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2巻

2-2

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 キッ、と再び奴らをきつくにらんでから、私はまず馬車全体を手直しすることにした。
 アルベール作の屋根はいい感じだけど、セヴランが担当した箇所は隙間だらけだし、古い馬車だから元の荷台自体にガタがきている。そもそも空間魔法に耐えられるかわからないし、馬車が壊れたことで空間魔法が失敗して、異空間送りなんていうのはごめんだ。
 私は馬車の側面に両手を添えて、目を閉じて詠唱を始める。

『空間魔法にも耐えりゃれりゅ頑丈な馬車になあれ。隙間もなく移動もスムーズなサスペンション仕様で、冷暖房完備! 【創造クリエイト】』

 馬車を頑丈に補強するついでに色もイメージする。
 林の中を移動するのには迷彩柄がいいんだろうけど、そんな奇抜な馬車は私が嫌だわ。ここは無難なダークブラウンで!
 ぐにぐにと張った板が波打つ感覚が手に伝わってくる。
 しばらくすると、自分の体から魔力の放出がピタリと止まった。
 目を開けると、ボロい荷馬車は大きさは変わらず、つやのあるダークブラウン色の箱馬車に変わっていた。馭者ぎょしゃ席は革張りでクッション性のある座席に変わり、屋根の両側から洒落しゃれたランタンが吊るされている。
 馬車の横に出入りする扉はないが、大きな窓がある。
 ついでに、馬車の扉に備え付けの折り畳み式の階段を創った。
 タラップよりも作りがしっかりした階段にしたのは、まだまだ体が弱々しい私と体の小さいリオネルが転ばないように。

「よしっ! 次はひりょげりゅぞーっ!」

 後方の扉を開け馬車の中に四つん這いで乗りこむ私に、三人のダメな大人たちは手を振って応援してくれる。

「「「がんばれ!」」」

 心なしか先ほどより声が小さい。ちらっと後ろを見ると、さっきよりも距離が離れていた。
 応援するなら近くでしてよっ!
 馬車の中は、まだ何もない板張りの空間がただ広がっているだけ。でも、さっきの【創造クリエイト】のおかげで古かった床板もしっかりとして、木目も艶々つやつやになっている。
 さて、とりあえずは馬車の空間を広げよう。

『カウンターキッチン、リビングとダイニング、バスルームにトイレ、各自個室分広くにゃあれ! 【空間拡張】!』

 馬車全体に私の日本語呪文が響くと次元が歪むような感覚に襲われ、空間が一瞬ぐぐっと縮まってから、膨張していく。
 私は体から放出される魔力を惜しむことなく、さらに力を入れて放出スピードを速めた。ちゃんと、さっき描いた間取り図をイメージして、空間を広げているつもり。
 左側のくつろぐスペースと個室のスペースとの間の廊下とか、水回りの床は漏水防止加工にするとか。そうそう土足だからすべての床に防汚機能も付けて、そもそも外から入るときに除菌すればいいんじゃない? 入り口の上にエアシャワー式のクリーン機能も付けよう。

「ぐぐぐむむむぅ」

 眉間に皺を寄せて、奥歯をガリリッと噛みしめて、開いた手のひらに放出する魔力を集中させる。

「やああああーっ!」

 私が気合いを入れて叫ぶと、勢いよく馬車の空間が弾けて広がる。少ししてそのまま固定される感触がした。怖々と目を開いて広がった空間を確認して、おおーっ、と安心する。
 狭かった箱馬車は十分な広さに拡張されており、左右を仕切る壁と廊下がイメージどおりにできている。入り口の上を見てみると、はりに小さな穴がいくつも開いていて、シュワシュワとエアシャワーが降り注いでいた。

「うん! 満足」

 私は馬車の扉から顔をひょっこりと出して、安全地帯から見守っているだけの大人たちに笑顔で手を振ってやった。見なさい、ちゃんと空間魔法は成功したわよ!
 さて、今度は内装と設備ですな。
 私は広げた馬車の中に戻って、リビングにする予定の場所に【無限収納】からドサドサと荷物を出していく。

「んー、ソファーとテーブルと……クッションもか。あとは、木材と……カーテン」

 私の【創造クリエイト】は、ゼロから何かを創り出すことはできないので、資材を出しておく必要があるのが面倒くさい。でも木から陶器に変化させたり、土から布へとか物質を変質させるのは可能なんだよねぇ……。前世で習った元素とは一体……
 まあ、いいか。難しく考えないでいいし、便利だし。
 まずはダイニングとリビングを整えよう。

「テーブルと椅子」

 六人掛けのダイニングセットをイメージして、ついでにキッチンも創ろう。

「蛇口と鉄と木材と……」

 あらかた必要なものを出したところで、その場に座り両手を床に付けて、目をつぶる。

『キッチンとダイニングとリビングを、イメージどおりに【創造クリエイト】』

 ぶわあっと体の中の魔力が床に付けた手から放出され、資材を基にあらゆるものを変化させる。
 魔力の放出が終わってからゆっくりと目を開けると、イメージどおりにキッチンとダイニング、リビングが出来上がっていた。

「うわああっ! 最高ーっ!!」

 キッチンは簡易キッチンなのでシンクは小さいけど、シンク下は引出し式の収納がちゃんとある。蛇口からは水はもちろん、温水も出るよ!
 よし、ここに魔道コンロも設置しよう。この魔道コンロは、もちろん屋敷から無断で持ってきました。バレなきゃ大丈夫。
 あと、お菓子とか焼けるようにオーブンも設置しておこう。オーブントースターぐらいの大きさで創ればいいかな?
 カウンターキッチンにしたから、大人たちがお酒を呑めるようにスツールも創っておこう。私もお酒呑みたいけど、今は子供だから我慢我慢。
 あとでセヴランたちにしまってもらう食器とか調理器具も、【無限収納】から出しておき、ダイニングには、大きめのテーブルと椅子を創る。ここで食事するのが今から楽しみだ。
 リビングには、ソファーとローテーブルにクッションをたくさん置いて、くつろぎの空間にする。
 ここだけ毛足の長いラグを敷いて、靴を脱いでくつろげるようにしよう。ラグはふわふわモフモフ仕様で、いやされるぅー!
 リビングに窓を付けたけど、実は外から見る窓の大きさより一回り大きな窓にした。こっちから外の風景は見えるけど、外からはのぞけない仕様で、プライバシー保護です。
 そこまで創って、ふうううっ、と一息つく。まだまだ終わってないし、どんどん創っていこう!
 個人の部屋は、そんなに難しくない。それぞれの部屋の仕切りはすでにできているから、ベッドとか家具を置いて、適当に小物用の木材を出しておく。

「ふふふ。いっぺんに創りゅぞー!」

 おりゃーっ! と再び気合いを入れて、【創造魔法】を発動する。
 あっという間に、馬車の出入り口付近からリュシアン、セヴラン、アルベールの部屋ができた。各々おのおのベッドと机と椅子、クローゼットがあって、小さな窓も付けました。
 んで、アルベールの隣の私の部屋もだいたい同じ仕様で、作り付けの棚を創る。
 一番奥の部屋はルネとリオネルの部屋で、大きめのベッドと机と椅子とクローゼットと勉強道具をしまう本棚をそれぞれに創っておいた。

「あと、問題は……水回り」

 日本人が一番気にするといっても過言ではない、お風呂とトイレだ!
 お風呂とトイレの仕切りはもう完成しているので、あとは設備と内装だけ。
 私は【無限収納】に入っている屋敷から持ってきた資材をポンポンと出していく。蛇口はもちろん、私が作ったシャワーヘッドや陶器製のトイレとか、ガラスの塊とか。ここが一番大事だから、イメージをしっかりと固めていくわよ。

「失敗は許しゃれないわ、やりゅわよ、シルヴィー!」

 むむむっと全力で魔力を大放出! 唸れ【創造魔法】よ!

「どおっりゃああぁぁぁぁっ!」

 かなり気合いを入れたせいか、魔力消費が激しかったけど、目に映る仕上がったお風呂とトイレには大満足! 日本にいた頃に使っていた水回りと遜色ない出来映えになった。
 ちゃんと脱衣所も創って洗面台もあるし、タオルやトイレットペーパーを【無限収納】から出して、ここはあとでルネとリオネルに片付けてもらおう。
 脱衣所のドアはりガラス窓にして、表裏にそれぞれ「只今、入浴中!」「入浴可」と書かれた札をドアのフックに引っかける。
 脱衣所には脱衣かごと洗濯かごが置いてあり、広い洗面台と壁一面の物入れがある。この洗面台も温水と冷水が出るようにした。
 奥にお風呂に繋がるガラス戸がある。お風呂は全体的に、清潔感あふれる白色で統一していて、お風呂の壁と床は触ると、ザラザラした水はけのよいものにちゃんとなっている。
 バスタブは私が屋敷で使っていた大きいやつだから、大人たちでも狭く感じないだろう。いや、リュシアンはシャワーだけで済ますタイプかもしれないけどね。あとは屋敷から持ってきた石鹸類を置いておく。
 これで、馬車のリフォームは完成!
 私は鼻歌混じりに馬車から出て、みんなに創った部屋を自慢げにお披露目するのだった。


    ◆◇◆


「ふぅーっ」

 いやあ、いいお湯でした。
 私は、馬車を改造して創った自分の部屋のベッドの上に座り、お風呂上がりの体をまったりと休ませていた。
 おおむね馬車のリフォームは、家族みんなから好評だった。片付けもみんなでやってくれたし、ご飯は美味おいしかったし、このまま快適な逃亡生活を送れそうで満足です。
 疲れを解した体で気持ちよく眠りの世界へと旅立ちたいが……、その前に考えておきたいことが二つあった。
 まず、一つ目。
 改めて、私ってば前世のことあんまり覚えてないんだよね。
 アラサー独身女子で仕事が忙しくて、コンビニで買い物中に車が突っこんできて死んだ……ぐらいしか思い出せない。
 自分の名前も家族のことも、友達のことも、仕事のことも、何も記憶に残っていない。でも前世の常識とか、生活スタイルとか、日常使いしていた細々とした品物とかは、鮮明に思い出せる。
 覚えていないことに何の問題があるのか。
 それは、この世界が前世の小説の世界とかゲームの世界とかだったら、どうしようってこと。
 もしこの世界が物語の中で、重要人物なのにストーリーを思い出せなかったせいで対策が立てられない……とかだったら困るのよねぇ。いわゆる、悪役転生で断罪のパターンは遠慮したい。
 私はベッドの上で正座をし「どうかモブキャラでありますように、南無南無」と手を合わせる。
 考えておきたいことのもう一つは――
 そう考えていたところで、コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「……だあれ?」
「お嬢様、寝る前にハーブティーでもいかがですか?」

 やっぱり来たな、アルベールめ。
 私はベッドからぴょんと飛び降り扉を開けると、アルベールと一緒にリビングへと移動した。
 さて、アルベールと二人だけで、あの第一王子誕生日パーティーでの出来事について、考察を深めましょうか。
 それが私の、最も考えたいことだから。
 リビングのソファーに座るのに、モコモコ仕様の室内履きを脱ぎ素足になってラグの柔らかさを堪能する。私のチート能力全開で創ったリビングは、床の色はダークブラウンの床材そのままで、ソファーやラグは薄いベージュ色で統一した。
 あちこちに置いてある手ごろなサイズのクッションは色とりどりのパステルカラーにして、魔道具のランプは温かみのあるオレンジ色に灯る。
 あー、いやされるぅ。

「お嬢様、ほんの少しですが焼き菓子もどうぞ」
「ありがと」

 寝る前に食べたら太るけど……未だに私の体は痩せすぎなので、アルベールから間食をよく勧められるのだ。

「今日は魔力をだいぶ使いましたから、お疲れではありませんか?」
「ううん、大丈夫。ちょっと眠いぐりゃい」

 そうですか、と優しく微笑んでアルベールはお茶を口に運ぶ。今の彼は、見慣れた老執事の姿から本来の麗しいエルフの姿に変わっている。
 長い耳さえ誤魔化ごまかせば人族と見分けがつかない……いや、美形すぎてバレるかも。

「お嬢様?」
「はっ! ううん。あのね、あのパーティーのことだけど……、みんな死んじゃったと思う?」

 早速、私は本題に入ることにする。
 クーデターが起きた、第一王子の誕生日パーティー。私が見たのは、第一王子と第二王女、第一妃とその親族、あとは第三王子とその後見者たちが凶刃きょうじんに倒れていたところだ。
 思うに、第二王子派が隣国で亜人奴隷売買の主犯であるミュールズ国と繋がっているとしたら、襲撃された第一王子派がミゲルたち亜人奴隷解放の首謀者だと思うんだよねぇ。
 トゥーロン王国第一王子の誕生日パーティー当日におこなわれた、王族暗殺事件は奇しくも、トゥーロン王が王太子を指名する直前の凶行だった。

「普通に考えたりゃ、次の王座を狙った第二王子派が第一王子とその派閥を潰したってことだろうけど……」

 それは、ちょっとおかしい。
 王太子は十中八九、第一王子だった。それを阻止したかったとしても、大勢の貴族たちの前で暗殺するという乱暴な方法じゃなくて、もっとこっそりる方法がいくらでもあったと思う。
 しかも、第一王子派閥の筆頭、第一妃の生家ジラール公爵共々、しいしてしまうのはいささか悪手ではないかしら。

「そうですね。あの日が第一王子の戴冠式ならまだしも、ただ王太子を指名するだけですからね。立太子式や戴冠式までまだ日にちに余裕はあったでしょう。とすると、至急に邪魔者を排除する必要があったということですかね?」
「それは、たとえば?」

 アルベールは、両手を上に向け首を竦める。うーむ、王宮の離れで忘れられていた私たちではわからないことがあったのかもしれない。

「亜人奴隷解放のためミゲルしゃんやイザックしゃんたちに協力していたのが、第一王子派だったっていう線は?」
「それはあると思います。一緒に被害にった第三王子は中立派に属します。もともと、第二妃の生家のノアイユ公爵家は野心などまったくなく、芸術や美術をこよなく愛する一族らしく、早々に第三王子は王位を望まないと書面にして宰相に提出しているらしいですよ。それなのに殺されてしまいましたが。とはいえ、亜人についてはトゥーロン王国民らしく差別意識が高く、奴隷はエルフなどの外見が美しい者を鑑賞用として飼っていたらしいですがね」

 エルフ族であるアルベールが苦々しく言い放つ。

「しょうよねぇ。あと、第三王女は拘束しゃれていたけど、第二王女は斬りゃれていたし。今回のことって亜人奴隷解放のことと関係あるのかな?」

 イザックしゃんたちや冒険者ギルドの企みが、第二王子派にバレているなんて、ないよね?

「難しいですね。彼らミゲルたちはミュールズ国に対しては疑いを持っていませんでしたから、うっかりミュールズ国と繋がっている貴族に交渉していたら、その貴族が計画に参加すること自体が彼らに対する罠ですからね。ただ、今回の暗殺を強行する理由にはならないと思いますよ」

 私は焼き菓子を一つ手に取り、口に運ぶ。
 うむうむ、頭を使うときは甘いものを摂取する! これ大事。

「でも、彼らに賛同していりゅのが第一王子派だったりゃ、計画の協力者として声をかけりゅのも第一王子派のみじゃないの?」

 アルベールは少し考えるように、眉間に皺を寄せた。

「そもそも、亜人奴隷解放をうたったのは、イザックたち市民でしょうか? 第一王子派が動き、ミゲルたちを味方にしたとも考えられます」
「なんで亜人奴隷をたくさん抱えこんでいりゅ王家が、わざわざ解放しようって考えりゅの?」

 亜人奴隷がいなくなったら、王宮のみんなは不便になるじゃない。亜人奴隷に人族が嫌がるようなキツイ仕事をさせたり、人形のように着飾ってみたり、イライラしたときに暴力振るってたりしてたんじゃないの?

「もしかしたらですが、ミュールズ国との関係を切りたかった……とか?」
「……それは、ミュールズ国が許しゃないと思うけど……」

 でも……誰が許さないから殺した? 第二王子派を操った人が、ミュールズ国との暗部を知った聡明な第一王子を……

「たとえば、すべてのトゥーロン王族がミュールズ国との繋がりを知っていりゅわけではないってこと? もしかして、王は傀儡かいらいで、裏で誰かがミュールズ国との密約をおこなっていりゅ?」
「かもしれません。もしかしたら自国とミュールズ国との歪んだ関係に気づき、自分が王になってミュールズ国との関係を正そうと思ったのかもしれませんね」
「王になってから、自分で亜人奴隷を解放しゅればいいんじゃない?」

 そっちのほうが、ずっと簡単だと思うわ。ミゲルさんたちとこっそり手を組んで亜人奴隷解放に奔走する必要もないじゃない。

「古い体制を崩し、一から作り直すつもりだったのでは? そして、第一王子自らが動くなら、お嬢様が果たした奴隷契約の魔法陣の破壊も容易たやすいかと」
「ああ、しょの問題もあったよね。ふむ、本来は第一王子主導でおこなわれりゅはじゅだった亜人奴隷解放。しょの情報が入ったかりゃ第二王子派は阻止しゅるために動いたのかな? ミュールズ国との密約を守り続けりゅために」

 んんー、でもそうなると最初の問題に戻るんだよねぇ。
 なぜ第二王子派は、あのときに行動を起こさなければならなかったのか?

「別の理由があったのかもしれません。急ぎ第一王子派を潰し他の王位継承権を持つ者を排除して、王たちを拘束して、トゥーロン王国の実権を握らなければならない理由が……」
「……うーん、みそっかしゅ王女でひきこもりの私には、わかりゃん。もっとクシー子爵に王族のことを聞いておけばよかったー!」

 私は両手で髪をぐしゃぐしゃにき乱す。
 ネグレクトされていた私が使用人をクビにするときに助力してくれた王族好きのクシー子爵は、親兄弟と面識のない私にあれこれとレクチャーしてくれたのに、聞きながしてたのがここで仇になるなんて……

「仕方ありません。私たちはリュシアンたちの奴隷解放優先で動いたのですから。それに今も追手が来ているかもしれないのですから、戻って子爵に尋ねるという手段は使えません。貴方あなたがトゥーロン王国の玉座を欲するのであれば、もちろん助力しますけど……」
「いらん、いらん。そんなもの」

 アルベールの申し出に、私はブルブルと首を横に振る。

「とりあえじゅ、亜人奴隷解放に関わっていたのは第一王子派で、私たちが逃亡しゅるのに気を付けりゅのは、第二王子派とミュールズ国と繋がっていりゅ貴族、商人ってとこりょかしら?」
「ええ。まあ、第一王子派だからといって油断はできませんけどね」

 アルベールの忠言を聞いて、私はたしかにと深くうなずいた。
 特に私はトゥーロン王族に見つかっても、ミュールズ国に繋がっている誰かに存在を悟られても、待っているのは「死」だ。
 うえーっ、死にたくない!
 絶対、国を脱出してみせるわ! みんなで安住の地まで逃げ延びるのよ!

「お嬢様。そんなに気合いを入れておられると興奮して寝付きが悪くなりますよ。もうだいぶ夜も更けました。明日は特別にお寝坊を許しますので、もうお休みくださいませ」
「うん。もう寝りゅ。でも明日は王都領を抜けりゅから、ちゃんと起きて備えておくわ」

 カップなどの片付けをアルベールに任せ、私はモコモコスリッパをパタパタさせて自室に戻る。
 あかりを消して、ベッドに入って【身体強化】を解除して、おやすみなさーい。
 この目でちゃんと王都を抜けるのを見届けないと、やっぱ安心できないもんね。


 しかし、起きたらとっくに王都領を抜けていて、お昼ご飯の時間でした。せぬ。
 王都を抜けるときは、森の中を移動中といえど、見回りしている衛兵がいるかもしれないと、あれほどビクビクして、いやいや警戒していたというのに、眠りこけていた……だと?
 私は、昨日リフォームした快適ダイニングの席につき、うんうんと唸る。そんな私を無視して、わいわいと楽しそうに食事をする家族たちをすさんだ眼で眺める。

「お嬢様、食事が冷めますよ。いいじゃないですか、無事に王都領を抜けられたのですから」

 アルベールが私の朝食兼昼食を用意してくれる。

「しょう……だけどぉぉぉぉぉぉ」

 渋々、カトラリーを手にしてホカホカのオムレツにナイフを入れた。
 むうっ、美味おいしいわ。

「寝過ごしたシルヴィー様のお気持ちはよくわかりますよ! 私も久々に快眠できましたから。本当に静かな部屋は最高ですぅ」

 珍しくセヴランが機嫌よくニコニコしている。
 彼が褒める静かな部屋とは、私が各部屋に施した特別防音措置のことかな?
 緊急時には音や声は聞こえるようにして、それ以外のときは馬車の外や室内の音は聞こえにくいような仕様にしてみたんだよね。この相変わらず噛み噛みな私のお喋りを直したくて、こっそり発声と早口言葉を練習するための防音だったけど、その恩恵がセヴランにもあったみたい。
 私の舌ったらずは【身体強化】を使っても、直らないんだよねぇ。
 たぶん、経験値のせいだと思う。【身体強化】を使ってもセヴランが剣術で、アルベールやリュシアン、リオネルに勝てないのと同じ理由で、いくら舌や咥内の筋肉にブーストかけても、使い方が下手だと噛んじゃうんだよね。
 で、夜な夜な地道に練習しているんだけど、みんなには内緒で練習しているので、部屋を防音仕様にしたというわけだ。セヴランに対する嫌がらせでいびきのうるさいリュシアンの隣の部屋にしてやったのに、意味がなかったか。

「どれだけリュシアンのいびきに苦しめられてきたことか……」
「てめえっ! 俺はいびきなんかかかないっ!」
「かいてますよっ! めちゃくちゃかいてますよっ! 安眠妨害ですよっ! 獣人は耳がいいんですよ? しかも奴隷契約が破棄されて従来の身体能力が戻ってきたんですよ? その状態で狭い馬車の中で雑魚ざこ寝するなんて、どれだけ私が夜を恐怖していたことか!」

 目を剥いてセヴランに怒鳴ったら、倍以上の迫力で言い負かされたリュシアンは、ピコピコ動くセヴランの耳を目を見開いて見る。
 セヴランはフンッと鼻の穴を広げ、リュシアンをにらんでいた。

「そうですね。リュシアン、貴方あなたいびきは最早嫌がらせの域に達していましたよ」

 追撃で、アルベールがズズーッとわざと音を立ててお茶をすすりながら言う。自分のことしか考えないで付与した防音効果だったけど、結果みんなの安眠に役立ったみたい。
 私はそのあと、リュシアンたちの言い争いに加わることなく、黙々とご飯を食べました。
 あー、美味おいしい。


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