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第2話 謎の留学生 来たる!
しおりを挟む入学式から数日、テルマエ学園に入学したアキたちも少しずつではあるが学園生活になじみ始めていた。
キーンコーンカーンコーン・・・
始業の鐘が鳴り響く。
「そういえば、今日から留学生が来るんだよね」
「どんな子たちなんだろ・・・」
ワイワイ・ガヤガヤ
教室のざわめきは収まる気配を見せなかった。
「はい、皆! 席について!」
ガラリとドアを開けたゆかりが叫ぶ。
「じゃあ、今日から皆さんと一緒に勉強する留学生を紹介します」
ゆかりに続いて入ってきた四人の留学生たちに視線が集まる。
「ハン・ツァイ 言いマス。タイから来たネ。ヨロシク」
背の高い美少女、均整のとれた体つきは何かスポーツでもやってそうだ。
「ハンは、ムエタイの猛者だから余計なことをしないようにね」
ゆかりがフォローしながら、八郎を見る。
「ケリアン・ジラール、フランス人でーす。アキバに早く行ってみたいでーす」
ちょっと、とぼけた感じのする黒人青年だ。
「ケリアンは、フランスのジュニアユースの代表でもあるのよ」
おぉっ!教室がざわめいた
(でも、アキバって・・・、オタク・・・?)
「ミッシェル・アデルソン、アメリカから来まシタ。ブシドー・ニンジャ大好きデース」
金髪碧眼の美少女、しかも体つきはメリハリのついたグラマーさがある。
「アキの巨乳も、負けるんじゃない?」
七瀬が小声でアキに話しかける。
「そこっ! 静かに。ミッシェルのお父さんのアデルソン氏はカジノ王として世界中で有名なのよ」
ゆかりが意味あり気に微笑む。
「カトリーナ・カーン。インド人、ヒンズー教徒デス」
全身黒づくめで肌を露出させていないが、かなりのプロポーションであることは容易に想像できる。ちらりと見える涼しげな視線が印象的だ。
「カトリーナは、MITの特別推薦を受けていたけど、温泉を学びたいとここに来たの」
「ねぇ、七瀬。MITって何?」
アキが小声で話しかけたが、七瀬も首を振っている。
「MITっていうのはね・・・」
聞きつけたゆかりが説明を始めた。
「マサチューセッツ工科大学のこと、世界中から科学のエリートが集まっている学校よ」
うぉぉっ、すげーっ!
教室が一段とざわめいた。
そんなエリートがなぜ、テルマエ学園に来たのか。
しばらくは話題に困らないだろう。
そして数日後、カジノ実習が行われた。
ゆかりを先頭にして、生徒たちは長いリノリュウム張の廊下を歩いて行く。
しばらくすると、巨大なエレベーターの扉らしきものが現われた。
ゆかりはドアに近づくと、操作バネルらしきものに右手を開いてかざす。
ピッ!
認証音らしいものが鳴ると、スーっと音も無く静かに扉が開いた。
「へぇ、指紋認証やんか、さすが最新式やなぁ」
そう言っている八郎に振り返りながら、ゆかりが答えた。
「半分正解よ、これは生体認証システム・・・」
「レベルが違うってかぁ・・・」
さすがの八郎も言葉を失っているようだ。
「さぁ、皆、乗って」
ゆかりに促されてエレベーターに乗る生徒たちだが、アキだけが立ち止まって不思議な表情をしている。
「これって、自動ドア?」
そう言って自分の手を操作盤にかざすが、当然なにも起きる筈はない。
「アキちゃんのそういう天然さ、むっちゃ可愛いなぁ。わい好きやで」
八郎との会話を聞く周囲では爆笑の渦が起きていた。
「お前っ、ばっかじゃねえの? 早く乗れっ!」
アキの後ろにいた渡が、ドンッとアキを突き飛ばす。
ふらついたアキを七瀬がさっと引き寄せる。
「何すんのよ! 危ないじゃない!」
キッと渡をにらんだ七瀬だった。
エレベーターは静かに地下へと降りて行く。
いくつかのフロア表示のランプが消えると軽い衝撃とともに停止し扉が開いた。
「さて、ここで皆には着替えて貰います」
ゆかりが手をかざすと廊下の二方向先に一枚ずつドアが見てれる。
「はーい、女の子はこっち、男の子はあっちで着替えてね。着替え終わったら、更衣室の奥のドアからフロアに集合よ」
生徒たちはぞろぞろと男女に分かれて行く。
(ハン・・・、どっち?)
不安そうにきょろきょろしているハンを見つけたゆかりは手を取った。
「はい、こっちで良いのよ」
女子更衣室へと誘導されたハンの顔に微笑が浮かんでいた。
「うっそー! これヤバくない?」
「マジかっ? なんだよっ! これっ!? 」
更衣室に入った途端、男女両室から驚愕の悲鳴が上がった。
女子更衣室には、様々のサイズのバニーガールの衣装がかかっていた。
「ふん・・・」
優奈と穂波は黙々と着替えてさっさと更衣室から出て行く。
「うっ、わぁ~・・・」
汐音が思わず声に出したものの、萌と圭も諦めたように着替えを始めた。
アキと七瀬は互いの顔を見合わせて、意を決したように互いに頷く。
アキがふと横を見ると、涼香がもじもじとバニーガールの衣装を握りしめていた。
「涼香ちゃん、早く着替えようよ・・・」
「でも・・・、わたしこんなの無理ぃっ!」
今にも泣き出しそうになっている涼香にアキが話した。
「わたしも恥ずかしいけど・・・着たんだよ。ねっ!一緒に着ようよ。ねっ!」
「・・・、アキちゃんがそういうなら・・・」
アキに話しかけられたことが嬉しいのか、涼香も着替え始めた。
(アキちゃん・・・、優しいんだ・・・、好き・・・)
涼香はアキをじっと見つめた。
「ほら、アキっ! 行くよ!」
七瀬の不機嫌は過去に類を見ないレベルまで達していた。
当のアキは、訳が分からずに七瀬と涼香をきょとんと見ていた。
バニーガール姿になったアキたち、胸元が大きく開き、お尻のラインもくっきりとした網タイツ姿はなんだかとても艶めかしい。
キャアキャアといいながら、フロアに出ると先に出ていた穂波たちが茫然と立ち尽くしていた。
「どうしたの・・・?」
「・・・っ!」
黙って指さされた前方を見ると・・・
「きゃっ、なっ 何っ!」
そこには着替えを終えた男子たちの姿があった。
映画で見たようなディーラーの服・・・には違いないが、下半身は提灯ブルマに白いタイツ、ギャグ漫画の王子様と言えばもっともわかりやすい下半身の出で立ちだ。
更に、腰までしか長さのないマントまで纏っている。
「ぷっ・・・、くくくくっ!」
たまらず七瀬が噴き出す。
「なにそれ、八郎っ? ハロウィン? 超うけるんだけどぉ~ お腹、はみてるしぃ」
「やつ、やかましいっ!」
八郎は顔を真っ赤にして怒りだすが、そんな衣装を着ていては誰もが笑いが止まらない。
七瀬につられて、アキも笑い出す。
そして、汐音も萌も圭もつられて笑い出す。
「くっくっっ!」
涼香までもが下を向いて必死に笑いをこらえている。
「ふー・・・」
「はぁ・・・」
優奈と穂波は相変わらず冷めた態度で無関心そうだが・・・、目は笑いをこらえているのが分かる。
八郎の後に渡の姿を見つけた七瀬がからかった声をかける。
「イケメンは、何着ても似合うねぇ、渡ぅ?」
「うるせぇ、なんでこんな罰ゲームみたいな・・・」
反論しようとした渡の前に影がスッと現れた。
「オー、これがコスプレですネッ!」
文化の違いと言っても良いのか、ケリアンが一人で盛り上がっている。
「しゃーない、こうなったらとことん楽しもうやないか!」
諦めが良いというか、適応力が高いというか八郎の図太さが目立ってきていた。
「そういえば、ハンちゃん! えぇ脚線美やなぁ・・・」
目じりをだらしなく下げた八郎がハンに後ろから近づいた瞬間
「コレ、動きやすいデスね。ホラッ!」
ハンの右足が高々と上がり、反転・・・
バシッ!
ハンの足刀が見事に八郎の鼻を捉える。
「あっ、ゴメン・・・」
「いいのよ、女の子に後ろから近付くなんて最低なんだから」
ハンからきつい蹴り・七瀬からきつい言葉を受けた八郎の鼻下に一筋の赤い糸が垂れていた。
「あれ、カトリーナは着替えないの?」
「ソノ・・・、宗教上の理由デ・・・」
「あっ、そうか。だからお風呂も一緒に入れないんだ・・・」
(マァ、そういうことにしておこう・・・)
「あれ、そういえばミッシェルもいないよ」
「本当だ、はぐれたのかな」
「そんなバカな・・・」
「はい、皆集まって」
ゆかりの声が響き、全員がゆかりのもとへと集まった。
「今日はカジノ実習ということで、特別講師が来てくれています」
「講師って?」
「じゃあ、お願いね。ミッシェル」
「えっ、えぇぇぇっ! ミッシェルが講師?」
「ハーイ、皆サーン」
部屋の奥から、アキたちと同じようにバニーガールスタイルになったミッシェルが現われた。
スラリとした長い脚・プリっと引き締まったヒップライン・はち切れんばかりのボリュームのバストとハリウッド女優なみのプロポーションが目立っている。
もちろん八郎はニヤニヤしているし、二郎は口をぼかーんと開けたまま、渡は目のやり場に困っているようだ。
アキたちも同性ながら思わず見とれている。
「ヨダレもん、じゃないカーっ!」
ケリアン、キミはどこでそんな日本語を覚えたんだと誰もが突っ込みたいところだった。
「はい、静粛に。今日はクラスメイトじゃなくて講師なんですから」
ゆかりの言葉でふと我に返った皆をサッと見回したミッシェルが話しだす。
「今から、アメリカンルーレット ヤリマショウ。ディーラーは、私です。これから渡すチップを好きな所にかけて下サーイ。」
ミッシェルが慣れた手つきでチップを配る。
「ノーモアベットと言うマデは、どこに掛けても良いですヨ。では、スタート!」
ミッシェルがルーレットのホイールを回す。
チップを持った手が、各々の思った数字の上に移動しベットが進んでいく。
一通りベットが揃ったと見たミッシェルは玉を人差し指と中指で挟み、ホイールの淵に玉を当てがいにホイールと反対周りに玉を投げ込んだ。
シャーッ!
心地よい音が耳に届く、そして・・・
「ノーモア、ベットッ!」
ミッシェルの声が響き、全員の視線がホイールに集中する。
だんだんと回転が落ちてきて玉がホイールの中で縦に弾かれ始めた。
いよいよと、視線がホイールに集中した。
「二郎、もうちょっとそっちへ行ってや」
「大丈夫ですか? 師匠?」
「心配すんなって」
ひそひそと話していた八郎と二郎、二郎が半歩進んで八郎とミッシェルの間の視線を塞いだ。
カラン・・・、コツン
ホイールの中で踊っていた玉が数字の書かれたマスへと入った。
「赤だ」
「赤の七だ」
「ルージュのセブン」
ミッシェルが玉の落ちたマスを読み上げる。
「やったー、大当たりやで」
「凄いですよ、師匠!」
「運も実力の内っていうさかいな」
自分の掛けたところに玉が入ったと八郎は大喜びだ。
「シャー ラップッ!」
ミッシェルの鋭い声
「ボーイ、ラスベガスでソレやったらアナタ生きて帰れないヨ」
「なんやて、わいがイカサマしたって言うんかい? 証拠は? 無いんやろ?」
「一番怪しい客の掛け手を見ぬくのが一流のディーラーデス! あなた、ノワールのイレブンに掛けてましたヨネ」
「んなことないわい」
「ボクも見てたよ、キミは黒の十一に掛けていた」
萌がずいっと近寄る。
「師匠~、ばれてるみたいですよ~」
「ちなみに・・・、ここは本場ラスベガスと同じように高感度監視カメラが設置されているのよ」
ゆかりの一言で八郎が凍りついた。
「あ・・・、あかん・・・」
八郎はその場に座り込んでしまった。
「ユー、すごいネ」
「ボクは見たものをそのまま覚えられるんだ」
「是非、ベガスに来て欲しいくらいヨ」
「ボクにもやりたいことがあってね」
「ヘイ、グッドラック」
「サンキュー」
ミッシェルと萌が互いの手を取り合っていた。
「デハ、誰かにディーラーをやって貰いマス」
ミッシェルは皆を見回して、アキを指さした。
「アナタ、お願いしまース」
「えっ、わたし?」
「ハイ、お願いしまース」
「わぁ、できるかなぁ~」
「何ごともベンキョーです。やり方、チャンと教えまース」
「アキっ! 頑張れっ!」
七瀬の応援を受けて、アキはルーレット台に向かって歩き出した。
(アキちゃん、頑張れーっ!)
涼香の視線がずっとアキの姿を追い続ける。
「ココを回しテ・・・」
ルーレットのホイールが静かに回りだす。
「コウシテ、玉を指に挟んデ・・・」
緊張の一瞬だ。
「思いっきリ、息を吸ったら、投げ込ムっ!」
「すぅっっ、はっ!」
大きく息を吸い込み、玉を投げ入れようとした瞬間に異変が起きた。
ブチッ!!
なんと玉を弾こうと全身に力を込めたアキのバニーガール衣装の胸元のボタンが弾け飛び、巨乳が露わになった。
「きゃあぁぁぁぁっ!」
慌てて胸を隠すアキ。
「アキっ! 大丈夫っ!?」
七瀬が駆け寄る。
「うわっ、こんなチャンスがあるんやったらスマホ持ってきたらよかったぁ。アキちゃんの巨乳なんて最高のショットやったのに~」
八郎はいかにも残念そうだ。
「あらら、温水さん・・・。また胸が大きくなったの・・・、成長期ねぇ・・・」
ゆかりは変なところで感心している。
「ほれ、これでも着とけよ」
渡がマントを外して、アキに投げた。
「あ・・・、ありがとう・・・」
アキは恥ずかしさのあまり、顔を上げることも出来ない。
「アキちゃん・・・」
涼香もアキに寄り添い、一緒にマントで胸を隠す。
「ヘイ、せっかくのバスト隠したら勿体ないヨ!アメリカは、もっとオープン ネッ!」
「ミッシェル、ここは日本で・・・」
「ワタシ、ヌーディストビーチ行ったら、何も着ないネ」
ミッシェルは今にも服を脱ぎ出しそうになり、男子の視線が集まっていた。
ゆかりはミッシェルが生粋のヌーディストであると報告書に書いてあったことを思い出す。
「ストップ、ミッシェルっ!ここはビーチじゃないからっ!」
ゆかりは声の限り叫び、ミッシェルの手が止まった。
「今日の授業はここまでにします。早く着替えてっ!」
ミッシェルは残念そうにゆかりを見ている。
(でも、カジノなんて温泉の経営に必要なのかな・・・)
アキは自分の進むべき道筋をはっきりと見つけられない自分に苛立ちを覚えていた。
「そうか、そんなハプニングが・・・」
ゆかりからの報告を受けたミネルヴァは面白そうに微笑んだ。
「しかし・・・、さすがですね」
「ふむ、ミッシェルは三歳のころからルーレットを回していると聞いている。もちろん、玉をどこにいれるのかも自由自在だ」
「ジェームズ・アデルソン氏のことは・・・」
「そうだな、来年にでも大阪で会うことになるだろう・・・、できれば彼女をメインディーラーに据えたいところだ」
「アデルソン氏もそれを望んでいるのですか?」
「ふっ、彼も私と同じだよ。儲かればそれで良い・・・。ところで、学園のサーバーがハッキングされたようだが・・・」
「現在調査中ですが、どうやら海外のクシをいくつも経由しているようで辿りつかないようです」
「ふむ、時期がここまで重なると・・・。生徒たちの私物でも検査しみるか?」
「その程度で足が付くようなことはしないかと・・・」
「セキュリティ部門を強化しておけ、金はかかっても構わん」
「わかりました、早急に」
群馬 渋温泉に一台の車が到着した。
「ここが渋温泉か・・・」
「常務、こちらです」
見晴らしの良い展望台に停められた車の窓を開けた男が呟く。
「親父もリゾート開発は、渡にやらせるなんて耄碌したかな。俺が先に片付けてやるよ」
常務と呼ばれた男はノートパソコンを開いた。
「ブラフマーの情報によるとここの出身者が二人、テルマエ学園に入学したそうだ。温水アキと星野七瀬か・・・」
「どちらを説得に?」
「温水の方は頑固婆さんらしいし、手軽そうな星野の方にするか」
「でも、こんな田舎で客が集まるんですか?」
「よくは知らんが、ここにはそれだけの価値が埋まっているという話だ」
「ミスターSですか・・・」
「早瀬にとって有益なら、俺は国籍なんて気にしない」
「常務がそうお考えならそれで良いのですが・・・。そう言えば、ブラフマーから入金の催促が来ているようです」
「たかが十万くらい、すぐに払ってやれ。これからも役に立ちそうだしな。しかし海外口座に仮想通貨、怪しい匂いがプンプンしてやがる」
「行きますか?」
「そうだな・・・。ミスターSにも俺の実力を見せておきたいし、明日には東京に戻らないと・・・」
「サンバカーニバルでしたか?」
「まったく下らんが、グルーブのイメージアップの為だ。仕方がない」
静かなエンジン音とともに、フルブラックに塗装された高級車が渋温泉へと下って行った。
公園の木々にも新緑の芽が見え始めてたころ、アキたち全生徒は学園の講堂に集められた。
檀上には、恰幅の良いミネルヴァの姿がある。
「あ~、ケンタのチキンが食いてぇ~」
誰かが呟き、静かな笑いが起こった。
「静粛に、君たちも入学して少しは学園生活にも慣れたことと思う。そこで、二週間後に【テルマエ学園・学園祭】を行うこととした」
「学園祭か・・・」
「いいね、楽しそう」
生徒たちの間にざわめきが起こる。
「そこでだ、君たちにも学園の宣伝のため一役買って貰うとしよう」
ざわざわと生徒たちがざわめく。
「方法もやり方も自由、ただ誰もの目を引くような出し物をやって貰いたい」
ミネルヴァのバリトンボイスが講堂に響く。
有無を言わせぬような迫力の中、それでも何人かが不満を口にした。
「え~、なにそれぇ! めんど~!」
「やりたくねぇっ!」
口ぐちに不満が出てきた。その時・・・
「ふおっほっほっほっほっ」
不気味な哄笑が響き渡る。
地下に眠っていた魔王が復活したかのような凄味のある声に講堂全体が凍りつく。
マイクを持ったミネルヴァが静かに語りだした。
「あまりふざけて貰っては困るな。君たちは自分の意志でここにいるのだよ。しかも全て無償だ。入学式のときにも言った筈だが、学園の宣伝活動に協力するのは義務だ。それが嫌だというなら、今すぐにここを出て行っても構わんよ。」
ミネルヴァは講堂全体を一瞥して言葉を続ける。
「さぁ、どうするんだね?」
ミネルヴァは微笑を浮かべているものの、目は笑っていない。
講堂は水を打ったように、シーンと静まり返っている。
「ふむ、快く協力してくれる気になったみたいで良かった。では、後のことはゆかりくんに任せるとしよう」
ミネルヴァは振り返ることもなく檀上から姿を消した。
「皆、これは学園長の命令ですから何としてもやらないといけません」
いつもとは違うゆかりの緊張した面持ちに誰もがミネルヴァの底知れぬ恐ろしさを感じていた。
「ちょうど、サンバカーニバルが東京で開かれるからこれを参考にしてみるのも良いかもね」
場の空気が少し和らぐ。
「課外授業として、サンバカーニバルを見学します。明日一日、行動は自由よ!」
ゆかりの提案に少しずつだが、楽しげな雰囲気が広まりつつあった。
「カーニバルって初めてーっ」
「竜馬さんに会えるかもぉ♡」
アキと七瀬はカーニバルのことで頭がいっぱいになっているようだ。
「サンバっちゅうことは、オッパイのでかい姉ちゃんが腰ふりながら踊るんやろなぁ、めっちゃ楽しみや。今度は、スマホ忘れんとこ」
さすが八郎、エロいことしか頭に浮かんでこないようだ。
「師匠、楽しみですねぇ」と、二郎。
「サンバ、良いネェ、サイコーッ!」
ケリアンとミッシェルはノリノリになってハイタッチを繰り返していた。
(やっと、あの人に会いにいける・・・)
ハンは窓辺から外の風景を眺めている。
(人前で肌を見せるなんて、トンデモナイ・・・)
カトリーナがそう感じていたとき、手に持ったスマホが何かを受信した。
スマホの画面を見たカトリーナは微笑み、画面をタップする。
(送金、完了ッ! パパ、ワタシ頑張るヨ)
窓の下にあるベンチには穂波と優奈がけだるそうに座っている。
「何がサンバだよ、くっだらねぇ」
「はぁ・・・、って感じ・・・」
「ところで、優奈? 今日、バイトは?」
「気が乗らないから休んだ」
「さすが、ナンバーワンは違うねぇ」
「ほっとけ・・・」
冷めた二人の前で、汐音が一人で踊っている。
「サンバかぁ、ちょー、興味ありかも!」
圭は自室でスマホからメールを送っていた。
『五郎、サンバカーニバルに来なさいよ!来なかっから、酷いからね!』
別空の下
メールを受信した体格の良い男がため息交じりに呟く。
「圭ちゃん、いつも勝手だけど・・・。仕方ないな。それに東京なら大友先輩にも久しぶりに会えるだろうし・・・」
再びテルマエ学園
「サンバ、サンバっアキちゃんとサンバっ!」
涼香が廊下で嬉しそうに歌っている。
「まぁ、気分転換ってことで良いか!」
涼香の後ろで萌が呟いた。
「このカーニバルにも親父と兄貴が絡んでいるんだろうな・・・、早瀬にとって絶好の宣伝にもなるし・・・」
渡の表情は、まるで苦虫をかみつぶしたようだった。
(くそっ! 俺はいつも蚊帳の外だっ!)
同じころ、東京へ向けて向けて三台のトラックが走っていた。
各々の荷台には、【移動ZOO ハニーポット】と書かれている。
「ったく、サンバカーニバルで集客しろだとぉ。俺たちみたいな弱小動物園で何ができるって言うんだよ。あのおっさん、無茶言いやがって・・・」
「でも、借金の返済も待ってくれてるし・・・」
「だからこれで失敗したら、俺たちにはもう後がねぇんだよ・・・」
運転席と助手席の男の会話が続く。
「・・・で、どこで待ってるって?」
「大井南って・・・」
「もう少しか・・・、おいスピード上げろ!」
首都高速大井南ICから少し先の空き地に一台の車が止まっている。
運転席にいた男がサングラスを外すと、やわらかい視線が現われた。
「ようやく帰京か、さて、どの程度のものか見せてもらわないとな・・・」
色々な思惑を乗せて、サンバカーニバルは開幕する。
同じようにいくつかの歯車が静かに運命を刻むように回り始めた。
これから起こることを知って、加速して行くように・・・
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