東京テルマエ学園

案 只野温泉 / 作・小説 和泉はじめ

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第5話 アキと七瀬の夏休み

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学園祭も想像以上の盛り上がりを見せ、アキたちも待望の夏休みを迎えることとなり、その前日、ゆかりがHRの教壇に立った。

「HRの前にお知らせがあります」
ゆかりは意味ありげな笑みを浮かべている。
「温水さん、星野さん、平泉さん、白布さん、大洗さん、向坂さん、源口さん、塩原さん、以上の八名は公式にアイドル部としてテルマエ学園の宣伝活動を行うようにと学園の理事会が決定しました」

オォッ!
教室がどよめく。
「アイドル部の活動資金は全て学園がバックアップします。それと・・・、顧問は私 橘ゆかりが努めます、宜しくねっ♡」
「えっ、えぇぇぇぇぇっ!?」
八人が口を揃えて絶叫した。
確かにノリでアイドル部を作ってしまったが、まさかこんなことになるとは予想もしていなかったのだから当然だろう。
「理事会って・・・」
「そんなの・・・、あったんだ・・・」
「いや・・・、でも・・・」
誰もが頭の中に同じ答えが浮かんでいた。
(学園長の、一存だろ)
「さて、明日から夏休みですが・・・、皆さんハメを外さないように過ごしてくださいね。じゃあ、九月に元気で逢いましょうねっ、では解散っ!」
HRを終えたゆかりは忙しそうに立ち去って行った、テルマエ学園の前期終了である。


教室を出ると蝉の声が五月蝿い、季節はすでに夏真っ盛りとなっていた。
アキたちは一緒に校門へと向かう。
学校は休みになるが、寮や施設はそのまま使用し続けることも出来る。
ミッシェルとケリアンは一日早く帰国し、ハンとカトリーナは寮に残るようだ。
八郎が二郎に声をかける。
「わい、実家に帰るねん。お前、駅まで乗せたるわ。ほな、皆さん さいなら」
「ありがとうございます、師匠」
二人は校門前に迎えに来ていたハイヤーに乗り込む。
「八郎って、マジ御曹司だったんだ・・・」
優奈がしみじみと言う。
「ただのエロい奴じゃなかったってことかぁ」
穂波も追従する。
「アイドル部、頑張ろうねっ!」
汐音がアキに話しかける。
アキが振り返ると、汐音が微笑み、穂波と優奈が頷いていた。
三人とも入学したころと違って、ラインダンス以来かなり打ち解けてきていた。
「皆、またね~」
萌が得意のスケボーで風のように滑っていく。
「あたしも彼が待ってるんで、お先ぃ!」
圭も待ち合わせだろうか、スマホを見ながら急ぎ足で去っていく。
「アキちゃんと七瀬ちゃんは田舎に帰るんだっけ? いいなぁ、いつも二人一緒で・・・」
涼香はうらやましそうに言いつつ校門をでる。
何度も振り返っている姿を見ると、名残惜しい気持ちが伝わってくる。
「アキっ、七瀬っ! 俺も急いでるんでまたなっ!」
渡もいそいそと待たせてあったタクシーに乗り込んだ。
皆、色々と多忙なようだ。

校門で皆と別れたアキと七瀬、実は二人とも夏休みをどう過ごすが全く考えていなかった。
なんといっても、先立つものが無い。
さて。どうするべきか・・・、二人の視線が重なり同時に言った。
「まずは、バイトかなっ!」
学園での生活そのものはお金がかからないのでさほど心配はいらない。
しかも寮やその設備は使えるし食堂も開いているので安心だ。
だが、何か行動を起こすには・・・、お金がいる。
ここに来るときに持ってきた貯金もあるが、これだけでは心もとない。
アキと七瀬は駅前の棚に陳列されているバイト情報誌を集め、なぜかその足は【ぱんさー】へと向かっていた。

「いらっしゃいませェ~、あらっ? アキと七瀬?」
【ぱんさー】に入ると、エプロン姿のハンが出迎えた。
「あれぇ ?ハン?」
当然、竜馬がいると思っていた二人はハンの姿を見て驚いた。
「今日だけ・・・、お手伝いネ」
照れくさそうに笑うハン、エプロン姿がよく似合っていた。
ケーキとコーヒーのセットを注文して、アキと七瀬は集めてきたバイト情報誌をテーブルいっぱいに広げる。
「東京って、バイトいっぱいあるんだ・・・」
「これって、どんな仕事なんだろ?」
アキも七瀬もずっと旅館の手伝いをしてきたこともあり、高校のときもバイトらしいバイトをしたことがない。
旅館を継ぐものとしての修行と言われれば、致し方のない環境で育ってきていたのだ。
「はい、おまたせ」
マスターがコーヒーとケーキを運んできて、バイト情報誌に目を止めた。
「もしかして、二人ともバイト探してるの?」
「はい、そうなんですが・・・」
「実は今までバイトとかしたことなくて・・・」
早乙女の目が一瞬輝いた。
「じゃあ、うちでバイトしない?」
「えっ、いいんですか?」
「うん、竜馬のやつも怪我してて使えなくて困ってたんだ」
「やったぁっ!」
アキと七瀬は思わず立ち上がって、ハイタッチする。
「そう言えば、竜馬さんは?」
「今日、病院に行ってるよ、だからハンがお手伝いしてるんダ」
「やっぱり、バイトは可愛い女の子に限るよなぁ」
早乙女はニコニコしている。
「博士ちゃん、良かったわねぇ。アキちゃんと七瀬ちゃんがバイトに来てくれるなら、アタクシが手伝わなくても大丈夫じゃない」
カウンターの奥から、マンゴローブがひょっこりと顔を出した。
「えっ! ?マンゴーさんっ!?」
どうやら、怪我をした竜馬のこともありハンと二人で店の手伝いを買って出たらしい。
今日は何かと驚いてばかりのアキと七瀬だった。
「おかげで助かったよ、ママ。でも、ママがいると客があまり来ないんだよなぁ、ハンちゃんはOKなんだけどね」
「暇でよかったじゃない」
さすがのマンゴローブも苦笑いするしかないようだ。
「マンゴーさん、先日はダンスの衣装をありがとうございました」
ぺこりと頭を下げるアキ。
「ママさんのおかげです」
同じように七瀬も頭を下げる。
「いぇいえ、どーいたしまして。役に立てて良かったわぁ。あっ、そうだアキちゃんと七瀬ちゃん、これからアタクシのお店に来ない? ハンも一緒にね♡」
マンゴローブがハンと早乙女に目配せしたことにアキと七瀬は気が付かなかった。
「えっ、えぇぇっ! げっ、ゲイバーですかっ!?」
思わずアキの七瀬の声がハモってしまう。
「やだわぁ、ベティの占いの館の方よぉ」
マンゴローブは左右に大きく手を振りながら応える。
「ママの店、昼は占いの館なんだよ」
早乙女の説明でホッとした二人にハンが話しかける。
「マンゴローブさんのタロット占い、良く当たるヨ」
エプロンを外しながら、ハンも出かける支度を始めたようだ。
「バイトは明日からだから、いいわよねっ! 博士ちゃ~ん♡」
「仕方ないなぁ、ママには敵わないよ」
「マンゴーさんって、本当に多趣味なんだぁ・・・」
感心するアキ、そしてアキと七瀬そしてハンはベティの占いの館へと向かったのである。

「じゃあ、アキちゃんと七瀬ちゃんの二人を特別に占って差し上げるわ」
占い師の衣装を身に纏ったマンゴローブは何だか神秘的な印象をアキたちに与える。
テーブルの上にはタロットカードが置かれている。
「じゃあ、まず七瀬ちゃんね」
マンゴローブに促されて七瀬が椅子に座った。
「七瀬ちゃん、このカードの手を乗せて・・・」
七瀬は言われるがままにカードの上に手を乗せる。
「じゃあ、占うわね」
マンゴローブは大アルカナ二十二枚のカードをシャッフルして更にカットする。
そして、一枚のカードを引いてテーブルの上に開いた。
「運命の輪の正位置・・・、何らかの幸運とチャンスが七瀬ちゃんに訪れるわ、一時的だけど・・・、逃がしちゃダメよ」
七瀬は黙ってカードを見つめている。
「次はアキちゃんの番ね、カードに手を乗せて」
アキは先ほど七瀬がやったのと同じようにカードに手を乗せた。
マンゴローブの手が動き、カードがシャッフルされカットされる。
そして、一枚のカードが抜き出されてアキの目の前で開かれる。
「こっちも正位地ね・・・、吊るされた男・・・。」
マンゴローブは一瞬、言葉を止めた。
アキはじっと次の言葉を待っている。
「アキちゃん自身を成長させるための試練が訪れるわね・・・、立ち向かって乗り越えなさい」
アキはじっとマンゴローブの顔を見つめ、黙って頷いた。
「マンゴローブさんのタロット占い、よく当たるヨ。アキも七瀬も、がんばれッ!」
ハンに励まれされて、思わずアキと七瀬も笑顔になった。
「ありがとう、ハン」
「あんた、やっぱり良い子ね」
三人でほほ笑む姿をマンゴローブが愛おしそうに見つめている。
(アキちゃん・・・、アナタには色々な試練が待っている・・・。でも、アナタはきっと大丈夫・・・。あの子たちがいるから・・・)


アキと七瀬が【ぱんさー】でバイトを始めてから数週間が過ぎた。
「いらっしゃいませっ!!」
アキと七瀬が目当ての客も増えてきており、マスターも大喜びのようだ。
「アキちゃんと七瀬ちゃんが来てくれてから男性客も増えて商売繁盛でヨシヨシだよ~。キミがいるときより客の入りが多いねぇ、竜馬くん?」
「へい、へい」
苦笑いしている竜馬の捻挫も、完治しているようだ。
午前中はフル稼働でアキと七瀬、仕事に復帰したばかりの竜馬もさすがにへばっていた。
「皆っ、お疲れさまっ! 竜馬、準備中の札掛けてくれ。ちょっと休憩にしよう」
早乙女は冷蔵庫から人数分のチーズケーキを取り出し、手早くアイスコーヒーを淹れる。
「竜馬の腕も治ったことだし、アキちゃん七瀬ちゃん、ホントに今日までありがとう。助かったよ」
「いえ、そんな・・・」
頭を深々と下げる早乙女に恐縮するアキと七瀬だった。
「それと、今日までのバイト料」
「ありがとうございます」
各々に差し出された封筒を受け取るアキと七瀬。
「明日からは盆休みで【ぱんさー】も休みになるし・・・」
「俺もダンテの活動あるしね。アキちゃんと七瀬ちゃんはどうするの?」
「あたしたち、長野の実家に帰ります。ねっ! アキっ!」
「七瀬と同郷ですから、一緒に帰ります」
「そうか、一緒に東京に来たんだったね。確か、実家は温泉旅館だったかな・・・。ゆっくりしておいでね」
「はいっ!」
早乙女と竜馬に見送られて【ぱんさー】を出るアキと七瀬。
これから、アキは祖母に、七瀬は姉にお土産を買いに行くために浅草を散策することにしていた。


「竜馬・・・、腕は本当に大丈夫か?」
「ええっ、早乙女さん。二度とドジは踏みませんよ」
「萬度の船が入港したとの報告が入っている・・・」
「隼人と武蔵は?」
「各々で動いているようだ」
「渋温泉には?」
「今はまだ動けないしな・・・」
「仕方なし・・・、ですか・・・」
「そうだな」
アキと七瀬を見送った後、店内に二人の会話の声だけが聞こえていた。


その頃、DoDoTVでは局内が騒然としていた。
「DoDoTVがミネルヴァ財団の傘下に入ることになったって!?」
ディレクターの三橋が苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「テルマエ学園の温泉実習の取材をしろって言われたよ。 俺と岩田と三波の三人で・・・、だそうだ」
「まさか、テレビ局を買い取るなんて・・・」
「それどころか、西京新聞本体を買い取るなんて普通じゃない・・・」
局内の騒ぎは収まる気配がない。
「あのおっさん、俺らごと買い占めやがったんだ・・・」
三橋の顔が更に歪む。
「でも、温泉実習なんて楽しそうでいいじゃないですか」
岩田は満更でもなさそうだ。
「わたし、頑張ってリポートしますよっ!」
三波も頭の中を切り替えたようだ。
(ミネルヴァか・・・、やっぱり何かあるな。でもこれで探りやすくなったと思えば、俺にもツキが回ってきたかも知れねぇ)
「そうだなっ、よしっ! これから忙しくなるぞっ!」
三橋の中にあるジャーナリストの本能が何かを察知し始めていた。
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