止める。
(何っ?)
ゆかりが弾を見る。
さっきまでの強張った表情が取材を受けていたときのような和やかのものに戻っていた。
「お茶が冷めてしまいましたなぁ。点て直しますよって、もうしばらくお待ちを」
「そうですね。では、喜んで」
ゆかりは座り直し、弾も改めて茶筅を手に取る。
松永弾、彼もまたミネルヴァが静かな池に投げ込んだ小石のごとく水面の波紋を広げていく存在になる。
物思いに更けるミネルヴァの感慨を込めた呟きの直後に机の電話が鳴った。
(内線か・・・、何だ?)
「ゆかりです。急ぎお伝えしなければならないことが・・・」
「何だ?」
ゆかりの有能さはミネルヴァ自身が一番分かっている、そのゆかりが慌てるほどのこととはいったい何か・・・
「明日、緊急にアデルソン氏が来日されます。どうしても学園長にお会いしたいと」
「分かった、ビジネスの話だけではなさそうだな・・・」
「はい、お嬢さんの再来日と一緒にお見えになると・・・」
「失礼の無いようにお迎えの準備をしておきなさい」
「はい、わかりました」
IR計画で近々の来日予定はあったものの、これほど急なことになった裏には何かあると感じずにはいられないミネルヴァだった。
「ようこそ、ミスター・アデルソン」
ミネルヴァは満面の笑みを浮かべて手を差し出す。
「ミスター・ミネルヴァ。どうしてもアナタに急いで伝えなければならないことがありマシタ」
娘であるミッシェルの新学期開始前に親として学園長に挨拶に来たということになってはいるが、アデルソンの顔は真剣そのものだった。
「ミスター・ミネルヴァ。とてもマズイことになっている・・・」
(ラスベガスのカジノ王とまで呼ばれているアデルソンがこんなに慌てるとは余程のことか・・・)
「チャイナの萬度グループを知ってマスカ?」
「あまり良い噂は聞きませんな。覚醒剤も扱うとか・・・」
「ソノ萬度の会長がヨコハマに来ています。シブ温泉をリゾート開発するトカ・・・」
(渋温泉・・・?)
「萬度は日本で活動できないので、早瀬コンツェルンを代理人にした聞いてイマス・・・」
(早瀬か・・・、確か息子がうちの学園に来ていたな・・・)
「確かに大事になりそうですな」
「最も大きな問題は、萬度がミケネスの一角だからデス」
「ミケネス、聞いたことがない名前ですが・・・?」
「世界各国に暗躍するモノたちデス。チャイナの萬度・フランスのマシュランが七大将軍と呼ばれるうちの2人であることはCIAが突き止めていマス」
「その萬度がなぜ、日本に・・・?」
「アナタとアナタの資産が目的のようデス。シブ温泉にある中世期の遺産がチャイナ経由でロシア・ヨーロッパに出回り各国のミケネスが動き始めたようデス」
「それでわざわざご忠告に?」
「ワタシもチャイナのやり方は気に入りまセン。しかも孫の率いる萬度は犯罪集団でもありマス」
「そう言えば、米国では中国で開発されたアプリ・Tictacを大統領令で締め出したとか」
「OH、よくご存じデシタネ。アメリカではトップシークレットにしていましたガ・・・」
「私もそれなりに・・・」
ミネルヴァは恭しく頭を下げる。
「いずれにしろ、大統領もワタシも日本は最大のパートナーと思ってマス。ですから、盗聴されないように直接、お会いしたかったのデス」
「確かに最近は油断のならないことも多くなってきましたからな。しかし貴重な情報を頂き感謝いたしますぞ、ミスター・アデルソン」
「ミスター・ミネルヴァ。ワタシたちはより良い友人でいられそうデス。娘のこと、宜しくお願いシマス」
(ミネルヴァ、なかなかの曲者ダガ、これくらいでないとビジネスのパートナーとしてはもの足りナイ。ミッシェルの報告通りってことにナルカ・・・)
アデルソンは満足げに微笑みながら学園を後にした。
アデルソン氏の来訪はミネルヴァに一つの決断を促せていた。
「ゆかりくん・・・」
「はい、何でしょうか?」
「如月を呼んでくれ、それと・・・」
「はい?」
「すぐに京都に発ってくれ、会ってきて貰いたい男がいる」
「松永弾ですね」
「そうだ、察しが良いな」
満足そうにミネルヴァが微笑んだ。
「葵の方はいかがなさいますか?」
「そっちは如月に任せる」
「分かりました。では早速・・・」
「必要なものの判断はきみたちに一任する。好きなように使って構わん」
(つまり、失敗は許さないってことね・・・)
知らず知らずのうち、ゆかりの顔が緊張で引き締まる。
翌日、一台の車が京都・嵐山温泉へと向かっていた。
「会長、着きました」
「よし、お前らは先に帰っていい」
(さて、どんなのが出てくるのか楽しみだ)
ミネルヴァから急に呼び出された如月はこの京都で、ある人物と会うことを命じられていた。
「いらっしゃいませ、如月様」
女将が笑顔で出迎え、部屋へと案内する。
「何か、お持ちしましょうか?」
「そうだな、よく冷えたビールを。それと、人払いを頼む」
女将が恭しく部屋を後にする。
しばらくして、一人の女性が如月の部屋を訪れた。
「失礼します。京都コンパニオンクラブ【舞姫】から参りました。茜です。本日はご指名頂きありがとうございます」
白いワンピースを着た美女、長く艶やかな黒髪が美しさを際立たせている。
如月は黙って手招きをし、茜は下手に座る。
「お注ぎ致します」
茜は慣れた手つきでビールを注ぐ。
「どうだ、あんたも」
如月がビール瓶を持ち上げ茜もグラスを持つ。
「ありがとうございます。いただきます」
互いのグラスを口元へと運び、ほぼ同時にグラスは空になった。
「俺は遠回しな言い方は性に合わねぇから単刀直入に言う」
茜の表情が一瞬曇った。
「松永葵さん、あんたを是非とも雇いたいって人がいるんだ」
茜の顔つきと口調がガラリと変わる。
「あんた誰っ!? うちを雇いたいって一体誰!? 何で松永って知ってるっ!?」
矢継ぎ早に問いかけ、今にも如月に掴みかかりそうになっている。
(やけに気の強い女だなっ!)
「くそっ! すまねえな。俺はもともとこういう話が苦手なんだ」
苦々しげに如月は葵に言い放つ。
如月を見ていた葵が突然、吹き出して豪快に笑いだす。
「あははははっ、あんたヤクザだろっ? 面白いおじさんだね。いいよ、話を聞いてやろうじゃないか」
いつの間にか葵の表情が和らいでいる。
「実はあんたを講師として雇いたいって話がある」
「うちが? 講師? 何の?」
「東京テルマエ学園のコンパニオン講師だそうだ」
「なんで、うちを?」
「俺は知らねぇが、ミネルヴァ学園長直々の話なんでな」
そういいながら、如月は封筒を葵に差し出す。
「支度金だそうだ、詳しくは東京で学園長本人から聞いてくれ」
葵は遠慮する素振りもなく封筒を開け中にあった小切手の額面を確認する。
「ふーん」
(まぁ、これだけあったらコンパニオン辞めて借金も返せるかな)
「あんた悪いヤクザじゃなさそうだし、面白そうだから引き受けてあげるよ」
「・・・」
「なんでうちなのかって聞いても答えてくれないんだろ? それにあたしのことも調べてるんだろうしね」
「じゃあ、交渉成立ってことだな」
「そうね。それじゃ、改めて飲み直しましょうか」
(頭の回転の速さ・度胸、なかなかのもんだな。どこでこんな奴の情報を仕入れてくるのか、ミネルヴァのおっさん・・・、益々不気味だぜ)
松永葵、彼女の登場がミネルヴァの手駒の一つとして大きく波紋を広げ始めていく。
同じころ、DoDoTVの撮影隊が祇園へと向かっていた。
「ここか」
中継車を停め、車を降りた三橋が軒先の看板を見上げる。
「京舞踊 松永流・・・、楽しみですね」
続いて降り立った三波が面白そうに言う。
「そうだな・・・、あれが居なきゃな・・・」
そう言った三橋の視線の先にはゆかりが居た。
「遅かったんじゃない?」
「いいえ、時間通りですっ!」
ゆかりの言葉に三波が切って返すように答えた。
「ふぅん、テレビ業界の人は五分前には着いておくってことをしないのね」
なぜか、三波とゆかりは相性が悪いようだ。
「まぁまぁ、それより早く撮影の準備をしましょうよ」
険悪な雰囲気を察したのか、岩田が撮影機材を卸してカメラを背負った。
「そうだな、行くぞ」
三橋も不満足そうではあるが、ここは仕事と割り切っているようだ。
玄関には弟子と思われる女性がいて、三橋たちを出迎え案内した。
「家元、DoDoTVの方たちがお見えです」
舞台の上では、松永流三代目の若き家元 松永弾が芸妓・舞妓に稽古をつけている最中であった。
TVカメラに気付くと、弾がゆっくりと舞台から降りて来る。
ゆかりはまるで値踏みするかのように黙ったまま弾を見つめていた。
「スタートっ!」
三橋の声が響く。
「DoDoTV、『京都の伝統を訪ねて』の時間がやってまいりました。私、濱崎三波が着物姿で京舞踊 松永流の三代目家元 松永弾さんに突撃インタビューです!」
そういってくるりと振り返った三波の視線が弾を捉えた。
「・・・」
「ふぅ・・・、まったく・・・」
弾のあまりのイケメンさに仕事を忘れて、ぽーっとなっている三波を見てゆかりがため息を漏らす。
「三波っ、インタビューっ!」
三橋の怒声が飛び、慌てて三波は我に返った。
「今日はどんなお稽古だったんですか? お家元?」
気を取り直した三波が弾にマイクを向ける。
舞台で芸妓と舞妓たちが踊っている風景をバックに弾が笑顔で答える。
「秋の講演の稽古をしてたんです」
「それって、どんな講演なんですか?」
「【祇園をどり】って言いまして、芸妓はんや舞妓はんが沢山沢山、踊りを披露するんです」
「うわっ、すごく楽しそうですね」
「ただ、うまく踊れるようになるのは・・・! そこっ、手ぇ抜いたらあきまへんっ!」
TVの取材中でも指導は続けられているようだ。
「はいっ!皆さん、踊りを続けて、続けて!」
岩田も言葉につられるようにカメラを抱えなおして舞台上の撮影を始めた。
「でも、京舞踊のお家元ってもっとお歳を召した方って思ってました・・・。あっ!」
三波が失言したとばかりに顔を真っ赤にして口をつぐんだ。
三橋も頭を抱えている。
「気にせんといて下さい。皆さん、そないに仰いますよって」
鈴の音のようにコロコロと笑いながら、弾は言葉を続ける。
「先代、うちの母親ですが早う亡くなりまして。息子が三代目を継いだだけの話ですわ」
(確かに、爽やかな好青年。TV受けするのは分かるが・・・)
三橋はミネルヴァがなぜ急にこの男の取材を命じてきたのかが分からなかった。
(橘ゆかりまで来させてるし、何かあるのは間違いないな・・・)
三橋の疑惑は深まるばかりである。
その後、小一時間ほどの撮影と対談を交えて撮影は終了となった。
「はい、お疲れ様。じゃあ、すぐに編集にかかって下さい」
撮影が終わると、ゆかりが急かすように撮影隊を帰らせる。
(やっぱり何かあるな・・・、いずれ尻尾を掴んでやる!)
「岩田、三波 帰るぞ」
ゆかりの追い出すような視線を三波がキッと見返していた。
「三橋さん、何か変ですよね?」
「まぁ、今日のところは引き上げるしかねぇからな」
撮影隊の車が去った後に残っているゆかりを見た弾が怪訝そうに話しかける。
「あの・・・、皆さんお帰りにならはりましたけど・・・」
ゆかりは弾の顔をまっすぐに見つめながら口を開いた。
「お家元、お人払いをお願いします。二人っきりでお話したいことがございます」
それまでとは打って変ったゆかりの真剣なまなざしに弾も何かを感じ取ったようだった。
「皆さん、今日のお稽古はこのへんでしまいましょ。お疲れ様でした」
芸妓・舞妓たちが舞台を降りてそそくさと二人の前を通り帰っていった。
「さて、どんなお話ですやろ」
場所を変えて茶室へと入った弾が茶を点てながら話しかける。
シャッシャッシャっと茶筅の音が茶室に響く。
「では本題に入らせて頂きます。私はテルマエ学園、ミネルヴァ学園長の秘書兼講師の橘ゆかりと申します」
茶釜から白い湯気が立ち上っている。
「この度、学園長が貴方を講師としてお迎えしたいとの命でここに参りました」
茶筅の音が止まった。
「私に会うためだけの為にTV局まで担ぎ出しはったんですか? えらい大層なことで・・・」
(流石、そこまで読んでいたとは・・・)
ゆかりは弾の洞察力が並のものではないと感じた。
「まぁ、そうでもなかったらお会いしてまへんでしたけどなぁ」
弾は座り直して体の向きを変え、点てた茶をそっと右手で差し出した。
「お気に触ったのであれば、お許しください」
ゆかりはあくまでも腰が低い。
しばらく沈黙の時間が流れた。
「お引き取りください」
弾の言葉が沈黙を破った。
「私は松永流三代目家元、それ以上でもそれ以下でもありまへん。学園長はんとやらにも、そうお伝えください」
ゆかりの顔に軽い笑みが浮かんだ。
この答えも全て想定内であったかというように。
「では、少しだけ話の内容を変えても宜しいでしょうか?」
「なかなかしぶといですなぁ、せやけど何を言われても答えは変わりまへん」
「失礼ながら、松永流には先代の残された借金がかなりあるのでは?」
弾の表情が一瞬、硬くなったのをゆかりは見逃さなかった。
「どないしてお調べに? 銀行も信用できまへんなぁ」
「銀行の情報などいくらでも手に入りますので、これは学園長からです」
黙って唇を噛みしめる弾の前にゆかりが封筒を差し出す。
「どうぞ、お改めください」
ゆかりは微笑みを崩さない。
「怖いお人や、敵にしとうはおまへんなぁ」
そう言いながら、封を切り小切手を取り出しじっと見つめる。
「講師をお引き受け頂けるのであれば、まだ上乗せさせて頂きますが・・・」
弾は黙って俯いているが、肩が震えている。
(怒りか・・・、それとも・・・)
再び沈黙が訪れた。
押し黙ったままのゆかり、弾も身じろぎ一つせずに何かを考えている。
シュンシュンと茶釜の湯が沸く音だけが聞こえていた。
「・・・っ」
しばらくして弾が顔を上げて、ゆかりを見た。
何かがふっ切れた表情に見える。
「分かりました・・・。正直なとこ、これで綺麗さっぱり返済できますわ。 講師の件、お引き受けします。ただ・・・」
「ただ?」
「先代は関係のないこと、二度と私の前で先代の・・・、お母はんの事は言わんといておくれやすっ!」
眉目秀麗な弾だからこそ、一瞬垣間見せた激しさにゆかりは思わず身震いしていた。
(流石は、学園長・・・。優男に見えても激しさと芯の強さがある。いい報告ができそうだわ)
「快くお引き受け頂けたと報告しておきます。では、改めて東京で」
目的を達したゆかりが立ち上がろうとした。
「ちょっと、お待ちを」
弾がゆかりを呼び止める。
(何っ?)
ゆかりが弾を見る。
さっきまでの強張った表情が取材を受けていたときのような和やかのものに戻っていた。
「お茶が冷めてしまいましたなぁ。点て直しますよって、もうしばらくお待ちを」
「そうですね。では、喜んで」
ゆかりは座り直し、弾も改めて茶筅を手に取る。
松永弾、彼もまたミネルヴァが静かな池に投げ込んだ小石のごとく水面の波紋を広げていく存在になる。
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それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の棘
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蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。
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スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。
第13回ファンタジー大賞特別賞受賞!
ありがとうございました!!
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