会社員伊南昭弘(38)独身、ストーカー有り

西浦

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伊南昭弘(38)の朝

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 伊南昭弘、三十八歳。
 
 最近目立ってきた白髪混じりの髪を撫で付け、物の見え方が変わってきた双眸を買い替えた眼鏡で縁取る。身に付けるのはそこそこの値段のスーツブランドのツーピース。三十を境に買い揃え直した地味な色合いのネクタイを締めれば、あら不思議。どこにでも居そうな没個性のおじさんの出来上がり。
 
「……ベルト穴が、また一つ外側になってしまった…………」
 
 鏡に映った虚像にすら哀れまれそうなほどに小さく、沈んだ声でもそ、と呟いた薄い唇は僅かに荒れている。そのことにふと気がついた昭弘は、胸ポケットに突っ込んだままだった薬用リップを取り出して大雑把に塗りつけた。
 
 朝食は買いだめしている即席味噌汁と己の拳より少し小さい塩むすびが一つ。申し訳程度に添えた、自作のきゅうりの浅漬けを二切れ食べた昭弘は、片付けと歯磨きを済ませると姿見の前で身支度を軽く直し出社する為に玄関へと憂鬱げな足音を立て向かう。
 
「行ってきます、ぴょん吉」
 
 靴箱兼用の棚の上に置かれたカエルの置物を指先で撫でた流れでドアノブを回した。
 
 さて、昭弘がマンションのエントランスから出ようと歩みを進めていると、背後から肩をポンっと叩かれた。
 
「伊南さん! おはようございます! 伊南さんも今から出勤ですか?」
「わ、! ぁ、船木くん……そうだよ。も、……ってことは船木くんも?」
「はい! へへ、奇遇ですね」
「そうだね」
 
 振り返るまもなく隣へと躍り出た背の高い若々しい青年……船木陣平。最近、挨拶を交わしてからなんとなく交流が増えてきた昭弘唯一の年若い友人だ。
 
 整った格好いい顔いっぱいになつこい笑顔を浮かべ、昭弘に楽しげに話しかける陣平を横目に相槌を打ちながら駅へと向かう昭弘は、清々しい朝に相応しい爽やかな声音に無意識に口元を綻ばせながら、澄んだ空気を吸い込んだ。
 
 伊南昭弘、三十八歳。
 
 そこそこの会社に勤める至って普通の会社員。
 
 誕生日が嬉しくなくなり、揚げ物と油の多い肉が受け付けなくなってきていることに愕然とする、腹回りを気にし出したどこにでもいるような没個性のおじさん。
 
 そんな、平凡な男である昭弘は知らない。
 
「あは、伊南さんと話してるとほんとに楽しいです! オレたち相性最高なんじゃないですか?」
「相性? なんの?」
「……お友達の!」
「はは、そうだといいな。でも僕はおじさんだからあんまり話題とか提供できなくて、申し訳ないなぁ……ほんとに楽しい?」
「もちろん!」
 
 にこやかに昭弘と話す好青年。
 
 船木陣平、二十六歳。
 
 この男、伊南昭弘のストーカーである。
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