東京テルマエ学園

案 只野温泉 / 作・小説 和泉はじめ

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第7話 ミネルヴァ誕生秘話

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「もうすぐ、45年にもなるのか・・・」
テルマエ学園の学園長室でミネルヴァは古びた扇子を眺めていた。
白拍子の扇子には、まるで走り書きのような筆文字が書かれている。
「あのとき、この扇子に出会わなかったら・・・」
ミネルヴァは目を閉じる。
「長野、渋温泉だったな・・・」



45年前、まだミネルヴァという名前は使っていなかったころのことを思い出す。
当時は紅茶キノコが大ブームになり、これで一代の財をなせると思った青年がいた。
峰流馬である。
流馬は自身の有り金のすべてをこの事業につぎ込んでいた。
当初はまずまずの業績であったものの、人とはすぐに飽きるもの。
紅茶キノコブームはあっという間に過ぎ去り、流馬のもとには多額の借金だけが残ったのである。
妻は無理がたたって病に倒れ、生まれたばかりの息子と心中の場所を求めて流れ着いたのが渋温泉だった。

そこで温泉地の中にある古道具屋で年期の入った扇子を通りがかりに見つける。
店主は流馬の風体を見て、面倒くさいことに関わりたくないと思ったのだろう。

「徳川家の家訓が書いてあるらしいが、ゴミみたいなものだから、只でやるよ」

ボロボロになった扇子だったが、手に取った流馬には何が書かれているのが頭の中に浮かんだ。
読んだのではない、感じたのである。

<人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。
不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。
堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え。
勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害その身にいたる。
おのれを責めて人をせむるな。
及ばざるは過ぎたるよりまされり>

「なんだかよく分からねぇな、暗号かよ?」

偶然に立ち寄った渋温泉で運命の扇子を手に入れたことも、一夜の宿を求めたのが、温水屋であったことも因縁かも知れない。


当時、温水屋の若女将だったハルは流馬と連れている息子を見て気が付いた。
(この親子は死に場所を探している・・・)と。
まだ若かったとは言え、地元の中学を出てから実家の旅館の仲居として働き続けてきたことで客のことを見極める力も備わっていたのだ。
ここで流馬とハルに二つの偶然が交差する。

物心も付かぬ息子を連れて心中を考えていた流馬だったが、信じられるかどうかもわからないが大きなチャンスを手に掴みかけていることを肌で感じていた。
また、ハルはつい先日に自分が子供を産めない体であることを知ったばかりだった。

偶然と偶然が重なり、流馬の息子 夏生はハルに引き取られることになる。
この話はそれからのことである。



「さて、一応は見に行ってみるか」
流馬が向かったのは街はずれにある古い隧道である。
あの扇子を持ったときに感じたこと、それはかつて徳川家が埋蔵金を隠したとされている場所が書かれていたことであった。
また、自分が徳川家の血を引いているということもおぼろげであったが感じていた事もある。。


「もし本当に徳川家の血筋だったんなら、もっといい生活できたんじゃねぇか」

しかし、失敗した事業でできた借金から逃げ続けることはできそうもない。
何とかして別人として生きるか、宝物でも掘り当てるかしかないと思っていた所に徳川の埋蔵金となれば賭けてみたくもなるだろう。

「本当にひでぇな、こりゃ・・・」
流馬の行きついた隧道は人が通るにはあまりにも危険ということが素人目にも分かる。
だが、だからこそ今まで放置されてきたのだろう。
「つまり・・・、こりゃ本当にイケるかも知れねぇっ!」
もし、ここで埋蔵金を発掘できたら人生のやり直しだって夢ではなくなるのだ。だが、問題もあった。

「こんなところ、一人で発掘してたんじゃ何十年かかるか・・・」

更に周辺の住民から怪しまれて通報されでもしたら元も子もなくなる。
少ないと言っても、ここを通行している人もいるには居るだろう。
何か策はないものかと悩みながら、流馬は山を下りて町へ戻った。



「ですから、今ここを一機に全国へと宣伝すべきときなんですっ!」
駅前で一人の男が声を張り上げている。
「この田部泰三っ! きっと皆さんのお役に立ちますっ!」
(選挙か・・・、ご苦労なこった。俺には何の関係もないが・・・)

「でも、小さな建設会社の社長でしよ?」
「名誉市民にでも成りたいんじゃないのか?」

汗を流し唾を飛ばして熱弁している田部を見ていた聴衆は冷ややかな反応を見せている。

(こりゃ、落ちるな)
そう思って立ち去ろうとしたとき、流馬の頭に一つの妙案が浮かんだのである。
(建設会社・・・!? そうだ、これならっ!)
流馬の顔に怪しい笑みが浮かんでいた。


その夜・・・

「しっ、社長っ!」
田部建設の事務所に社員が飛び込んできた。
「どうした?」
「そっ、その事務所前で怪しい男が社長に会わせろと暴れて・・・」
「そんな奴、さっさと・・・」
田部は押し黙った。
建設会社だからそれなりに腕っぷしの強いものも多いのだが、今は選挙中でもある。
おかしなスキャンダルにでもされてしまったら大事だ。

「ちっ! ライバル候補の嫌がらせかっ?」
「警察でも呼びましょうか?」
「えぇいっ、俺が追い返してやるっ!」
田部がいきんで階段を下りていくと、そこには不適な笑みを浮かべた流馬の姿があった。
「おっ、泰三さんのお出ましかいっ!」
「なんだと、貴様っ!」
「まぁまぁ、そういきりなさんな、俺はあんたの味方だよ」
「何だと?」
「あんたを県会議員に当選させてやろうってんだ」
「ふん、でまかせを言うな」
「俺の話を聞いてからでも遅くはないだろ? それともそんな度胸も無いのかい?」
「うっ・・・、聞くだけなら聞いてやろう」
「よし、話は決まった。邪魔するぜ」
流馬はひょいひょいと階段を駆け上がって田部の事務所へと入っていく。
「おっ、おいっ! 待てっ、勝手に・・・」
「おっ、なかなかいいソファだなっ!」
勝手に事務所へ上がり込んだ流馬は事務所中央に置かれていた応接セットに深々と座り込んだ。
「本当に無礼なやつだな・・・」
慌てて流馬の後を追ってきた泰三は呆れ顔だ。

「それじゃ、本題に入りたいところだが・・・」
流馬は周囲をジロリと見渡した。
「俺たち二人だけにして貰いたい」
「なっ、何だとっ!」
「ふざけるのもいい加減にしろ!」
泰三の部下たちが血気立つ。
「まぁ、心配するな。俺にそっちの趣味はねぇよっ!」
(こいつ、思ったより・・・)
泰三は流馬の不適さが気に入り始めていた。
「おい、お前らっ、下に行ってろ!」
泰三に命じられた部下たちは流馬を睨みつけながらも言葉に従う。


「さて、話を聞こうじゃないか」
「町はずれの隧道を知ってるかい?」
「あぁ、あそこか・・・、あれがどうした?」
「あんたにあの隧道を改修して貰いたい、俺を現場の監督にしてな」
「バカもほどほどにしろ、それに何の意味がある」
「あんた県議になりたいんだろ?」
「まぁ・・・な」

選挙に立候補しているのだから当たり前である。
「でも、あんたは住民から信頼されていない」
「うっ! そっ、そんなことはっ!」
「あんた自身がわかってる筈だが・・・?」

確かにその通りであった。
だからこそ、何とか選挙で票を集める方法を探していたのだ。
「もし、住民の安全と利便の為に私財を投じて工事をしているとしたら・・・どうなるかな?」
「なるほど・・・」
泰三の顔にも笑みが浮かんできた。


政治家というものは世上の庶民がどんなに困った生活を強いられていても、自分の特権だけは守られ続けていることが普通である。
例え景気の悪化で会社が潰れ仕事を失う庶民が続出しても、政治家の給料は減らないし必要経費の別途支給も減らされることは無い。
だからこそ住民の為に私財を投じた工事を行えば、どんな街頭演説よりも効果的であることはすぐに分かった。
他の候補者がそれをしても、癒着だとかを噂されるだろうが泰三に至っては自分の会社なのだから全く問題は無い。


「それで、お前は現場監督として雇ってくれってことか?」
流馬は一瞬悩んだ。
ここで徳川の埋蔵金のことを話すべきかどうかである。
(埋蔵金の話で一気に胡散臭いやつと思われるかも・・・)
そうなったら、交渉は決裂するだろう。
だが、このチャンスにすべてを賭けなければ流馬にも明日は無かった。

「実は・・・、あそこには埋蔵金が埋まっている」
「まっ、埋蔵金だと・・・」
「あぁ、だからあんたを選んだんだ」
「・・・」
泰三と流馬は互いに真正面からにらみ合ったまま、時間だけが過ぎた。

「分かった、やってみようじゃないか」
泰三の声が沈黙を破る。
「それで、もし埋蔵金が出たら俺の取り分は・・・?」
ここが勝負どころと流馬は感じていた。
「そんなケチくさいこと言ってると男を下げるぜっ!」
「なっ、何だとっ?」
「あんたの取り分なんて無いさ。だが・・・、俺があんたを国政まで送り出してやる」
「大ぼら吹きだな・・・」
「いや、本当さ。あんたはこれから金のことは心配しないでいいようにしてやるよ」
一見するとあまりにも馬鹿馬鹿しい話である。
だが、泰三はこの男に賭けてみようと思い始めていた。
(俺が県会で満足しないことを予測していたか・・・。この男、使い勝手がありそうだ)
「よしっ、話に乗ったっ!」
二人は立ち上がって互いに手を取り合った。
力の入った強い握手である。

「まだ、名前を聞いてなかったな」
「峰・・・、峰流馬」
「そうか、では流馬。早速工事に取り掛かってくれ」



田部建設が自費で隧道工事に取り掛かったことは、話題の少ない田舎町であることもあってすぐに地元の新聞の一面を飾った。
そして日を追うごとに泰三の選挙演説を聞きに来る人数が増えてきたのである。
新聞には現場の責任者として働く流馬の姿もあり、それを見てハルは呟いた。

(この子をちゃんと迎えに来るんだよ・・・)

しかしその子も別の形でハルのもとから去っていくことは、予測もしていなかっただろう。


隧道の工事は順調に進んだ。
だが、埋蔵金の手がかりらしきものが全く得られないことで、流馬は苛立っていた。
「くそっ、何か手がかりはないのかよ」
手がかりと言えば、この扇子しかない。
だが、扇子に書かれている徳川の家訓を調べてみてもその意味は甚だ不明瞭だ。
「つまり、努力して頑張れってことなんだろう。ご先祖様、なんとかしてくれよ」


龍馬が最初に思いついた打開策は金属探知機だった。
「埋蔵金というからは、金だろ。だったら、これで探せば・・・」
ところが隧道工事の為にびっしりと足場が組まれており、どこで作動させても探知音が鳴ってしまう、更には落ちている釘にまで反応してしまう始末だった。


次に思いついたのは、ダウジングロッド。
「これを両手に持って、精神を集中すれば・・・」
何も感じないし、何も起きない。
「こんなものに頼るなんて、俺はバカか・・・」



日に日に工事は進み間もなく終了となったある日のこと、工事中に事故が起きた。

作業員が崩落に巻き込まれたと聞き、流馬は現場へと駆けつける。
隧道の途中で崩落が起き、三人の作業員は何とか自力で脱出してきたのだか一人が戻っていないというのだ。

「残ってるのは・・・、徳さんか・・・」
今回の工事の関係者の中では一番年上であり、年若い流馬と現場作業員たちの間をうまく取り持ってくれていた初老の男である。
「俺が行ってくる!」
崩落現場は危険なのは承知していたが、ここは自分が行くしかない。
この事故が原因となり死者や重傷者が出たら、工事そのものが中止されることも考えられる。
「そうなったら・・・」
泰三の選挙戦への影響は測りきれないきれないだろう。
それだけではない、部下を見殺しにした監督の下で仕事を続けたいと思う者がいるだろうか。
何よりも、徳さんの屈託のない笑顔が流馬の脳裏に浮かんでいた。


パラパラと土の崩れる音の中、流馬は隧道を進む。
照明の線も切れているので、頼りになるのは電池式のヘッドライトのみである。
息の詰まりそうな漆黒の空間を注意しながら、少しずつ進む。

「徳さんっ! どこだっ!」
うめき声らしきものが聞こえる。
しばらくして、ヘッドライトの光の先に人影が見えた。
「徳さん、大丈夫かっ?」
急ぎ近づき倒れている人影に近寄る。
「うっ! りっ、流ちゃんかい?」
「あぁ、俺だよっ! 無事で良かった・・・」
「あんまし、無事じゃねぇがな・・・」
「怪我は!?」
「足がな・・・、動かねぇんだよ」

崩落の際に支柱にしていた木材が倒れ、近くの足場を巻き込んだのだろう。
「すぐに助けるからなっ!」
流馬は徳さんの足の上に圧し掛かっている足場を一つずつ取り除ける。

パラッ、パラッ
その振動で天井の土が崩れ始めた。

「流ちゃん、ここは危ねぇっ! 早く逃げろっ!」
「駄目だ、徳さんを連れて帰るんだっ!」
頭の上から落ちてくる土も忘れて、流馬は積み重なっている足場を取り除く。
「よしっ、いけるぞ!」
「すまねぇ、すまねぇなぁ・・・」

恐らく骨折していると思われる、徳さんを背負って流馬は出口を目指す。
地下水のせいだろうか、足元はぬかるみ歩きづらいことこの上ない。
しかも背負っている徳さんの頭をぶつけないようにするには、前傾の不自然な姿勢で歩き続けざるを得ない。

(まさに徳川の家訓そのものじゃねぇかよ・・・)
(堪忍は無事長久の基か。そうだな、徳さんが悪いんじゃねえ)
流馬は歩き続ける。
(おのれを責めて人をせむるな・・・、俺が現場とやっていけるのも徳さんのお蔭だ)
まるで自分に向けて書かれたものであったかのような不思議な感覚に包まれ始めていた。
(人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。・・・!?)
その時、流馬の視線が何かを捕らえた。

人の腰よりも低い位置で一直線に並べられた石の列。
その一列だけが、他の物と僅かだが色が違う。
(まさかっ!?)
だが、今は徳さんを外へ運び出す事が優先される。
流馬は先を急ぐ。

徳さんを背負い隧道を出た流馬を現場の職人たちが涙ながらに出迎えた。
たった一人の工事人夫の為に崩落した現場に入っていく監督など、これまでにいなかったのだろう。
感涙にむせぶ職人たち、そして流馬も埋蔵金の在処を突き止めたことを確信していた。



それから数日後、崩落現場修繕し安全を確保した後に流馬はあの色違いの石の並ぶ壁を見ている。


(確かに、普通に歩いていたら見つけられなかっただろうな・・・)
流馬は石の隙間をめがけてツルハシを思いっきり振り下ろす。

ガキッ、ガラガラガラッ!

音を立てて壁が崩れ、横穴が出現した。
暗い横穴を抜けた先に三畳ほどの空間があり、震える手でライトを先に向けると・・・

「あっ・・・、あった!」
ライトで照らされた先にはテレビの時代劇で見た千両箱のようなものが積みあがっている。
近づいて箱の表面に積もった土を払いのけると、三つ葉葵の紋章が見えた。

ゆっくりと近づく流馬・・・
「何だ、こりゃ?」
流馬の視線が止まる。
三つ葉葵のある千両箱らしき物には何か見た事の無い文字で書かれた紙が貼ってあるのだ。

<בַעַל זְבוּל‎ אָטוּם>

「訳、分からねぇな・・・。それよりも・・・」

その紙を破り捨て、持ってきたバールで箱をこじ開ける流馬。
「やった・・・っ! やったぜっ!」
流馬が覗き込んだ箱の中にはライトの光を反射して大判・小判が黄金色に輝いていた。


その時・・・
遥か異国の深い闇の中で、何かが目覚めたのである。
だがそのような事を誰一人として、知る由も無い・・・。

徳さんを病院へと入院させた流馬は、何ごともなかったかのように現場へと戻り、作業員たちにその日の仕事を終わりにするよう指示した。
気を落ち着けてから、現場事務所の電話を使って泰三へと連絡をする。


そのころ、泰三の事務所では選挙の当確が出たことで大騒ぎになっていた。
「おうっ、流馬っ! 当選だ、当確が出たぞっ!」
「そりゃあ、よかった。もう一つ良い知らせがありましてね・・・」
「もっ、もしかしてっ!?」
「見つけましたよ、埋蔵金」
「よっしゃっ、よっしゃっ! よっしゃあぁぁぁっ!」
この泰三の叫びは後の世でも語り継がれることになる。
「信頼できる部下を選んで運び出します」
「よし、人選はお前に任せる」
「後はどうやって換金するか・・・。日本じゃすぐに足が着くし、海外へと持ち出すのも難しいだろうし・・・」
「そこは、俺にツテがある。お前も一度会っておいた方が良いだろう」
峰流馬と田部泰三、この二人の蜜月関係がこのときに出来上がったのだった。



「この男だ」
「初めましテ、峰サン」
泰三が紹介したのは訛りの強い話し方をする中国人ブローカーだった。
「私、中国にルート持ってマス。日本で売れないモノ、なんでも中国ならお金に換えられマス」
「レートは?」
「大サービスしまス、20%」
「いらねぇな。田部さん、あんたの紹介ってのも大してことないみたいだ。俺のルートで捌くよ」
「ちっ、ちょっと待って下サイ。田部サン、どうなってるネ?」
「まぁ、仕方ないか。こいつも頑固だでなぁ」
泰三と流馬は相手に見えない角度で目配せを交わす。
「分かりました、10%で我慢しまス・・・」
「5%だっ!」


田部の紹介といってもまともな輸出業者でないことは分かっている、ここで賭けに失敗することは避けたかったが流馬もかつての紅茶キノコ輸入ビジネスの経験で引いてはいけないことを察していた。
泰三は面白そうに成り行きを眺めている。

「ロシアの組織を経由させますノデ、どうしても手数料が掛かりマス」
「あんたの所で4%、ロシアさんに2%で話を付けろ!」
「ソンナ・・・!」
「今回は・・・ってことさ。何度か付き合って実績ができたら・・・なっ?」
「分かりマシタ・・・」
(ほう、思っていた以上の交渉をするな・・・)
泰三は流馬の交渉力を見直していた。

だが、この中国人ブローカーを使ったことが後に大きな災いの素となったのである。



県会議員になった田部は県議会に大鉈を振るった改革を断行し続けた。
勿論それがまかり通ってきたのは、流馬の資金があればこそでもある。


「ところで・・・、流馬」
「何だい、泰三さん?」
あれから数年、既に二人の間には切っても切り離せない特別な関係が出来上がっていた。
流馬の資金力は泰三にとって必要不可欠なものであったし、泰三の政治力は流馬にとっても失うことのできないものとなっていた。


「そろそろ、儂も国政を目指したいと思うんだが・・・」
「衆院選・・・、か?」
「どうやら党の公認も間違いなさそうだしな」
「それじゃ、ひとつ花火を上げてみるか」
「どんな花火だ?」
「あんた、花を見るのは好きかい?」
「まぁ、嫌いじゃないが・・・?」
「伊那に遠照寺って寺があって、五月の中ころは牡丹の花が見頃になるんだよ」
「五月か・・・!?」
「ちょうど、そのあたりが告示日だよな」
「あぁ、そのときにあんたは牡丹を見る会を開催するんだよ。地元の有権者を集めてな」
「だが、そんなことで票が入るのか?」
「牡丹を見る会は豪勢な弁当付さ、弁当箱そのものも持って帰って貰う」
「弁当箱の底に、変わった色の菓子が入っているとか・・・?」
「いや、聖徳太子が印刷された何枚かの紙が入ってるだけ・・・」
「ふっ、ふふふつ・・・」
「はっ、はははっ・・・」
こうして開催された牡丹を見る会は毎年開催されるようになる、回を追うごと会に呼ばれること自体がステイタスとなるのに時間はかからなかった。



毎年恒例となった牡丹を見る会も泰三が衆議院議員になり、入閣するようになると更に大がかりなものとなっていった。
そして泰三は念願の行政のトップにまで上り詰めていったのである。



「なぁ、流馬?」
「何です? 泰三さん?」
泰三が安定政権期に入ったころには、流馬も複数の会社を裏から経営するようになっていた。


「何か、こう・・・。日本人の心に訴えるようなものはないかのう?」
「どうしたんです、いきなり?」
「儂が政権を取っている間に、全国民をあっと言わせるような何かをしておきたいのだが・・・」
「なるほど・・・」
「あの故郷を思い出すような気持ちを国民に持たせられたら・・・」
「更に政権が盤石になるか・・・。故郷ねぇ・・・。っ!」

流馬の頭に閃いたものがあった。
「故郷・・・、長野。渋温泉・・・、風呂っ!?」
「どうした? 何か閃いたのかっ?」
「泰三さん、俺 温泉ビジネスを始めるよ」
「まぁ、温泉好きの日本人は多いが・・・」
「それで、先ずはシャワーで済ませるんじゃなくて家でも湯舟に浸かることを推奨してくれ」
「誰が?」
「あんただよ。その前に日本文化会議とか健康学術会議とかの有識者を集めて話を作りあげろよ」
「そして・・・?」
「あんたは日本人の心は入浴(温泉)にあるってことで大キャンペーンをするんだ」
「なるほど、それはいけそうだなっ!」
「温泉に行くなら政府が費用の一部を援助する。そうだ、レッツ・ゴー・トラベルなんてどうだい?」
「良いじゃないか、旅行団体からも票が集められる!」
「それと家で風呂に入るのに使うってことで、タオルを配布するんだ。そう、一世帯当たり2枚もあれば十分だろう」
「そっ、それも良いなっ! で、それは何と名付けるっ!?」
「うーん、そうだな・・・。田部・・・、タベノタオルだっ!!」
「タベノタオルを持って、温泉へレッツ・ゴー・トラベルってなったら・・・」
「ふっ、ふふふつ・・・」
「はっ、はははっ・・・」



後に田部政権の悪評の素となる二つの案はこうして生まれたことは誰にも知られていない。


「それと、泰三さん」
「おっ、何だ?」
「俺は温泉経営の専門学校を作ろうと思う」
「ふむ、良いんじゃないか」
「それで頼みだが・・・」
流馬はじっと泰三を見た。

「あの土地を払い下げして貰いたい」
「都心の一等地か、国有地の払い下げとなると手間がかかるが・・・」
「あんたが現職のうちじゃないと無理になるだろう?」
「仕方あるまい、関係各庁には官房長官の須貝から指示をさせておく」
「助かるよ、数年かかかるだろうけどな・・・。それと・・・」
「まだ何かあるのか?」
「ちょっと法務省へ手を回して欲しいことがある」
「それも須貝からさせておくが、何を?」
「これからは表舞台に出ることになるからな・・・、名前を変えておきたい」
「まぁ、その方が無難か・・・。で、何と変えるのだ?」

「ミネルヴァ」
「峰流馬が、ミネルヴァか・・・」

ミネルヴァ誕生の瞬間であった。


※本話は、― 縁 ― (enishi)の『前日譚(Ⅰ)~(Ⅲ)』とリンクしております ※
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