聖なる夜に、愛を___

美鳥羽

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1、最悪な初日

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………よし、前髪は乱れてない、っと。
俺は、持っていた手鏡でもう一度確認した。俺は今、今日から入る教室の前にいる。これから、多分入れ、と言われて、自己紹介をするんだろうな………。
はぁ……この前髪、絶対からかわれるよな………。でも、これだけは、見られたら___

「では、入ってきてください。」

先生の声で、我に帰った。
俺は、震える手足を落ち着かせて教室に入った。
一歩を踏み出すのが怖い………。

___誰とも目を合わせるな___

頭の中で、俺が叫んでいる。
好奇心の視線が、俺の心を容赦なく刺してくる。教壇の前まで行って、みんなの方に体を向けた。

___誰とも目を合わせるな___顔を上げるな___もし見られれば、去年みたいに___

「では、自己紹介をしてください。」

「……川上…聖夜です……。……よろしくお願いします……。」

空気が重い。視線が痛い。

「……あ、終わり?えーと、はい、川上聖夜くんです。拍手!」

パチパチと、曖昧に拍手をしているのが、見なくても分かる。__視線が痛い。

「川上の席は、窓側の列のあそこな。」

俺は目だけを動かして、自分の席を確認した。
端の方でよかった。両側に人がいるなんて、恐ろしい。
俺は力なく返事をして、席に着いた。……まだ、視線が痛い。

「よろしくね。」

右隣に座っている女子に、小声で言われた。俺が軽く会釈をすると、その女子は満面の笑みをうかべた。__可愛い、と内心思った。見た目だけの評価だが、俺が今まで見た女子の中では、ダントツで可愛い。可愛らしいと言った方が似合うのだろうか。性格はまだよく分からないが、なんとなく『高嶺の花』のような存在な気がしてくる。そんなオーラが出ている。……俺なんかが、こんな人の隣に座ってていいのだろうか___?



この学校は、2年生に進級する時にクラス替えをしたらしく、今日から新しいメンバーだそうだ。だから1時間目は、自己紹介だった。

「はい、ではー、まずは隣の人と自己紹介をしましょう!」

__視線が痛い。
首を動かさずに見える範囲で見たところ、その視線は全て男だ。どうやら、隣の席のこの女子は、本当に『高嶺の花』らしい。
………睨まれたって、俺は好きでこの席にいる訳じゃないし、どうしようもないだろ………。

「じゃあ、私から言うね!」

右側から声がした。その顔を見て、俺は一瞬驚いた。俺がこんな外見__前髪が右側だけ長くて、右目が隠れている__であるにも関わらず、一瞬の躊躇いもなく笑顔で話しかけてきたのだから。しかも、体ごと俺の方を向いている。俺だけ、顔だけを向けるのは失礼だと思って、俺も体ごとその女子の方に向けた。そうしたら、それを見た途端、嬉しそうに笑った。
なんだか少し、くすぐったいような気分がした。

「へへっ、ありがとう!じゃあ始めるね!」

「……どうぞ。」

「私の名前は河合かわいゆめです。好きな食べ物は、苺と甘いものです。将来の夢は、パティシエです!よろしくお願いします!」

俺はなんとなく、拍手をしようと思った。

「ありがとう!じゃあ、川上くんの番ね!」

「……川上聖夜です。好きな食べ物……は、同じく苺です。将来の夢は__」

これは、言わない方がいいな………

「__考え中です……。えっと……よろしくお願いします……。」

言い終わると、笑顔で拍手をしてくれた。

「好きな食べ物、一緒だね!これからよろしくね、川上くん!」

「ああ。えっと、河合……さん。」

周りの男たちの視線が痛い……。
そうだ……この子__河合さんは、本当に性格がいいみたいだ。これならモテて当然だな……。
本物の『高嶺の花』らしい。

「はーい、では、そろそろ終わっているところもあると思うので、全体での自己紹介を始めていいですよー。」

先生がそう言った瞬間、みんながガタガタと席を立ち始めた。
隣の河合さんの席が、あっという間に女子でいっぱいになった。俺はなんとなくその場にいるのが気まずくなって、行くあてもなく席を離れた。
どうしようかな、と思っていたその時……

「おーい、こっち来いよー!」

集まっていた男の中の1人が、俺を呼んだ。行くあてもなかったから、その男の集団に混ざることにした。

「なあ、自己紹介さ………」

まさか、この集団の中で自己紹介を……⁉︎

「……河合さん、何て言ってた?」

……良かった、俺の自己紹介は必要とされてなかった。でも、自己紹介って、一応個人情報だよな?

「転校してきていきなり河合さんの隣とか、マジで羨ましいわー。オレ去年も同じクラスだったのに、一回も隣の席になったことないんだけど!いいな、お前!」

お前、か……。苗字すら覚えられてないのか。

「んで、何て言ってた?」

やっぱ、言うのはダメだよな……。

「……そういうのは、本人に聞けばいいんじゃないの………」

瞬間、周りの期待の色が消え去った。これは、軽蔑された、といっても過言ではないだろう。

「ハァ⁉︎あの『学校のアイドル』に、そんなくだらねえこと聞けっかよ!」

『学校のアイドル』……そう呼ばれてんのか……。
っていうか、「くだらねえこと」なら聞く必要ねぇじゃん。

「くだらないことなんだ、じゃあ知らなくたっていいじゃん。本当に好きなら、積極的に行かないとダメだと思うよ。河合さん、見た感じ、結構な天然の鈍感だから……」

「何知ったように言ってんだよ。この陰キャ転校生が。」

急に態度が変わったな……。

「そっちが本性か。今の、もし河合さんが聞いてたら、お前どう思われるんだろうね……?」

そいつの顔が、わかりやすく歪んだ。
俺はそいつに、胸ぐらを掴まれた。

「お前フザけてんの?何様のつもり?」

「……言い返せないんだろ……。」

そいつの顔がさらに歪み、殴りかかってきた。
俺はそれを、手の平で止めた。

「………え…?」

「何?止められたのが、そんなに以外だった?」

俺はわざと皮肉っぽく事実を言った。

「…ってめっ……調子に乗ってんじゃねーぞ!だ、大体お前、その前髪うぜってえんだよ!」

前髪に来たか……。これだけは絶対に止める……!
俺は、迫ってくるそいつの手首を掴んで、グッと力を入れた。___力には、自信がある。

「っ痛ぇ……!」

俺はさらに力を入れて、そいつを睨みつけた。

「___次、調子に乗ってみろ………。この手首、粉々にしてやるよ………」

その途端、そいつらは青ざめた。
……と、ちょうどそこで、1時間目が終わった。


___俺の中2のスタートは、最悪最低のものになった__。
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