蛇を供養したカエル

スカーズム

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プロローグ

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夕立、紫陽花で雨宿りしているカタツムリを睨みながらタバコの灰を皿に落とす。雨は嫌いだ。有給休暇を使い逃げるように実家へ帰ると、輪唱のように続く両親の小言をはね除け田舎の殺風景な景色をお供に一服を決め込もうとした途端のことだった。ねぎらいの一言もないのか。曇った表情の男は苛立ちをめいいっぱい灰皿にぶつけた。飛び散った灰が手首にかかり、男は情けない声を上げた。携帯の通知音が虚しく鳴り響く。こんなはずじゃなかったのに。
 中高大一貫校の俺は最低限の勉強と多額のお金でそこそこの名門大学に入れた。体育会の部活に入ってそれなりの大学生活を送り、就活は窮屈な環境から離れたい一心でがむしゃらに動いた。運良く手に入れた大手企業からの採用通知は夢の片道切符に見えた。ここからだ、今から俺の人生は始まる。そう思っていた。入社前の顔合わせ。そこには天敵がいた。小学生の頃、俺をいじめていた人間の1人だった。天野裕介。鳥肌が立ち、腕を触るとカエルのようにゴツゴツしていて奇妙だった。新入社員は大勢いるはずなのに、そいつしか見えなかった。目線を外すと気づかれそうで逸らせなかった。しかしついにその時が来てしまった。人混みを蛇のようにすり抜け、獲物を前にした彼は笑顔だった。
「めっちゃ久しぶりやん。おんなじ会社やねんな」
声が出なかった。かろうじて頷くことしかできなかった。
「ここの女の子美人ばっかりやで、お前はどの子狙っとん?」
ほとんど話が入ってこなかった。ここから自然な流れでどうやって逃げ出そうか考えるのに必死だった。馴れ馴れしくあだ名で呼びやがって。こいつの中ではあの時のことなんて思い出のワンシーンに過ぎないんだ。その場をどうやって切り抜けたのかは覚えていない、いつの間にか別の獲物を探しに行ったようだ。
 入社後も、まるで友達のように絡んできた天野は恐怖の対象でしかなかった。いつか昔のことを言われてしまうのではないか、また虐められるのではないか、そう考えるとこの場から逃げ出したい気持ちが強くなった。恐怖を原動力に、周りから好かれようと努力した。率先して仕事に取り組み同僚や先輩との関係はそれなりに良好になった。それでも天野とは弱肉強食の関係だった。入社2年目の梅雨、締め付けられる環境に耐えられなくなった俺は有給を消費して実家へ戻ることにした。両親は典型的な毒親で息子の意思関係なしに中学受験をさせようとし、できないことがあると怒鳴ったり脅したり無視した。親に褒められるためにしていた勉強は機嫌をとるための手段になっていた。あの時の俺も今みたいに居場所がなかったのかもしれない。その反動からか大人になってからの俺は家では寡黙になり、親の言うことを無視するようになっていた。
 通知音が鳴り止まない。グループラインが動いているのだろうか、通知は切っているはずだが。裏返ったスマホを手に取った瞬間着信音が鳴り響いた。部長からだ。はぁとため息をつく、休みの日に働かせようとしたら訴えてやる。そう思いながら電話に出た。
「もしもし、小出か?大変だ。天野が印刷室で亡くなっていたそうだ。」
 「え?」
心の中と同時に出たその声はなぜか高揚していた。




 

 
 
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